152 / 242
5章
(21)小さな思惑
しおりを挟む
オラガイアの解体作業が終わる頃には、辺りはすっかり夜の帷に包まれていた。
解体作業中、時々エトロたちが差し入れと一緒に様子を見に来てくれたり、面白がったカミケンがあちこち荒らしまわったり、学者たちがオラガイアを一目見ようと押しかけてきたりと、ハプニングが頻発してなかなか忙しかった。時々手伝いを申し出てくれる狩人もいたのだが、ヴァーナルが要らぬとばっさり切り捨てていったので、結局俺たち四人だけで最後までやり通した。
「ふぃー……なんとか今日中に終わったな」
大海原で二度目の夜空を見上げながら、俺は額に浮かんでいた汗を拭った。
「すまんな。こんな遅くまで付き合わせてしまって。ミヴァリアの観光もしたかっただろうに」
「全然問題ないですよ」
内心ではもう少しミヴァリアを観光してみたかった気持ちもあったが、エトロたちから話を聞けるだけでも十分だろう。それに化石から余分な土や建物を取り外す作業は、高圧洗浄機で車の汚れを洗い流すようでストレス発散にちょうど良かった。
同じ体勢を取っていたせいで凝り固まった肩をぐるりと回す。その拍子にバキバキと人体から聞こえてはいけないような音が聞こえて、ツクモから凄い形相でガン見された。俺は手を振りながら平気であるとアピールした後、くるりとヴァーナルへ向き直った。
「そういえばヴァーナルさん。竜船作りが終わった後は、またどこかに工房を構えるんですか?」
「そうさな……まずはオラガイアの竜船が完成するまで、ミヴァリアで再建資金でも集めようかの。その後は竜船で遊覧飛行がてら世界中を巡るつもりだ」
「そうなると、ヴァーナルさんの銘入り武器はますます手に入りにくくなりそうですね。いっそのこと、出血大セールだと思ってヴァーナルさんがミヴァリアにいると喧伝してみましょうか? その方が再建資金も一瞬で貯まりそうですし」
「そういうやり方は好ましくない。わしは金のために鍛冶屋を営んでいるわけではないのだ」
「けど、背に腹は代えられないのでは?」
駄目押しとばかりに言葉を重ねれば、ヴァーナルは猛獣のような唸り声をあげて考え込んだ。そして真っ暗なフードの奥でいかにも仕方がないと言わんばかりのため息を吐きだした。
「……お前さんたちのように面白い情報を持っている奴なら大歓迎だが、身の丈に合わぬ武器をせがむ連中からはふんだくってやろう」
「あはは! そう来なくては」
初めてヴァーナルの武器を手にした俺でさえも、普通の武器との違いを明確に感じられるほど素晴らしい出来栄えだったのだ。喧伝すればミヴァリアの里には大量の狩人が殺到するはずである。
そのついでにミヴァリアにまで経済効果がもたらされるのは少々癪であるが、ヴァーナルの成功に比べれば大した問題ではないだろう。
そこでふと、俺はあくどい発想を抱いてしまった。
「あ……ヴァーナルさん。よかったら俺も貴方に投資していいですか?」
「なんだ藪から棒に。施しなら受け取らんぞ」
お金よりも情報に比重をかけるヴァーナルにとって、投資の話は眉唾もいいところだろう。案の定、フードの奥から不愉快そうな雰囲気がひしひしと伝わってきた。それでも俺は臆することなく話を続ける。
「施しのつもりはありませんよ。率直に言うと、後で貴方に手伝ってほしい事があるので、先に恩を着せておこうかなぁ、と」
「もっとぼかした言い方はできんのか、お前さんは」
歯に衣着せぬ物言いに、ヴァーナルから奇異と呆れが混ざった声が降ってくる。仕方がないだろう。俺は交渉やまどろっこしいものが苦手なのだから。
俺は咳払いで緊迫感の抜けた空気を誤魔化しつつ、フードの奥へと視線を向けた。
「予定通りに行ったら、来年の春にヨルドの里を復興させようと思ってるんです。その時にオラガイアの結界技術があったら、またヨルドの里でスタンピードが起きても耐え切れるでしょう? ですから、復興の目途が立った暁には、ヴァーナルさんの力をぜひとも貸してほしいんです。投資の話はその前金ってことで」
「なんだ、大それた話を持ち掛けてくるかと思えば、その程度か」
滅びた里の復興も大それたことの部類では、と思ったが黙っておいた。俺の深読みでなければ、ヴァーナルは過去に里の復興とは比べ物にならないほど大規模な無茶ぶりをされたことがあるのだろう。ヴァーナルが人との関わりを避けるようになったのもそれが原因なのでは、というのは、流石に邪推がすぎるだろうか。
ヴァーナルは今晩の献立を考えるような軽い雰囲気で悩んだ後、心なしか機嫌が良さそうに鼻を鳴らした。
「いいだろう。手を出せ」
「手?」
言われた通りに右手を差し出すと、俺より五倍も大きな手で下から支えられる。次いでヴァーナルは懐から小さなナイフを取り出し、俺の掌に浅く傷を入れた。
傷口は一拍の間をおいてジワリと熱を持ち、それに誘発されたようにぷっくりと血を滲ませる。ヴァーナルがその上にナイフを寝かせると、銀色の刀身が俺の血を吸ったように赤く染まり、数秒後、何事もなかったかのように元の銀色を取り戻した。
この現象は、俺がノラの時に一度だけ見たことがあった。ノースマフィアのボスが代々持っている三本爪の『核印』と同じ力だ。相手の魂に印をつけ、居場所を察知するだけでなく、魂に直接攻撃したり、あるいは結界で守ったりと汎用性のある能力である。
「よし、これでわしとお前さんの魂に印がつけられた。『瞋恚』持ちのお前さんなら、この印を渡り花に覚えさせればわしと連絡をとれるだろう。手が欲しくなったらいつでも呼ぶとよい」
「ありがとうございます。けど、まだ俺は投資もしてないのに」
「分かっておる。後でお前さんにはおつかいを頼む」
「おつかい?」
「お前さんはまだ採集狩人なんだろう? 後で採集してきてほしい素材のメモを渡しておくでな」
つまり採集狩人への指名依頼というわけである。ヴァーナルへの投資のつもりが、逆にこちらの実績作りの手助けをされている気がする。もっと言えば、子ども扱いされているような。投資の話を持ち掛けてきた俺への意趣返しというよりは、単純な好意でやられている気がしてタチが悪い。
俺はぐぬぬ、と拳を握りしめながらも大人しく話を切り上げることにした。
「それじゃあ俺はエトロたちのところに行きます。ヴァーナルさんも、ちゃんとご飯食べてくださいよ。昼食抜いてずっと仕事してたんすから」
「お前さんが心配する事じゃないわい」
柔らかい声で言い返されて、俺は笑いながら背を向けた。そして少し離れたところでツクモと雑談していたアンジュへ声をかける。
「アンジュ。俺はこれからミヴァリアに行くけど、そっちはどうする?」
「途中まで一緒に行こうかな。せっかく人間に戻れたんだから、ベアくんとゆっくり過ごしたいかも」
「分かった」
頷きながら、すっかり小さくなったオラガイアの舳先からミヴァリアの崖へと飛び移る。そこから菌糸能力で忍者のように壁を上り切った後、俺は背後の海を一瞥した。
月明かりを反射する水平線は、銀雪を振りかけたように煌めいていた。崖下からは内側から弾けるような潮の轟音が駆け上がってきて、その勢いの良さに心地良い気分になる。
とっぷりと墨を吸い込んだような海の上には、解体されたオラガイアが白い骨を浮かせていた。化石にへばりついていた建物の一部はすでに学者たちへ寄贈済みで、大聖堂は新しい竜船へ流用される予定だ。
あの化石の量を見る限り、ヴァーナルの竜船は豪華客船並みの規模になるだろう。オラガイアに比べれば二回りも小さいが、歴史に名を残すには十分だ。
「リョーホ様」
崖の上で立ち止まった俺に、ツクモが密やかに話しかけてくる。素直に振り返ってみると、ツクモは自分でも呼びかけるつもりがなかったかのように慌てて口を押さえていた。
「どうしたんだ、ツクモ」
柔和な口調を心がけてみれば、ツクモは恐縮しながらも辿々しく言葉を紡いだ。
「あの……ワタシは、アナタのお役に立てたでしょうか? 記憶を引き継ぐ以外の仕事には、不慣れだったので」
なんだそんなことか、と俺は肩をすくめる。
「すごく助かったよ。ツクモがいなかったらこんなに早く終わらなかったし……俺も無事じゃなかっただろうから」
ツクモだけじゃない。アンジュやダウバリフがいなければ、俺たちはこうしてミヴァリアまで辿り着くことはできなかっただろう。オラガイアの心臓部をトゥアハたちから守ったのも彼女たちのおかげだし、不時着まで時間稼ぎをしたのだってそうだ。
そんな偉大な功績とは裏腹に、ツクモたちの存在は心臓部に行ったメンバー以外には知らされていない。ダアト教の裏切りが判明したばかりに、NoDのツクモたちを紹介するのは危険だと判断したからだ。そのため、表向きには俺が一人でオラガイアを着水させたことになっている。
不本意とはいえ、結果的にツクモの成果を横取りしてしまった俺は、内心では納得できていなかった。
NoDは決して危険な存在でもなければ、新人類の敵でもない。しかしその話を信じてくれる人はどれだけいるだろうか。ミカルラはヨルドの里を滅ぼし、アンジュはノンカの里を消し去ってしまった。ニヴィもまた、決して償えない罪を犯してしまった。そうさせたのは全てベートのせいだと弁明しても、ただの責任転嫁と言われればそれまでだ。
それでも許されるのならば、俺はNoDの一員として彼女たちの汚名を注ぎたい。新人類からすればNoDは機械仕掛け側の手先にしか見えないだろうが、共に戦わずして仲間だとは名乗れないだろう。
ならばやはり、俺もオーディたちとの交渉に参加するべきではないか? アンジュたちのことも正直に打ち明けた方が、陰でコソコソするよりずっとマシに決まっているのだから。
俺は潮風を肺へいっぱいに詰め込んだ後、ゆっくりと息を吐いてからアンジュに向き直った。
「アンジュ。この後なんだけどさ……」
「交渉の件、でしょ? レオハニーから軽く聞いた時から、リョーホなら絶対参加すると思ってたんだよね」
「人の心を読むなよ」
全く交渉のことを匂わせたつもりはないというのに。アンジュの推察能力は一体どうなっているのか、そら恐ろしくなった。一方のアンジュは腰に手を当てながら鼻を高くする。
「ふふ。何十年リョーホと付き合ってきたと思ってるのさ。君の恥ずかしい記憶までバッチリ知ってるんだからね」
「うわ! そういう記憶は消してくれよ! つかプライバシーもへったくれもねーな!?」
「あはは! クレームは博士までお願いしまーす」
「このやろう……」
母親に黒歴史ノートを発見されたような最悪の気分である。俺が死んでも相手が忘れてくれないのが余計にキツい。
ともあれ、アンジュが援護射撃をしてくれると言うのなら、俺も思い切って彼らに直談判できる。交渉が終わっていないのならそのまま参加、もし終わっていたら、そのときはアンリと相談だ。アンリは何だかんだと言って身内に甘いから手伝ってくれるだろう。
俺は半ば他力本願な気持ちで、洞窟の中に浮かび上がるミヴァリアの街並みへと歩き出した。
解体作業中、時々エトロたちが差し入れと一緒に様子を見に来てくれたり、面白がったカミケンがあちこち荒らしまわったり、学者たちがオラガイアを一目見ようと押しかけてきたりと、ハプニングが頻発してなかなか忙しかった。時々手伝いを申し出てくれる狩人もいたのだが、ヴァーナルが要らぬとばっさり切り捨てていったので、結局俺たち四人だけで最後までやり通した。
「ふぃー……なんとか今日中に終わったな」
大海原で二度目の夜空を見上げながら、俺は額に浮かんでいた汗を拭った。
「すまんな。こんな遅くまで付き合わせてしまって。ミヴァリアの観光もしたかっただろうに」
「全然問題ないですよ」
内心ではもう少しミヴァリアを観光してみたかった気持ちもあったが、エトロたちから話を聞けるだけでも十分だろう。それに化石から余分な土や建物を取り外す作業は、高圧洗浄機で車の汚れを洗い流すようでストレス発散にちょうど良かった。
同じ体勢を取っていたせいで凝り固まった肩をぐるりと回す。その拍子にバキバキと人体から聞こえてはいけないような音が聞こえて、ツクモから凄い形相でガン見された。俺は手を振りながら平気であるとアピールした後、くるりとヴァーナルへ向き直った。
「そういえばヴァーナルさん。竜船作りが終わった後は、またどこかに工房を構えるんですか?」
「そうさな……まずはオラガイアの竜船が完成するまで、ミヴァリアで再建資金でも集めようかの。その後は竜船で遊覧飛行がてら世界中を巡るつもりだ」
「そうなると、ヴァーナルさんの銘入り武器はますます手に入りにくくなりそうですね。いっそのこと、出血大セールだと思ってヴァーナルさんがミヴァリアにいると喧伝してみましょうか? その方が再建資金も一瞬で貯まりそうですし」
「そういうやり方は好ましくない。わしは金のために鍛冶屋を営んでいるわけではないのだ」
「けど、背に腹は代えられないのでは?」
駄目押しとばかりに言葉を重ねれば、ヴァーナルは猛獣のような唸り声をあげて考え込んだ。そして真っ暗なフードの奥でいかにも仕方がないと言わんばかりのため息を吐きだした。
「……お前さんたちのように面白い情報を持っている奴なら大歓迎だが、身の丈に合わぬ武器をせがむ連中からはふんだくってやろう」
「あはは! そう来なくては」
初めてヴァーナルの武器を手にした俺でさえも、普通の武器との違いを明確に感じられるほど素晴らしい出来栄えだったのだ。喧伝すればミヴァリアの里には大量の狩人が殺到するはずである。
そのついでにミヴァリアにまで経済効果がもたらされるのは少々癪であるが、ヴァーナルの成功に比べれば大した問題ではないだろう。
そこでふと、俺はあくどい発想を抱いてしまった。
「あ……ヴァーナルさん。よかったら俺も貴方に投資していいですか?」
「なんだ藪から棒に。施しなら受け取らんぞ」
お金よりも情報に比重をかけるヴァーナルにとって、投資の話は眉唾もいいところだろう。案の定、フードの奥から不愉快そうな雰囲気がひしひしと伝わってきた。それでも俺は臆することなく話を続ける。
「施しのつもりはありませんよ。率直に言うと、後で貴方に手伝ってほしい事があるので、先に恩を着せておこうかなぁ、と」
「もっとぼかした言い方はできんのか、お前さんは」
歯に衣着せぬ物言いに、ヴァーナルから奇異と呆れが混ざった声が降ってくる。仕方がないだろう。俺は交渉やまどろっこしいものが苦手なのだから。
俺は咳払いで緊迫感の抜けた空気を誤魔化しつつ、フードの奥へと視線を向けた。
「予定通りに行ったら、来年の春にヨルドの里を復興させようと思ってるんです。その時にオラガイアの結界技術があったら、またヨルドの里でスタンピードが起きても耐え切れるでしょう? ですから、復興の目途が立った暁には、ヴァーナルさんの力をぜひとも貸してほしいんです。投資の話はその前金ってことで」
「なんだ、大それた話を持ち掛けてくるかと思えば、その程度か」
滅びた里の復興も大それたことの部類では、と思ったが黙っておいた。俺の深読みでなければ、ヴァーナルは過去に里の復興とは比べ物にならないほど大規模な無茶ぶりをされたことがあるのだろう。ヴァーナルが人との関わりを避けるようになったのもそれが原因なのでは、というのは、流石に邪推がすぎるだろうか。
ヴァーナルは今晩の献立を考えるような軽い雰囲気で悩んだ後、心なしか機嫌が良さそうに鼻を鳴らした。
「いいだろう。手を出せ」
「手?」
言われた通りに右手を差し出すと、俺より五倍も大きな手で下から支えられる。次いでヴァーナルは懐から小さなナイフを取り出し、俺の掌に浅く傷を入れた。
傷口は一拍の間をおいてジワリと熱を持ち、それに誘発されたようにぷっくりと血を滲ませる。ヴァーナルがその上にナイフを寝かせると、銀色の刀身が俺の血を吸ったように赤く染まり、数秒後、何事もなかったかのように元の銀色を取り戻した。
この現象は、俺がノラの時に一度だけ見たことがあった。ノースマフィアのボスが代々持っている三本爪の『核印』と同じ力だ。相手の魂に印をつけ、居場所を察知するだけでなく、魂に直接攻撃したり、あるいは結界で守ったりと汎用性のある能力である。
「よし、これでわしとお前さんの魂に印がつけられた。『瞋恚』持ちのお前さんなら、この印を渡り花に覚えさせればわしと連絡をとれるだろう。手が欲しくなったらいつでも呼ぶとよい」
「ありがとうございます。けど、まだ俺は投資もしてないのに」
「分かっておる。後でお前さんにはおつかいを頼む」
「おつかい?」
「お前さんはまだ採集狩人なんだろう? 後で採集してきてほしい素材のメモを渡しておくでな」
つまり採集狩人への指名依頼というわけである。ヴァーナルへの投資のつもりが、逆にこちらの実績作りの手助けをされている気がする。もっと言えば、子ども扱いされているような。投資の話を持ち掛けてきた俺への意趣返しというよりは、単純な好意でやられている気がしてタチが悪い。
俺はぐぬぬ、と拳を握りしめながらも大人しく話を切り上げることにした。
「それじゃあ俺はエトロたちのところに行きます。ヴァーナルさんも、ちゃんとご飯食べてくださいよ。昼食抜いてずっと仕事してたんすから」
「お前さんが心配する事じゃないわい」
柔らかい声で言い返されて、俺は笑いながら背を向けた。そして少し離れたところでツクモと雑談していたアンジュへ声をかける。
「アンジュ。俺はこれからミヴァリアに行くけど、そっちはどうする?」
「途中まで一緒に行こうかな。せっかく人間に戻れたんだから、ベアくんとゆっくり過ごしたいかも」
「分かった」
頷きながら、すっかり小さくなったオラガイアの舳先からミヴァリアの崖へと飛び移る。そこから菌糸能力で忍者のように壁を上り切った後、俺は背後の海を一瞥した。
月明かりを反射する水平線は、銀雪を振りかけたように煌めいていた。崖下からは内側から弾けるような潮の轟音が駆け上がってきて、その勢いの良さに心地良い気分になる。
とっぷりと墨を吸い込んだような海の上には、解体されたオラガイアが白い骨を浮かせていた。化石にへばりついていた建物の一部はすでに学者たちへ寄贈済みで、大聖堂は新しい竜船へ流用される予定だ。
あの化石の量を見る限り、ヴァーナルの竜船は豪華客船並みの規模になるだろう。オラガイアに比べれば二回りも小さいが、歴史に名を残すには十分だ。
「リョーホ様」
崖の上で立ち止まった俺に、ツクモが密やかに話しかけてくる。素直に振り返ってみると、ツクモは自分でも呼びかけるつもりがなかったかのように慌てて口を押さえていた。
「どうしたんだ、ツクモ」
柔和な口調を心がけてみれば、ツクモは恐縮しながらも辿々しく言葉を紡いだ。
「あの……ワタシは、アナタのお役に立てたでしょうか? 記憶を引き継ぐ以外の仕事には、不慣れだったので」
なんだそんなことか、と俺は肩をすくめる。
「すごく助かったよ。ツクモがいなかったらこんなに早く終わらなかったし……俺も無事じゃなかっただろうから」
ツクモだけじゃない。アンジュやダウバリフがいなければ、俺たちはこうしてミヴァリアまで辿り着くことはできなかっただろう。オラガイアの心臓部をトゥアハたちから守ったのも彼女たちのおかげだし、不時着まで時間稼ぎをしたのだってそうだ。
そんな偉大な功績とは裏腹に、ツクモたちの存在は心臓部に行ったメンバー以外には知らされていない。ダアト教の裏切りが判明したばかりに、NoDのツクモたちを紹介するのは危険だと判断したからだ。そのため、表向きには俺が一人でオラガイアを着水させたことになっている。
不本意とはいえ、結果的にツクモの成果を横取りしてしまった俺は、内心では納得できていなかった。
NoDは決して危険な存在でもなければ、新人類の敵でもない。しかしその話を信じてくれる人はどれだけいるだろうか。ミカルラはヨルドの里を滅ぼし、アンジュはノンカの里を消し去ってしまった。ニヴィもまた、決して償えない罪を犯してしまった。そうさせたのは全てベートのせいだと弁明しても、ただの責任転嫁と言われればそれまでだ。
それでも許されるのならば、俺はNoDの一員として彼女たちの汚名を注ぎたい。新人類からすればNoDは機械仕掛け側の手先にしか見えないだろうが、共に戦わずして仲間だとは名乗れないだろう。
ならばやはり、俺もオーディたちとの交渉に参加するべきではないか? アンジュたちのことも正直に打ち明けた方が、陰でコソコソするよりずっとマシに決まっているのだから。
俺は潮風を肺へいっぱいに詰め込んだ後、ゆっくりと息を吐いてからアンジュに向き直った。
「アンジュ。この後なんだけどさ……」
「交渉の件、でしょ? レオハニーから軽く聞いた時から、リョーホなら絶対参加すると思ってたんだよね」
「人の心を読むなよ」
全く交渉のことを匂わせたつもりはないというのに。アンジュの推察能力は一体どうなっているのか、そら恐ろしくなった。一方のアンジュは腰に手を当てながら鼻を高くする。
「ふふ。何十年リョーホと付き合ってきたと思ってるのさ。君の恥ずかしい記憶までバッチリ知ってるんだからね」
「うわ! そういう記憶は消してくれよ! つかプライバシーもへったくれもねーな!?」
「あはは! クレームは博士までお願いしまーす」
「このやろう……」
母親に黒歴史ノートを発見されたような最悪の気分である。俺が死んでも相手が忘れてくれないのが余計にキツい。
ともあれ、アンジュが援護射撃をしてくれると言うのなら、俺も思い切って彼らに直談判できる。交渉が終わっていないのならそのまま参加、もし終わっていたら、そのときはアンリと相談だ。アンリは何だかんだと言って身内に甘いから手伝ってくれるだろう。
俺は半ば他力本願な気持ちで、洞窟の中に浮かび上がるミヴァリアの街並みへと歩き出した。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした
高鉢 健太
ファンタジー
ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。
ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。
もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。
とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

【一話完結】断罪が予定されている卒業パーティーに欠席したら、みんな死んでしまいました
ツカノ
ファンタジー
とある国の王太子が、卒業パーティーの日に最愛のスワロー・アーチェリー男爵令嬢を虐げた婚約者のロビン・クック公爵令嬢を断罪し婚約破棄をしようとしたが、何故か公爵令嬢は現れない。これでは断罪どころか婚約破棄ができないと王太子が焦り始めた時、招かれざる客が現れる。そして、招かれざる客の登場により、彼らの運命は転がる石のように急転直下し、恐怖が始まったのだった。さて彼らの運命は、如何。

ユーヤのお気楽異世界転移
暇野無学
ファンタジー
死因は神様の当て逃げです! 地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。


スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜
シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。
アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。
前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。
一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。
そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。
砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。
彼女の名はミリア・タリム
子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」
542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才
そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。
このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。
他サイトに掲載したものと同じ内容となります。

彼女は予想の斜め上を行く
ケポリ星人
ファンタジー
仕事人間な女性医師、結城 慶は自宅で患者のカルテを書いている途中、疲れて寝ってしまう。
彼女が次に目を覚ますと、そこは……
現代医学の申し子がいきなり剣と魔法の世界に!
ゲーム?ファンタジー?なにそれ美味しいの?な彼女は、果たして異世界で無事生き抜くことが出来るのか?!
「Oh……マホーデスカナルホドネ……」
〈筆者より、以下若干のネタバレ注意〉
魔法あり、ドラゴンあり、冒険あり、恋愛あり、妖精あり、頭脳戦あり、シリアスあり、コメディーあり、ほのぼのあり。

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる