家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

(23)青い星

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 ミヴァリアの里の、レストランが密集した木造ビルの中層。そこではワンフロアを貸切にして、オラガイアから上陸した狩人たちが宴を開いていた。

 宴の料理には、俺たちが倒したばかりのシンモルファやランノーガの肉が使われ、素揚げやシーフードグラタン、パエリアなどに形を変えて食卓に並べられた。

 珊瑚の冠を被った巨大魚のランノーガは、脂身が少ないのでステーキや揚げ物にぴったりだ。特に竜田揚げにすると赤身が引き締まって、噛めば噛むほど味が出てくるスルメイカっぽい風味になる。

 また、ランノーガの珊瑚部分は細かく砕けばカラフルな岩塩になるので、庶民の間で少々高めなお値段で取引されているらしい。今回は俺たちがランノーガを狩ったので、その岩塩は狩人たちに配って好きに使わせることにした。そうしてカラフル岩塩を好き放題にかけ散らかした結果、水がなければ食べれないようなゲーミング料理が出来上がってしまったのはご愛嬌である。

 一方のシンモルファを使った料理は、グラタンやシチューといったまろやかなもので統一されていた。特にシンモルファの指鰭にはコラーゲンがたっぷり含まれているので、溶かしてマカロニにしたり、ジュースと混ぜてゼリーにしたりと料理に幅を出せる便利な代物だった。

 その他にも、宴の席には交易が盛んなミヴァリアならではの大量の小麦を使ったパンやパスタが用意されていた。エラムラの里ではもっぱら米が栽培されているので、真っ白でふわふわのパンがあるだけでも俺たちは大盛り上がりだった。

「ふぃー……食い過ぎた……」

 バイキング形式であれこれと食べているうちに、早くも俺は満腹になってしまった。

「シャルはもっと食べれるよ! リョーホももっと食べないと、シャルみたいに強くなれないし!」
「もう胃がはち切れそうだって。つか、お前の食ったもんはどこに収まってるんだ?」

 俺が一皿食べ終える頃に、シャルは五皿も食べておかわりまでしていた気がする。それでもまだ入るというのだから空恐ろしい。

「次はデザート食べてくる!」
「食べ過ぎてお腹壊しても知らないぞー」

 プレートを抱えて元気に走り去っていくシャルに手を振り、俺は腹ごなしにジュースを口へ傾けた。レモンと甘い蜜柑から絞った果汁が、油で重たくなった口の中をキリッと引き締めて爽快感を与えてくれる。甘酸っぱいものを飲むとまだまだ食べられそうだと思えてくるから不思議だ。

 コップを回してカラカラと氷をぶつけながら休憩していると、人混みをかき分けるようにして、アンジュが手を振りながら俺に近づいてくるのが見えた。

「お疲れ! 楽しんでる?」
「もちろん。アンジュがいなきゃ楽しく宴なんてできなかったしな」
「ふふふ。まぁ私がいれば当然よね」

 アンジュが胸を張るのとほぼ同じタイミングで、宴のとある一角から歓声が上がる。そちらを見てみれば、誰かが菌糸能力を使って小さな花火を上げているところだった。

 微笑みながらその様子を見守っていると、アンジュから人差し指で肩を突かれた。

「ねぇリョーホ。ちょっとあっちで話さない?」
「おう」

 残っていたジュースをぐいっと煽ってから、俺は空のグラスを置いて立ち上がった。

 どんちゃん騒ぎな宴会場を抜けると、会場の外側を囲う回廊の一角へ出た。

 その回廊は階段や空中廊下で別のビルと繋がっており、夜の散歩に繰り出している住民たちが好き勝手に歩き回っていた。

 まばらに横切る人々を避けながら朱色の欄干に寄りかかると、そこからミヴァリアの中央通りを一望できた。日本のスクランブル交差点よりはるかに人口密度は劣るものの、文明が一度崩壊した世界にしては、目を見張るほど大勢の人が行き交っている。仲間と雑談しながら流れていく雑踏を見ていると、世の中捨てたものではないという、悟りにも似た感慨が湧き上がってきた。

 ふと、宴会場とは別のところから乾杯の音頭が聞こえてきた。よく見れば、回廊のあちこちや違うビルでも酒盛りが行われているらしい。もう寝静まってもおかしくない時間帯だというのに、ミヴァリアの人々はまだまだ眠る気がないようだ。

「この里めちゃくちゃ賑やかな……いや、うるせぇな」
「今日は大臣がシェルターに引きこもってるからまだマシな方だよ。いつもなら里中の酒場が大繁盛だからもっとうるさいね」
「地獄かよ」

 俺は欄干に両肘を乗せながら崩れるように笑うと、風に乗ってくるアルコールの匂いに酔いながらアンジュに問いかけた。

「で、なんだよ話って」

 アンジュは俺に倣うように欄干に腕を乗せると、あーうー言いながら視線を彷徨わせた。

「急で悪いんだけどさ、私、ここに残っていいかな?」
「え、一緒に行かないのか?」
「うん。グレンさんと話してたら、ちょっと確かめたいことができたの」

 アンジュはカクテル入りのグラスを傾け、声のトーンを落とした。

「テララギの里の近くにある、逆さ滝のリバースロンド。君も知ってるよね?」
「ああ。機械仕掛けの門が隠されてるらしいな」
「そう。本当はヨルドの里を取り戻してからみんなと一緒に行こうと思ってたんだけど、先に私だけで様子見に行こうかなって思って」
「なんで? 俺らと一緒の方が安全だろ。それに俺がいなきゃ機械仕掛けの門も開けられないのに」
「ちょっと、ね」

 アンジュは雪のように白い睫毛を伏せて意味深長に笑った。なんとなく後ろめたそうな気配を察して、俺は遠くへ目線を置きながら欄干に頬杖をついた。

「行くならちゃんと帰ってこいよ。あとテララギの里でお土産よろしく」
「私よりお土産の話ぃ? ちょっとは心配してくれてもいいんだよ?」
「だってアンジュは討滅者じゃん」
「そりゃあ、上位ドラゴンぐらいなら余裕で倒せるけどね?」

 自慢げに笑うアンジュに呆れながら、俺は内心で少しだけ肩を落としていた。正直、アンジュの戦力には期待していた部分がある。しかもアンジュはベートたちから死んだと思われているので、いざという時は一発逆転の切り札になっただろうに。

 まぁ、レオハニーだけでも戦力過多なのだから、欲張りすぎても仕方がないだろう。

 俺は組んだ腕に顎を乗せるようにして、月明かりとビルの照明に照らされた入り江を見つめた。

「そういや、ツクモはどうするんだ? アンジュと一緒にリバースロンドに行くのか?」
「リョーホと一緒に行くって。あ、今は安心して宴を楽しめるようにって、ミヴァリアの外を監視してるよ」
「真面目だなあいつも」

 苦笑しながら、それとなくツクモの姿を探してみる。しかしツクモは洞窟の外にいるのか、桟橋で屯するミヴァリアの守護狩人しか見つけられなかった。

 しばらく無心で景色を眺めていると、背後からエトロの浮かれた声が飛んできた。
 
「リョーホ! こんなところにいたのか!」
「よぉ、エトロ。お前こそ抜け出して何してんだ?」
「お前の姿がなかったから探していたんだ。あまり心配させるなよ」

 エトロは弾むような駆け足で俺の隣まで来ると、さらにその隣にいるアンジュへ挑戦的な笑みを浮かべた。

「貴方は……アンジュ、だったか。確かベアルドルフと同期の討滅者らしいな。リョーホとはどこで知り合ったんだ? 私の記憶違いでなければ、オラガイアに貴方はいなかった気がするんだがな」

 そういえば、まだエトロたちにアンジュのことを紹介できていなかった。本当は議会ホールでのいざこざが終わった後に紹介するつもりだったのだが、レオハニーに呼び出されてしまったのでタイミングを逃してしまったのだった。

 それにしても、なんとなくエトロが喧嘩腰に見えるのだが気のせいだろうか。

 アンジュはそれに気づいているのかいないのか、エトロに握手を求めながらにこやかに答えた。

「初めまして。スキュリアを拠点にしてる守護狩人のアンジュだよ。リョーホとは転生する前からの知り合いなんだ。オラガイアではダウバリフと一緒に諜報してたから、見つけられなかったのも仕方ないと思うなぁ」
「そうか。貴方もNoDの一人なのだから、鍵者と親しいのも頷ける」

 エトロはふっと表情を和らげると、アンジュの握手に応えながら目礼した。

「紹介が遅れて済まない。私はバルド村のエトロだ。リョーホは隠し事が多い男だからな。いずれ機会があれば、転生する前の彼の人生を聞かせてほしい」
「そういうお話ならたくさんあるよ! なんなら、あっちでこっそりお話ししよっか?」
「やめろぉ! 人の黒歴史を嬉々として語ろうとするなぁ!」

 エトロと肩を組みながら歩き去ろうとするアンジュを引き留めて、どうにか俺は黒歴史を守ることに成功する。

 アンジュはぶーたれながらも足を止めると、打って変わって穏やかな笑顔でエトロを見つめた。

「ああそうだ。エトロちゃん、もう少しで誕生部だよね」
「それは……そうだが、どうして知っているんだ?」
「実は私、ずっと前からエトロちゃんのことは知ってたんだよ。会うのは初めてなんだけど」
「なぜ?」
「貴方のお母さん、マリーナ様とお友達だったから」

 アンジュの唇からマリーナの名前が紡がれた瞬間、エトロの青い瞳が微かに見開かれた。

「母の友人……じゃあ、ヨルドの里には何度か?」
「うん。よく遊びに行ってたよ。マリーナ様にはかなりお世話になったなぁ」

 と、アンジュはヨルドの里での思い出話を幾つか語ってくれた。ヨルドの里で毎年行われる氷の一族の海祭りや、人喰いドラゴンに攫われた里の子供の救出劇、それからマリヴァロンの赤子を預けたことまで、語れば語るほど湯水にように思い出が溢れているようだった。

 他人の記憶でしか知らないヨルドの里の出来事は、記憶を流し込まれるよりもずっと鮮明で、生き生きとしているように感じられた。時々会話に混じるエトロの笑い声や相槌が、特に語られる思い出に色を添えてくれた。

「……って感じで、ヨルドの里にはすっごい思い入れがあるんだ。本当は一緒に取り戻したいんだけど、急な用事が入っちゃったから、代わりにこれを渡そうと思って」
 
 と、アンジュは話を戻しながら、青い宝石のついた美しいイヤリングを取り出した。

「綺麗だな」
「でしょ? 実は中央都市の知り合いから貰ったんだけど、すごいんだよこれ。片方だけちょっとつけてみて!」

 促されるままにエトロが片方を手に取るや、アンジュはもう片方を持ったまま回廊の端っこまで走り出した。

「二人はそこから動かないでねー!」

 そんな声が遠ざかって、アンジュの姿が回廊の雑踏に隠れて見えなくなる。しばらくすると、エトロの右耳にぶら下がったイヤリングからざりっとノイズが鳴った。

『あーあー、テステスー。聞こえるかな?』
「な、なんだ? 姿が見えないのに声が聞こえるぞ」
『そうなの! このイヤリングをつけてると、中の宝石が共鳴して遠くでも通話ができるんだよ』
「ツウワ? と言うのはよく分からないが、ロッシュの『響音』に似ているな」
『まさにそのとーり!』

 なんと、この世界にもすでに通信技術が確立されていたらしい。俺の知らない間に技術が飛躍しているのを見ると、自分も歳を取ったのだと感慨深くなる。

 それから何度か通話を交わした後、アンジュが回廊の向こうからこちらへ戻ってきた。そして、自分の耳に付けていたもう片方のイヤリングをエトロの手の中へ落とした。

「これ、エトロちゃんにあげるね」
「しかし、こんな高価なもの……」
「いいのいいの。ちょっと早めの誕生日プレゼントだから」
「……では、ありがたく使わせてもらうよ」

 エトロはイヤリングを柔らかく握りしめ、はにかむように笑った。その表情を見たアンジュは軽く目を見開いた後、流し目になりながらエトロに顔を寄せた。

「それにしてもさぁ、エトロちゃんってお母さんにそっくりだね。ハグしていいかな?」
「は……ハグ?」
「むふふふふ……」

 不審者じみた笑顔を浮かべながら手をわきわきさせ、アンジュは圧し掛かるようにエトロへ抱き着いた。

「えい!」
「うわっぷ」

 エトロの顔がアンジュの胸に埋もれるのを見て、俺は思わずガン見してしまった。ちょっと羨ましいと思ったのは内緒である。

「はぁ~……あったかーい。生きてるって感じがする~。このまま持ち帰っちゃおうかな」
「は、離れろ、恥ずかしい!」
「えー、そんなこと言わずにさぁ」

 うりうりとアンジュが頭を撫でれば、エトロはぼさぼさになった髪を整えながら腕の中で暴れ出した。思いのほかアンジュの力が強いのか、あの怪力なエトロでもうまく抜け出せないようだ。美人二人が戯れているのは目の保養にもなるが、同時にいたたまれなくなって俺は声を上げた。

「おい、いつまで遊んでんだよ。そろそろ放してやれって」
「おっと? 嫉妬してる?」
「してない!」

 顔を赤くしながら咄嗟に反論すると、アンジュは蠱惑的な笑みを浮かべながら人差し指を唇に沿えた。

「ねぇ知ってる? 百合の間に挟まる男は極刑になるんだよ?」
「ゆっ……」

 俺はばっと口を塞いで、ジト目になりながら一歩下がった。別に煩悩に屈したわけではない。ただこれ以上は何を言っても墓穴を掘るだけだ。これは戦略的撤退である。

 俺が何も言い返さないのをいいことに、アンジュは猫吸いのごとくエトロのつむじに顔をうずめた。すると、エトロはむず痒そうな顔で目を泳がせた。

「アンジュ。悪いが私とリョーホはその……互いに心に決めた相手だから……百合というのは、ちょっと」
「えぇ? ……え、ええぇぇぇ!?」

 アンジュはあっさりとエトロを開放すると、飛び掛かるように俺の両肩を掴んで揺さぶった。

「ちょっとリョーホ! 私に黙って大人の階段登っちゃったの!?」
「語彙が古い! ババアのからかい方だろそれ!」
「はぁ!? そこまで言わなくても良くない!? 私はまだピッチピチの十五歳だから!」
「サバ読んでんじゃねぇ!」

 精神年齢で言えば俺より遥かに上のくせに何を言いだすのだこの女は。

 俺は勢いよくアンジュから距離を取ると、エトロの手を取って宴会場へと急いで戻った。

「もういい、行くぞエトロ!」
「あ、ああ」
「ちょっとー! 結婚式にはちゃんと招待してよー!?」
「けっ……気が早いっつの!」

 そう叫び返して、俺はますます盛り上がりを見せる宴の真っただ中へと飛び込んだ。宴会場は駅前のゲームセンターのように騒音に溢れ、あっという間に誰が誰の声なのか聞き取れなくなる。

 なのに回廊の方からはっきりと、アンジュの祝福の言葉が聞こえた。

「ちゃんと幸せになるんだよ。リョーホ」
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