家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

(39)ユダラナーガ

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 ユダラナーガの一撃は痛烈だった。太刀で受け流すだけでも身体が痺れ、受け止めようものなら腕が千切れそうになる。『雷光』の治癒能力がなければ、俺はとっくにボロ雑巾になって死んでいただろう。

 こちらの攻撃が通じないため、俺はほとんど防戦一方を強いられていた。

 こんなところで時間を食っている場合ではない。
 早く救助隊の元へ帰らなければ。
 疲労が溜まってきたせいで、そんな余計な思考が過るようになってきた。何度攻撃を与えても目に見える成果が現れないため、余計に思考が逃避欲に割かれていく。

「落ち着け……!」

 自分に言い聞かせ、ユダラナーガの角を足蹴にして宙へ飛ぶ。そして太刀を上段に構え、邪念を払うべく感覚を研ぎ澄ませた。

 名匠ヴァーナルが作り上げたこの太刀には、エトロの愛槍が織り込まれている。『瞋恚』で見ずとも、太刀からは『氷晶』の力が感じられた。氷属性である彼女の力ならユダラナーガを仕留められるはず。そう頭では理解できても、俺はまだ太刀の力を引き出しきれなかった。

 今もまた。

「うおおおおお!」

 雄叫びを上げ『雷光』で加速しながら、鱗の薄い鼻面目掛けて太刀を振るう。だが、薄皮一枚切れただけで、俺は太刀ごとバネのように跳ね返されてしまった。

 ユダラナーガの鱗はゴツゴツとした見た目に反して、スーパーボールを幾重にも塗り固めたような弾力があった。遠方からの雷撃を加えたり、炎球を直撃させたりしても軽々と無力化される。太刀の形状を変えてハンマーや大剣で殴り掛かっても効果なし。果てはドリルまで使ったが、弾力性のある鱗にはそもそも先端が突き刺さらなかったのでお手上げだ。これならヤツカバネの方がまだ柔らかかった。
 
「くそ! なんでこんなに固いんだよ!」

 毒吐きながら、迫り来る巨大な尾を回避する。が、扇状の尾から放たれた突風が軽々と俺を空中へ払いあげてきた。せっかく詰めた距離が引き離され、平衡感覚も狂わされる。

 そこへ追い打ちとばかりに、ユダラナーガの巻き起こした砂竜巻が下から襲い掛かってきた。高速で回転する砂はミキサーそのもので、巻き込まれたら全身ズル剥けになるだろう。

 俺は左手を突き出し『紅炎』で気流を乱しにかかった。煌々と輝く炎はあっという間に竜巻の全身を飲み込んで、内側から爆発するように風を散らした。

「ぐぁ、痛ってぇ!」

 砂竜巻に指先を食いちぎられながらも、即座に『雷光』で治療し地面を目指す。しかし砂竜巻に気を取られていたせいで、砂の中に潜ったユダラナーガに気づくのが遅れた。

 砂漠の表面に地割れが起き、気づいた時には俺の目前にユダラナーガの口があった。

 「しまっ――」

 反射的に身体を丸めた瞬間、視界が真っ暗になり、背後でガチンと音がした。生暖かい空気で密閉され、激しく転がった拍子にねっとりとした唾液が全身にまとわりつく。

 急いで立ち上がろうとすれば足元がうねり、舌と口蓋で俺を押しつぶそうとせり上がってきた。呼吸ができない。周囲が見えない。狭くて自由に動けない。節くれた舌が俺の服を巻き込んで、奥へ奥へと引きずり込んでくる。

 捕食される恐怖を知覚した瞬間、内臓が全て心臓に置き換わってしまった様な、激しい拍動に全身が囚われた。ついでに、ドラゴンに食い殺されたときの死の記憶までフラッシュバックし、俺の脳みそはあっという間に容量限界を超えた。

「うぎゃあああ無理無理無理無理!」

 無我夢中で『雷光』と『紅炎』を纏い、自分の血液から『支配』を侵食させて内側から口内を破壊する。持てる力を一気に駆使したからか、それとも柔らかい口の中だったからか、俺が思っていた以上に効果は抜群だった。

『ブビャオオオオオオ!?』
 
 菌糸が死滅していく激痛によって、頑なに閉じていたユダラナーガの口が大きく開かれる。

「うおわっ!」

 舌で弾かれるようにして放り出され、俺は反射的に受け身を取りながら砂を転がった。唾液で濡れたせいで砂が全身にこびりつき、口の中にも結構な量が入る。弾き出される際に歯に頭をぶつけたせいで、額や腕からだらだらと血が流れだした。

「臭い、汚い! くそ!」

 恐怖半分、出し抜いてやった興奮半分で頭がハイになっていた。自分の両頬を何度も引っぱたいてどうにか理性を呼び戻す。そうして冷静になった後で、あのまま腹の中まで落ちてやれば『支配』で即殺できたんじゃないかという悪魔の発想が出てきた。

 そこまで過激な思考へ偏った時、ふと俺の脳裏にエトロの不安そうな顔が過ぎった。

 即殺できそうでも、脱出できなかった場合を考えたらナシだ。馬鹿な死に方をしてエトロを泣かせたくはない。

 危うく、生き残ることを優先するという覚悟を捨ててしまうところだった。死の記憶は便利な時もあるが、こういう時は意識が引っ張られて面倒である。

 『紅炎』で蒸発しきれなかった唾液を拭い、自分の血で汚れた両手で柄を握りなおす。

 その時ふと、柄の辺りから青白い光が瞬いた気がした。

「なんだ……?」

 ユダラナーガから後ずさりながら手元を確認してみると、柄から刃へ滑り落ちた俺の血と、太刀の中に織り込まれた『氷晶』の菌糸が輝いていた。そしてやっと、俺は太刀の本当の使い方を察した。
 
 太刀の中から『氷晶』の力を引き出せなかったのは、太刀と俺の菌糸が直接繋がっていないからだったのかもしれない。

 俺が普段から能力を使おうとするとき、自分の手足の延長として動かすイメージで行っている。それで能力が発動できていたのは、体内の菌糸が俺の意識を汲み取ってくれたからだ。

 だがこの太刀に眠る『氷晶』は俺の菌糸ではないし、俺の体内にも存在しない。他人の思考を盗み見できないように、太刀に寄生した『氷晶』だって俺の思考を読むことは不可能だ。

 ならば、人間の対話のように、菌糸同士を呼応させればいい。

 一番単純なのは接触。ちょうど太刀の表面で俺の血液と『氷晶』が反応し合っているように、より直接的な接触が必要だ。

 俺はユダラナーガの攻撃を一旦回避した後、太刀の中腹を左手で握りしめた。掌から血が溢れ、太刀がほとんど真っ赤に染まっていく。その瞬間、エトロの菌糸と同じ青白い輝きが俺の視界を埋め尽くしていった。
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