家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

(45)ヨルドの里

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 バルド村から帰還した翌朝。俺たちはついにヨルドの里奪還作戦を決行することにした。

 奪還作戦には俺達バルド村の狩人だけが参加する。メンバーはたったの六人のみで、シュレイブとクライヴを含めても八人だ。常識的に考えれば無謀だが、最強の討滅者が同行すれば帳消しになる。

 今回はあえて、バルド村救助隊の時のようにエラムラの狩人を募ることはしなかった。ディアノックスの被害を受けたばかりのエラムラに、これ以上人手を割いてもらうわけにはいかなかったからだ。それに、ヨルドの里に隠されている機械仕掛けの門を知る人間はできるだけ少ない方がいい。エラムラの人々を疑うようで悪いが、トゥアハ派のスパイが紛れているとも限らないのだ。
 
 出発は朝早くだったにも関わらず、東門にはエラムラの民が大勢詰めかけた。大声で激励してくれる彼らの姿は、オラガイアへ旅立つロッシュを見送った時と酷似していた。エラムラの里長を連れ帰ることができなかった俺たちには勿体無い善意で、胸が強く締め付けられた。

 重いバックパックを背負い直しつつ、俺は見送りに来てくれたハウラとレブナを振り返った。

「ハウラさん。行ってきますね」
「無事に、帰ってきてくださいね」

 本当なら、今日までの出来事が全て上手くいっていれば、ハウラも奪還作戦に加われたはずだった。ハウラがレオハニーの元に弟子入りしたのだって、ヨルドの里に眠る真実を自分の手で解き明かすためだったのに。

 だが、ロッシュがいないエラムラの里を放置できるはずもない。だからハウラは、ミカルラに関する秘密の解明を、全て俺に託すことにしたのだ。その決断を下すまでにどれほどの葛藤があったかは計り知れない。

 ハウラの願いを受け取る代わりに、俺はドミラスの日記を彼女に託した。あの日記にはこれから起きること、そして過去に何があったかも詳細に書かれている。彼女の求める答えも大なり小なり含まれているはずだ。

 そして、俺が帰って来れなかった時の道標にもなるだろう。

 ふと、ハウラは人見知りしたように視線を泳がせると、赤い瞳を伏せながら俺に右手を差し出してきた。

「リョーホさん。わたしの手を握っていただけませんか」
「……ええ」

 内心で困惑しながらハウラの手を取る。全てを腐食させてしまうハウラの菌糸は、やはり俺にだけは牙を剥かない。普通の女の子らしい、俺より少し高い体温が手のひら全体に伝わった。

「あなたに、とめどない幸福が訪れますように。あらゆる危険から、先祖があなたをお守り下さいますように」

 ハウラは最後に手の甲へキスを落とすと、俺の手を掲げながら雅にお辞儀をした。一見儀礼的なのに、心臓が震えるほど真心がこもった祈りの言葉は、力強く俺の身体へ沁み渡っていった。

 ハウラと俺の手が離れると、いつの間にか静まり返っていた民衆が盛大な拍手をした。

 和やかな雰囲気が戻ってきたあたりで、エトロがハウラに笑いかける。

「ヨルドの里を取り戻したら、今度こそ一緒に海を見に行こう」
「はい。お待ちしてます」

 親友同士の微笑ましいやり取りを横目に見つつ、俺は大人しく控えているレブナへ声をかけた。

「レブナも、あんま無理すんなよ」
「ふん。おっさんに心配されなくたって平気だもーん」
「お前って奴は……」

 完全に舐めた態度でつんとそっぽを向くレブナに、俺は米神を引くつかせる。するとレブナは片目だけでこちらを見ながら悪戯っぽく笑った。

「ま、美味しいお肉が採れたら、また一緒に食べてあげてもいいけど?」
「お前って奴は! 今日の朝食美味かったよちくしょう!」

 遠回しに肉をせびりながらツンデレを発揮するレブナに俺は怒ったフリをした。それから二人でケラケラ笑いながら拳をぶつけ合う。

 そして俺たちは、エラムラの人々へねんごろに別れを告げながら、朝靄に紛れるように出発した。背後から波のように押し寄せる声援は、不安に揺れる俺たちの足取りを勇足へと押し上げてくれた。



 ・・・───・・・



 今回はキャラバンを連れていない分、俺たちの移動は早かった。俺たちの背にはバックパックに詰め込まれた食料と調理器具、薬品類などがあり、成人男性を背負っているような重みがのしかかっていた。

 荷物持ちは俺とツクモ、エトロで、戦闘がメインのレオハニーとシャル、アンリはできるだけ荷物を少なくしてある。レオハニーたちのバックパックの重さはせいぜい小学三年生ぐらいの重さであろう。

 ビーニャ砂漠に侵食された元高冠樹海は、見通しが良くなり障害物も減った分、最短距離での移動が可能になった。

 救助隊の時とは違って、強行軍となったチームの動きは苛烈だった。ドラゴンに襲撃されても、アタッカーのレオハニーたちができるだけ一撃で仕留め、死体は放置。四方を囲まれたなら一点突破を狙うのみ。ほとんど足を止めずに突き進む俺たちはさながら暴走列車だった。

 エラムラの里からかなり離れた頃、俺はレオハニーへと声をかけた。

「ここまで来たらもう大丈夫でしょう」
「そうだね」
「なんの話ー?」

 俺は首を傾げるシャルに手招きをし、一旦進軍を一時停止させる。

「あー聞いてくれ。実は昨日、皆に紹介し損ねた二人がいてさ……」

 吃りながら、俺は薄らと魂のオーラが見える空間に合図を出す。すると、カーテンを捲ったようにシュレイブとクライヴの姿が現れた。

 二人の姿を見て、俺とレオハニー、ツクモ以外の面々が大きく目を見開く。

「ねぇ、なぜここにカミケン様の護衛が二人もいるのかな?」
「こ、これには理由があってな……」

 アルカイックスマイルを浮かべるアンリに戦々恐々としながら、俺は鈍る舌を回して正直に説明した。シュレイブたちが来た理由と、エラムラとの諍いを避けるために今日まで黙っていたことをざっくりと。

 話を聞き終わると、アンリは額を押さえながら俺に背を向け、エトロは眉間に谷ができそうなほどしかめっ面になった。一方シャルはベアルドルフの知り合いが来てくれただけでも嬉しかったようで、大人たちの渋い反応を尻目に滅茶苦茶話しかけていた。

 エトロは微笑ましいような悩ましいような顔でシャルとシュレイブたちを眺めた後、全く表情を変えなかったツクモへ目を向けた。

「ツクモは事前にリョーホから知らされていたのか?」
「最初に彼らの存在に気づいたのは私と雀でしたから」
「師匠も知っていた?」
「昨日、共に狩りをしたと聞きました」
「はぁー……!」

 エトロは叫ぶように嘆息すると、くるりと俺に向き直った。

「確かに、さっきのような説明をエラムラの狩人に、馬鹿正直に聞かせるわけにはいかなかった。隠していた理由も十二分に理解できる。だがもう少し、せめて私たちにだけ伝えるタイミングぐらいはあったんじゃないか? エラムラに帰った後とか、バルド村で別行動をとっていた時とか!」
「すまん」

 しょんもりと肩を落としながら謝罪する。すると、シュレイブが突然人差し指をエトロに突きつけた。

「そうか分かったぞ! そこのお嬢さんは恋人に隠し事されて拗ねてるんだな!」
「空気読め馬鹿!」
「ぎゃん!」

 クライヴがシュレイブを背負い投げしてくれたはいいものの、覆水盆に返らず。エトロの空気が一瞬でひりついたものになった。

 ひっと息を呑みながら俺が後ずさると、エトロの研ぎ澄まされた眼光が俺をその場に縫い付けた。俺は瀕死のカエルのように浅い呼吸を繰り返しながらも、エトロも拗ねるなんて可愛いところあるな、という現実逃避気味な思考を踊らせずにいられなかった。

 エトロはしばし苦虫を噛み潰したような顔になると、すっと俺から目線を外した。

「……私だって、答えは出せなくても一緒に考えることぐらいはできるのに」

 あらら、とアンリの方から間の抜けた声がする。俺も内心では同じ反応だ。本当にエトロが拗ねているのだから。

 俺は笑みを堪えながら彼女に歩み寄ると、柔らかいクラゲ頭にハグをした。

「な、やめろ!」

 エトロは顔を真っ赤にしながら抗議するが、抵抗は弱々しいものだった。ひとしきりエトロの反応を楽しんだ後、俺はくるりと皆の方へ振り返った。

「急いでる時に引き止めて悪かったな。顔合わせも終わったし、早くヨルドの里に行こうか」
「はいはい」

 アンリは口の中に砂糖を突っ込まれたような顔でおざなりな返事をし、他のメンバーと共に持ち場へ戻っていった。



 ・・・───・・・



 途中でバルド村から続く渓谷へ飛び降り、乾涸びた川に沿ってヨルドの里へ向かう。

 時々、渓谷の上を飛行型ドラゴンが横切ったり、巨大なワーム型ドラゴンが飛び出してきたりと、ドラゴンの襲撃頻度が一気に上がった。だが、精鋭ばかりが揃ったチームの前では大した問題ではなかった。
 
 途中で休憩を挟みながら進み続けていくと、ようやく磯の匂いが近づいてきた。自然と足を速めながら渓谷の狭間を抜けると、真っ白な砂浜と、青々とした水平線が姿を現した。砂浜には半分ほど埋まった黄昏の塔があり、崖から滑り落ちたであろう廃墟の残骸も散らばっている。ニヴィの記憶で見た時と地形が変わってしまっているが、間違いなく、ここはヨルドの里だった。
 
 記憶で見たとはいえ、実際に立ってみると感慨深い気持ちになる。エトロが幼少期を過ごした故郷は、不謹慎かもしれないが滅びてもなお美しく見えた。

「…………」

 エトロは眩しそうに水平線を眺めた後、穏やかなさざ波を立てる海へ向け、一人で歩み始めた。

 俺はしばし躊躇った後、彼女の後ろ姿に耐えきれなくなり、足早に後を追った。

 徐に彼女が足を止めたのを見て、俺も歩調を緩める。

「エトロ」
「……ここに桟橋があったんだ」

 雪を吸ったような白い指先が、力なく海を指差す。

「横には狩猟船が何隻も連なっていて、夏になったら狩猟大会が開かれたんだ。バルド川からは最前線から持ち帰ってきたドラゴンの素材が運ばれてきて、それを目当てにいろんな狩人が里に来た。ミヴァリアほどではないが、毎日がお祭り騒ぎで、本当に楽しかったんだ」

 知っている。ここに住んでた人々の活気も、桟橋に立ち、竜王の赤子を海に返した美しい里長のことも。だが、それは全て俺の記憶ではない。だから俺は、どんな反応も彼女に返すことができなかった。

 エトロは青々とした瞳を煌めかせながら、途方にくれたような、透明な声で呟いた。

「私の故郷は、本当に滅びてしまったんだな……」

 俺は息を詰め、歯を食いしばりながらエトロの手を握った。エトロは海を呆然と眺めたまま、無言で俺の肩に身を預けた。
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