家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

(33)嵐一過

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 砂馬にソリを引かせながら、月明かりで白く照った英雄の丘を下る。そこから先には、プラチナブロンドの大海原が延々と広がっていた。

 鬱蒼とした高冠樹海の姿は影も形もない。きめ細やかな砂は光の粒を纏っており、踏むたびに心地よい音色を響かせた。

 砂浜を歩いているような気分だった。砂の表面が微風で逆巻き、さりさりと擦れあう音を立てる。

「本当に、森があったんだよな? ここに……」

 呆然とする俺の問いに、救助隊の面々は目を伏せるだけだった。

 改めて、竜王の理不尽さを再認識する。
 ヤツカバネの餌が魂だとすれば、ディアノックスの場合はだ。足の裏から絶えず溶岩を溢れさせ、片っ端から物質を燃やし尽くして捕食する。

 例えるなら、薪を燃やし続けるための火種を集めるようなものだ。ディアノックスは常に身体を高熱で保たなければ、硬い岩石で構築された身体が凝固してしまう。その熱を集めるために、他の生物から炎と菌糸を奪い取って糧とするのだ。

 ディアノックスの溶岩は、微生物どころか地中の生物までも喰らい尽くしてしまう。そのため、生態系が完全にリセットされ、ガラス化した死体で砂漠という不毛の大地が形成されるのだ。

 捕食後の土地が不毛となるのはヤツカバネと通ずる部分があるかもしれない。だが、ヤツカバネの場合はネガモグラや腐植土を分解してくれる微生物が残るため、すぐに緑を取り戻せる。

 反対に、ガラスで作られた砂漠の大地では植物が育たない。雨が降っても土地に保水性がなく、微生物も生きていけない。生き残りのネガモグラがいれば、砂漠の端からじわじわと緑が回復する可能性はあるだろう。それでも、高冠樹海ほどの豊かな土地を取り戻すには何百年もの歳月が必要だ。

 バルド村を取り巻いていた豊かな大地は、もう二度と目にすることはできない。広大だった高冠樹海が消えた分、ドラゴン狩りの最前線は東へ大きく押し込まれ、エラムラが最果ての砦を引き継ぐことになる。

 また人類の生存範囲が狭まった。この情報は間違いなくリデルゴア国に絶望をもたらすだろう。トゥアハ派はこの機に便乗し、より現実世界の人々を陥れようと動き出すはずだ。

 そこまで考えたところで、俺の中に邪推が浮かんだ。もしかしたら、ディアノックスの襲撃もベートたちの計画だったのだろうか、と。

 俺たちがオラガイアに出発する前、ベートはバルド村の最下層にある牢獄に閉じ込められていた。俺の過大評価かもしれないが、あの女なら『催眠』の菌糸能力で脱獄していても驚かない。ヤツカバネの時のように、ディアノックスをバルド村にけしかけたんじゃないかとすら思えてくる。

 やはりあの時、躊躇わずにベートを殺せばよかった。

 仄暗い後悔と憶測を交互に巡らせながら、俺達はほとんど言葉を交わさず砂漠の上を突き進んだ。

 ソリ型キャラバンに繋がれた砂馬たちは、久しぶりの砂漠で大いにはしゃいでいた。時々砂に潜ってはイルカのように飛び上がり、遠くに大型ドラゴンの影を見つけては威嚇する。動物の無邪気な姿を見ていると、荒んでいた気持ちもだんだんと落ち着いてきた。

 道中は俺が想像していた以上に安全だった。時々レオハニーの戦闘の形跡を発見するが、ドラゴンの死体は見当たらなかった。日が高いうちに他のドラゴンが食いつくしてしまったのだろう。一時間進んでやっと上位ドラゴンと遭遇したが、交戦範囲に入る前にアンリが狙撃したため全く被害は出なかった。

 それ以降も上位ドラゴンを事務的に処理していくと、意外にも早くバルド村の鐘楼が見えてきた。

 かつては朝と夕暮れを告げていた鐘楼は、今や半分以上が砂に埋もれてしまっていた。もうバルド村は目の前だと言うのに、川の音が全く聞こえない。

 俺たちを包み込んでいた薄ら寒い不安が、歩みを進めるたびに輪郭を持ち、荒々しく焦燥を掻き立てる。気づけば俺とエトロはキャラバンの警護も忘れ、鐘楼の足元まで駆け出していた。

 砂に足を取られ、緊張で息を切らしながら渓谷を覗き込む。

 バルド村に続く階段がない。のっぺりとした斜面が砂の滝を作っている。渓谷の間には、吊り橋の残骸だけがぶら下がっていた。川底は完全に枯れ、渓谷から滑り落ちた土砂で潰れていた。

 ギルド前の広場も、商店街も、俺の住んでいたアパートも全て土砂の中だった。

「……嘘だ」

 とさり、とエトロの両膝が砂に落ちる。その声は砂混じりの風に攫われ、無限に続く砂漠へ消えていった。



 ・・・───・・・



 キャラバンは渓谷の上に残し、俺とエトロはレオハニーと合流するべく斜面を下った。シャルとアンリには上から生存者の捜索を、ツクモとエラムラの狩人たちには周囲の警戒をお願いした。

 真夜中の渓谷は幕を垂らしたように暗かった。だが村の至る所には、黄緑色のキノコライトが灯っており、俺たちを導いてくれた。先にバルド村に到着していたレオハニーが、調査済みの証としてキノコライトを植えていってくれたらしい。砂漠に強い種類のため、砂に埋もれない限りは渓谷を照らしてくれるだろう。

 レオハニーは誰かを見つけられたのだろうか。

 念のため、両目に『瞋恚』を宿して魂のオーラを探ってみる。だが、レオハニーが村を徘徊した痕跡ばかりで、バルド村の生存者に繋がりそうなものは何一つ見つけられなかった。魂の痕跡さえあれば、ヤツカバネの時と同じように居場所を特定できるというのに。

 こうも綺麗に痕跡が消えてしまったのは、ディアノックスの炎ですべて焼かれてしまったのと、大量の土砂が渓谷に流れ込んでしまったせいだろう。スキュリアの建物のような石造りの壁なら透視できるが、間に分厚い壁があるとどうしても見えにくくなってしまう。砂を掘り進めば何かしらの手掛かりを発見できるかもしれないが、時間と労力が圧倒的に足りなかった。

 声を上げて生存者を探すわけにはいかない。真夜中に眠っているドラゴンを目覚めさせたら、瞬く間に渓谷はドラゴンで埋め尽くされてしまう。徒歩で地道に確かめる以外の方法はないのだ。

 全身を砂まみれにしながら渓谷を下り続けていくと、ドミラスの研究所の辺りまで来た。やはり研究所も土砂で埋められており、ベートを捕えていた滝浦の牢獄も完全にふさがっていた。牢獄に続く洞窟の入口はネズミしか入れないような隙間しか空いていない。

 そしてその手前には、大剣を地面に突き立てたまま目を閉じるレオハニーがいた。彼女はこちらの気配に気づくと薄く瞼を持ち上げ、ほんの少し驚いたような色を声に乗せた。

「随分早かったな」
「いえ。もうすこし早く来られたらよかったんですけど」

 俺は苦笑しながら進み出ると、ほぼ丸一日働き詰めだったレオハニーへ『雷光』の光を振りまいた。レオハニーの事だから無傷でここまでこれただろうが、身体の疲労感を感じないわけがない。実際、『雷光』を浴びたレオハニーはみるみる解消されていく疲労に軽く眉を持ち上げていた。

「便利だな。その菌糸能力」
「和らいでいるのは肉体の疲労だけです。適度な疲労がないと眠れないと思うので、崖を上り切れる程度までの回復に留めますね」

 レオハニーの顔色がマシになったあたりで『雷光』を切り上げ、腰に下げていた水筒を差し出す。

「上でキャラバンを待機させてるので、そこでしっかり休んでください。後は俺たちがやります」
「……分かった」

 まだ開けられていない新品の水筒を受け取り、レオハニーはほとんど足音を出さずに歩き出した。

「師匠」

 エトロが呼びかけると、レオハニーは足を止めて俯いた。長く吐き出された息は感情を堪えるあまりくぐもっていた。

「……死体はなかった。だが、生きているという証拠も、私では見つけられなかった。もう一度、君たちで探してみてほしい」

 覇気のない声を残して、レオハニーは渓谷の上へ向けて歩き出した。

「……やっぱり俺も一緒に行くべきだったかな」

 たった一人で壊滅したバルド村に取り残されるのはきつかっただろう。もし生存者がいるのならレオハニーが迎えに来るだけでも心強かったのに、そもそも生存者がいないのではただ辛い結果が残るだけ。それならせめて苦しみを分かち合える仲間が傍に居れば、負担も軽くなったはずだ。

 レオハニーに任せるしかなかった。彼女に着いていけるだけの実力が俺にはなかった。だが、もう少しやりようはあったんじゃないかと考えてしまう。

「リョーホ。今は時間が惜しい。後悔するのは後にしよう。お前も、私も」
「……そうだな」

 エトロに肩を押され、俺は渓谷の底から夜空を見上げた。バルド村を囲う鬱蒼とした高冠樹海が消えたからか、細長く切り取られた星空が、憎たらしいほど明瞭に見渡せた。
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