家に帰りたい狩りゲー転移

roos

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5章

(32)隠れた思い

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 一時間後、ハウラからキャラバンとの交渉が終わったと連絡が入った。レオハニーと事前に組んでいた予定通り、怪我人を乗せるための荷台を貸してもらえることになったらしい。

 知らせを受けた俺たちはエラムラの広場に集まり、早速その荷台の改造に取り掛かった。

 キャラバンが所有している荷台は、弾力のある樹皮で編まれた車輪で走る。だが車輪では砂漠を超えるのは難しい。そのため今回は車輪を取り外して、代わりにソリの足をつけなければならないのだ。

 使用するソリは、ビーニャ砂漠で物資運搬に使っていたものだ。形はスノーボードを四本並べてくっつけたような簡素さだ。底に水属性ドラゴンの滑らかな鱗を張っているため、前には滑りやすく、後ろには滑りにくい性質を持っている。

 エラムラの狩人やキャラバンの商人の手を借りながら、俺たちは一時間程度でソリと荷台の合体作業を終えた。足が変わった荷台は、作りかけの屋台のようなヘンテコな形になっていた。本当にこんな物でいいのか俺は不安に思ったが、エラムラの大工が爽やかに汗を拭っていたのできっと大丈夫なのだろう。

 完成した荷台、改め、砂上運搬船は、東門からエラムラの外へと運ばれていった。

「荷台は誰が引くんだ?」

 菌糸能力で運ばれていく荷台を見送りながら聞くと、アンリが半ば寝ぼけた顔で教えてくれた。

「砂馬だよ。バロック山岳の西側に砂馬の放牧地があって、そこから六頭借りるんだ」
「アレかぁ……」

 砂馬とは、頭は馬、胴体から下はトカゲの動物だ。率直に言ってしまうと、スコットランドの民話に出てくるケルピーより不細工な謎生物である。怒らせると口からブレスを吐くので、実はドラゴンの類いなんじゃないかと俺は睨んでいる。

 ちなみに、商人が普段使っている馬車の牽引役は陸馬と呼ばれている。こちらは全身に鱗の鎧を纏った馬面のケンタウロスで、訓練すれば弓も扱えるらしい。

 ちょうどギルドの広場には、手持ち無沙汰になった陸馬同士が取っ組み合うように戯れ合っていた。

 ドカドカと砂埃を上げながら遊び回る陸馬は、近くで見ると地味に怖い。体長三メートルのケンタウロスというだけでも大迫力なのに、おっさんの低い声でゲラゲラ笑いながらお相撲ごっこに興じているのだ。しかも頭はドンキで売ってる馬の被り物にそっくりである。

「絵面が酷いな」

 俺がつぶやくと同時に、がちん! と陸馬同士が勢いよくぶつかって、鱗から汗の代わりに火花が散る。激しい騒音に思いっきり顔を顰めると、アンリが面白がるような口調で言った。

「中央都市だと陸馬同士で戦わせる賭け事があるらしいよ。トーナメント制で」
「へぇ、ボクシングと競馬を合体させたみたいだな」
「ケーバ? なにそれ」
「馬の速さを競って、一番速い馬に賭けると勝ちってやつ」
「広い土地があれば再現できそうだね。そういう土地はドラゴンの巣にされがちだけど」

 ドラゴンは強い奴ほど図体もデカいから、自然と広い場所を好む個体も増えてくる。競馬を再現できる日が来るとすれば、ドラゴンが絶滅してからになるだろう。

 つくづく、ドラゴンのせいで人間の文化が潰されているような気がしてならない。もちろん、この世界にも旧世界では思いもよらない娯楽で溢れている。だが映画や漫画が存在しないというだけでも大きすぎる損失だ。

 戦争が終わって、ヨルドの里も復興できたら、旧人類の技術を発掘しに行ってもいいかもしれない。仲間達で映画撮影でもしたら楽しそうだ。

「リョーホ、アンリ。救助隊のメンバーが揃ったぞ」

 エトロに呼ばれ、俺たちは緩んでいた気持ちを引き締め直した。

 出発までもうすぐ。今頃レオハニーはバルド村で俺たちが来るのを待っているはずだ。本当は翌朝までキャラバンとの交渉が続くと思っていたが、ハウラの説得のおかげで六時間も早く出発できそうだ。

「よし」

 俺は手のひらに拳を打ちつけながら気合を入れると、エトロとアンリを連れてギルドの前へ移動した。

 すっかり夜も更けて暗くなったエラムラは、商店街に賑やかさを残しつつも、半分寝入っているような雰囲気だった。

 キノコライトで照らされたギルドの入り口付近には、ハウラとバルド村の仲間たち、そしてエラムラの守護狩人が立っていた。レブナはまだ医務室に引きこもっているのか見当たらない。

 メンバーの内訳は、レオハニーを除いたバルド村の狩人が五人。そして、エラムラの守護狩人が六人だ。このうち三人はソリの手綱を握るため、戦力は実質八人である。
 
「必要最低限って感じだな……」

 俺が小さく呟くと、ツクモが困ったように頷いた。

「生態系を全く把握できていない砂漠に、短時間で遠距離を往復するのは自殺行為です。しかも真夜中の行進ともなれば、難易度は一気に跳ね上がります。そうなれば、任務を遂行できる狩人は限られてくるでしょう」
「ああ。その中から参加してくれる物好きとなると、な。エラムラもこんな状況だし、集まってくれたことに感謝しないとな」

 普通なら、医療班は五人、狩人は二十人程度の部隊編成が望ましい。しかし、今回は万能治療ができる俺がいるので、医療班は考慮しなくてもよかった。

 ただ、圧倒的に狩人の数が足りない。

 目的地であるバルド村は、最高難易度のビーニャ砂漠に呑み込まれているのだ。西から大量の上位ドラゴンが流れているかもしれないし、最悪ディアノックスに遭遇するリスクもある。そう考えると、この人数はあまりにも心許なかった。

 それでも俺たちは行くしかない。休みなく戦地へ赴いてくれたレオハニーも、バルド村の仲間たちも待っているのだ。

 俺は人を集めてくれたハウラに深くお辞儀をした後、狩人たちの前に立って挨拶をした。

「まずは、俺たちの緊急要請に応えてくれたエラムラの皆さんに、心から感謝します。俺は救助隊を率いることになったリョーホです。若輩者ですがよろしくお願いします」

 何度やっても、人前で演説するのは慣れない。だが俺の横にはもう、拙い言葉をフォローしてくれる先輩たちはいない。アンリもエトロも、一人でやりたいと言った俺の我儘に付き合って見守ってくれている。

 俺は緊張を和らげるべく、緩く手を握りながら早速本題に入った。

「作戦の内容を説明します。俺たちの目標は、バルド村の人々の生存確認と救助。負傷者を連れて、生きてエラムラに帰ることです。エラムラの皆さんには荷台の護衛をお願いします。索敵と撃退は俺たちに任せてください」

 一呼吸おいて、全員が話に追いつけているのを確認してから続ける。

「十二時間前にレオハニーさんが先行してくれたので、道は比較的安全なはずです。ですが、闊歩しているドラゴンはビーニャ砂漠と同レベルだと考えておいてください。すぐに連携を取れるよう、どんな些細なことでも報告を怠らないようお願いします。……以上、なにか質問はありますか?」

 典型文を口にしながら伺えば、無言の首肯だけが返ってきた。俺は内心でほっとしつつ、表情を引き締め直す。

「では、三十分後にエラムラの東門から出発します。各自、装備の最終確認をしてから門の外に集合してください。では解散」

 そこまで言い終えると、狩人たちは素早く動き出した。あるものは荷台の確認へ、あるものは食料の数を、またあるものは武器の手入れを。

 俺も装備の点検をする予定だが、その前にハウラへと向き直った。

「ハウラさん。今日は本当にありがとうございます。貴重な守護狩人を貸してくれて」
「あの者たちは、恩人に報いたいと自ら名乗りをあげた者たちです。きっとリョーホさんの助けになってくれます」
「そうですか。なんか、嬉しいですね。ロッシュさんほどのカリスマはなくても、俺のために頑張ってくれる人がいるって思うと……」

 巻き込んでしまったという後悔と、誰一人死なせないという責任が、重く肩にのしかかる。だというのに、それを軽く超えてしまうほどの期待される喜びもあって、俺は無意識に笑っていた。この場合は、から元気と言った方が正しいかもしれない。

 ハウラは俺の顔を見て小さく目を見開くと、迷いながらも何か言葉を紡ごうとした。

「リョーホさん。実は……」
「リョーホ様!」

 ふと広場の方から声がした。遅れて、息を切らした壮年の男が俺の手前で立ち止まった。随分急いでいたようで、男は膝に手をつきながら何度も汗を拭っていた。

「貴方は?」
「以前、あなたに欠けた腕を治療してもらった者です! あの時は気絶してしまってお礼も言えませんでしたが、本当にありがとうございました!」

 勢いよく頭を下げられて、俺は目を白黒させる。すると男はあっと顔を上げて、しどろもどろになりながら己の身の上を語ってくれた。

「あの、実は俺、エラムラでも全然弱っちい狩人で、倒せるのは中位ドラゴンが精一杯なんです。しかも食べ盛りな子供がたくさんいるから、狩人だけは絶対に続けなきゃいけないって、心に決めてたんです」

 男は拳を握りしめると、声のトーンを落として続けた。

「それなのに右腕を持っていかれて、ああ、俺はもう家族を守れないんだって、諦めてました。……でも、リョーホ様のおかげで、俺は今も家族に腹一杯の飯を食わせてやれてるんです」

 ドラゴン討伐の最中、手足を持っていかれて廃業する狩人の話はいくらでもある。命あっての物種とはよく言うが、狩人を続けるような人間は、命懸けで大金を稼がなければならないワケアリが多い。目の前の男もそれは例外ではなかった。

 男は少年のように目を輝かせながら、感激を堪えるように口元に力を込めた。

「リョーホ様。絶対に生きて帰ってきてください。俺は足を引っ張るだけだから救助隊に参加できないけど、エラムラの狩人はみんなあなたに感謝してる。あなただけじゃない、俺たちはバルド村の狩人たちに何度も救われてきたんだ! だから頼みます。どうかご無事で……!」

 あまりにも真っ直ぐで、純粋な善意に俺は足がすくんだ。

 期待には応えたい。
 でももし手遅れだったら。
 誰も連れて帰れなかったら。
 道中でまた仲間を失ってしまったら。

 深く頭を下げる男に、俺は言葉が詰まって何も言えない。すると、ハウラが俺の手を取って、半ば強引にそちらへ振り向かせた。

「リョーホさん。救助隊に集まったあの六人は、ビーニャ砂漠でドラゴンの討伐実績のある、選りすぐりの玄人です。だから彼らへの心配はご無用。皆が皆、あなたに守られるばかりではないのです」

 ハウラの台詞がぐるぐると頭の外を回って、時間をかけて身体に染み込んでいく。

 守る。守らなければ。無意識に俺は、自分自身を追い込んでいたのかもしれない。

 俺は助けられたかもしれない人たちに何もできなかった。けれど振り返ってみれば、俺のおかげだと面と向かって言ってくれる人がいる。命をかけて守ろうとしてくれる人がいる。

 今までだって俺は守られてばかりだった。しかも救助隊に参加したエラムラの狩人が玄人ならば、庇う方が失礼というものである。ならば金に物を言わせるカミケンのように、盛大に顎で使ってやろうじゃないか。

 俺は大きく息を吸い込むと、ハウラの手を握り返しながら強気に微笑んだ。

「救助隊の皆さんは、俺が必ず生きて帰らせます。でもその代わり、全力で頼らせてもらいますよ」

 そう言った途端、ハウラと壮年の男は輝かんばかりの笑顔を見せてくれた。本心からの喜びに俺は照れ臭さを覚え、やんわりとハウラの手をほどきながら背を向けた。

「じゃあ俺もそろそろ行きますんで!」
「お気をつけて!」
「ご武運を!」

 二人からの声援を受けながら、俺は駆け足で東門に向かう。

 山から覗く深い夜空の先には、無数の星々が穏やかにエラムラを照らし続けていた。
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