家に帰りたい狩りゲー転移

roos

文字の大きさ
上 下
209 / 242
6章

(6)真夜中の会議

しおりを挟む
「そォか。ロシ坊とドミィの坊主が死んだか……」

 メルクの意気阻喪とした声が、肌寒い石造りの洋館の会議室に落ちる。会議室の真ん中には、紫陽花色のサンゴ礁が飾られた円卓が置かれている。それを囲うように、俺、レオハニー、メルク、ハインキー、クライヴ、研大の六人が座っていた。

 洋館の外では、外部から襲撃があった時のために守護狩人たちが配備されている。屋上にはゼンが、里の外周にはミッサを筆頭とするバルド村と旧人類の混合チームが見回っている。

 結界がないだけで、ドラゴンの警備にこれだけ人手を割かれてしまうのは後々命取りになる。カイゼルの守りに変わる、新たな結界を作るのが喫緊の課題だった。

 ちなみに非戦闘員たちには、完成したばかりのアパートからできるだけ外出しないようにお願いしてある。今頃は安全な室内で思い思いの時間を過ごしていることだろう。

 ふむ、とメルクは円卓に両肘をつき、組んだ両手の上に顎を乗せた。
 
「オラガイアが墜落する瞬間は儂らも見ておった。アンジュが存命であったことも、ベアルドルフと同盟を結べたのも喜ばしい。じゃが、失ったものもまた、あまりにも大きすぎるのォ。ロシ坊にはまだまだ、ハウラを導いて欲しかったわィ」

 窓からか細い夜風が吹き込み、会議室を照らす蝋燭が揺らぐ。部屋の四方に伸びた六人分の影も、灯火に合わせて不規則に歪んだ。

 俺は音を立てぬようゆっくりと肺を膨らませ、声量を抑えながら言った。

「ロッシュの死とオラガイア同盟については、まだエラムラの里民には伝えられていません。ディアノックスの襲撃を受け疲弊している民に、これ以上不安を与えたくはないそうで……」
「うむ……悪手じゃなァ。ロシ坊の死は、里を揺るがす大事件じゃから、奥手になるのも理解できる。しかしなァ、ロシ坊が帰って来るやも、と偽りの希望を抱かせるのは残酷じゃ。しかも、それが嘘と知れれば里の者たちは裏切られたと思うじゃろォ」
「では、あの場で民に真実を告げるべきだったと?」
「……お主、エラムラの民が恐慌に陥ると心配しておるのかの?」

 突然油を浴びせかけられたような、居心地の悪い空気がまとわりつく。俺は喉に突っかかりを覚えながらも意見を述べる。

「ロッシュさんは里の人に慕われていましたから。冷静でいられる人の方が少ないでしょう」
「エラムラの民は、お主やハウラが思うほど子供ではなィ。エラムラ防衛戦後、ディアノックス襲撃後の逞しさをその目で見たじゃろ?」

 声は凪いでいたが、メルクの瞳からは静かな怒りが燃えていた。俺ははっと息を呑んで目線を下げる。

 高く積み上がった重荷にゆっくりと押しつぶされていくような沈黙が流れる。メルクが呆れたような溜息を吐くと、一気に空気が軽くなった。

「お主を叱りつけても詮無きことじゃなァ。ハウラもまだ、里の者たちを信用しきれておらんのだから仕方があるまい。つい最近まであの娘は、民を怖がらせぬように自ら薄明の塔に閉じこもっておったんじゃから」

 その言葉を受けて俺は再び目を見開いた。俺はてっきりハウラとエラムラの人々は和解済みだと思っていたが、真実はそう単純ではなかった。表面上は取り繕えても、やはり腹の中では納得できないものもあるはずだ。

 特にハウラは『腐食』の能力のせいでエラムラの人々から恐れられ、中には嫌う者までいた。そういった意味では、ハウラとシャルは似たもの同士である。

 シャルはまだ、エラムラで迫害されてきた過去の痛みを完全に払拭できたわけではない。ならばハウラも、無意識のうちに民から一歩引いた距離を保とうとするだろう。

 エトロからもっとハウラのことを聞いておくべきだった、と悔恨する。するとメルクは何の前触れもなく両手を三回叩いた。

「ほれほれほれ! ミカルラの娘が困っておるのだ。見て見ぬふりをしておる場合かァ! 後悔するぐらいなら、このままエラムラの巫女様の元へ突撃してしまえ!」
「え? 今から!?」
「当たり前じゃィ!」

 足をばたつかせるメルクに、ハインキーが片頬を緩ませながら図星をついた。
 
「どうせ酒が飲みたいだけでしょうに」
「バレちまったぜィ」

 メルクはへへっと犬のように笑う。相変わらず酒が大好きな村長に俺たちは苦笑したが、ハインキーとレオハニーだけは何故か深刻な表情をしていた。

「何ですかその顔は」
「村長は酒が切れると暴れる癖がある。早めに手配しておかないと不味い」

 レオハニーにそこまで言わせるとは、酒が切れた後のメルクはいかほどのものなのだろうか。興味がそそられたが、ハインキーが無言で首を横に振りまくっていたので、この場での言及はやめておいた。

 メルクは俺たちのやりとりを不思議そうに眺めた後、くるりと研大へ向き直る。

「んじゃァ、リョーホたちにはエラムラの酒をたんまり持ってきてもらうとして。ついでにケンタは旧人類たちも連れてエラムラを見てきたらどうじゃァ?」
「それって……!」

 研大の表情が一気に華やいだ瞬間、クライヴが素早く待ったをかけた。

「待て。ケンタとレオハニーは北方に行く予定があるだろう? それに旧人類を大勢連れて砂漠を越えるのは無謀だ」
「そ、そうだぞ!あそこは上位ドラゴンばっかりの魔境だからな!」

 砂漠の激戦区を思い出し、俺も慌ててクライヴに便乗する。

 しかしメルクは豪快に笑った。

「心配せんでも良ィ! レオハニーも三竦みも一緒じゃ!」
「なんというVIP待遇」

 バルド村の最高戦力が結集したSPなぞ、大盤振る舞いにも程がある。砂漠越境の安全性は八割ほど保障されたと言っていい。

 ここまで言われてはクライヴも反論できなかったようで、渋々顎を頷かせていた。

「異論はない。だが、俺とシュレイブはリョーホたちと共にそのままテララギに向かう。帰りの戦力が減ることも考慮に入れているのでしょうな?」
「くひひ、お主こそ、こ奴らの実力を測れぬ男ではあるまい」
「……ふ」

 クライヴが笑みを溢せば、メルクは鈴を転がすような子供の笑い声を上げた。気に入られたらしい。

 ハインキーは二人のやり取りを微笑ましげに眺めた後、腰をさすりながらのっそり席を立った。

「では、明日の朝にさくっとお使いに行きますかね」

 続いて研大とレオハニーも腰を上げる。

「ヨルドの里に戻り次第、俺とレオハニーはすぐに北方へ出立しましょう」
「吉報をお待ちください。村長」

 遅れて、俺とクライヴは顔を見合わせながらテーブルに手をついた。

「俺たちはそのままテララギの里へ向かいます。またしばらく帰ってこれませんが、ヨルドの里を頼みます。メルク村長」
「うむ。めいっぱい暴れて来るがいいぞィ!」

 快い激励の言葉を貰い、俺たちは互いに仲間たちの顔を見て笑みを深めた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

【書籍化進行中、完結】私だけが知らない

綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ 目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2024/12/26……書籍化確定、公表 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

巻添え召喚されたので、引きこもりスローライフを希望します!

あきづきみなと
ファンタジー
階段から女の子が降ってきた!? 資料を抱えて歩いていた紗江は、階段から飛び下りてきた転校生に巻き込まれて転倒する。気がついたらその彼女と二人、全く知らない場所にいた。 そしてその場にいた人達は、聖女を召喚したのだという。 どちらが『聖女』なのか、と問われる前に転校生の少女が声をあげる。 「私、ガンバる!」 だったら私は帰してもらえない?ダメ? 聖女の扱いを他所に、巻き込まれた紗江が『食』を元に自分の居場所を見つける話。 スローライフまでは到達しなかったよ……。 緩いざまああり。 注意 いわゆる『キラキラネーム』への苦言というか、マイナス感情の描写があります。気にされる方には申し訳ありませんが、作中人物の説明には必要と考えました。

スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜

シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。 アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。 前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。 一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。 そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。 砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。 彼女の名はミリア・タリム 子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」 542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才 そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。 このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。 他サイトに掲載したものと同じ内容となります。

処理中です...