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6章
(8)飼い犬
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「こんなに楽な砂漠越えが、かつてあっただろうか……」
ナレーションごっこに興じるシュレイブに大きく頷きながら、俺は額の汗を手の甲で拭った。
俺たちの目の前には、英雄の丘と、その先に続くエラムラの外壁が遠目に広がっていた。
「あの距離だと、エラムラまで徒歩で三十分ってところかな?」
俺の背におんぶされた研大が言うと、別の旧人類を背負っていたアンリが得意げに言った。
「商人じゃあるまいし、俺たちは歩いて行かないよ。走れば八分ぐらいだね」
「ひぇー、みんな足早いわねぇ」
旧人類の女性が親戚のおばさんのように感嘆する。
その時、俺たちの背後で特大の地響きが轟いた。
「うわっ!?」
爆音に耳を塞ぎながら振り返れば、飛行機と見紛うほどの巨体が太陽を遮る。地中から飛び出したユダラナーガだ。俺が討伐した個体より遥かに大きい。
「ぎゃー! また出たー!」
旧人類の誰かが悲鳴を上げると、ユダラナーガは声の主へ狙いを定め、速度を上げながら落下してきた。
しかし、でっぷりとした腹は地面に触れず、空中で勢いよくバウンドした。
『ギョグッ!?』
弾かれたユダラナーガが、ギョロリと地面を睨みつける。そこには『堅牢』を発動したハインキーが両手を掲げて仁王立ちしていた。
「ミッサ!目玉は残しておけよ!」
しれっと高額売買できる部位を注文しながら、ハインキーは空中へサムズアップする。
刹那、ユダラナーガの口の中へ燃え盛る散弾が叩き込まれた。
ユダラナーガはくぐもった悲鳴を上げ、空中で体勢を変えながら急いで地中へ逃げ込もうとした。
その巨大な尾鰭に、すかさずゼンが鎖鎌を絡める。同時にハインキーとゼンが鎖を掴み、勢いよくそれを引っ張った。
二人と一頭の綱引き大会は、一見するとユダラナーガに分があった。しかし、人力では到底振り回せないはずの巨体が、ベーゴマのように回転しながら地面に叩きつけられる。
「とっととくたばんなァ!」
ガラの悪いミッサの怒号と共に散弾銃が哮り、今度こそユダラナーガの脳が口内から撃ち抜かれた。悲鳴を上げる間もなく、ユダラナーガはばったり絶命する。
「わぁ……」
討伐に要した時間はたったの三十秒。これがRTA走者の実力か。
およそ一時間前にも見た光景である。三竦みの見事な連携に人々は拍手を送った。
「はいみなさん。背中から降りてくださいね」
俺は号令を出しながら、背負っていた研大を下ろした。両手が空いたところで、素材収集用の大型ナイフを『雷光』で生成する。アンリとエトロの目は、ユダラナーガの眼球に釘付けだった。
そして俺の横では、『重力操作』で歴戦の希少部位を抱えるシャルが、珍しい素材を前に爛々と目を輝かせていた。
ビーニャ砂漠の横断は、たったの三時間で終わった。
砂漠には足音を頼りに襲いかかるドラゴンがわんさかいるため、砂馬もなしに徒歩で越えるのは危険だ。……そのはずだった。
「英雄の丘まで全員で全力疾走しろ」
ベテラン狩人たるレオハニーたちは何を思ったか、俺たちにそんな命令を下してきた。シュレイブは手の込んだ自殺だと泣き叫んだ。
もちろん、旧人類はまだ走り慣れていないので、俺たち下っ端狩人が責任を持って運ぶことになった。これが討滅者流の訓練なのか、とクライヴは真剣な面持ちで呟いていた。
一方、足音で引き寄せられた上位ドラゴンについては、レオハニーたちが互いの鍛錬の片手間に討伐していった。実力者が四人も揃えば、上位ドラゴンが何体来ようと、大した問題ではないようだ。
ハインキー曰く、十体ぐらいなら上位ドラゴンと連戦になっても問題ないらしい。あくまでも、バルド村三竦みという長年連れ添ったパーティメンバーだからできる芸当だそうだ。
旧人類たちは、最初こそ地面からいきなり襲いくる上位ドラゴンに泣き叫んでいた。
が、三戦目になると、元軍人の旧人類がハインキーたちの芸術的な戦闘に惚れ込んで、奇声を上げながら大乱闘に参戦していった。五百年の眠りを感じさせぬアグレッシブ旧人類に、俺は慈母の如き微笑みを湛えて天を仰いだ。
「やはりシュミレーション通りだ。上位ドラゴン程度なら俺一人で倒せるな」
と、元軍人の旧人類は太々しく言った。素人は黙っとれ。返り血を舐めるな。
ちなみに、エラムラ旅行に同行している五名の旧人類は、倍率四十の抽選で選ばれた強運の持ち主だ。研大も例外なくその抽選に参加していた。
抽選中は、ほとんどの旧人類が神に祈りを捧げていた。その姿はまるで、人気ライブチケットの当選を願う熱狂的ファンのようだった。傍目から見るとまあまあ恐怖を覚えるレベルだ。
が、抽選結果が発表された直後の方が、より恐怖体験だったと明記しておく。
お留守番が決まった旧人類たちには悪いことをしたと思う。高冠樹海が戻り、安全な街道が整備された暁には、是非とも自由に世界を見て回ってほしい。エラムラにいきなり二百人を送り込むわけにはいかないのだ。
そんなこんなで、俺たちはようやく砂漠地帯を抜け、足場がしっかりした英雄の丘を登っていた。
ここまで来れば、砂漠生まれの上位ドラゴンに襲撃される頻度は格段に減る。砂で足を取られることもないので、エラムラの東門まではあっという間だった。
斜面を降りれば、エラムラを囲う山の麓はもう目の前だ。山の側面には、東門たる巨大トンネルの入り口が開かれていた。門の左右に積もっていた砂山は綺麗に撤去されており、外見だけであれば、ディアノックスに襲撃される前に戻ったようだった。
商人の列に並びながら東門トンネルへ入ろうとすると、横に控えていた衛兵に呼び止められた。
「おお、エラムラの英雄様ではありませんか!」
「ぶほ!」
「おい研大」
並んで歩いていた男の脇腹を小突く。しかし逆効果だったようで、研大は膝に手を置きながら背を震わせた。
「くくく、あの良甫が英雄って……! 告白も喧嘩もできないヘタレだったのにっ」
「ここで昔の話を掘り返すんじゃねーよ!?」
いきなり黒歴史を暴露されて俺は目玉が飛び出そうになった。覆水盆に返らず、話を聞いてしまった女性の旧人類が、俺を眺めながら事実確認を図った。
「若い頃の浦敷博士ってヘタレだったんですね。そんな気はしていましたけれど」
「ほらー! お前のせいで友達できなくなったらどうするんだよ!」
「はいはい静かにな。どうどう」
「誰のせいだと!」
もう一度研大の脇腹をどついた後、俺は声をかけてくれた衛兵へと歩み寄った。
「ども、お疲れ様です」
「英雄様。無事に帰還せられたようで何よりです。そちらの方々は?」
「ええっと……」
しまった。旧人類の身元を決めていなかった。馬鹿正直にヨルドの民ですと答えられるわけがない。しかも中途半端に戯れる姿まで見せてしまったので、赤の他人で押し通すのは不可能だろう。
が、その心配は無用だった。
「はじめまして。俺はケンタと申します。リョーホさんたちとは砂漠で偶然拾ってもらった仲なんです。実は先日のオラガイアの墜落で、山奥にあった我々の隠れ村が人の住めぬ土地となってしまいまして……」
と、研大が恭しくお辞儀をし、朗読するようなテンポで自らの身元をでっち上げ始めた。
曰く、自分たちはオラガイアの墜落で故郷を追われた者である。隠れ村を放棄し、新天地を目指したは良いものの、途中でドラゴンに襲われた。そのせいで仲間と散り散りになってしまったのだ、と。
「お恥ずかしながら、俺たちは村から出るのは初めてだったんです。しかもドラゴンから必死に逃げ回ったせいで、気づいたら砂漠に迷い込んでいたんですよ。そうしていよいよ乾いて死ぬかといったところで、エラムラに帰還途中のリョーホたちに助けてもらったんです」
事前に考えていたのだろうか。澱みない口八丁に俺は舌を巻いた。
研大は衛兵が同情的な目つきになったのを見計らい、さらに世間話へ発展させる。
「後から聞いたのですが、この辺りでディアノックスが暴れたそうですね。道理で、いきなり砂漠が現れたわけですよ。エラムラの里も襲撃されたそうで、大変だったのではありませんか?」
「なんの、巫女様の結界のおかげで里の被害は微々たるものですよ。一時はこのトンネルも砂で封鎖されてしまいましたが、もうこの通りです」
「それはよかった! こうして大勢の商人たちが来訪できるのも、エラムラの弛まぬ努力と強さがあってのことなのでしょうね」
「はは、いや、わたくしは巫女様ほどの努力家ではありませんよ」
「そう謙遜なさらず。エラムラの治安の要は門番だと俺は思っているんですよ。誰かが外で、命懸けで守ってくれるからこそ、中に住まう人々は安心して暮らせるんです」
研大は僅かに瞳を潤ませ、それを隠すように瞬きをした。衛兵にはそれが、本心から放たれた言葉であると無意識に察せられただろう。
衛兵はあっという間に研大に心を許したようで、善意からか、こんなことを口にした。
「しかし、山奥の隠れ村なんて聞いたことがありませんね。場所が分かれば、救助隊を派遣できるやもしれないのですが」
これは研大も予想外だったようで、油が切れたカラクリのように口の回転が滞った。
「我々はその……特殊な体質で。菌糸模様が薄く、菌糸を持たない者だと勘違いされることが多かったのです。なので隠れ村の場所も、村人ですら正しく把握できておらず……」
「菌糸模様が薄い、ですか」
衛兵の眉間に皺が寄った瞬間、俺は慌てて援護に回った。
「お、俺もバルド村に拾われたばかりの時は、菌糸模様が見えないから色々大変だったんだ。それでこいつとは意気投合してさ」
「なんと、英雄様にもそのような過去が?」
衛兵が食いつくや、アンリが後ろから俺の首元に手刀を置いた。
「そうそう。いつドラゴン化するか分からないってんで、エトロが真っ先にリョーホをこう、ね」
「ここで言うな馬鹿者!」
エトロの手が閃き、バシン! と痛そうな音がアンリの頭から鳴る。衛兵はアンリたちのやりとりを見て、ついに疑いを晴らしたようだ。
「どうやら嘘ではなさそうですね。いや、お引き止めしてしまい申し訳ありません。実は昨日の夜、少し困ったことになりまして」
衛兵はちらりと相方の衛兵にアイコンタクトを取り、ポケットから木製の鈴をそちらへ投げ渡した。相方の衛兵は黙ってそれをキャッチし、胸ポケットの奥へ押し込んだ。
「今のって、ロッシュさんの……」
「しーっ……もしものためです」
衛兵は声を潜めると、商人たちの列から外れたバルド村の一行へ歩み寄った。そしてハインキーと手を繋いでいたシャルの前で腰をかがめる。
「すみませんが、シャル様。あなたの生家をお借りしてもよろしいでしょうか?」
シャルはびっくりした顔で衛兵を見上げた後、こくんと無言で頷いた。衛兵はやや後ろめたそうに目礼すると、俺へ緊張した両目を向けた。
「では後ほどレブナ様が参りますので、それまでシャル様の生家にてお待ちください。疲れているでしょうが、お連れの方もご一緒に」
釈然としないが、断る理由もない。俺たちは素直に頷き、できるだけ会話をせぬよう、静かにその場を立ち去った。
ナレーションごっこに興じるシュレイブに大きく頷きながら、俺は額の汗を手の甲で拭った。
俺たちの目の前には、英雄の丘と、その先に続くエラムラの外壁が遠目に広がっていた。
「あの距離だと、エラムラまで徒歩で三十分ってところかな?」
俺の背におんぶされた研大が言うと、別の旧人類を背負っていたアンリが得意げに言った。
「商人じゃあるまいし、俺たちは歩いて行かないよ。走れば八分ぐらいだね」
「ひぇー、みんな足早いわねぇ」
旧人類の女性が親戚のおばさんのように感嘆する。
その時、俺たちの背後で特大の地響きが轟いた。
「うわっ!?」
爆音に耳を塞ぎながら振り返れば、飛行機と見紛うほどの巨体が太陽を遮る。地中から飛び出したユダラナーガだ。俺が討伐した個体より遥かに大きい。
「ぎゃー! また出たー!」
旧人類の誰かが悲鳴を上げると、ユダラナーガは声の主へ狙いを定め、速度を上げながら落下してきた。
しかし、でっぷりとした腹は地面に触れず、空中で勢いよくバウンドした。
『ギョグッ!?』
弾かれたユダラナーガが、ギョロリと地面を睨みつける。そこには『堅牢』を発動したハインキーが両手を掲げて仁王立ちしていた。
「ミッサ!目玉は残しておけよ!」
しれっと高額売買できる部位を注文しながら、ハインキーは空中へサムズアップする。
刹那、ユダラナーガの口の中へ燃え盛る散弾が叩き込まれた。
ユダラナーガはくぐもった悲鳴を上げ、空中で体勢を変えながら急いで地中へ逃げ込もうとした。
その巨大な尾鰭に、すかさずゼンが鎖鎌を絡める。同時にハインキーとゼンが鎖を掴み、勢いよくそれを引っ張った。
二人と一頭の綱引き大会は、一見するとユダラナーガに分があった。しかし、人力では到底振り回せないはずの巨体が、ベーゴマのように回転しながら地面に叩きつけられる。
「とっととくたばんなァ!」
ガラの悪いミッサの怒号と共に散弾銃が哮り、今度こそユダラナーガの脳が口内から撃ち抜かれた。悲鳴を上げる間もなく、ユダラナーガはばったり絶命する。
「わぁ……」
討伐に要した時間はたったの三十秒。これがRTA走者の実力か。
およそ一時間前にも見た光景である。三竦みの見事な連携に人々は拍手を送った。
「はいみなさん。背中から降りてくださいね」
俺は号令を出しながら、背負っていた研大を下ろした。両手が空いたところで、素材収集用の大型ナイフを『雷光』で生成する。アンリとエトロの目は、ユダラナーガの眼球に釘付けだった。
そして俺の横では、『重力操作』で歴戦の希少部位を抱えるシャルが、珍しい素材を前に爛々と目を輝かせていた。
ビーニャ砂漠の横断は、たったの三時間で終わった。
砂漠には足音を頼りに襲いかかるドラゴンがわんさかいるため、砂馬もなしに徒歩で越えるのは危険だ。……そのはずだった。
「英雄の丘まで全員で全力疾走しろ」
ベテラン狩人たるレオハニーたちは何を思ったか、俺たちにそんな命令を下してきた。シュレイブは手の込んだ自殺だと泣き叫んだ。
もちろん、旧人類はまだ走り慣れていないので、俺たち下っ端狩人が責任を持って運ぶことになった。これが討滅者流の訓練なのか、とクライヴは真剣な面持ちで呟いていた。
一方、足音で引き寄せられた上位ドラゴンについては、レオハニーたちが互いの鍛錬の片手間に討伐していった。実力者が四人も揃えば、上位ドラゴンが何体来ようと、大した問題ではないようだ。
ハインキー曰く、十体ぐらいなら上位ドラゴンと連戦になっても問題ないらしい。あくまでも、バルド村三竦みという長年連れ添ったパーティメンバーだからできる芸当だそうだ。
旧人類たちは、最初こそ地面からいきなり襲いくる上位ドラゴンに泣き叫んでいた。
が、三戦目になると、元軍人の旧人類がハインキーたちの芸術的な戦闘に惚れ込んで、奇声を上げながら大乱闘に参戦していった。五百年の眠りを感じさせぬアグレッシブ旧人類に、俺は慈母の如き微笑みを湛えて天を仰いだ。
「やはりシュミレーション通りだ。上位ドラゴン程度なら俺一人で倒せるな」
と、元軍人の旧人類は太々しく言った。素人は黙っとれ。返り血を舐めるな。
ちなみに、エラムラ旅行に同行している五名の旧人類は、倍率四十の抽選で選ばれた強運の持ち主だ。研大も例外なくその抽選に参加していた。
抽選中は、ほとんどの旧人類が神に祈りを捧げていた。その姿はまるで、人気ライブチケットの当選を願う熱狂的ファンのようだった。傍目から見るとまあまあ恐怖を覚えるレベルだ。
が、抽選結果が発表された直後の方が、より恐怖体験だったと明記しておく。
お留守番が決まった旧人類たちには悪いことをしたと思う。高冠樹海が戻り、安全な街道が整備された暁には、是非とも自由に世界を見て回ってほしい。エラムラにいきなり二百人を送り込むわけにはいかないのだ。
そんなこんなで、俺たちはようやく砂漠地帯を抜け、足場がしっかりした英雄の丘を登っていた。
ここまで来れば、砂漠生まれの上位ドラゴンに襲撃される頻度は格段に減る。砂で足を取られることもないので、エラムラの東門まではあっという間だった。
斜面を降りれば、エラムラを囲う山の麓はもう目の前だ。山の側面には、東門たる巨大トンネルの入り口が開かれていた。門の左右に積もっていた砂山は綺麗に撤去されており、外見だけであれば、ディアノックスに襲撃される前に戻ったようだった。
商人の列に並びながら東門トンネルへ入ろうとすると、横に控えていた衛兵に呼び止められた。
「おお、エラムラの英雄様ではありませんか!」
「ぶほ!」
「おい研大」
並んで歩いていた男の脇腹を小突く。しかし逆効果だったようで、研大は膝に手を置きながら背を震わせた。
「くくく、あの良甫が英雄って……! 告白も喧嘩もできないヘタレだったのにっ」
「ここで昔の話を掘り返すんじゃねーよ!?」
いきなり黒歴史を暴露されて俺は目玉が飛び出そうになった。覆水盆に返らず、話を聞いてしまった女性の旧人類が、俺を眺めながら事実確認を図った。
「若い頃の浦敷博士ってヘタレだったんですね。そんな気はしていましたけれど」
「ほらー! お前のせいで友達できなくなったらどうするんだよ!」
「はいはい静かにな。どうどう」
「誰のせいだと!」
もう一度研大の脇腹をどついた後、俺は声をかけてくれた衛兵へと歩み寄った。
「ども、お疲れ様です」
「英雄様。無事に帰還せられたようで何よりです。そちらの方々は?」
「ええっと……」
しまった。旧人類の身元を決めていなかった。馬鹿正直にヨルドの民ですと答えられるわけがない。しかも中途半端に戯れる姿まで見せてしまったので、赤の他人で押し通すのは不可能だろう。
が、その心配は無用だった。
「はじめまして。俺はケンタと申します。リョーホさんたちとは砂漠で偶然拾ってもらった仲なんです。実は先日のオラガイアの墜落で、山奥にあった我々の隠れ村が人の住めぬ土地となってしまいまして……」
と、研大が恭しくお辞儀をし、朗読するようなテンポで自らの身元をでっち上げ始めた。
曰く、自分たちはオラガイアの墜落で故郷を追われた者である。隠れ村を放棄し、新天地を目指したは良いものの、途中でドラゴンに襲われた。そのせいで仲間と散り散りになってしまったのだ、と。
「お恥ずかしながら、俺たちは村から出るのは初めてだったんです。しかもドラゴンから必死に逃げ回ったせいで、気づいたら砂漠に迷い込んでいたんですよ。そうしていよいよ乾いて死ぬかといったところで、エラムラに帰還途中のリョーホたちに助けてもらったんです」
事前に考えていたのだろうか。澱みない口八丁に俺は舌を巻いた。
研大は衛兵が同情的な目つきになったのを見計らい、さらに世間話へ発展させる。
「後から聞いたのですが、この辺りでディアノックスが暴れたそうですね。道理で、いきなり砂漠が現れたわけですよ。エラムラの里も襲撃されたそうで、大変だったのではありませんか?」
「なんの、巫女様の結界のおかげで里の被害は微々たるものですよ。一時はこのトンネルも砂で封鎖されてしまいましたが、もうこの通りです」
「それはよかった! こうして大勢の商人たちが来訪できるのも、エラムラの弛まぬ努力と強さがあってのことなのでしょうね」
「はは、いや、わたくしは巫女様ほどの努力家ではありませんよ」
「そう謙遜なさらず。エラムラの治安の要は門番だと俺は思っているんですよ。誰かが外で、命懸けで守ってくれるからこそ、中に住まう人々は安心して暮らせるんです」
研大は僅かに瞳を潤ませ、それを隠すように瞬きをした。衛兵にはそれが、本心から放たれた言葉であると無意識に察せられただろう。
衛兵はあっという間に研大に心を許したようで、善意からか、こんなことを口にした。
「しかし、山奥の隠れ村なんて聞いたことがありませんね。場所が分かれば、救助隊を派遣できるやもしれないのですが」
これは研大も予想外だったようで、油が切れたカラクリのように口の回転が滞った。
「我々はその……特殊な体質で。菌糸模様が薄く、菌糸を持たない者だと勘違いされることが多かったのです。なので隠れ村の場所も、村人ですら正しく把握できておらず……」
「菌糸模様が薄い、ですか」
衛兵の眉間に皺が寄った瞬間、俺は慌てて援護に回った。
「お、俺もバルド村に拾われたばかりの時は、菌糸模様が見えないから色々大変だったんだ。それでこいつとは意気投合してさ」
「なんと、英雄様にもそのような過去が?」
衛兵が食いつくや、アンリが後ろから俺の首元に手刀を置いた。
「そうそう。いつドラゴン化するか分からないってんで、エトロが真っ先にリョーホをこう、ね」
「ここで言うな馬鹿者!」
エトロの手が閃き、バシン! と痛そうな音がアンリの頭から鳴る。衛兵はアンリたちのやりとりを見て、ついに疑いを晴らしたようだ。
「どうやら嘘ではなさそうですね。いや、お引き止めしてしまい申し訳ありません。実は昨日の夜、少し困ったことになりまして」
衛兵はちらりと相方の衛兵にアイコンタクトを取り、ポケットから木製の鈴をそちらへ投げ渡した。相方の衛兵は黙ってそれをキャッチし、胸ポケットの奥へ押し込んだ。
「今のって、ロッシュさんの……」
「しーっ……もしものためです」
衛兵は声を潜めると、商人たちの列から外れたバルド村の一行へ歩み寄った。そしてハインキーと手を繋いでいたシャルの前で腰をかがめる。
「すみませんが、シャル様。あなたの生家をお借りしてもよろしいでしょうか?」
シャルはびっくりした顔で衛兵を見上げた後、こくんと無言で頷いた。衛兵はやや後ろめたそうに目礼すると、俺へ緊張した両目を向けた。
「では後ほどレブナ様が参りますので、それまでシャル様の生家にてお待ちください。疲れているでしょうが、お連れの方もご一緒に」
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