家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

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「本当に見つけたのか!?」
「うん! こっちの部屋と同じポッドがある!」

 俺は思わず目を剥きながら、シャルが指し示す方へ走った。シャルが見つけた秘密部屋は、ちょうど制御室と反対側のコードに包まれた壁向こうに隠されていたようだ。コードの隙間からは、シュレイブが手だけを出してこちらに手招きをしていた。

 コードの隙間を掻き分けていくと、四畳半の部屋と、真ん中にポツンと置かれたポッドが現れた。

「こっちのポッドはボロボロだな」

 エトロが言ったように、その部屋のポッドは埃を被り、あちこちに傷がついていた。まるで他所から強引に持ち出してきたかのような有様である。

「形も少し違うから、多分旧式なんだろうな。この状態で使えるかどうか……」

 素人ながらにポッドの本体に傷がないかを確認していると、レオハニーがすっと俺の横に立ち、手慣れた様子でポッドの蓋を開けた。

「これなら使い方を知っている。私がこれに乗ろう」
「けど古い型番では危険じゃ……」
「このポッドでも浦敷博士たちをあの世界を送り届けられたんだ。問題ない。最新の方は、君とクライヴ君で使うといい」

 そう言うや否や、レオハニーは配線がなされていない旧式ポッドをひょいと担いでしまった。

「ここにはコードがないから、制御室の方で調整をする。道を開けてくれ」
「はい!」

 真っ先にエトロが出入り口のコードを退けて、レオハニーが通れるように道を確保する。いかにも重そうなポッドを、レオハニーは軽々と運んで去っていった。

 結局俺はレオハニーに制止の言葉をかけられず、彼女を棒立ちで見送ることしかできなかった。

 ポッドの操作方法を知っているレオハニーならば、旧式ポッドがエラーを吐いても対処できるだろうし、配役としては理に適っているだろう。だが、もし彼女が仮想世界に取り残されるようなことになったら大事だ。できれば死んでも復活できる俺が乗ったほうがいいというのに。

 そんな俺の気持ちを察したかのように、アンリから少々強めに背中を叩かれた。

「ポッド問題はこれで解決したね」
「……おう。あとはどうやって起動するか、だな」

 つい不満を滲ませながら頷いたところで、不意に俺たちの足元が細かく振動し、あちこちから重低音が響き渡った。

 それと同時に、薄暗かった遺跡内部が映画館のようにゆっくりと明るくなった。

「なんだ?」

 目が覚めるほど白い照明に照らされながら、俺たちは急いで制御室の方へ戻った。

 制御室では、ポッドを運び終えたレオハニーたちと、一人モニターの前に残っていたツクモが、揃って当惑した表情で立っていた。

「ツクモ、何があった?」
「画面の端にいきなりこのようなメッセージが浮かんで、タッチしてみたら遺跡が目覚めてしまったようです」
「は……はは。ワンクリック詐欺だったらどうすんだよ」

 ツクモの迂闊な行動に冗談を言いながら、俺はモニターを覗き込んでみた。ツクモの言った通り、画面右下にパソコンがウイルス感染した時と同じようなウィンドウが表示されている。

 そこにはなんと、新人類の言語でメッセージが書かれていた。

「『向こうで待っている』……?」

 まるでこちらの動きを把握しているかのような文面に、俺は鳥肌が二の腕を這い回るのを感じた。

 レオハニーも俺と同じようにメッセージを覗き込んだ後、小さく生唾を飲み込みながら目つきを鋭くした。

「誘われているな。我々への脅しか」
「いや……この遺跡のネットワークに辿り着けるような人なら、きっと大丈夫だ。ベートたちには脅しをするメリットもない」

 鍵者でしか開けられないパスワードと、氷の一族と良好な関係を築いた旧人類の眠るこの遺跡。この二つが揃っているのだから、メッセージの送り主が味方である可能性もゼロではない。もし敵だった場合はなんとかすればいい。どちらにしろ、機械仕掛けの世界に行かなければ戦争を止められないのだから。

 俺はモニターから離れると、再びポッドの表面に触れた。するとさっきまではうんともすんとも言わなかったポッドが、当たり前のように起動し、自動で装置の蓋を開いてみせた。

「レオハニーさん、行けそうです」
「……分かった。こちらも調整を始める」
「私も手伝います」
「シャルも!」

 エトロとシャルがレオハニーの方へと集まり、早速旧式のポッドのセッティングが始まった。後のことは彼女たちに任せて、俺は最新ポッドの側に膝をつきながらクライヴに手招きをした。

「クライヴはこっちに来てくれ」
「ああ」

 クライヴが素直に俺の方へと移動すると、えっとシュレイブから裏返った声が上がった。

「クライヴも行くのか!?」
 
 クライヴはポッドの縁を跨ぐようにして中に入ると、内部の様子を観察しながらぶっきらぼうに言った。

「カミケン様は俺に学びを得ろと仰った。ならば機械仕掛けの世界だろうと突き進む他ない」
「も、戻ってこれなかったらどうするんだ!」
「その時はお前がカミケン様をお守りしろ」

 迷いなく告げられた言葉に、シュレイブは深く押し黙った。そこへクライヴは追い打ちをかけるように思いをぶつける。

「お前だって分かってんだろ。戦争を止める、即ち我々スキュリアの里の安寧だ。俺は里のためなら命を賭けるぞ」
「お、俺だって同じ気持ちだ。だがなぁ……俺はお前なしでやっていける自信がないぞ……」

 途端にしおらしくなったシュレイブに俺たちは目を丸くした。一番驚いているのはクライヴかもしれない。

「らしくないな。お前はいつも喧しいぐらいに言っているじゃないか。自分は超絶カッコいいカミケン様の守護狩人だとよ」

 ポッドから半身を出しながらクライヴが茶化すと、シュレイブはすっと表情を消した。そして、なんのしがらみやプライドも抱かず、こんなことを言い切った。

「お前もその一人だろ?」

 クライヴは口を薄く開いた後、思い切り顔を背けながら勢いよくポッドの中へ沈んだ。

「恥ずかしいこと言うな阿保!」

 バタン、と蓋が閉じるや、シュレイブは怒りの形相でポッドに張り付いた。

「おいなんだその態度は! こっちは心配してるんだぞ!?」
『やめろくっつくな! 誰かこいつを引き剥がせ!』
「はいはい」

 アンリがシュレイブを宥め出したところで、レオハニーたちも準備が終わったようだ。旧式のポッドから重低音が鳴り、表面に近未来的なラインが浮かび上がっていく。その外見は近未来の機械が生んだ卵のようで、傷だらけのボディをものともせず安定的に稼働していた。

「本当に大丈夫なんですか?」

 しつこく俺が確認すると、レオハニーは心なしか自慢げに頷いた。

「このポッド、実は私とシモン博士で設計したんだ。当時はどんな機械かも知らずに関わっていたけれど、シモン博士と……ベート博士のためならと、私一人で徹夜で組み立てたこともある」

 さあ君も入りなさい、と促され、俺も最新型のポッドの中へ身を横たえた。

 次にレオハニーもポッドの中へ身体を滑り込ませたが、彼女は身体を起こしたまま、自動で閉まろうとする蓋を手で止めた。

「忘れ物ですか?」
「いや……」

 レオハニーはしばし迷った後、赤い瞳を俯けながら俺の方へ顔を向けた。

「さっき、NoDの身体には魂を入れることができないと言ったな」
「……ええ」

 俺が起き上がりながらゆっくりと頷くと、レオハニーは下唇を強く噛み締め、やがてゆっくりと口を開いた。

「私は今まで、自分は他のNoDとは違う、人間からNoDへと転生を果たした唯一の成功例だと思っていた。だが、あの論文に書かれていたことは全く逆だった。浦敷博士たちがNoDに転生せず、新人類の存続に注力していたのも、自分たちは二度と復活できないと気づいていたからだった」
「レオハニーさん、まさか貴方は……」

 俺は途中でエトロの目線に気づき、最後まで口にしなかった。だがレオハニーは躊躇うことなくその先を引き継いだ。

「私も君と同じだ。リョーホ。シモン博士と共に生きたレオナ・ハーヴァーはもうこの世に存在しない。ここにいる私は、偽物だ。私がこの身体で学び、感じたものすべては、自我データを元に作り出された、電子的な応答でしかなかった」
「……レオハニーさん」
「いいんだ。薄々気づいてはいた。NoDの身体で目覚めた時からずっと……私は現実から目を背けていただけだ」

 ダアトの論文を読み終わって、レオハニーは己が一体どんな生物なのかを明確に理解してしまったのだろう。

 これまでのレオハニーは、死んだ直後に魂をNoDに入れられてしまっただけだと勘違いしていた。だが、他ならぬ浦敷博士とシモン博士の研究成果によって、レオハニーは現実を突きつけられてしまったのだ。

 人間の魂はNoDに適応できない。できるのは自我のない菌糸と、魂ではない自我データのみ。レオハニーもそれは例外ではなかった。

 自分が偽物だった、という事実を明かされるのは、俺自身も体験したことだ。だというのに、俺はレオハニーにかける言葉が見つからなかった。

 彼女が同情や叱咤を求めていないことは明白だ。それ以外の何かを探せば良いのに、俺の中には何もない。

 しかしその重い沈黙は、レオハニーのすぐ傍らで破られた。

「師匠にはレオハニーという名前があるじゃないですか!」

 制御室全体に響くほどの大声だった。全員の視線が一点に集まる。

 視線の先には、目尻に涙を溜めたエトロがいた。

 エトロは乱暴に目元を拭うと、一言一言に力を込めながらレオハニーへと詰め寄った。

「私はレオナ・ハーヴァーという方を知りません。私が知っているのは、私の命を救い、ここまで導いてくださった、レオハニーという名のたった一人の女性です」

 エトロの剣幕に、レオハニーは珍しく困惑していた。まるで口説かれなれていない乙女のように目を開いて、助けを求めるように俺を見てくる。その視線は、あえなくエトロに遮られてしまった。

「師匠。私は師匠のことを幼い頃から尊敬しています。貴方がどんな生まれでも、貴方が自分を偽物だと思っていても、この思いは変わりません。師匠と歩んだ過去が全て大切だから、私は貴方が大好きです!」
「あ……う……」

 告白とは違う、純粋な愛が真っすぐとレオハニーの胸を射止める。耳まで真っ赤になっているレオハニーを見て、外野のシャルとアンリが互いに手を握りながら声なく黄色い悲鳴をあげていた。

「師匠? 聞いていますか師匠! 私の言葉に嘘偽りはありません! 私は師匠のことを──」
「エトロ、もういいから……分かったから!」

 レオハニーは湯だった顔を片手で覆い、エトロに握られたもう片方の手にギュッと力を込めた。

 胸が張り裂けそうなほど静かな制御室の真ん中で、レオハニーはぎこちなく唇の形を変えて、ようやく言葉を絞り出した。

「……その……これが礼になるか分からないけど……君が……私の弟子でよかった。会えてよかった、と思う」
「…………っ」

 エトロは肩が持ち上がるほどいっぱいに息を吸い込むと、レオハニーに思い切り抱きついた。

「お、おい……」
「今だけはお許しください。師匠」

 エトロの華奢な腕は、レオハニーを抱き寄せながら震えていた。レオハニーはエトロの胸に顔を押し付ける形で、頭が真っ白になったように固まっていた。しばらくして思考が追いついたか、レオハニーは覚束なくエトロを抱きしめ返す。

 彼女たちの足元では、卵型のポッドに刻まれた直角ラインの溝が、脈動するような光を放ち続けていた。

 肉親のような二人の触れ合いは、ほんのひとときに終わった。二人が抱擁を放した時には、これまで通りの師弟関係が両者の間に引き直されていた。

 レオハニーは改めてポッドの中に身を横たえ、腹の上で両手を握った。もう自動で閉まる蓋を止めはしない。

 透明なガラス越しに師弟は見つめ合い、短く別れの言葉を交わした。

「いってくるよ」
「いってらっしゃい。師匠」

 エトロが微笑みかけると、旧式ポッドのガラスが白く曇った。あちらのポッドには目隠し機能が搭載されているようだ。

 俺はしばし旧式ポッドを見つめた後、自信なさげにエトロの顔を見上げた。

「……俺にはないの?」

 ちょっと面倒臭かっただろうか、と不安になりながら聞いてみると、エトロは太々しい態度で俺に近づき、身をかがめた。

 額に柔らかな感触が伝わる。

「……無事に帰ってこい」
「っああ。行ってくる」

 顔に熱が集まってしまう前に、俺は急いでポッドに潜り込んだ。まもなく、搭乗を感知したポッドが動き出し、ガラスの蓋で外部と遮断される。

 透明なガラス越しに、エトロとアンリ、シャルとツクモが俺を覗き込んでくる。なぜ最新式のポッドには目隠し機能がないのか。開発者に一言文句を言いたい気分だった。

 数秒後、ポッド内の九つのライトが、カチカチと音を立てながら順番に点灯し始めた。ライトの横には、電源、回線、出力といった単語が並び、どれも正常を示す緑の光を放っている。

 やがて全てのライトが点灯すると、低い振動音と同時に、静電気のような衝撃が全身を駆けまわった。
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