家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

(21)小さな思惑

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 オラガイアの解体作業が終わる頃には、辺りはすっかり夜の帷に包まれていた。

 解体作業中、時々エトロたちが差し入れと一緒に様子を見に来てくれたり、面白がったカミケンがあちこち荒らしまわったり、学者たちがオラガイアを一目見ようと押しかけてきたりと、ハプニングが頻発してなかなか忙しかった。時々手伝いを申し出てくれる狩人もいたのだが、ヴァーナルが要らぬとばっさり切り捨てていったので、結局俺たち四人だけで最後までやり通した。

「ふぃー……なんとか今日中に終わったな」

 大海原で二度目の夜空を見上げながら、俺は額に浮かんでいた汗を拭った。
 
「すまんな。こんな遅くまで付き合わせてしまって。ミヴァリアの観光もしたかっただろうに」
「全然問題ないですよ」

 内心ではもう少しミヴァリアを観光してみたかった気持ちもあったが、エトロたちから話を聞けるだけでも十分だろう。それに化石から余分な土や建物を取り外す作業は、高圧洗浄機で車の汚れを洗い流すようでストレス発散にちょうど良かった。

 同じ体勢を取っていたせいで凝り固まった肩をぐるりと回す。その拍子にバキバキと人体から聞こえてはいけないような音が聞こえて、ツクモから凄い形相でガン見された。俺は手を振りながら平気であるとアピールした後、くるりとヴァーナルへ向き直った。

「そういえばヴァーナルさん。竜船作りが終わった後は、またどこかに工房を構えるんですか?」
「そうさな……まずはオラガイアの竜船が完成するまで、ミヴァリアで再建資金でも集めようかの。その後は竜船で遊覧飛行がてら世界中を巡るつもりだ」
「そうなると、ヴァーナルさんの銘入り武器はますます手に入りにくくなりそうですね。いっそのこと、出血大セールだと思ってヴァーナルさんがミヴァリアにいると喧伝してみましょうか? その方が再建資金も一瞬で貯まりそうですし」
「そういうやり方は好ましくない。わしは金のために鍛冶屋を営んでいるわけではないのだ」
「けど、背に腹は代えられないのでは?」
 
 駄目押しとばかりに言葉を重ねれば、ヴァーナルは猛獣のような唸り声をあげて考え込んだ。そして真っ暗なフードの奥でいかにも仕方がないと言わんばかりのため息を吐きだした。
 
「……お前さんたちのように面白い情報を持っている奴なら大歓迎だが、身の丈に合わぬ武器をせがむ連中からはふんだくってやろう」
「あはは! そう来なくては」

 初めてヴァーナルの武器を手にした俺でさえも、普通の武器との違いを明確に感じられるほど素晴らしい出来栄えだったのだ。喧伝すればミヴァリアの里には大量の狩人が殺到するはずである。

 そのついでにミヴァリアにまで経済効果がもたらされるのは少々癪であるが、ヴァーナルの成功に比べれば大した問題ではないだろう。

 そこでふと、俺はあくどい発想を抱いてしまった。

「あ……ヴァーナルさん。よかったら俺も貴方に投資していいですか?」
「なんだ藪から棒に。施しなら受け取らんぞ」
 
 お金よりも情報に比重をかけるヴァーナルにとって、投資の話は眉唾もいいところだろう。案の定、フードの奥から不愉快そうな雰囲気がひしひしと伝わってきた。それでも俺は臆することなく話を続ける。

「施しのつもりはありませんよ。率直に言うと、後で貴方に手伝ってほしい事があるので、先に恩を着せておこうかなぁ、と」
「もっとぼかした言い方はできんのか、お前さんは」

 歯に衣着せぬ物言いに、ヴァーナルから奇異と呆れが混ざった声が降ってくる。仕方がないだろう。俺は交渉やまどろっこしいものが苦手なのだから。

 俺は咳払いで緊迫感の抜けた空気を誤魔化しつつ、フードの奥へと視線を向けた。

「予定通りに行ったら、来年の春にヨルドの里を復興させようと思ってるんです。その時にオラガイアの結界技術があったら、またヨルドの里でスタンピードが起きても耐え切れるでしょう? ですから、復興の目途が立った暁には、ヴァーナルさんの力をぜひとも貸してほしいんです。投資の話はその前金ってことで」
「なんだ、大それた話を持ち掛けてくるかと思えば、その程度か」

 滅びた里の復興も大それたことの部類では、と思ったが黙っておいた。俺の深読みでなければ、ヴァーナルは過去に里の復興とは比べ物にならないほど大規模な無茶ぶりをされたことがあるのだろう。ヴァーナルが人との関わりを避けるようになったのもそれが原因なのでは、というのは、流石に邪推がすぎるだろうか。

 ヴァーナルは今晩の献立を考えるような軽い雰囲気で悩んだ後、心なしか機嫌が良さそうに鼻を鳴らした。

「いいだろう。手を出せ」
「手?」

 言われた通りに右手を差し出すと、俺より五倍も大きな手で下から支えられる。次いでヴァーナルは懐から小さなナイフを取り出し、俺の掌に浅く傷を入れた。

 傷口は一拍の間をおいてジワリと熱を持ち、それに誘発されたようにぷっくりと血を滲ませる。ヴァーナルがその上にナイフを寝かせると、銀色の刀身が俺の血を吸ったように赤く染まり、数秒後、何事もなかったかのように元の銀色を取り戻した。

 この現象は、俺がノラの時に一度だけ見たことがあった。ノースマフィアのボスが代々持っている三本爪の『核印』と同じ力だ。相手の魂に印をつけ、居場所を察知するだけでなく、魂に直接攻撃したり、あるいは結界で守ったりと汎用性のある能力である。

「よし、これでわしとお前さんの魂に印がつけられた。『瞋恚』持ちのお前さんなら、この印を渡り花に覚えさせればわしと連絡をとれるだろう。手が欲しくなったらいつでも呼ぶとよい」
「ありがとうございます。けど、まだ俺は投資もしてないのに」
「分かっておる。後でお前さんにはおつかいを頼む」
「おつかい?」
「お前さんはまだ採集狩人なんだろう? 後で採集してきてほしい素材のメモを渡しておくでな」

 つまり採集狩人への指名依頼というわけである。ヴァーナルへの投資のつもりが、逆にこちらの実績作りの手助けをされている気がする。もっと言えば、子ども扱いされているような。投資の話を持ち掛けてきた俺への意趣返しというよりは、単純な好意でやられている気がしてタチが悪い。

 俺はぐぬぬ、と拳を握りしめながらも大人しく話を切り上げることにした。

「それじゃあ俺はエトロたちのところに行きます。ヴァーナルさんも、ちゃんとご飯食べてくださいよ。昼食抜いてずっと仕事してたんすから」
「お前さんが心配する事じゃないわい」

 柔らかい声で言い返されて、俺は笑いながら背を向けた。そして少し離れたところでツクモと雑談していたアンジュへ声をかける。
 
「アンジュ。俺はこれからミヴァリアに行くけど、そっちはどうする?」
「途中まで一緒に行こうかな。せっかく人間に戻れたんだから、ベアくんとゆっくり過ごしたいかも」
「分かった」

 頷きながら、すっかり小さくなったオラガイアの舳先からミヴァリアの崖へと飛び移る。そこから菌糸能力で忍者のように壁を上り切った後、俺は背後の海を一瞥した。

 月明かりを反射する水平線は、銀雪を振りかけたように煌めいていた。崖下からは内側から弾けるような潮の轟音が駆け上がってきて、その勢いの良さに心地良い気分になる。

 とっぷりと墨を吸い込んだような海の上には、解体されたオラガイアが白い骨を浮かせていた。化石にへばりついていた建物の一部はすでに学者たちへ寄贈済みで、大聖堂は新しい竜船へ流用される予定だ。

 あの化石の量を見る限り、ヴァーナルの竜船は豪華客船並みの規模になるだろう。オラガイアに比べれば二回りも小さいが、歴史に名を残すには十分だ。
 
「リョーホ様」

 崖の上で立ち止まった俺に、ツクモが密やかに話しかけてくる。素直に振り返ってみると、ツクモは自分でも呼びかけるつもりがなかったかのように慌てて口を押さえていた。
 
「どうしたんだ、ツクモ」

 柔和な口調を心がけてみれば、ツクモは恐縮しながらも辿々しく言葉を紡いだ。
 
「あの……ワタシは、アナタのお役に立てたでしょうか? 記憶を引き継ぐ以外の仕事には、不慣れだったので」

 なんだそんなことか、と俺は肩をすくめる。
 
「すごく助かったよ。ツクモがいなかったらこんなに早く終わらなかったし……俺も無事じゃなかっただろうから」

 ツクモだけじゃない。アンジュやダウバリフがいなければ、俺たちはこうしてミヴァリアまで辿り着くことはできなかっただろう。オラガイアの心臓部をトゥアハたちから守ったのも彼女たちのおかげだし、不時着まで時間稼ぎをしたのだってそうだ。
 
 そんな偉大な功績とは裏腹に、ツクモたちの存在は心臓部に行ったメンバー以外には知らされていない。ダアト教の裏切りが判明したばかりに、NoDのツクモたちを紹介するのは危険だと判断したからだ。そのため、表向きには俺が一人でオラガイアを着水させたことになっている。

 不本意とはいえ、結果的にツクモの成果を横取りしてしまった俺は、内心では納得できていなかった。

 NoDは決して危険な存在でもなければ、新人類の敵でもない。しかしその話を信じてくれる人はどれだけいるだろうか。ミカルラはヨルドの里を滅ぼし、アンジュはノンカの里を消し去ってしまった。ニヴィもまた、決して償えない罪を犯してしまった。そうさせたのは全てベートのせいだと弁明しても、ただの責任転嫁と言われればそれまでだ。

 それでも許されるのならば、俺はNoDの一員として彼女たちの汚名を注ぎたい。新人類からすればNoDは機械仕掛け側の手先にしか見えないだろうが、共に戦わずして仲間だとは名乗れないだろう。

 ならばやはり、俺もオーディたちとの交渉に参加するべきではないか? アンジュたちのことも正直に打ち明けた方が、陰でコソコソするよりずっとマシに決まっているのだから。

 俺は潮風を肺へいっぱいに詰め込んだ後、ゆっくりと息を吐いてからアンジュに向き直った。

「アンジュ。この後なんだけどさ……」
「交渉の件、でしょ? レオハニーから軽く聞いた時から、リョーホなら絶対参加すると思ってたんだよね」
「人の心を読むなよ」

 全く交渉のことを匂わせたつもりはないというのに。アンジュの推察能力は一体どうなっているのか、そら恐ろしくなった。一方のアンジュは腰に手を当てながら鼻を高くする。
 
「ふふ。何十年リョーホと付き合ってきたと思ってるのさ。君の恥ずかしい記憶までバッチリ知ってるんだからね」
「うわ! そういう記憶は消してくれよ! つかプライバシーもへったくれもねーな!?」
「あはは! クレームは博士までお願いしまーす」
「このやろう……」

 母親に黒歴史ノートを発見されたような最悪の気分である。俺が死んでも相手が忘れてくれないのが余計にキツい。

 ともあれ、アンジュが援護射撃をしてくれると言うのなら、俺も思い切って彼らに直談判できる。交渉が終わっていないのならそのまま参加、もし終わっていたら、そのときはアンリと相談だ。アンリは何だかんだと言って身内に甘いから手伝ってくれるだろう。

 俺は半ば他力本願な気持ちで、洞窟の中に浮かび上がるミヴァリアの街並みへと歩き出した。
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