家に帰りたい狩りゲー転移

roos

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5章

(35)手立て

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 夜明け前の晩餐会は、途中で起き出したレオハニーも含めて静かな盛り上がりを見せていた。

 今日のような空白の時間が訪れると、狩人たちは饒舌になる。語られる内容は様々で、新種のドラゴンや他里の情勢であったり、酒の肴になる身の上話であったりする。

 エラムラの狩人たちが持ち寄った話は、少し聞いただけでも興味を惹かれるものばかりだった。例えば、エラムラの里の七不思議や、イリアス峠の未解決事件といった与太話。絶体絶命に陥った時に討滅者とばったり出会い、里まで送り届けてもらったこと。近道をしようとしたらうっかり中位ドラゴンの狩場に入ってしまい、三日ほど追いかけ回されたという失敗談まであった。

 もっと話を聞いていたかったが、俺は夜番を言い訳にして、団欒の輪から抜け出した。朝日が昇る前にシュレイブたちと密会する約束があるのだ。

 エラムラの狩人たちには悪いが、シュレイブたちの存在はぎりぎりまで隠し通すつもりだ。

 理由は単純で、オラガイア同盟のことはまだエラムラの里で公表されていないからだ。エラムラの狩人たちはまだ、スキュリア陣営を敵と見なしたまま。そんな状況でミヴァリアの狩人を紹介すれば、双方にとって間違いなく良い結果にはならない。万が一シュレイブたちがエラムラの狩人に殺されたとあってはカミケンも黙っていないだろう。

 一応、俺の方からエラムラの狩人へ事情を説明すれば納得してくれるのではとも考えた。だが、それを提案したらシュレイブたちから全力で止められた。曰く、お前が思っている以上に、エラムラとスキュリアの仲は最悪だ、と。

 その後にツクモにも相談してみたが結果は同じで、オラガイア同盟の話をするのはまだ早いと止められた。里同士の争いに中立なツクモが言うのだから、エラムラとスキュリアの蟠りは相当に根深いらしい。

 ならば、絶対にエラムラの狩人たちに見つからないよう徹底しなければなるまい。今回の密会もその話し合いのためだ。

 というわけで、俺はミヴァリアの二人に向かって太々しく言い放った。

「シュレイブ、クライヴ。お前たちも生存者の捜索を手伝ってくれ」
「はぁ? 俺たちが見つかったらヤバイって話したばっかりだよな?」
「バレないように探すんだよ」
 
 俺がにやりと笑い返すと、クライヴは態度を改めて押し黙った。シュレイブはともかく、クライヴは興味を持ってくれたらしい。

 俺は座っている二人の前でどっかりと胡座をかき、『雷光』で適当な棒を作って『紅炎』を灯した。三人の真ん中に小さな焚き火が浮かび上がり、全員の顔を仄かに照らし出す。

「で、バレないようにってどうやるつもりだ?」

 クライヴから会話の火蓋を切られ、俺は頷いてから小さく手を上げた。

「その前に聞きたい。ビーニャ砂漠のドラゴンに、砂を操れる能力持ちはいないか? できれば上位ドラゴンがいいんだが」
「いるにはいるが、なぜそんなことを聞くんだ?」
「実は俺、ドラゴンの菌糸を自分のものにできるんだよ。まあ、上位ドラゴンを殺して、核に素手で触れなきゃいけないんだけどさ」
「やっぱこいつマッドサイエンティストだぞ!」

 大声で騒ぎ出すシュレイブを、俺とクライヴの拳が速攻で黙らせる。シュレイブは後頭部に二つのたんこぶをこさえて砂に沈んだ。

 クライヴはふんと鼻を鳴らしたあと、胡乱げな目つきで俺の顔を覗き込んだ。

「お前、もしかして上位ドラゴンの能力でバルド村を掘り起こすつもりか?」
「大正解。ほら、砂の上を探しまくったって、絶対に仲間たちの足取りは掴めないだろ。だったら証拠ごと発掘しなきゃさ」

 バルド村の渓谷は、今もなお止めどなく砂に埋もれ続けている。それに、瓦礫で埋められた建物の入り口を人力で広げるのは不可能だ。

 だが菌糸能力ならば重機と同等の力を発揮できる。短時間で砂を除くのも、瓦礫に埋まった建物の中に入るのも可能になる。

 それだけではない。俺はベアルドルフから、ドミラスの研究所にある日記を探せと言われているのだ。日記には終末の日や浦敷博士に関わるヒントが隠されているはず。ヨルドの里に行く前に、それだけでも絶対に調べておきたかった。

 俺の熱意が伝わったか、クライヴは青い髪をぐしゃぐしゃと引っ掻きながら深いため息をついた。

「大量の砂……というより、地形を自由に変えるドラゴンならいる」
「そいつの名前は?」
「ユダラナーガ。デブの砂馬が二足歩行してるブスドラゴンだ」
「お前って結構口悪いな?」

 流れるような罵倒に苦笑する。それから、俺は名前を頼りにドラゴンに関する記憶を引っ張り出した。

「俺の記憶違いじゃなければ、ユダラナーガは昼行性だったよな? 夜は砂に埋もれて眠ってるから探すのは現実的じゃないって、どっかの図鑑で見た気がする」
「ああ。だから日が昇ってから探すしかない。だが、キャラバンの皆にはなんて説明するんだ? いきなり救助を切り上げてユダラナーガを狩りに行くって言い出したら疑われるぞ」
「あいにくと俺の身内は話が分かるヤツばっかりなんでね。俺が軽く説得してやるよ」
 
 自信満々に俺が宣うと、クライヴから何故か馬鹿を見るような目を向けられた。

 俺はすかさず憮然とする。

「おい、なんだその目は」
「なんというか、甘やかされてきたんだなぁって」
「それを行ったらそこのシュリンプだって相当に甘やかされてそうだぞ」
「シュレイブだ! いつになったら名前を覚えるんだ君はぁ!」

 元気にキャンキャン吠えてくるシュレイブに、俺は変顔で煽ってみた。するとシュレイブは怒り心頭で謎の奇声を上げ始めた。いじりがいのある奴である。

 げらげら笑いながらひとしきりシュレイブをいじり倒していると、二人揃って鉄拳制裁された。

「いてぇ!」
「へぶ! 俺は被害者だぞクライヴ!?」
「じゃかあしいわ!」

 年寄り臭い怒鳴りっぷりに、俺とシュレイブは小さく縮こまった。

「お前の相棒怖すぎない?」
「うん」
「殺すぞ」

 今度こそ本気で凄まれて、俺たちはぴゃっと背筋を正した。

 クライヴは地の底に届きそうなほどため息を吐くと、拳を下ろして憂うような面持ちになった。

「なあ鍵者。一つだけ確認しておきたい」
「なんだよ」

 クライヴは砂の上で片膝を立てるように座り、僅かに俺の方へ前のめりになった。

「ドラゴンの菌糸を取り入れるな、とは今更言うつもりはない。だが、それは本当に安全なのか?」
「というと?」
「もし五大属性すべての菌糸を取り入れたり、重複する能力を吸収してしまったら、お前の身体はどうなるんだ?」
「あー……」

 密やかな声で問われた内容に、俺は咄嗟に返答できなかった。

 俺は顎に手を当てながら悩んだ後、とりあえず知っていることを並べ立ててみた。

「ゼンさんとドクターからは、ドラゴン化のリスクがあるから回数には気をつけろって言われてた。だけど属性については何とも言われてなかった気がする。それ以上のことは何も言われてないな」

 強いて言うなら、新しい菌糸能力を手に入れるたびにドミラスがサンプルを欲しがっていたぐらいか。無属性だから適合できるとか、一度人間と適合したドラゴンの菌糸は他の人間にも応用できるとかなんとか、よく分からない説明を繰り返していた。話半分だったので詳細は覚えていない。少なくとも、ドラゴン化するリスクはあまり語られなかったのだけは確かだ。

 クライヴは眉間の皺を深くしながら俺を睨んだ後、気を取り直して新しい質問を重ねてきた。

「なら、お前が今持っている菌糸の属性は?」
「炎の『紅炎』と、雷の『雷光』、土属性の『瞋恚』……後は無属性の『支配』だな。一応、俺が生まれつき持ってる菌糸も無属性らしい」
「トルメンダルクの菌糸は? オラガイアでアレと戦ったんだろ?」
「レオハニーさんが最後にトドメを刺したから、核に触れるタイミングなんてなかったよ。オラガイアの心臓部にある菌糸も、一時的に意識を同化させただけだから体内には取り入れてないし」

 つまり、俺がまだ手に入れていない属性は二つ。風と水だ。

 今の俺なら、やろうと思えば五大属性を揃えられる。だが、風はエランの双剣があるし、水もエトロの氷槍と同化した愛刀があるので、必要がないなら新しい能力を手に入れる気はない。ドラゴン化のリスクがあると注意されている以上、片っ端から上位ドラゴンの菌糸能力を手に入れるわけにもいかないのである。

 ただ今回は生存者の捜索とドミラスの日記のためにも、ユダラナーガの菌糸能力は絶対に欲しい。だからクライヴに反対されようが、俺が意地でも説得するつもりだった。

 クライヴは腕を組んで俯くと、自分の思考を整理するように言葉を紡いだ。

「ソウゲンカに、クラトネール、ヤツカバネ。情報と一致しているな」
「なんだよ情報って」

 不穏な単語に眉を顰めると、クライヴはキャラバンの方を気にするそぶりを見せながら、顔を寄せて低く囁いた。

「実はな、スキュリア陣営にはリデルゴア国随一の諜報機関がある」
「初耳だぞ」
「秘密組織でもあるからな。お前でも名前ぐらいは聞いたことがあるんじゃないか?」

 デッドハウンド。

 クライヴから短く告げられた名称に、俺は身を引きながら息を止めた。

 確かに聞き覚えのある名だ。デッドハウンドはかつて、俺がノースマフィアの一員だった頃にも世話になった、あらゆる闇に通じる巨大組織なのだから。
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