家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

(67)堅牢

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 ラグラードは確かに、短銃の引き金を引いていた。口内へと放たれた弾丸は、ラグラードの代わりにシャルの頭部を破壊するはずだった。

 しかし、弾は放たれることはなかった。

 弾を抜いていたのか?
 それとも運良く弾詰まりを起こしただけか?

 混乱するエトロたちの前で、カラカラと何かが転がる音がした。

 ラグラードの足元に弾が散らばっている。まるでついさっき、短銃から弾が抜かれたばかりのような。

 ぐにゃり、とエトロたちを囲う景色が歪む。そして誰もいなかったはずの場所から、次々に見知った姿が現れた。

 エトロの側には、ラグラードとは全く違う散弾銃を担いだ大柄の女が。
 シャルを抱えるクライヴの横には、『幻惑』の菌糸を纏いながら、口元のマフラーを引き上げる男が。

 そしてラグラードの眼前には、筋骨隆々とした男が仁王立ちしていた。太い腕は短銃に添えられ、空っぽの弾倉が指の間からのぞいていた。

「……ハインキー?」

 名前を呼ばれたその男がエトロを振り返る。アメリアに似た亜麻色の太い眉が、優しく揶揄うように持ち上げられた。

「おうよ。間に合ってよかった」

 ハインキーはニッカリと笑い、ラグラードに向き直るや全力のパンチを繰り出した。

 ラグラードは咄嗟に短銃を手放し、両手で拳を受け止めながら大きく後ずさった。

「お前……ディアノックスに食われていただろう! なぜ生きていやがる!」
「そりゃゼンの『幻惑』だ。見事に一杯食わされたな!」

 ハインキーが豪快に笑うと同時に、ラグラードの左右からミッサとゼンが飛びかかった。二人とも武器ではなく徒手空拳で、明らかにラグラードの捕縛を目的としていた。

「チッ!」

 ラグラードは凄まじい速さで二人の猛攻を掻い潜り、バク転を交えながら壁の上へ退避した。数秒の攻防だったが、エトロは何が起きたか理解するのでやっとである。

 ゼンは縦長の瞳孔を光らせながら、逃げた兎をじっと品定めした。

「姑息な菌糸能力も健在なようだな。ラグラードよ」

 知り合いなのか、という疑問は、エトロの中で解けた。

 ゼンは昔、リデルゴア国の暗殺部隊に所属していたそうだ。そこでの任務で裏切りに遭い、実験体としてノクタヴィスに送られたのだ。

 ラグラードが憲兵隊暗部総隊長ならば、ゼンと面識があるのも当然。そして憎しみに燃え盛るゼンの横顔を見れば、誰が裏切り者だったのかは明白だ。

 その推察をしたのはエトロだけではなかった。ゼンと付き合いが長いミッサが、鼻先に皺を刻みながら獰猛に牙を見せる。

「へぇ、部下に自分のミスをおっ被せて、手柄まで横取りした野糞野郎ってのはテメェかい?」
「そう言う貴様らは、オレの部隊に要らぬちょっかいをかけた愚か者だな」

 せせら笑うラグラードに対して、ハインキーは冷ややかな笑みを太い唇に引いた。

「お前さんにはもったいないぐらい誠実な部下だったよ。一人も口を割らないなんて見上げた根性だ」
「生半可な鍛え方はしていないんだよ。そこに転がってるガキどもと違ってな」
「お前さんは汚れたケツを部下に向け続けただけだろう? 有能なのはお前さんじゃあない。尻拭いしたお守り役だ」
「クハハッ! 竜王相手に尻尾を巻いた男が、口だけは達者だな!」

 二人の大男が笑みを深めた瞬間、地面を力強く蹴り上げる音が二つ轟いた。壁から飛び降りたラグラードをハインキーが迎え打つ。

 鏡合わせのように拳と拳がぶつかり合い、徐々に速度を上げて荒れ狂う。あえてラグラードが反射を切っているからか、それとも反射できない速度でハインキーが動いているからなのか、両者の力は互角に見えた。
 
「シャルちゃん!」

 ふと、海の方から凛とした女性の声が響き渡る。エトロが気づいた時には、長い紺色の髪が真横を駆け抜けていった。

「オリヴィア……?」

 シャルは駆け寄ってきた女性を見て弱々しく目を見開いた。

「待ってね、すぐに弾を抜くから」

 血の気の失せた少女を救うべく、オリヴィアは腰のポーチから医療具を手早く取り出した。負傷した狩人たちの面倒を見て来ただけあり、彼女の処置は的確で素早かった。

「やらせるか!」

 ラグラードがハインキーを押しのけ、空中で逆さまになりながら散弾銃を向ける。オリヴィアの頭部へ向けられた銃口から、網膜が焼けるほど禍々しい火花が散った。

「オリヴィア!」
「ぬん!」

 エトロが悲鳴を上げるより早く、ハインキーの野太い声が斜線上に入る。

 轍のような上腕二頭筋に、歯車のような菌糸模様が浮かんだ。その光はあっという間に腕全体を包み込み、飛来する散弾を全て跳ね返して見せた。

 あの菌糸能力は、ハインキーをバルド村三竦みたらしめる『堅牢』だ。大地に両足が付いている限り、ほぼ全ての攻撃を防御する。

 弾丸を受け止めた拍子にハインキーの皮膚から摩擦の煙が立ち上る。クロスされた腕の隙間から、ハインキーは荒々しい顔立ちを修羅に染めた。

「何度も舐めてもらっちゃ困るんだよ。ドラゴン狩りの最前線が、そう簡単に崩壊するわけねぇだろう? 憲兵さんよ」
「……ふん」

 ラグラードは地面に着地すると、片手で素早くリロードを終えた。ガシャン、と遊底から重々しい音を立て、油断ない目つきでバルド村三竦みを見据える。

「中央都市に居場所もない無頼漢共が、たかだかドラゴンを殺せる程度で威張るんじゃねぇよ。見苦しくて気分が悪くなる」

 途端、ミッサが天を仰ぎながら高く笑った。

「はっはっは! あんた面白いことを言うねぇ。中央都市のスタンピードを憲兵だけで乗り越えられた年なんて一度もなかっただろうに?」
「ドラゴンごとき、我々が対処するものではない。総隊長たるオレには、より崇高な役目があるのだ。目先の快楽を追い求めるだけの獣には分からんだろうがな」

 狂気的な相貌を憤怒に歪め、ラグラードはミッサへ反駁した。自信に満ち満ちたその目は暗く沈み、ネフィリムの人面を覗き込んだ時のような不気味さを感じた。

 ベートしかり、ラグラードしかり、トゥアハ派の人間はネジが二、三本外れている。あるべきものを無理矢理捻じ曲げたような不安定さと言うべきか。その狂気は、どうあっても彼らとは分かり合えないのだという確信を抱かせるには十分だった。

 呼吸を荒げるラグラードへ、ハインキーは諭すかの如く問いかける。

「強いから偉いのか? 憲兵だから偉いのか? お前さんはどうも、権力と責任の在りどころを履き違えている気がしてならないぞ」

 その声色は地獄の底から響くように低かった。

 バルド村には、故郷を追われたものや、脛に傷のある流れ者がたどり着く。ノクタヴィスで実験台にされたゼンも、狩り以外に生きる術がなかったミッサも美貌に狂う男から逃れてきたオリヴィアも、必要に迫られて最前線に来たのだ。

 それはハインキーも例外ではない。全てを受け入れてくれるからこそ、彼はバルド村を愛していた。そこで傷を癒し、新たな人生へ邁進する同士たちを愛していた。

 故に、バルド村を滅ぼした諸悪の根源を前にすれば、彼の殺意は止まることを知らない。

 ハインキーの態度は驚くほど普段通りだった。ともすれば娘のアメリアとギルドの休憩室で団欒している時と同じような柔らかな物腰に見える。

 しかし、彼が一つ大きなため息をついた途端、気配が完全に入れ替わった。

 蜃気楼で全身が茹るほどの殺意が、ハインキーの輪郭を炎上させる。温厚なハインキーばかりを目にして来たエトロとシャルは言葉を失い、シュレイブとクライヴは呆けながら身を震わせていた。

「ほう……新世界の価値も計れんただの擬似生命かと思ったが」

 ラグラードは驚嘆の吐息を漏らし、顔から感情を削ぎ落とした。大義のためなら大勢を殺せるこの男が、ハインキーの怒りを見て何を考えているのか、エトロには分からない。

 ただ一瞬、ラグラードの眉間からこの場に削ぐわない感情が見えた。

 哀れみ。同情。いや、それよりももっと複雑で、距離を置くような情。

 ……弔い、だろうか。

 ラグラードは頬の傷跡を親指で擦ると、ギラついた眼光でハインキーを見据えた。

「貴様のような者が死後辱めを受ける前に、オレが直々に処分してやろう」

 肋骨を締め上げられるような威圧が放たれ、エトロはよろける。シュレイブもクライヴも、額から冷や汗を滲ませて硬直した。

 この男には、さらに上があるのか。エトロたちと繰り広げた戦いは、ラグラードにとっては小手先程度ですらなかったのかもしれない。

 ラグラードの散弾銃がゆらりと持ち上がり、銃口がハインキーへと狙いを定める。対するハインキーも、剣を内蔵した盾を右腕に装着し、前後に大きく両足を広げた。『堅牢』の菌糸が刻まれた剣盾は、いつでも猛攻を受け止められるよう強力な光を内包していた。


 一触即発の空気の中。


 唐突にラグラードは苦笑を浮かべ、あっさりと銃口を下げた。

「やめだ。貴様らを殺したところで、今更『因果の揺り返し』を止められはしない」

 ピュイ、と甲高い指笛が鳴らされると、海の中から一体の飛行型ネフィリムが飛び出してくる。

「逃げる気かい!」
「待てミッサ。シャルに当たる!」

 ゼンがミッサの腕を押さえている間に、ラグラードは悠々と飛行型ネフィリムの背に飛び乗った。

「貴様らの破滅はもうすぐだ」

 ラグラードはいやらしい笑みを向けると、飛行型ネフィリムの背を蹴飛ばし、中央都市の方角へと飛び去っていった。
 
「ったく。卑怯な真似しやがるねぇ!」

 ミッサは唾を吐き捨て、オリヴィアの方へと向き直った。

「そっちはどうだい?」
「ちょうど弾を摘出できました。あとはリョーホくんの『雷光』で傷口を塞げば……」

 その瞬間、海上に入道雲と見紛うほどの水柱が吹き上がった。
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