家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

(55)小休止

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 建設的な話し合いをするつもりが、感情的になったあげく目を真っ赤に腫らした二名の犠牲者が生まれてしまった。クライヴだけ微妙な顔のまま蚊帳の外なので悪いことをしたと思う。

 こんな状況では真面目な話をしたくても続けられるわけがなく、オフィス内には停滞した空気が生まれた。

「少し気分転換に行こうか」

 浦敷博士からそう提案を受け、意気消沈した俺とレオハニーは黙ってうなずいた。浦敷博士の案内でオフィスから出ると、モノトーンの素っ気ない廊下が横たわっていた。そこを通ってシックな色調のエレベーターに乗り込むと、浦敷博士は迷いなく二階のボタンをタッチした。手垢もない新品同然のエレベーター内はじっとしていられないほど居心地が悪かった。

 上に表示されたフロア番号を見上げていると、浦敷博士がこちらを気遣うように行き先を教えてくれた。

「二階にカフェテリアがあるから、好きなものを食べるといい。ここではいくら食べても太らないから安心だぞ」
「ふん、偽物の飯を食っても現実世界の腹は膨れないだろうに……」

 クライヴがどこか拗ねたような口調で言うので、俺とレオハニーはつい顔を見合わせた。オフィスで出されたカフェオレをあんなに美味しそうに飲んでいたのに、何を今さら。ついでに言うと、旧人類の豊富かつ美味な料理の数々を知っている俺とレオハニーからすれば、クライヴの反応は言語道断だった。

 なので俺は敢えて、クライヴの方を見ずに意地悪く笑った。

「残念だなぁ。こっちじゃ滅茶苦茶旨い料理がたくさんあるのに。シンモルファのから揚げよりもっと柔らかい肉とかあるんだぞ」
「む……」
「あとは真っ白なパンにクリームを挟んで甘い果実を乗せたやつとか、こっちと比べ物にならないぐらい美味しい非常食とか」

 甘いモノの話題を出せば、クライヴはきらりと目を光らせて食いついてきた。その途中でレオハニーが心得たような態度で混ざってくる。

「おい、非常食って乾パンのことか。初心者にお勧めするものじゃない」
「いやいや、現実世界の非常食って全く味がしないか、味が濃すぎて水がないと流し込めないのばっかりじゃないですか。だからバルド村の皆も現地調達でドラゴンの肉を食べてるわけですし」
「それは否定しないよ」
「だからといって討伐任務に鍋を持ってくる奴があるか! これだからバルド村の連中は……!」

 クライヴからのツッコミが入りつつ、ぽんぽんと投げ合うような会話をしているうちに、エレベーターが二階へと到着した。ステンレス製の扉が左右に開かれると、廊下を挟んだ向こう側に暖色系の落ち着いたカフェテリアが広がっていた。

 右側には食事を用意するための厨房とカウンターが置かれ、左側には窓辺の席がずらりと用意されている。奥は組子細工の壁があり、柔らかな木目と調和したテーブル席が、諸島のようにぽつぽつと配置されていた。

 テーブル席周辺にはオフィスカジュアルを纏った三十人程度の職員がいて、浦敷博士を見つけるなり親し気に手を振っていた。明らかにこの空間にそぐわない俺たちの姿を見ても、ほとんどの人が好意的だ。浦敷博士の人徳故か、それとも長い時間を生きて大らかになっただけなのか。彼らの明日に憂いを抱かず満たされた姿を見ていると、同じ人間だというのに格上の生物に思えてきた。

「注文の仕方を教えよう。こっちだ」

 浦敷博士から年老いた仕草で手招きされ、カフェテリア右側のカウンターへと向かう。すると、俺達の目の前に13インチのウィンドウが表示された。

「いちいちカウンターに立たなくても注文できるけれど、雰囲気は大事だからね」

 人間臭い笑顔を浮かべながら、浦敷博士は柔和な国語教師のように一つ一つやり方を教えてくれた。といっても、手取り足取り説明が必要なのはクライヴだけで、スマホやタブレットに触った経験のある俺とレオハニーは直感で操作方法を理解できた。メニューの中にコーラやメロンソーダを見つけた時は、思わず二人してはしゃいでしまった。

 注文を終えてすぐ、人体データを取得した給仕AIが奥から出てきて、次々にカウンターに料理の乗ったプレートを並べていく。調理工程まで再現していないのは残念だったが、皿の上から立ち上る懐かしい香りを前にすると、偽物でも些細な問題だと割り切ることができた。

 注文した料理を持って、四人で座れそうなテーブル席を探しに行く。

 その途中、組子細工の壁際の席で見覚えのある二人を発見した。
 研大とミモナ博士だ。研大も俺たちの姿に気づいて、コーラを片手に立ち上がった。

「おお、おかえりー……ってどうしたんだ二人とも!?」

 研大は俺とレオハニーの真っ赤に腫れた目元を見るなり大袈裟に驚いた。

「浦敷博士が泣かした」

 クライヴが速攻でチクった瞬間、研大は絶句し、ミモナ博士が烈火のごとく怒り出した。

「ちょっと博士! 若い子をいじめるなんて最低よ!」
「い、いや、これは避けては通れない道で……」
「言い訳無用! そこに直りなさい!」

 床に正座させられる浦敷博士をしり目に、俺達は近くのテーブルを引っ張って六人で座れるよう座席を調整した。クライヴは目の前で湯気を立てる醤油ラーメンと、コンコンと説教される浦敷博士とを交互に見る。

「あれ、放っておいていいのか?」
「俺はすっきりする」
「仮にも自分の分身だろうに」
「もうとっくの昔に俺たちは別人だっつの」

 片頬で笑いながら頂きますと言い、自分が注文したハンバーグカレーを一口食べる。豊富なスパイスを練り合わせたルーは味が濃く、薄く刻まれた人参やジャガイモが程よい存在感を放っている。次に小さく切り分けたハンバーグに歯を立てると、中から温かな肉汁が溢れ、ルーの辛みをまろやかに中和していった。

「はぁーうめー! 懐かしすぎて涙が出る!」
「リョーホ、一口貰っていいか?」
「いいですよ。レオハニーさんのも一口いいですか?」
「もちろん」

 レオハニーが注文したのは、卵やハム、ローストチキンを挟んだボリュームたっぷりのバケットサンドだ。サラダも付いているので一人で食べ切れるのか心配になる量だが、一人で上位ドラゴンの後ろ足一本分のステーキを平らげた人なので無用な心配だろう。

 ナイフでバケットサンドを一部切り取っている間に、レオハニーはハンバーグカレーを食べてご満悦だった。物欲しげなクライヴにもカレーの皿を差し出してみると、おずおずと手が伸びてきたので微笑みを堪えるのが大変だった。

 クライヴはカレーを一口入れた途端、その辛さに目を向いて、口を押えながら急いで咀嚼を始めた。それから柔らかい肉や程よい野菜の触感、一言では表現しきれない多彩な味に目まぐるしく表情を変えた。

「う、旨い……こんな料理、一体どうやって作ったんだ……!?」
「スパイスにもよるけど、近い料理は現実世界でもすぐに再現できると思うぞ」
「後でレシピを教えてもらうぞ。カミケン様にも食べてもらいたい!」

 くわっと目を輝かせながら意気込んでいると、斜め向かいの席から研大が羨ましそうに話しかけてきた。

「三人で可愛いことしてるな。俺も混ぜてくれよ」
「えー、研大はもう何回も食べたことあるだろ?」
「まぁなー」

 と言いながらも、研大はちゃっかり俺の皿から一口分貰っていった。

「あ、お前!」
「いいだろ減るもんじゃないし」
「減るわ! 俺にとっては貴重なカレーだ!」
「ははは、貴重だからこそ横取りし甲斐があるんじゃないか」
「こんの野郎、食べ物の恨みなめんなよ!」
「ははーおもしれー!」

 そうだった、こいつは人をからかうと決めたら全力になる男だった。言い返したらいつまで経っても終わらないので、歯ぎしりをしながら威嚇に留めるしかない。

 と、そのタイミングでミモナからの説教が終わったようで、心なしか顔の皺が増えた浦敷博士ががたりと椅子を引いた。

「酷い目に遭った……」
「ざまぁ」
「わあ、我ながら腹立つ顔だ」

 俺の返答に苦笑する浦敷博士。その隣席にはどすんとミモナが腰かける。その拍子に、ミモナの胸にかけられた名札が裏返り、管理責任者という文字が一瞬見えた。なんとなく浦敷博士の名札も見ると、似たような文言が名前の上に小さく書かれている。だが、研大にはそもそも名札がなく、服装も明らかにこの研究所の所属ではなかった。

 俺は食事の手を進めつつ、研大へと聞いてみた。

「研大とミモナ博士はどういう関係なんだ? 研大はここの所属じゃないんだろ?」
「友達の友達。浦敷博士から紹介してもらったんだ。ね、ミモナ」
「ええ、そうね」
「ってことは、ミモナ博士も小さい頃のレオハニーさんに会ったことがあるんですか?」
「会ったも何も、よく研究のお手伝いをしてくれたわよ。ね? レオナちゃん」

 ミモナが微笑みながら話を振れば、レオハニーはモソモソとバケットサンドを食べながら目を逸らした。

「……やめてください。昔の話は」
「まぁクールになっちゃって。もうミモナお姉ちゃんって言ってくれないの?」
「~っ!」

 目を伏せながら真っ赤になるレオハニーに、年配組の三人がくすくすと笑う。普段から大人びたふるまいをするレオハニーも、三人の前では形無しだった。

 レオハニーは仮想世界へ逃れた浦敷博士たちに恨みを抱いていたはずだが、ベートの一件でショックを受けた分、このやり取りが懐かしくて仕方がないのかもしれない。憎みたくても憎み切れない自己矛盾なら俺も抱いたことはあるが、レオハニーの場合は一段と複雑なようだ。

 和やかな雰囲気をしみじみと見守っていると、ミモナが人差し指を立てながら軽い調子で言った。

「あ、ちなみにテララギとヨルドの研究所を設計したのって研大なのよ」
「そうだよ! あと、ヨルドの最新ポッドを開発して、ここのサーバー建てたのも俺!」
「は!?」

 突然の爆弾発言に俺は唖然とする。ラーメンに夢中になっていたクライヴも、麺をすすった体勢のまま固まってしまった。俺は手から滑り落ちそうになったスプーンを皿の上に置きつつ、隣にいるレオハニーを振り返る。

「レオハニーさん、今の話本当なのか!?」
「おそらく。幼い頃の記憶だからはっきりしないが、シモン博士から依頼を受けたきり、研大が研究所から消えたことがあった。その依頼がヨルドの研究所を作るものだったのなら説明はつく」
「マジかよ。研大、お前いつからそんなことできるようになったんだ? 機械工学に興味があるのは知ってたけどそこまで趣味を極めたのか?」
「そう大袈裟に捉えなくていいよ。シモン博士の設計図を下敷きにやっと完成させられた代物だから、俺の功績なんて実質二割しかない」

 これだから自覚していない天才はタチが悪い。

 シモン博士がまだ存命だった時期は、ドラゴンへの対抗策も未発達で、菌糸能力を扱える人もごく少数であったと想像できる。そんな荒廃した世界の中、数百年以上も海底で生きながらえる施設を作るのは至難の業だ。流石に研大がすべて一人でやり遂げたわけではないにしても、こうして実現させてしまった技術は驚嘆に値する。

 そういえば、仮想世界に入る前にツクモが言っていた。ヨルドの里の氷の一族は、海底遺跡を守るためにずっとこの地で暮らしていたのだと。

「研大は、ヨルドの里で新人類と暮らしてたこともあるのか?」

 半ば期待を込めながら俺が訊いてみると、研大は平然と頷いた。

「おうそうだ。シモン博士から氷属性の菌糸能力者を預けられてさ、いきなり海辺に第二研究所を用意しろって言われたんだよ。作るのにまた十年ぐらい掛かってさぁ。十年も暮らしてたらちょっとした集落も大きくなっちゃって……」
「詳しく聞かせてくれ!」

 エトロの先祖の話が訊ける千載一遇のチャンスに、俺は思わず身を乗り出してしまう。旧人類と新人類が共存できたという事実は、戦争を止め、機械仕掛けの世界との融和を求める俺にとって重要な証拠だった。

「あー待ってな。記憶復元するから」

 研大は俺の反応に驚きつつも、頭に手を当ててしばしの間目をつぶった。すると研大の米神から瞼にかけて、直角に折れ曲がる菌糸模様のような光が浮かび上がり、何かをインストールするように粒子を流し始めた。

 やがて研大が何かを思い出したように眉間を開くと、米神の光もそれに合わせて消滅した。そして研大は瞼を持ち上げ、日本人特有の黒い瞳で俺に微笑みかけた。

「そうだった。それじゃあ話そうか。ヨルドの里にこの世界を作るまでの道程を」

 途端に大人びた雰囲気なった研大を見て、俺は唐突に、彼の中で過ぎ去っていった膨大な時間を実感した。
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