家に帰りたい狩りゲー転移

roos

文字の大きさ
上 下
157 / 242
5章

(26)親子

しおりを挟む
「広いな。本当にトンネルか?」

 巨大トンネルの前で発した俺の声は、薄らと反響しながらトンネルの奥へと消えていった。

 緩やかに曲がった、先の見えない巨大トンネル。その規模はダウバリフ曰く、長さはおよそ十キロ、幅は百メートル近くあるらしい。旧世界で同じ長さのトンネルといえば関越トンネルだろうか。

 スキュリアの人々はこれだけ広い空き地を無駄にする気がないようで、トンネル内部にも無数の建物が立ち並んでいた。

 トンネル内の建物は店舗ばかりのようだ。エラムラからスキュリアへと入ってくる商人向けの宿はもちろん、スキュリア市民のための商店街もばっちり用意されている。残念ながら今は営業時間外なので、宿屋以外は固く扉が閉められていた。

「どうせなら昼間に来たかったなぁ」
「また来ればいいだろう」

 俺のぼやきにダウバリフは苦笑した。案外、俺たちの来訪を歓迎してくれているらしいダウバリフに、俺とアンリは顔を見合わせて笑った。

 トンネルの壁や天井には、換気するために風属性の菌糸を織り交ぜたカラクリが等間隔に設置されていた。その合間にはキノコライトを加工した照明が吊り下がっており、スチームパンクなイカつさが感じられた。

「凄まじいな。どうやってこんなトンネルを掘ったんだ?」

 エトロがつま先で背伸びしながらトンネルの奥を覗くと、ツクモが教科書を音読するかのように説明してくれた。

「誰がどうやってこれほどの規模のトンネルを建設したのかは、まだ謎に包まれています。旧人類の遺したトンネルを改築したのか、それとも巨大ネガモグラが掘り進んだ後なのか。これについては、スキュリアに移住した遺跡研究家たちが毎日頭を働かせているので、きっと五十年後には明らかになるでしょう」
「五十年も後か……もし生きていたら、私はヨボヨボのおばあちゃんだな」
「あはは、想像できねーな」

 俺はけらけら笑った後、不意に思い至って、これからエトロとどれだけの時間を共有できるか考えてしまった。

 俺の身体は、他のNoDとは違って不老ではない。それは過去の死の記憶からもはっきりしている。だからエトロを看取って一人孤独に残されるという、最悪の別れを迎えずに済みそうだ。

 だが、狩人である俺たちは常に死と隣り合わせだ。ドラゴン討伐で喰われるかもしれないし、機械仕掛けの世界との戦いで殺されるかもしれない。オラガイアで身近な人を失ったばかりだからなおの事、俺の中にあった死への忌避感は強まっていた。

 正直に言ってしまうと、俺はエトロを戦争に巻き込みたくなかった。アンリやシャル、他の仲間たちにも戦ってほしくはない。だが俺の実力はたかが知れているため、誰かの手を借りなければベート達に勝つことはできないだろう。ならば今だけでも彼らには平穏を享受してほしいと思ってしまう。

 こみ上げてくるため息を苦労して飲み込む。しばらくすると、ベアルドルフの腕にぶら下がって遊ぶシャルの笑い声が聞こえてきた。見れば、シャルは公園の雲梯で遊んでいるように、容赦なくベアルドルフの左腕をおもちゃにしていた。

 普通、四十キロ前後の錘で揺さぶられたら、大抵の人は地面に引き倒されて大惨事になる。それを片腕だけで支えるベアルドルフの体幹は流石だった。

 それはそれとして、ベアルドルフ親子がすっかり仲良くなったようで何よりである。オラガイアではお互いに距離を測りかねているような関係だったので、少しだけヤキモキしていたのだ。

 微笑ましい光景をしばし眺めた後、俺は深夜テンションの真っ只中にいるシャルへ話しかけた。
 
「シャル。しばらくスキュリアに滞在してみたらどうだ?」
「んぇ?」
「ほら、前にエラムラの外を自由に見て回りたいって言ってたろ。ゆっくりできるのは今だけだろうし、軽い休暇だと思ってさ」

 その提案は思いもよらないものだったらしく、シャルはベアルドルフの腕から飛び降りた後、顎に手を当てながら深く考え込んだ。ベアルドルフはそんな娘の姿を静かに見守る。

 俺としては、シャルから拒絶されない限りはまだ保護者でありたいと思っている。それでもやはり、血のつながった家族に勝る愛はない。それにせっかく良好な関係を築いている最中なのに、すぐに彼らを引き離してしまうのは心苦しかった。

 だが、シャルの回答は俺の予想外なものだった。

「いい。シャルは自分の家に帰る!」
「いいのか?」
「うん! バルド村の皆にも会いたいし。あと、シャルがいないとリョーホも寂しいだろ?」

 無邪気にウィンクするシャルに俺は呆気に取られる。次いでふはっと笑って、勝ち誇った顔でベアルドルフを振り返った。

「振られちゃったなぁ、ベアルドルフ」
「オレはまだ何も言っておらん」
「はははっ!」

 心なしか拗ねたように顔を背けるベアルドルフに俺は声を上げて笑う。するとシャルは不思議そうな顔をして、ベアルドルフの顔を見上げながらこてりと首を傾げた。

「父は一緒にバルド村に来ないのか?」
「スキュリアでやらねばならんことがある」
「ふーん……じゃあ父が忙しい時はシャルが遊びに行けばいいな!」
「エラムラから遠いだろうが」
「シャルの能力なら一瞬! ばびゅーんって! 風より早いんだよ!」

 シャルは大袈裟に腕を動かした後、するするとベアルドルフの肩へよじ登った。勝手に肩車させてくる娘を、ベアルドルフは口をひん曲げながらじとりと見つめる。だがベアルドルフはシャルを背負い直すと、何事もなかったようにのそのそ歩き始めた。

「あらあら」

 アンリが近所のおばさんのような反応をして、ダウバリフとツクモも意外そうな表情でベアルドルフを見送る。その視線が照れくさくなったのか、ベアルドルフはぶっきらぼうな口調でシャルに言った。

「おい、スキュリアに来るなら前日までに手紙を出しておけ」
「なんでぇ?」
「急に仕事を休むわけには行かんだろう」
「んー? わかった!」
「本当に分かってるのか」
「うん!」

 二人の会話が遠ざかっていったあと、アンリはダウバリフと一緒になって肩をすくめた。
 
「ああいうところ見ると、やっぱただの親子だね」
「全くじゃ」

 けらけらとした笑い声が、巨大トンネルの中で柔らかな残響を引く。その中でたった一人、エトロだけは物言いたげな表情で手を握りしめていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜

シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。 アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。 前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。 一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。 そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。 砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。 彼女の名はミリア・タリム 子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」 542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才 そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。 このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。 他サイトに掲載したものと同じ内容となります。

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

Red Assassin(完結)

まさきち
ファンタジー
自分の目的の為、アサシンとなった主人公。 活動を進めていく中で、少しずつ真実に近付いていく。 村に伝わる秘密の力を使い時を遡り、最後に辿り着く答えとは... ごく普通の剣と魔法の物語。 平日:毎日18:30公開。 日曜日:10:30、18:30の1日2話公開。 ※12/27の日曜日のみ18:30の1話だけ公開です。 年末年始 12/30~1/3:10:30、18:30の1日2話公開。 ※2/11 18:30完結しました。

ダレカノセカイ

MY
ファンタジー
新道千。高校2年生。 次に目を覚ますとそこは――。 この物語は俺が元いた居場所……いや元いた世界へ帰る為の戦いから始まる話である。 ―――――――――――――――――― ご感想などありましたら、お待ちしております(^^) by MY

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

あなたがそう望んだから

まる
ファンタジー
「ちょっとアンタ!アンタよ!!アデライス・オールテア!」 思わず不快さに顔が歪みそうになり、慌てて扇で顔を隠す。 確か彼女は…最近編入してきたという男爵家の庶子の娘だったかしら。 喚き散らす娘が望んだのでその通りにしてあげましたわ。 ○○○○○○○○○○ 誤字脱字ご容赦下さい。もし電波な転生者に貴族の令嬢が絡まれたら。攻略対象と思われてる男性もガッチリ貴族思考だったらと考えて書いてみました。ゆっくりペースになりそうですがよろしければ是非。 閲覧、しおり、お気に入りの登録ありがとうございました(*´ω`*) 何となくねっとりじわじわな感じになっていたらいいのにと思ったのですがどうなんでしょうね?

処理中です...