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5章
(34)迷彩
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真夜中の砂漠は凍えるほどに冷たく、渓谷の底ともなればひとしおだった。
『紅炎』で暖を取りながら光源を用意しつつ、建物の入り口が残っている場所を捜索する。キノコライトを植えて捜索済みの目印を残しておくのも忘れない。
捜索は空が白み始めるまで続けられたが、めぼしい成果は得られなかった。
砂に埋もれた渓谷には、バルド村の面影があっても、人がいた形跡は全くなかった。時間が経てば経つほどに、風で運ばれてきた砂で渓谷がじわじわと埋まっていく。時間をかければかけるほど、生存者の救出が困難になっていくだろう。
キャラバンに乗せられている食料は三日分。その間になんの手がかりもなければ、捜索は打ち切りだ。無理をしてくれたハウラの顔を立てるためにも、いつまでもキャラバンを借りるわけにもいかなかった。
バルド村の渓谷に、絶えず砂粒が降り積もる。数時間前より底が浅くなった渓谷に、俺は胃の中にタワシを突っ込まれたような不快感が込み上げてきた。少しでも気を緩めたら、理性を忘れ、手当たり次第に物を壊し尽くしてしまいそうだった。
「……一旦上に戻ろう」
エトロからそう促され、俺は後ろ髪を引かれながら無言で頷いた。
渓谷を登ると、ちょうど北の方からアンリが戻ってくるところだった。
「どうだった?」
アンリに声をかけられ、俺は力なく笑った。
「なにも見つからなかったよ。そっちは?」
「いいや。ドラゴンばっかり。シャルが美味そうな上位ドラゴンを仕留めてきたから夕食は決まったけどね」
と、ちょうどそのタイミングで俺たちの頭上が一瞬だけ暗くなる。直後、上位ドラゴンを抱えたシャルが、地響きを立てながら少し離れた場所に着地した。
血抜きを終えられたそのドラゴンは、ビーニャ砂漠でもポピュラーなオクトバイサーだった。巨大なタコ足のトカゲにサングラス型の角を生やした、某ネズミ遊園地のヴィランに出てきそうな見た目だ。足には吸盤の代わりに無数の棘が生えている。
「新鮮なうちに食った方が美味そうだな」
「食べたい! お腹すいた!」
「よしよし、みんなで準備しような」
功労者であるシャルの頭を撫でながら、オクトバイザーを引きずってキャラバンに戻る。キャラバンの護衛をしてくれたエラムラの狩人たちは、オクトバイザーを見てえらくはしゃいでくれた。
料理を始める前に、キャラバンの周囲にドラゴン避けのお香を焚いておく。それからキャラバンに積んでいた鉄板を引っ張り出し、オクトバイザーの墨袋を燃料にして火を起こした。
オクトバイザーの墨袋の中には可燃性の液体が入っている。匂いはガソリンに近いが、不思議と炎はオレンジ色だ。狩人の間ではカンテラ油より長持ちすると大人気だった。
キャンプファイヤー並みに燃え上がる焚き火に一同は盛り上がる。焚き火の上に鉄板を敷いた後、卵と小麦、足の早い野菜とオクトバイザーを刻んで生地を作る。あとは適当に自分たちが好きな量で生地を焼き固めるだけだ。
最後にソースをかけて完成した料理は、どこからどうみても分厚いお好み焼きだった。
食用ナイフで切り取ると、断面から真っ白な湯気が広がる。甘塩っぱいソースと絡めて口に入れると、大きめに刻んだ野菜からホクホクの食感がした。オクトバイザーの肉は鶏肉とタコの中間のような弾力で、ほんのりと蟹っぽい甘味が滲み出てくる。
「あっふい」
身体の内側から温まると、暗く沈んでいた気持ちが自然と上向いてきた。
何かが解決したわけではない。むしろ課題は山積したままだ。だが、焚き火を囲って食事する仲間の顔を見ていると、実はなんとかなるんじゃないかという根拠のない希望が湧き上がってくる。
「リョーホ様、少しよろしいでしょうか」
食事の途中、ツクモがひそひそ声で俺に呼びかけてきた。それとほぼ同じタイミングで、レオハニーからツクモに預けられていた雀が、俺の頭にぽすっと着地してきた。
「ピチチッ」
俺は食べかけの料理をハンツチェアに乗せ、緩んでいた緊張を引き締め直す。
「どうした」
「その雀が、キャラバンの後方で何かを見つけたようです。ドラゴンではなさそうですが、何もない所を飛び回るばかりで……」
「分かった。俺が確認してくる。ツクモはそのまま休憩に入っていいよ」
「はい」
ツクモと入れ替わり、頭に雀を乗せたままキャラバンの後ろに回る。
焚火から数メートル離れただけだというのに、猛烈な寒さと静けさに襲われて俺は身震いした。
人には見えず、雀には見える何か。ドラゴンではないのなら、もしや幽霊か? 動物は人間よりも霊感が強いと聞いたことがある。幽霊に魂があるのなら『瞋恚』で見えそうな気がするが、できれば出会いたくないものだ。
色々と想像を膨らませたせいで急に怖くなってきた。ツクモと一緒にくればよかった、と後悔しながら、頭の上にいる雀を手のひらに乗せる。
両手の温もりでどうにか自分を勇気づけながら、俺は意を決して、荷台の後ろをさっと覗き込んでみた。
誰もいない。俺たちの足跡が残っているだけだ。
だというのに、掌で大人しくしていた雀が大きな声を上げた。
「ピィーッ!」
「うお、いきなり叫ぶなよっ」
小声でしかりつけても雀は全く反省していなかった。雀は小さな足で俺の手から飛び立つと、十メートルほど先の砂上でぐるぐると旋回を始めた。
「何かあるのか?」
『瞋恚』を使って、じっとそのあたりに目を凝らす。すると薄らとだが二人分の魂のオーラが見えた気がした。
見間違いだろうか。いやしかし。
迷いながらオーラの見えた場所へにじりより、恐る恐る手を伸ばしてみる。
瞬間、何者かによって思い切り腕を叩き落とされた。
「ひょあああああ!」
「うぎゃああああ!」
虚空から凄まじい悲鳴が上がり、釣られて俺も絶叫する。
この声には聞き覚えがある。オーラの正体を悟った俺は、恐怖を忘れて躊躇いなく幽霊へ飛びかかった。
「このエビ野郎! なにコソコソついてきてんだ!」
「な、なぜ分かったぁ!?」
べしゃ、と二人して砂に倒れ込む。すると、幕を剥がしたようにシュレイブの姿が顕になった。その隣にも頭を抱えるクライヴが出現した。
「ミヴァリアの狩人がなんでここまで来てるんだよ」
「カミケン様からご命令があったのだ! 貴様らの監視をしろとな!」
「監視だと?」
シュレイブの物言いに、俺は視線を鋭くする。ひぃっとシュレイブは縮み上がり、バタバタと俺から距離を取ろうとした。ビビりすぎだろうと俺が唖然としていると、クライヴが俺の肩に手を置いた。
「そう身構えなくていい。せっかくオラガイア同盟を結んだのに、それを台無しにするようなことはしない。ちょっとした見学だと思ってくれ」
「見学なら堂々とついてくればいいだろ?」
「お前、バカか? ミヴァリアの守護狩人がエラムラの近くをうろついていたら殺されるに決まってるだろう」
それもそうか。だが、それが俺たちにストーキングする理由になるかと言われると微妙である。
中途半端な表情で俺が黙り込むと、キャラバンの後ろからひょっこりとアンリが顔を出した。
「リョーホ? そこに何かいるのか?」
「え、ああっと……」
「まあいいや。料理冷めちゃうから早くしなよ」
言い訳を口にする前に、アンリは焚火の方に戻っていった。
俺は軽く瞠目しながら、キャラバンとシュレイブたちとを見比べる。先ほどのアンリの反応からして、シュレイブたちの姿が見えていないようだった。
「もしかして、姿を隠す菌糸能力か? シュレイブがやったのか?」
「ちっがあああう! 俺のはもっと美しく強い菌糸能力で――」
「黙ってろバカ!」
ごん! と人間から聞こえてはならない音がシュレイブの後頭部から発せられる。クライヴの鉄拳を食らったシュレイブは声もなく砂の上に撃沈した。容赦のない一撃に俺はあんぐりと口を開けるしかない。
クライヴは拳にふっと息を吐きかけると、ぱちんと指を鳴らして菌糸模様を浮かび上がらせた。俺が視線をそちらへ引き戻すと、クライヴの身体の半分が指先からじわじわと透化していくのが見えた。
「これは俺の菌糸能力『迷彩』だ。周囲から見えなくなるだけで実体はあるし、他人に触れられたら効き目がなくなる。匂いと足音も誤魔化せるが、ドラゴンの嗅覚の前じゃ焼け石に水だ」
「なら、完全に対人向けだな。魂のオーラまで隠れてたし」
すると、クライヴは小難しい顔で口元をひん曲げた。
「魂まで隠れてるのは初耳だ……」
「自分の能力なのに調べてないのか?」
「姿を隠すだけの力をどうやって調べるんだよ」
「そりゃあ、菌糸をこう、引っこ抜いて培養したりとか?」
俺の発言を聞いた途端、クライヴは砂埃を上げながら距離を取り、シュレイブは尻餅をついたまま人差し指を向けて叫んだ。
「マッドサイエンティストだ! 危険人物だぞこいつ!」
「うん。今のは俺が悪かった」
菌糸を引っこ抜く=魂の一部をもぎ取る所業なので、彼らの反応もむべなるかな。菌糸が魂だと知らずとも、菌糸が傷つくと相当に痛いらしいので、シュレイブたちはそっちの意味でドン引きしているのかもしれない。
ぐぎゅるるるる……。
唐突にドラゴンのイビキによく似た爆音がする。音の発生源はシュレイブの腹だった。
よくよく見てみれば、二人とも顔が悪く覇気がない気がする。
俺はシュレイブの前でしゃがみ込み、じっと目頭を凝視した。
「自分たちの食料は?」
「……持ってきてない」
俺は呆れるあまり間抜け顔になってしまった。
こいつらは本当に守護狩人なのだろうか。サバイバル能力がなさすぎる。ハウラの結界のせいで里から食料を調達できなかったのだろうが、せめて俺たちのように調理道具ぐらいは持参するべきではないか。
ともかく、ないものは仕方がない。俺は溜息を飲み込むと、二人に人差し指を突きつけて言い放った。
「あっちでメシ貰ってくるから、ここからぜっったいに動くなよ。知らんところでドラゴンに喰われても夢見が悪いしな!」
「ふ、ふん! 施しがなくとも俺たちは全然平気──」
ぐぎゅるるるる!
先ほどよりも一際大きな空腹音が、シュレイブの語尾を掻っ攫った。クライヴは深々とため息を吐いた後、シュレイブの頭を鷲掴んで一緒に頭を下げてきた。
「すまないがよろしく頼む」
「おう」
俺はひらりと手を振って、大股で焚火の方へと歩き出した。
『紅炎』で暖を取りながら光源を用意しつつ、建物の入り口が残っている場所を捜索する。キノコライトを植えて捜索済みの目印を残しておくのも忘れない。
捜索は空が白み始めるまで続けられたが、めぼしい成果は得られなかった。
砂に埋もれた渓谷には、バルド村の面影があっても、人がいた形跡は全くなかった。時間が経てば経つほどに、風で運ばれてきた砂で渓谷がじわじわと埋まっていく。時間をかければかけるほど、生存者の救出が困難になっていくだろう。
キャラバンに乗せられている食料は三日分。その間になんの手がかりもなければ、捜索は打ち切りだ。無理をしてくれたハウラの顔を立てるためにも、いつまでもキャラバンを借りるわけにもいかなかった。
バルド村の渓谷に、絶えず砂粒が降り積もる。数時間前より底が浅くなった渓谷に、俺は胃の中にタワシを突っ込まれたような不快感が込み上げてきた。少しでも気を緩めたら、理性を忘れ、手当たり次第に物を壊し尽くしてしまいそうだった。
「……一旦上に戻ろう」
エトロからそう促され、俺は後ろ髪を引かれながら無言で頷いた。
渓谷を登ると、ちょうど北の方からアンリが戻ってくるところだった。
「どうだった?」
アンリに声をかけられ、俺は力なく笑った。
「なにも見つからなかったよ。そっちは?」
「いいや。ドラゴンばっかり。シャルが美味そうな上位ドラゴンを仕留めてきたから夕食は決まったけどね」
と、ちょうどそのタイミングで俺たちの頭上が一瞬だけ暗くなる。直後、上位ドラゴンを抱えたシャルが、地響きを立てながら少し離れた場所に着地した。
血抜きを終えられたそのドラゴンは、ビーニャ砂漠でもポピュラーなオクトバイサーだった。巨大なタコ足のトカゲにサングラス型の角を生やした、某ネズミ遊園地のヴィランに出てきそうな見た目だ。足には吸盤の代わりに無数の棘が生えている。
「新鮮なうちに食った方が美味そうだな」
「食べたい! お腹すいた!」
「よしよし、みんなで準備しような」
功労者であるシャルの頭を撫でながら、オクトバイザーを引きずってキャラバンに戻る。キャラバンの護衛をしてくれたエラムラの狩人たちは、オクトバイザーを見てえらくはしゃいでくれた。
料理を始める前に、キャラバンの周囲にドラゴン避けのお香を焚いておく。それからキャラバンに積んでいた鉄板を引っ張り出し、オクトバイザーの墨袋を燃料にして火を起こした。
オクトバイザーの墨袋の中には可燃性の液体が入っている。匂いはガソリンに近いが、不思議と炎はオレンジ色だ。狩人の間ではカンテラ油より長持ちすると大人気だった。
キャンプファイヤー並みに燃え上がる焚き火に一同は盛り上がる。焚き火の上に鉄板を敷いた後、卵と小麦、足の早い野菜とオクトバイザーを刻んで生地を作る。あとは適当に自分たちが好きな量で生地を焼き固めるだけだ。
最後にソースをかけて完成した料理は、どこからどうみても分厚いお好み焼きだった。
食用ナイフで切り取ると、断面から真っ白な湯気が広がる。甘塩っぱいソースと絡めて口に入れると、大きめに刻んだ野菜からホクホクの食感がした。オクトバイザーの肉は鶏肉とタコの中間のような弾力で、ほんのりと蟹っぽい甘味が滲み出てくる。
「あっふい」
身体の内側から温まると、暗く沈んでいた気持ちが自然と上向いてきた。
何かが解決したわけではない。むしろ課題は山積したままだ。だが、焚き火を囲って食事する仲間の顔を見ていると、実はなんとかなるんじゃないかという根拠のない希望が湧き上がってくる。
「リョーホ様、少しよろしいでしょうか」
食事の途中、ツクモがひそひそ声で俺に呼びかけてきた。それとほぼ同じタイミングで、レオハニーからツクモに預けられていた雀が、俺の頭にぽすっと着地してきた。
「ピチチッ」
俺は食べかけの料理をハンツチェアに乗せ、緩んでいた緊張を引き締め直す。
「どうした」
「その雀が、キャラバンの後方で何かを見つけたようです。ドラゴンではなさそうですが、何もない所を飛び回るばかりで……」
「分かった。俺が確認してくる。ツクモはそのまま休憩に入っていいよ」
「はい」
ツクモと入れ替わり、頭に雀を乗せたままキャラバンの後ろに回る。
焚火から数メートル離れただけだというのに、猛烈な寒さと静けさに襲われて俺は身震いした。
人には見えず、雀には見える何か。ドラゴンではないのなら、もしや幽霊か? 動物は人間よりも霊感が強いと聞いたことがある。幽霊に魂があるのなら『瞋恚』で見えそうな気がするが、できれば出会いたくないものだ。
色々と想像を膨らませたせいで急に怖くなってきた。ツクモと一緒にくればよかった、と後悔しながら、頭の上にいる雀を手のひらに乗せる。
両手の温もりでどうにか自分を勇気づけながら、俺は意を決して、荷台の後ろをさっと覗き込んでみた。
誰もいない。俺たちの足跡が残っているだけだ。
だというのに、掌で大人しくしていた雀が大きな声を上げた。
「ピィーッ!」
「うお、いきなり叫ぶなよっ」
小声でしかりつけても雀は全く反省していなかった。雀は小さな足で俺の手から飛び立つと、十メートルほど先の砂上でぐるぐると旋回を始めた。
「何かあるのか?」
『瞋恚』を使って、じっとそのあたりに目を凝らす。すると薄らとだが二人分の魂のオーラが見えた気がした。
見間違いだろうか。いやしかし。
迷いながらオーラの見えた場所へにじりより、恐る恐る手を伸ばしてみる。
瞬間、何者かによって思い切り腕を叩き落とされた。
「ひょあああああ!」
「うぎゃああああ!」
虚空から凄まじい悲鳴が上がり、釣られて俺も絶叫する。
この声には聞き覚えがある。オーラの正体を悟った俺は、恐怖を忘れて躊躇いなく幽霊へ飛びかかった。
「このエビ野郎! なにコソコソついてきてんだ!」
「な、なぜ分かったぁ!?」
べしゃ、と二人して砂に倒れ込む。すると、幕を剥がしたようにシュレイブの姿が顕になった。その隣にも頭を抱えるクライヴが出現した。
「ミヴァリアの狩人がなんでここまで来てるんだよ」
「カミケン様からご命令があったのだ! 貴様らの監視をしろとな!」
「監視だと?」
シュレイブの物言いに、俺は視線を鋭くする。ひぃっとシュレイブは縮み上がり、バタバタと俺から距離を取ろうとした。ビビりすぎだろうと俺が唖然としていると、クライヴが俺の肩に手を置いた。
「そう身構えなくていい。せっかくオラガイア同盟を結んだのに、それを台無しにするようなことはしない。ちょっとした見学だと思ってくれ」
「見学なら堂々とついてくればいいだろ?」
「お前、バカか? ミヴァリアの守護狩人がエラムラの近くをうろついていたら殺されるに決まってるだろう」
それもそうか。だが、それが俺たちにストーキングする理由になるかと言われると微妙である。
中途半端な表情で俺が黙り込むと、キャラバンの後ろからひょっこりとアンリが顔を出した。
「リョーホ? そこに何かいるのか?」
「え、ああっと……」
「まあいいや。料理冷めちゃうから早くしなよ」
言い訳を口にする前に、アンリは焚火の方に戻っていった。
俺は軽く瞠目しながら、キャラバンとシュレイブたちとを見比べる。先ほどのアンリの反応からして、シュレイブたちの姿が見えていないようだった。
「もしかして、姿を隠す菌糸能力か? シュレイブがやったのか?」
「ちっがあああう! 俺のはもっと美しく強い菌糸能力で――」
「黙ってろバカ!」
ごん! と人間から聞こえてはならない音がシュレイブの後頭部から発せられる。クライヴの鉄拳を食らったシュレイブは声もなく砂の上に撃沈した。容赦のない一撃に俺はあんぐりと口を開けるしかない。
クライヴは拳にふっと息を吐きかけると、ぱちんと指を鳴らして菌糸模様を浮かび上がらせた。俺が視線をそちらへ引き戻すと、クライヴの身体の半分が指先からじわじわと透化していくのが見えた。
「これは俺の菌糸能力『迷彩』だ。周囲から見えなくなるだけで実体はあるし、他人に触れられたら効き目がなくなる。匂いと足音も誤魔化せるが、ドラゴンの嗅覚の前じゃ焼け石に水だ」
「なら、完全に対人向けだな。魂のオーラまで隠れてたし」
すると、クライヴは小難しい顔で口元をひん曲げた。
「魂まで隠れてるのは初耳だ……」
「自分の能力なのに調べてないのか?」
「姿を隠すだけの力をどうやって調べるんだよ」
「そりゃあ、菌糸をこう、引っこ抜いて培養したりとか?」
俺の発言を聞いた途端、クライヴは砂埃を上げながら距離を取り、シュレイブは尻餅をついたまま人差し指を向けて叫んだ。
「マッドサイエンティストだ! 危険人物だぞこいつ!」
「うん。今のは俺が悪かった」
菌糸を引っこ抜く=魂の一部をもぎ取る所業なので、彼らの反応もむべなるかな。菌糸が魂だと知らずとも、菌糸が傷つくと相当に痛いらしいので、シュレイブたちはそっちの意味でドン引きしているのかもしれない。
ぐぎゅるるるる……。
唐突にドラゴンのイビキによく似た爆音がする。音の発生源はシュレイブの腹だった。
よくよく見てみれば、二人とも顔が悪く覇気がない気がする。
俺はシュレイブの前でしゃがみ込み、じっと目頭を凝視した。
「自分たちの食料は?」
「……持ってきてない」
俺は呆れるあまり間抜け顔になってしまった。
こいつらは本当に守護狩人なのだろうか。サバイバル能力がなさすぎる。ハウラの結界のせいで里から食料を調達できなかったのだろうが、せめて俺たちのように調理道具ぐらいは持参するべきではないか。
ともかく、ないものは仕方がない。俺は溜息を飲み込むと、二人に人差し指を突きつけて言い放った。
「あっちでメシ貰ってくるから、ここからぜっったいに動くなよ。知らんところでドラゴンに喰われても夢見が悪いしな!」
「ふ、ふん! 施しがなくとも俺たちは全然平気──」
ぐぎゅるるるる!
先ほどよりも一際大きな空腹音が、シュレイブの語尾を掻っ攫った。クライヴは深々とため息を吐いた後、シュレイブの頭を鷲掴んで一緒に頭を下げてきた。
「すまないがよろしく頼む」
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俺はひらりと手を振って、大股で焚火の方へと歩き出した。
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