家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

(37)朝会議

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 早朝。
 火の勢いが失せた焚き火を囲いながら、俺は救助隊メンバーにユダラナーガ討伐の話を持ちかけた。エラムラの狩人たちは特に反対することもなく話に乗ってくれたが、ここで思わぬ伏兵が登場した。それというのも、バルド村の狩人たちである。

「欲しいのは土属性の菌糸で間違いないんだね?」

 腕を組みながら仁王立ちし、厳しい尋問口調で問いかけてきたのはレオハニーだ。心なしかレオハニーの真っ赤な瞳が、より強い朱色に染まっているように見える。

 俺はジリジリと焼けるような砂漠の朝日に汗をかきつつ、正座したままこくりと頷いた。

「はい。俺の身体にはまだドラゴン化の兆候が全くないので、新しく菌糸を取り入れても問題ないかなぁ、と」

 あはは、と目を泳がせながら理由を述べる。すると今度はアンリが黒い笑みを浮かべた。

「兆候がなくとも、いきなり症状が現れたらどうするんだい?」
「に、ニヴィの『支配』があるから、ドラゴン毒素を抑え込める自信はあるぞ? 『瞋恚』で魂を弄るコツも掴んでるし、クラトネールに化けた時だって毎回人間に戻れてるじゃんか」
「魂を弄っているっていう点では、言いたいことがたくさんあるんだけど?」

 反論できず、俺は下手くそに笑うしかない。

 魂を弄るという行為が倫理的でないことは俺でも自覚している。だが、むやみやたらに使いたいだとか、他人を使って試そうとは考えていない。オラガイアで半ドラゴン化していたアンジュを人間に戻したり、俺が時々ドラゴン化しているのだって、全て必要だからやってきたことだ。

 アンリはお辞儀するような格好でぐっと俺に顔を近づけると、より不気味な笑みを深めてみせた。

「まあ、渓谷の土砂を取り除いたら、生存者の発券率が上がるのは間違いない。今回だけは見逃そう。……俺はね」

 パチン、とアンリが小慣れたウィンクをするや、砂漠とは思えぬほどの冷気が吹き荒んだ。

「え、エトロさん……?」

 恐る恐る背後を振り返りながら声をかけると、吹雪が一層強くなった。砂漠の灼熱を忘れてしまいそうなほど、薄着で浴びるには寒すぎる風だ。

 特徴的なクラゲっぽい髪を靡かせて、吹雪の主がゆらりと頭を持ち上げる。

「リョーホ……私は反対だ。何故お前はいつもいつも危険な手段ばかり真っ先に手を出そうとするんだ」

 そんなことはない、と反論しかけたが、アンリとシャルが揃って黙れとジェスチャーしてきたので口を引き結ぶ。

 エトロは俺の前まで歩み寄ると、なんの前触れもなく、圧し掛かるようにして抱擁をしてきた。

「……エトロ?」

 声をかけると、ひんやりとした手のひらが俺の後頭部へ回され、少し強めに引き寄せられた。

「砂の中に何かがあったとしても、すでに手遅れだったら……お前がドラゴン化のリスクを背負うだけじゃないか」

 耳元で告げられた声は消え入りそうなほど弱々しかった。俺はしばし迷ってからエトロを抱きしめ返し、慣れない手つきで彼女の肩をあやすように叩いた。

「リスクだけじゃないよ。ユダラナーガの菌糸能力があれば、砂漠に建物だって作れるかもしれないし、ヨルドの里の復興には間違いなく大活躍できる。戦闘に使えるかどうかは実際に試してみないと分からないけれど、リスクに見合うだけのメリットがあるはずだ」

 俺はしばらくエトロの反応を待った後、勢いに任せて素直な気持ちを口にした。

「それに俺は、エトロを置いて化け物になったりしないよ。残りの人生はエトロと暮らすって決めてるし」

 後半になるにつれて声が上擦ってしまった。自覚した途端に首から上が熱くなる。自分で口にしておきながら照れていると気づかれたくなくて、俺はエトロに見られないよう大きく顔を逸らした。

 必死に顔を逸らしながら時が過ぎるのを待っていると、腕の中で仄かに笑う気配がした。

「……分かった。お前に任せる」
 
 エトロが立ち上がる気配に合わせて正面に向き直る。すると、仕方なさそうに微笑むエトロと目が合った。海原を思わせる美しい瞳としばしの間見つめ合う。

「師匠。それでよろしいですか?」

 くるりとエトロが背を向けたところで、俺は遅れて、額を押さえるレオハニーの存在に気がついた。さしものレオハニーも、可愛い弟子の思いを跳ね除けるような真似はできないらしい。

 レオハニーは眉間の皺を揉んだ後、長髪を鬱陶しそうに払いながら言った。

「許可しよう。ただし、討伐隊と救助隊とで二手に分かれよう。戦闘が目的となれば荷台は邪魔になる」

 途端、救助隊は小さくどよめいた。リデルゴア国で最高難易度を誇るビーニャ砂漠で、あえて戦力を分散するのは異例中の異例だ。それでもレオハニーが言うのだから、と納得できてしまうあたり、彼女に対する皆の信頼の厚さは相当だった。

 レオハニーは仔細に仲間の反応を確認した後、俺の方に手を添えながらはっきりと聞こえるよう声を張り上げた。

「討伐には、私とリョーホだけで行く」

 二度目のどよめきが起き、エトロが焦ったように進み出る。

「師匠。いくら貴方が強くても、ビーニャ砂漠で二人きりなんて危険ではありませんか?」
「リョーホの実力を見る良い機会になる。すぐに帰ってくるよ」
「えー! リョーホばっかずるい! オレも連れてけ!」

 シャルが手を上げながら抗議すると、レオハニーは一瞬驚いた顔をしてから、ほんの少しだけ目尻を下げた。

「シャルには別の仕事を頼みたい。君にしかできない重要な仕事だ。できるかな?」
「むぅーん? わかったやる!」

 あっさり納得するシャルに、大人たちはつい笑ってしまった。

 和やかな雰囲気になったのも束の間。

「──ォォォォォォォ……!」

 地平線の向こうから、象の合唱のような重々しい咆哮が薄らと聞こえてきた。ついにドラゴンたちも目覚め始めたようだ。

 現場で一気に緊張が走る。レオハニーは背負っていた大剣を引き抜き、砂上に突き刺しながら胸を張った。

「では、早速準備を始めよう。救助隊の代理リーダーはアンリに任せる」
「また俺ですか?」
「そうとも。誇りに思いなさい」

 滅多にないレオハニーの労いに、アンリとエトロが揃って目を丸くする。レオハニーは彼らに背を向け、今度は俺へ鋭く呼びかけた。

「行くぞ、リョーホ」
「はい!」
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