家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

(30)重い足取り

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「……そうですか。概ね理解しました。レオハニー様、リョーホ様。ありがとうございます」

 薄明の塔、祈祷場の一つ下にある大広間で、俺とレオハニーは座布団に腰かけながらハウラたちと向き合っていた。俺の正面には、話を聞き終えて深く目を瞑るハウラがいる。その隣では、レブナがきつく歯を食いしばっていた。

「ロッシュ様……シュイナ……二人ともバカだよ……バカなんだから!」

 勢いよくレブナは立ち上がると、そのまま階段の方へと走り出してしまった。

「レブナ! どこに行くんだ!」
「シュイナのとこ!」

 俺の呼びかけに乱暴に答えながら、レブナは飛び降りるようにして階段から消えてしまった。

「レブナなら、しばらく一人にさせておきましょう」

 ハウラにそう宥められ、俺は迷いながらも座布団に座り直した。

 レブナはこの五日間、ロッシュとシュイナの代わりにエラムラを支えようと奮闘していたのだろう。だが、ロッシュが不在の間に里が甚大な被害を受けてしまい、責任を感じてしまったはずだ。その証拠に、さっきまで座っていたレブナの目元には大きなクマができていた。

 そこに追い打ちを描けるように、ロッシュの死と、長い眠りについてしまったシュイナの報告を受ければ、平常心を保てるわけがない。レブナとシュイナは仲の良い姉妹だったから特に。

 一方のハウラも、ここ数日の疲労が溜まっているようで髪がボサボサだった。着ている服も『腐食』の菌糸能力のせいで袖がボロボロになっていた。もしかしたら、着替える暇もないほど働いていたのかもしれない。

 一刻も早く休んでもらいたい気持ちを抑えつつ、俺は事務的に話を続けようとした。

「あの、ハウラさん……オラガイア同盟の、ことなんですが」
「分かっています。スキュリア、ミヴァリアと手を取り合えるのはエラムラとしても喜ばしいことです。しかし、里の者たちはすぐには納得しないでしょう。そちらについては私にお任せを。ただ……」
「ただ?」

 ハウラは目を伏せながら言い淀むと、赤い瞳で申し訳なさそうに俺を見返した。

「申し訳ありません。エラムラで討伐隊を組むというお約束を、今のわたしたちでは果たせません。リョーホさんに大恩がある身でありながら、本当に……面目ありません」
「そんな、顔をあげてください! 元々俺が無茶なお願いをしていた自覚がありますし、こういう時こそお互い様でしょう? 俺でよければ、エラムラの方も手伝いますよ」
「ですが、あなた方は一刻も早くバルド村に向かいたいのでは?」
「ええもちろん。けど、無闇に突っ込んだら二次災害になるだけです。うちのハインキーさんの教えですから」

 俺が頭をかきながら微笑むと、ハウラは虚を突かれたように固まって、ふわりと解けるように笑った。

「ふふ。あなたはどんな時でも心優しいままなのですね。焦っている自分がお恥ずかしいです」

 ようやく笑ってくれたハウラに、俺はやっと肩から力を抜くことができた。

 闇雲にバルド村に突っ込んでも、俺たちがドラゴンに喰われてしまったら、助けられる人も助けられない。

 もちろん、俺たちがここで時間を消費している間に、バルド村の人々が必死の思いで救援を待っているかもしれない。俺だって、本心では今すぐにでもバルド村まで飛んでいきたかった。

 だが、それが困っているエラムラの人を無視していい理由にはならないだろう。

 それに、ハウラはこれから一人で里を守らなければならない。レブナもシュイナのことで気が動転しているし、ハウラのことを中途半端に放り出したくない。

 俺は深呼吸をして気持ちを落ち着けると、改まった表情でハウラに向き直った。

「そろそろ聞かせてください。エラムラの里で何があったんですか?」





 ハウラの語った内容を要約すると、こうだ。

 二日前、突然東の空が真っ暗になったかと思えば、巨大な隕石がミヴァリアの方角に落ちていった。その数時間後、炎の王ディアノックスがいきなり高冠樹海に現れ、森を燃やし尽くしてしまった。

 ディアノックスは樹海を砂漠へ作り替えても止まることはなく、エラムラの里にまで襲いかかってきた。ハウラは『腐食』の結界でディアノックスを追い払ったものの、砂漠の砂までは防ぎきれず、街は甚大な被害を受けてしまった。薄明の塔のカラクリも砂を噛んでしまい、昨日からずっと結界に綻びができてしまっているらしい。不安定な結界の機能を補うべく、今はエラムラの守護狩人が里の巡回に出払っているそうだ。

 エラムラがこんな状況では、とてもバルド村まで調査に出せる余裕はなかった。

 砂漠の中にバルド村が残っているのか。メルクやハインキーたちが無事かどうか。そんな情報すら、エラムラには届いていなかった。

「幸い、今日の夜までに薄明の塔は復旧できる見込みです。結界が修復され次第、バルド村に救助隊を派遣しますが、それでも間に合うかどうか……」
「そうですよね……」

 せめて、救助が間に合わなかったという最悪の事態だけは避けたいところだ。

 俺の『雷光』を使えば、数分でバルド村まで飛べるだろう。だが砂漠化した大地には、ビーニャ砂漠から流れて来た上位ドラゴンが潜んでいる可能性もある。怪我人を連れてエラムラに戻る途中で襲われたら、俺では絶対に守りきれない。

 すると、レオハニーが座布団から立ち上がった。

「私が先にバルド村周辺のドラゴンを狩り尽くしておこう。私の能力ならドラゴンの血の匂いも残らない。後続も安心してバルド村に行けるだろう」
「本当ですか!? 助かります!」

 俺が目を輝かせながら言うと、レオハニーは僅かに頷いて、こう続けた。

「流石の私でも、一人で負傷者を連れて砂漠を横断するのは不可能だ。本格的な救助はエラムラの狩人頼みになるだろう」
「そちらはわたしが手配しましょう。折よく中央都市から大型キャラバンが来ていますから、彼らから荷車を貸してもらえるようお願いしてみます」
「分かった。ではそのつもりで先に行っているよ」

 レオハニーはハウラに目礼すると、俺を一瞥した。

「君はキャラバンと一緒に来なさい。治癒能力があるからと、焦って独断専行しないように」
「はい。バルド村のみんなのこと、よろしくお願いします」

 俺が深々と頭を下げると、レオハニーはこくりと頷いて広間を出ていった。

 広間に残された俺は、正座の体勢のまま思考を巡らせる。

 竜王ディアノックス。そいつがビーニャ砂漠から出てくる予兆は前からあった。

 俺たちがオラガイアに行く少し前、エラムラの里近くでビーニャ砂漠にいるはずの上位ドラゴンの目撃が相次いでいた。レオハニーが討伐したランガロスというドラゴンも、火山周辺に生息するはずの個体であった。

 ランガロスがエラムラの里まで来ていた理由は一つ。ディアノックスの生息範囲が、ここまで広がりつつあったからに他ならない。

 当時はエラムラギルドが調査隊を派遣し、ロッシュに報告書を提出していたはずだ。それによると、ディアノックスはバルド村近くに現れたヤツカバネを警戒しているだけで、エラムラまで遠出する可能性は低いとされていた。

 しかし、オラガイアの墜落という不測の事態が、今回のような結果を招いてしまったのだろう。

 ディアノックスはドラゴンの中でもトップを競うほど縄張り意識が強い。ほんの少し気に触ることがあるだけでも、背中の火山を噴火させるほどの気性の荒さだ。

 状況から見て、ディアノックスは墜落するオラガイアを見て闘争心が刺激されたのだろう。それでがむしゃらにビーニャ砂漠を超え、人間の気配が集まるエラムラの里へ突っ込んできたのだ。

 ハウラの結界があったから事なきを得たものの、もしエラムラで止められなければ、スキュリア、ミヴァリアの里まで通り魔的に里が滅ぼされていたかもしれない。

 ビーニャ砂漠は、昼夜を問わず上位ドラゴンが熾烈な生存競争を繰り広げている地獄の環境だ。そこを治める絶対的な覇者たるディアノックスは、竜王の中でもトップクラスの強さである。そのため、いくらバルド村の狩人が精鋭揃いであっても、生き残っている可能性はあまりにも低い。

 もし、俺たちがオラガイアに行かずにバルド村に残っていれば──。

 ぐしゃりと乱暴に髪をかき混ぜて、俺は深くうなだれた。どんなに望んでも、過去は変えられない。起きてしまったことからは逃れられない。それはロッシュとドミラスの死を前に痛感したばかりではないか。

 腹の底から、焼けつくような焦燥感が込み上げてどうにかなりそうだった。せめてレオハニーのように力があれば、こんな感情を持て余す暇もないほど奔走できただろうに。

 仲間を助けに行ける力もない。レオハニーについていける実力でもない。焦ってもどうにもならないと言い聞かせるほど、俺はひどく惨めな気持ちになった。
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