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5章
(26)親子
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「広いな。本当にトンネルか?」
巨大トンネルの前で発した俺の声は、薄らと反響しながらトンネルの奥へと消えていった。
緩やかに曲がった、先の見えない巨大トンネル。その規模はダウバリフ曰く、長さはおよそ十キロ、幅は百メートル近くあるらしい。旧世界で同じ長さのトンネルといえば関越トンネルだろうか。
スキュリアの人々はこれだけ広い空き地を無駄にする気がないようで、トンネル内部にも無数の建物が立ち並んでいた。
トンネル内の建物は店舗ばかりのようだ。エラムラからスキュリアへと入ってくる商人向けの宿はもちろん、スキュリア市民のための商店街もばっちり用意されている。残念ながら今は営業時間外なので、宿屋以外は固く扉が閉められていた。
「どうせなら昼間に来たかったなぁ」
「また来ればいいだろう」
俺のぼやきにダウバリフは苦笑した。案外、俺たちの来訪を歓迎してくれているらしいダウバリフに、俺とアンリは顔を見合わせて笑った。
トンネルの壁や天井には、換気するために風属性の菌糸を織り交ぜたカラクリが等間隔に設置されていた。その合間にはキノコライトを加工した照明が吊り下がっており、スチームパンクなイカつさが感じられた。
「凄まじいな。どうやってこんなトンネルを掘ったんだ?」
エトロがつま先で背伸びしながらトンネルの奥を覗くと、ツクモが教科書を音読するかのように説明してくれた。
「誰がどうやってこれほどの規模のトンネルを建設したのかは、まだ謎に包まれています。旧人類の遺したトンネルを改築したのか、それとも巨大ネガモグラが掘り進んだ後なのか。これについては、スキュリアに移住した遺跡研究家たちが毎日頭を働かせているので、きっと五十年後には明らかになるでしょう」
「五十年も後か……もし生きていたら、私はヨボヨボのおばあちゃんだな」
「あはは、想像できねーな」
俺はけらけら笑った後、不意に思い至って、これからエトロとどれだけの時間を共有できるか考えてしまった。
俺の身体は、他のNoDとは違って不老ではない。それは過去の死の記憶からもはっきりしている。だからエトロを看取って一人孤独に残されるという、最悪の別れを迎えずに済みそうだ。
だが、狩人である俺たちは常に死と隣り合わせだ。ドラゴン討伐で喰われるかもしれないし、機械仕掛けの世界との戦いで殺されるかもしれない。オラガイアで身近な人を失ったばかりだからなおの事、俺の中にあった死への忌避感は強まっていた。
正直に言ってしまうと、俺はエトロを戦争に巻き込みたくなかった。アンリやシャル、他の仲間たちにも戦ってほしくはない。だが俺の実力はたかが知れているため、誰かの手を借りなければベート達に勝つことはできないだろう。ならば今だけでも彼らには平穏を享受してほしいと思ってしまう。
こみ上げてくるため息を苦労して飲み込む。しばらくすると、ベアルドルフの腕にぶら下がって遊ぶシャルの笑い声が聞こえてきた。見れば、シャルは公園の雲梯で遊んでいるように、容赦なくベアルドルフの左腕をおもちゃにしていた。
普通、四十キロ前後の錘で揺さぶられたら、大抵の人は地面に引き倒されて大惨事になる。それを片腕だけで支えるベアルドルフの体幹は流石だった。
それはそれとして、ベアルドルフ親子がすっかり仲良くなったようで何よりである。オラガイアではお互いに距離を測りかねているような関係だったので、少しだけヤキモキしていたのだ。
微笑ましい光景をしばし眺めた後、俺は深夜テンションの真っ只中にいるシャルへ話しかけた。
「シャル。しばらくスキュリアに滞在してみたらどうだ?」
「んぇ?」
「ほら、前にエラムラの外を自由に見て回りたいって言ってたろ。ゆっくりできるのは今だけだろうし、軽い休暇だと思ってさ」
その提案は思いもよらないものだったらしく、シャルはベアルドルフの腕から飛び降りた後、顎に手を当てながら深く考え込んだ。ベアルドルフはそんな娘の姿を静かに見守る。
俺としては、シャルから拒絶されない限りはまだ保護者でありたいと思っている。それでもやはり、血のつながった家族に勝る愛はない。それにせっかく良好な関係を築いている最中なのに、すぐに彼らを引き離してしまうのは心苦しかった。
だが、シャルの回答は俺の予想外なものだった。
「いい。シャルは自分の家に帰る!」
「いいのか?」
「うん! バルド村の皆にも会いたいし。あと、シャルがいないとリョーホも寂しいだろ?」
無邪気にウィンクするシャルに俺は呆気に取られる。次いでふはっと笑って、勝ち誇った顔でベアルドルフを振り返った。
「振られちゃったなぁ、ベアルドルフ」
「オレはまだ何も言っておらん」
「はははっ!」
心なしか拗ねたように顔を背けるベアルドルフに俺は声を上げて笑う。するとシャルは不思議そうな顔をして、ベアルドルフの顔を見上げながらこてりと首を傾げた。
「父は一緒にバルド村に来ないのか?」
「スキュリアでやらねばならんことがある」
「ふーん……じゃあ父が忙しい時はシャルが遊びに行けばいいな!」
「エラムラから遠いだろうが」
「シャルの能力なら一瞬! ばびゅーんって! 風より早いんだよ!」
シャルは大袈裟に腕を動かした後、するするとベアルドルフの肩へよじ登った。勝手に肩車させてくる娘を、ベアルドルフは口をひん曲げながらじとりと見つめる。だがベアルドルフはシャルを背負い直すと、何事もなかったようにのそのそ歩き始めた。
「あらあら」
アンリが近所のおばさんのような反応をして、ダウバリフとツクモも意外そうな表情でベアルドルフを見送る。その視線が照れくさくなったのか、ベアルドルフはぶっきらぼうな口調でシャルに言った。
「おい、スキュリアに来るなら前日までに手紙を出しておけ」
「なんでぇ?」
「急に仕事を休むわけには行かんだろう」
「んー? わかった!」
「本当に分かってるのか」
「うん!」
二人の会話が遠ざかっていったあと、アンリはダウバリフと一緒になって肩をすくめた。
「ああいうところ見ると、やっぱただの親子だね」
「全くじゃ」
けらけらとした笑い声が、巨大トンネルの中で柔らかな残響を引く。その中でたった一人、エトロだけは物言いたげな表情で手を握りしめていた。
巨大トンネルの前で発した俺の声は、薄らと反響しながらトンネルの奥へと消えていった。
緩やかに曲がった、先の見えない巨大トンネル。その規模はダウバリフ曰く、長さはおよそ十キロ、幅は百メートル近くあるらしい。旧世界で同じ長さのトンネルといえば関越トンネルだろうか。
スキュリアの人々はこれだけ広い空き地を無駄にする気がないようで、トンネル内部にも無数の建物が立ち並んでいた。
トンネル内の建物は店舗ばかりのようだ。エラムラからスキュリアへと入ってくる商人向けの宿はもちろん、スキュリア市民のための商店街もばっちり用意されている。残念ながら今は営業時間外なので、宿屋以外は固く扉が閉められていた。
「どうせなら昼間に来たかったなぁ」
「また来ればいいだろう」
俺のぼやきにダウバリフは苦笑した。案外、俺たちの来訪を歓迎してくれているらしいダウバリフに、俺とアンリは顔を見合わせて笑った。
トンネルの壁や天井には、換気するために風属性の菌糸を織り交ぜたカラクリが等間隔に設置されていた。その合間にはキノコライトを加工した照明が吊り下がっており、スチームパンクなイカつさが感じられた。
「凄まじいな。どうやってこんなトンネルを掘ったんだ?」
エトロがつま先で背伸びしながらトンネルの奥を覗くと、ツクモが教科書を音読するかのように説明してくれた。
「誰がどうやってこれほどの規模のトンネルを建設したのかは、まだ謎に包まれています。旧人類の遺したトンネルを改築したのか、それとも巨大ネガモグラが掘り進んだ後なのか。これについては、スキュリアに移住した遺跡研究家たちが毎日頭を働かせているので、きっと五十年後には明らかになるでしょう」
「五十年も後か……もし生きていたら、私はヨボヨボのおばあちゃんだな」
「あはは、想像できねーな」
俺はけらけら笑った後、不意に思い至って、これからエトロとどれだけの時間を共有できるか考えてしまった。
俺の身体は、他のNoDとは違って不老ではない。それは過去の死の記憶からもはっきりしている。だからエトロを看取って一人孤独に残されるという、最悪の別れを迎えずに済みそうだ。
だが、狩人である俺たちは常に死と隣り合わせだ。ドラゴン討伐で喰われるかもしれないし、機械仕掛けの世界との戦いで殺されるかもしれない。オラガイアで身近な人を失ったばかりだからなおの事、俺の中にあった死への忌避感は強まっていた。
正直に言ってしまうと、俺はエトロを戦争に巻き込みたくなかった。アンリやシャル、他の仲間たちにも戦ってほしくはない。だが俺の実力はたかが知れているため、誰かの手を借りなければベート達に勝つことはできないだろう。ならば今だけでも彼らには平穏を享受してほしいと思ってしまう。
こみ上げてくるため息を苦労して飲み込む。しばらくすると、ベアルドルフの腕にぶら下がって遊ぶシャルの笑い声が聞こえてきた。見れば、シャルは公園の雲梯で遊んでいるように、容赦なくベアルドルフの左腕をおもちゃにしていた。
普通、四十キロ前後の錘で揺さぶられたら、大抵の人は地面に引き倒されて大惨事になる。それを片腕だけで支えるベアルドルフの体幹は流石だった。
それはそれとして、ベアルドルフ親子がすっかり仲良くなったようで何よりである。オラガイアではお互いに距離を測りかねているような関係だったので、少しだけヤキモキしていたのだ。
微笑ましい光景をしばし眺めた後、俺は深夜テンションの真っ只中にいるシャルへ話しかけた。
「シャル。しばらくスキュリアに滞在してみたらどうだ?」
「んぇ?」
「ほら、前にエラムラの外を自由に見て回りたいって言ってたろ。ゆっくりできるのは今だけだろうし、軽い休暇だと思ってさ」
その提案は思いもよらないものだったらしく、シャルはベアルドルフの腕から飛び降りた後、顎に手を当てながら深く考え込んだ。ベアルドルフはそんな娘の姿を静かに見守る。
俺としては、シャルから拒絶されない限りはまだ保護者でありたいと思っている。それでもやはり、血のつながった家族に勝る愛はない。それにせっかく良好な関係を築いている最中なのに、すぐに彼らを引き離してしまうのは心苦しかった。
だが、シャルの回答は俺の予想外なものだった。
「いい。シャルは自分の家に帰る!」
「いいのか?」
「うん! バルド村の皆にも会いたいし。あと、シャルがいないとリョーホも寂しいだろ?」
無邪気にウィンクするシャルに俺は呆気に取られる。次いでふはっと笑って、勝ち誇った顔でベアルドルフを振り返った。
「振られちゃったなぁ、ベアルドルフ」
「オレはまだ何も言っておらん」
「はははっ!」
心なしか拗ねたように顔を背けるベアルドルフに俺は声を上げて笑う。するとシャルは不思議そうな顔をして、ベアルドルフの顔を見上げながらこてりと首を傾げた。
「父は一緒にバルド村に来ないのか?」
「スキュリアでやらねばならんことがある」
「ふーん……じゃあ父が忙しい時はシャルが遊びに行けばいいな!」
「エラムラから遠いだろうが」
「シャルの能力なら一瞬! ばびゅーんって! 風より早いんだよ!」
シャルは大袈裟に腕を動かした後、するするとベアルドルフの肩へよじ登った。勝手に肩車させてくる娘を、ベアルドルフは口をひん曲げながらじとりと見つめる。だがベアルドルフはシャルを背負い直すと、何事もなかったようにのそのそ歩き始めた。
「あらあら」
アンリが近所のおばさんのような反応をして、ダウバリフとツクモも意外そうな表情でベアルドルフを見送る。その視線が照れくさくなったのか、ベアルドルフはぶっきらぼうな口調でシャルに言った。
「おい、スキュリアに来るなら前日までに手紙を出しておけ」
「なんでぇ?」
「急に仕事を休むわけには行かんだろう」
「んー? わかった!」
「本当に分かってるのか」
「うん!」
二人の会話が遠ざかっていったあと、アンリはダウバリフと一緒になって肩をすくめた。
「ああいうところ見ると、やっぱただの親子だね」
「全くじゃ」
けらけらとした笑い声が、巨大トンネルの中で柔らかな残響を引く。その中でたった一人、エトロだけは物言いたげな表情で手を握りしめていた。
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