160 / 242
5章
(29)砂の雨
しおりを挟む
暁の光を背に受けながら、俺たちは西にあるエラムラの里に向けて旅を続けた。
スキュリアでベアルドルフとダウバリフに別れを告げた後、シャルはしばらくの間寂しそうにしていた。だが、バロック山岳の向こうにエラムラの里が見えてくると、笑顔で俺を急かすようになった。
故郷が近づいてくると思うと、俺たちの足並みも自然と早くなる。しかしその道中、やけに砂を纏った西風が山から吹き下りてくることに気がついた。
「今日はやけに砂が多いな」
「今日だけじゃないみたいだよ。ほら」
アンリの指さす先を見やれば、道端に生えている茂みが頭から砂を被っていた。よく見れば俺の足元にある雑草も五センチほど砂に埋もれ、今にも枯れそうな黄色に染まっていた。
おかしいのはそれだけではない。バロック山岳を抜けたら青々としたプロヘナ草原と、それを囲う低木の畑が見えてくるはずなのに、一向にその気配がない。
全員が無視できないほどの異常を感じ取った頃、レオハニーが俺に赤い目を向けた。
「リョーホ、少し飛んで様子を確認してほしい。もし飛竜が来たら私がで撃ち落とそう」
「了解です」
俺は頷くと、足に『雷光』を纏いながら地面を蹴った。ロケットのように身体が上空へ打ち出され、一気に視界が高くなる。
「…………!」
そこから見えた光景に、俺は鋭く息を呑んだ。落下の浮遊感に身を任せながら、俺は素早く思考を巡らせる。
勢いを殺しながら着地した後、すぐさまエトロが俺に駆け寄った。
「どうだった?」
俺はその場にいる面々を見渡して、額を押さえながらどうにか言葉を紡いだ。
「エラムラの里は、ひとまず無事だ。けど、俺の見間違いでなければ……」
「……なんだ。はっきり言え!」
俺は空を仰ぎながら歯を食いしばると、意を決して見たままを伝えた。
「真っ白な、砂漠だ。英雄の丘からずっと西に広がってるはずの高冠樹海が、一つ残らず消えてた」
「なに!?」
エトロが掴み掛かると、アンリが咄嗟に止めに入った。そしてツクモが深刻な面持ちで俺に問いかけてくる。
「バルド村は、無事ですか?」
「……分からない。少なくとも、バルド村の鐘楼は見えなかったよ。何十キロも先のヴァルジャラの滝が見えるぐらい、向こう側には何もなかった」
力なく項垂れると、エトロは蒼白になりながら俺から手を離した。
「……まだだ。まだそうと決まったわけじゃない。早くバルド村に帰ろう! あそこにはカイゼルの守りがあるんだ。みんな無事なはず……!」
「いきなりバルド村に向かうのは危険だ」
一人で進もうとするエトロを、レオハニーが冷静に制止した。
「でも師匠!」
「エラムラの里で情報収集をしよう。ロッシュとシュイナのことも、ハウラに伝えなければならないのだ」
エトロは歯を砕きそうなほど強く食いしばると、硬く目を瞑りながら小さく頷いた。
・・・───・・・
まるで雪が降り積もったかのように、エラムラの里は金色の砂で余すことなく覆われていた。砂の重みで一部の建物は倒壊し、広場には清掃で集められた砂が五メートルほどの小山を作っている。通りを歩く人々は砂避けのためかフードを目深にかぶっており、建物の玄関や窓も隅々まで固く閉ざされていた。
様変わりしてしまったエラムラの景色に動揺しながらも、俺たちはまずレブナに会うためにギルドへ向かった。
ギルド内はスキュリアに襲撃された時以上に閑散としていた。正体不明の砂塵だけで逃げる狩人ではないので、おそらくもっと恐るべき事態が起きたのだと思われる。
俺は真っ直ぐと奥に向かい、顔見知りの受付嬢からレブナの居場所を聞いた。
レブナは今、ハウラと共に薄明の塔で結界の修復を行なっているそうだ。受付嬢は忙しいようで、それきり話を切り上げてギルドの奥へパタパタと走っていった。
俺はアンリとツクモの方を振り返り、早口で言った。
「悪いけどアンリとツクモは、医務室にシュイナさんを寝かしておいてくれないか。俺がレブナに会いに行く」
「それは構わないけど……言うのかい? ロッシュ様のこと」
「……ああ。こういうのは早い方がいい。緊急事態だったら特に」
里が荒れた状況でロッシュの死を告げれば、余計な混乱を招くかもしれない。だが、里民に公表するか否かを判断するのは巫女である。それに、ロッシュの死を黙っていたところで、エラムラの里が元通りになるわけではない。
仲間に大切な人の死を告げるのは嫌な仕事だ。いっそ平和だった頃まで時間が戻って欲しいと、現実逃避の思考が頭をよぎる。
俺が手を握りしめながら息を吐くと、レオハニーが俺の肩に手を乗せた。
「私も付き添おう。エトロ、シャル、お前たちは情報収集を頼む」
「はい、師匠!」
同行してくれる人が増えただけで、俺は薄情にも肩の荷が降りた心地になった。
「リョーホ……」
名を呼ばれて下を見ると、シャルが不安そうに俺を見上げていた。安心させられる台詞ぐらい吐けばよかったのに、嘘でも大丈夫だという言葉を紡げない。
エラムラの里がこんな状況では、バルド村はもっと酷い有様だろう。ギルドに行ってもバルド村の人たちがここまでなんです避難してきた痕跡はなかった。顔見知りの受付嬢の反応も、心なしか俺たちを避けているようだった。
みんな薄々分かっているのだ。バルド村はもう、ダメなのかもしれないと。
結局、俺は何も言えずにただシャルを抱きしめることしかできなかった。
スキュリアでベアルドルフとダウバリフに別れを告げた後、シャルはしばらくの間寂しそうにしていた。だが、バロック山岳の向こうにエラムラの里が見えてくると、笑顔で俺を急かすようになった。
故郷が近づいてくると思うと、俺たちの足並みも自然と早くなる。しかしその道中、やけに砂を纏った西風が山から吹き下りてくることに気がついた。
「今日はやけに砂が多いな」
「今日だけじゃないみたいだよ。ほら」
アンリの指さす先を見やれば、道端に生えている茂みが頭から砂を被っていた。よく見れば俺の足元にある雑草も五センチほど砂に埋もれ、今にも枯れそうな黄色に染まっていた。
おかしいのはそれだけではない。バロック山岳を抜けたら青々としたプロヘナ草原と、それを囲う低木の畑が見えてくるはずなのに、一向にその気配がない。
全員が無視できないほどの異常を感じ取った頃、レオハニーが俺に赤い目を向けた。
「リョーホ、少し飛んで様子を確認してほしい。もし飛竜が来たら私がで撃ち落とそう」
「了解です」
俺は頷くと、足に『雷光』を纏いながら地面を蹴った。ロケットのように身体が上空へ打ち出され、一気に視界が高くなる。
「…………!」
そこから見えた光景に、俺は鋭く息を呑んだ。落下の浮遊感に身を任せながら、俺は素早く思考を巡らせる。
勢いを殺しながら着地した後、すぐさまエトロが俺に駆け寄った。
「どうだった?」
俺はその場にいる面々を見渡して、額を押さえながらどうにか言葉を紡いだ。
「エラムラの里は、ひとまず無事だ。けど、俺の見間違いでなければ……」
「……なんだ。はっきり言え!」
俺は空を仰ぎながら歯を食いしばると、意を決して見たままを伝えた。
「真っ白な、砂漠だ。英雄の丘からずっと西に広がってるはずの高冠樹海が、一つ残らず消えてた」
「なに!?」
エトロが掴み掛かると、アンリが咄嗟に止めに入った。そしてツクモが深刻な面持ちで俺に問いかけてくる。
「バルド村は、無事ですか?」
「……分からない。少なくとも、バルド村の鐘楼は見えなかったよ。何十キロも先のヴァルジャラの滝が見えるぐらい、向こう側には何もなかった」
力なく項垂れると、エトロは蒼白になりながら俺から手を離した。
「……まだだ。まだそうと決まったわけじゃない。早くバルド村に帰ろう! あそこにはカイゼルの守りがあるんだ。みんな無事なはず……!」
「いきなりバルド村に向かうのは危険だ」
一人で進もうとするエトロを、レオハニーが冷静に制止した。
「でも師匠!」
「エラムラの里で情報収集をしよう。ロッシュとシュイナのことも、ハウラに伝えなければならないのだ」
エトロは歯を砕きそうなほど強く食いしばると、硬く目を瞑りながら小さく頷いた。
・・・───・・・
まるで雪が降り積もったかのように、エラムラの里は金色の砂で余すことなく覆われていた。砂の重みで一部の建物は倒壊し、広場には清掃で集められた砂が五メートルほどの小山を作っている。通りを歩く人々は砂避けのためかフードを目深にかぶっており、建物の玄関や窓も隅々まで固く閉ざされていた。
様変わりしてしまったエラムラの景色に動揺しながらも、俺たちはまずレブナに会うためにギルドへ向かった。
ギルド内はスキュリアに襲撃された時以上に閑散としていた。正体不明の砂塵だけで逃げる狩人ではないので、おそらくもっと恐るべき事態が起きたのだと思われる。
俺は真っ直ぐと奥に向かい、顔見知りの受付嬢からレブナの居場所を聞いた。
レブナは今、ハウラと共に薄明の塔で結界の修復を行なっているそうだ。受付嬢は忙しいようで、それきり話を切り上げてギルドの奥へパタパタと走っていった。
俺はアンリとツクモの方を振り返り、早口で言った。
「悪いけどアンリとツクモは、医務室にシュイナさんを寝かしておいてくれないか。俺がレブナに会いに行く」
「それは構わないけど……言うのかい? ロッシュ様のこと」
「……ああ。こういうのは早い方がいい。緊急事態だったら特に」
里が荒れた状況でロッシュの死を告げれば、余計な混乱を招くかもしれない。だが、里民に公表するか否かを判断するのは巫女である。それに、ロッシュの死を黙っていたところで、エラムラの里が元通りになるわけではない。
仲間に大切な人の死を告げるのは嫌な仕事だ。いっそ平和だった頃まで時間が戻って欲しいと、現実逃避の思考が頭をよぎる。
俺が手を握りしめながら息を吐くと、レオハニーが俺の肩に手を乗せた。
「私も付き添おう。エトロ、シャル、お前たちは情報収集を頼む」
「はい、師匠!」
同行してくれる人が増えただけで、俺は薄情にも肩の荷が降りた心地になった。
「リョーホ……」
名を呼ばれて下を見ると、シャルが不安そうに俺を見上げていた。安心させられる台詞ぐらい吐けばよかったのに、嘘でも大丈夫だという言葉を紡げない。
エラムラの里がこんな状況では、バルド村はもっと酷い有様だろう。ギルドに行ってもバルド村の人たちがここまでなんです避難してきた痕跡はなかった。顔見知りの受付嬢の反応も、心なしか俺たちを避けているようだった。
みんな薄々分かっているのだ。バルド村はもう、ダメなのかもしれないと。
結局、俺は何も言えずにただシャルを抱きしめることしかできなかった。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説



スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜
シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。
アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。
前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。
一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。
そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。
砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。
彼女の名はミリア・タリム
子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」
542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才
そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。
このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。
他サイトに掲載したものと同じ内容となります。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。
112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。
愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。
実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。
アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。
「私に娼館を紹介してください」
娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
【書籍化進行中、完結】私だけが知らない
綾雅(ヤンデレ攻略対象、電子書籍化)
ファンタジー
書籍化進行中です。詳細はしばらくお待ちください(o´-ω-)o)ペコッ
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2024/12/26……書籍化確定、公表
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる