家に帰りたい狩りゲー転移

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5章

(18)シンモルファ

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 シンモルファの襟巻部分には蜃気楼を生み出す菌糸が濃縮されている。つまりそこを破壊すればシンモルファの『幻惑』が発動不可能になる。そう慣れば、俺やシャルの紫色の瞳がなくとも、アンリとエトロだけで難なくシンモルファを討伐できるはずである。

 しかし、そう簡単に襟巻を破壊させてくれないからこそ、シンモルファは上位ドラゴンなのだ。

 その最たる理由の一つが、俺たちの目の前を真っ青に染め上げる青い蜃気楼である。

 真っ青な蜃気楼を視認した瞬間、俺は『雷光』を発動しつつシュレイブの襟首を引っ張った。

「毒だ! シュリンプ、俺から離れるなよ!」
「そこは『吸い込むな』っていうところではないかぁ!?」

 真っ青になりながら暴れるシュレイブを後方に退避させる。だがシンモルファの近くにいたアンリとエトロは、そのまま青い蜃気楼の中に飲み込まれてしまった。

「リョーホ! エトロとアンリが!」
「あの二人は大丈夫だ! あれはわざと残ったからな!」

 シンモルファから距離を取るシャルを安心させつつ、俺は『雷光』で作った短剣をシュレイブに握らせる。

「な、なんだこれは」
「毒を無力化するお守りだ。一応持っとけ」

 まさかこんなに早くシンモルファが毒霧を使うとは想定外だった。

 毒霧はシンモルファの体液を消費して作られるもので、いわばトカゲの尻尾切りだ。そのため、命を脅かされない限り使ってこない奥の手とも言える。

 そんな奥の手を会敵直後に使ってくるのは明らかに異常だ。好戦的なシンモルファが自ら俺たちの前に現れなかったことと何か関係がありそうだが、それについては後回しだ。

 俺は子供に言い聞かせるように、しっかりとシュレイブの目を見つめながら言った。

「いいか、アンタはカミケンさんの指示通り、戦闘に加わらなくていい。その代わりこれだけは絶対に持っておけ」
「おおお……おおもちろんだとも! いいか、決して俺は逃げるわけじゃないぞ! 君らの手伝いはするなとカミケン様からきつーく言われているからで……」
「あーはいはい、ともかく戦わないなら安全なとこ行ってくれ金髪エビ野郎!」
「なぁ!?」

 謎の言い訳を連ねるシュレイブをばっさり言葉で切り捨てて、俺は改めてシンモルファへと向き直った。

 先ほどシンモルファが使った毒霧には、強い幻覚作用と催眠効果があり、数分放置すれば呼吸困難になるほどの強力な麻痺症状が現れる。そのため、シンモルファの討伐には大量の解毒薬が必須になる。

 しかし、シンモルファの討伐依頼を出してきたカミケンは、俺たちに装備を整える時間も与えずに、アヴァクト海峡大橋へと半ば強引に送り出してきた。

 オラガイアが墜落した後、真っ直ぐミヴァリアの里を訪れた俺たちの装備は明らかに連戦に適していなかった。ベアルドルフからここに来た経緯を聞かされていたカミケンも、そういったこちらの事情を十分把握していたはず。

 なのに武具屋や薬屋を紹介しなかったということは、俺たちにシンモルファ討伐を達成されたくないという心の表れでしかない。エラムラとスキュリア陣営の因縁を考えれば、カミケンの態度も仕方のない事だが。

 そんなことを悠長に考えている間に、シンモルファの周囲を覆い隠していた毒霧が、内側で発生した竜巻によって消滅した。

 シンモルファは毒霧に埋もれたエトロとアンリを見て完全に油断しているようだ。深い霧越しに見えるシンモルファの魂のオーラは、獲物が同士討ちする瞬間を嬉々として待ち望んでいるように見える。

 そしてシンモルファの期待に応えるかのように、霧の中で細長い竜巻が発生した。

 竜巻で真っ青な毒霧が吹き飛ばされ、顔を伏せるエトロと、弓を構えたまま棒立ちになるアンリの姿が現れる。戦闘中とは思えないほど虚脱した二人は、やがて操り人形のようにくるりとこちらに向き直った。

 毒霧でもたらされる幻覚作用は、シンモルファにとって極めて都合が良い性能をしている。例えば、以前ゼンの『幻惑』がしたように仲間を敵と誤認させたり、逆にシンモルファを大事な仲間だと思い込ませたり。

 シンモルファが命の危険を感じた時に毒霧を出すのは、このような幻覚で敵が惑われている間にとんずらするためである。しかし今日のシンモルファは逃げる素振りを見せず、敵同士の殺し合いを今か今かと待ち望んでいる様子だった。

 おそらくこの個体は、蜃気楼の『幻惑』よりも、遅効の麻痺毒も含まれる毒霧の方が効率よく獲物を狩れると学習していたのだろう。だから商人だけでなく狩人にも被害が拡大してしまったのだ。

『ケケケ……ケェーッケケケケケケケ!』

 勝利を確信したようなシンモルファの笑い声が大橋の上に響き渡る。

 が、その口のど真ん中に氷の槍が叩き込まれ、ご機嫌な声も即座に途切れることになった。

『ゲゲェ──ッ!?』

 シンモルファの四つ顎の中心に刺さったのはエトロの槍である。そしてシンモルファの目の前には、ちょうど投げ槍を終えた体勢を取るエトロと、ニコニコとそれを眺めるアンリがいた。

「え、え!? ど、毒を喰らったんじゃないのか!?」

 ミーアキャットのようにシュレイブがキョロキョロしているが、俺たちからすれば納得の結果だった。『雷光』を持つ俺たちでは、シンモルファの毒は脅威ではないのだから。

 橋を渡っている最中、俺はいつものメンバーに『雷光』の短剣を持たせて、事前に毒霧対策を済ませていた。エトロとアンリも、生半可な知能を持つシンモルファを騙し討ちするためにあえて毒霧の中に残ったのである。

 エトロは伏せていた顔を素早く上げると、シンモルファの口に刺さったままの槍に向けて飛び蹴りをかました。より深く食い込んだ槍はシンモルファの後頭部を貫通し、さらに内側で冷気を収束させて氷の針山を顕現させた。

「おおぅ……えぐいな」

 思わず口を押さえながら俺は容赦のない攻撃に震え上がる。しかしエトロはシンモルファがまだ生きていると見るや、針山から槍を引き抜いて高く飛び上がった。

 エトロは途中で宙返りして足を空へ向けると、氷の足場を蹴飛ばしながら一気にシンモルファへ急降下する。

「せぇい!」

 落下の勢いを存分に乗せた一撃は、シンモルファの頭部を橋の上に叩きつけ、深々と串刺しにした。

『ゲギュウ!』

 シンモルファは潰れた悲鳴を上げ、反動で持ち上がった手足をバッタリと落として沈黙した。

 エトロは足腰に力を入れながら槍を引き抜くと、余分な氷を払いつつ俺に自慢げな笑顔を見せた。

「討伐完了だ。二人の出る幕もなかったな」
「むー! シャルも戦いたかったのに!」
「シャルの出番は武器が完成した時だな」
「むむぅ……」

 エトロに諌められ、シャルはきゅっと手を握りながら拗ねてしまった。

 何はともあれ、これで海峡大橋は開通。カミケンの依頼は無事に達成だ。俺たちの失敗を望んでいたカミケンにとっては期待外れの結果だろうが、約束は約束だ。これでエラムラとスキュリア陣営のいざこざは一先ずの休戦となり、機械仕掛けとの戦争に向けて準備に集中できる。

 俺は崖上に聳り立つ白い灯台を見上げ、こちらを見ているであろうカミケンとベアルドルフにサムズアップした。

 すると、シュレイブがヘナヘナと橋の上に座り込みながら、魂の抜けたような声を発した。
 
「上位ドラゴンを、こうもあっさりと……君たちは一体、何者なんだ?」

 答えにくい問いかけに、俺たちは思わず顔を見合わせる。カミケンは俺たちがエラムラ陣営の人間だと知っているが、シュレイブはまだそのことを知らないはず。里長を通さずに打ち明けて良いものか、俺には判断がつかなかった。

 とはいえ、後でエラムラと合同の討伐隊を組むことになるのだからバレるのも時間の問題だ。話してしまっても問題ない、と俺たちの間で無言のやり取りが交わされる。

 そして、このメンバーの中でも年長者、兼守護狩人歴ナンバーワンのアンリが代表して口を開いた。

「俺たちはドラゴン狩りの最前線、バルド村の狩人だよ」

 さて、敵里の狩人だからと敵意を剥き出しにするか、騙されたとヒステリックを起こすか。俺たちはシュレイブの反応に静かに身構える。

 が、シュレイブは俺たちの予想な斜め上を行った。

「ば……バルド村って、英雄カイゼルが開拓したっていう、人外魔境の!?」
「誰が人外魔境だって!?」

 敵兵扱いとは別の意味で失礼な発言に、俺は困惑と怒りがないまぜになった声を上げた。

 その直後、沖の方で風膜を感じるほどの大爆発が立て続けに起きた。

 爆音に身をすくませながら反射的に振り返る。すると、ミヴァリアの里近くに停泊するオラガイアに向けて、山のように吹き上がる水柱が急接近しているところだった。

 どうやら、アンリの矢に釣られて集まったドラゴンコロシアムの中で、元気に勝ち残った個体がいたらしい。大方、オラガイアの巨体が目についたので喧嘩をふっかけにきたのだろう。

「ああ、それ見たことか! お前たちのせいで二次被害が生まれてしまうではないかぁ!」

 危惧していた通りのことが現実になりかけているのを見て、シュレイブは頭を抱える。そして彼が見ている先で、ついに水柱を立てる巨大生物が空中へ躍り出た。

 そいつは汚泥のような色合いの鱗を持った、ウーパールーパーの成体にそっくりな外見をしていた。俺たちが立っている場所はオラガイアが青く霞むほど遠いのだが、ドラゴンの大きさは三十センチ定規と並ぶほど大きく見える。遠方でこのサイズとなると、オラガイアにいる狩人視点ならば、ビルを薙ぎ倒す怪獣と同じぐらい巨大に見えることだろう。

 あれはクラトネールと同じ禁忌種のコプスヴァングだ。海底に沈む骨や死骸、化石などを好んで食べる習性があり、分厚い顎でなんでも噛み砕いてしまう。オラガイアはトルメンダルクの化石でもあるため、コプスヴァングにとってはご馳走だ。

「やっぱ早めにオラガイアから脱出して正解だったな」
「言ってる場合かーっ!!」

 シュレイブのキレッキレのツッコミが決まるや否や、今度はオラガイアの方から煌々とした溶岩の光が解き放たれた。あまりの光の強さに、遠くにいる俺たちの周囲まで一気に暗くなる。

「今度はなんだ!?」

 シュレイブが顔を庇いながら叫んで数秒後。オラガイアに取り憑いていたコプスヴァングの顔面に、溶岩で形成された巨人の拳が豪速で叩き込まれた。直撃を受けたコプスヴァングは、元から平らな顔を陥没させながら海の中へ叩き戻される。

 ドパァン!! と衝撃波を生み出しながら海面が激しく波打ち、バラバラとにわか雨の如く大量の水が降り注ぐ。その音があらかた止んだ頃、海の上にぷかりとコプスヴァングの死体が浮かび上がった。見れば、コプスヴァングの顔から長い胴体を貫くように風穴が空いていた。レオハニーの溶岩で中身を全て消し飛ばされてしまったらしい。

「あー、うん。あれ見ると確かに人外魔境かも……」

 あはは、とアンリが乾いた笑いを漏らす横で、
 
「あばばばばばば……」

 シュレイブは泡を吹いて気絶した。


 
 ・・・―――・・・



 時を同じくして、灯台でリョーホたちの戦いぶりを観察していたカミケンは、備え付けの丸いソファから立ち上がってキラキラと目を輝かせていた。

 ベアルドルフはその背中へ呆れ返ったような声色で問いかける。
 
「カミケン。貴殿の期待した景色は見られたか?」
「ああ、期待以上だよ! キィッヒヒヒ!」

 シンモルファにどことなく似た笑い声を上げながら、カミケンは丸々とした身体でぴょんぴょん飛び跳ねる。
 
「あああぁ! やはり最前線の狩人とはこうでなくては! 素晴らしい、人間がドラゴンを惨殺する様は、何度見ても気分爽快! 賭け事や麻薬よりよっぽど最高の娯楽だと思わんか! なぁベアルドルフ!」

 ふくよかな頬で潰れた目を愉快そうに吊り上げて、カミケンは子供のように大はしゃぎする。

 カミケンがわざわざ監視をつけてまでリョーホたちを戦わせたのは、他でもない、エラムラ陣営の戦力を見ておきたかったからだ。その動機は敵情視察が二割、残り八割は娯楽である。

 ミヴァリアの里は最前線よりも格段にドラゴンの襲撃が少ない土地だ。姉妹里を作らねばならぬほどの人口過多がその証拠である。

 スキュリア・ミヴァリアの里は頭数を比べればエラムラの里を優に越える。だがドラゴンの襲撃が少ない分、狩人の熟練度で劣っていた。

 そんな比較的安全なミヴァリアの里の中で、過激な戦闘スプラッタが大好きなカミケンは常日頃からスリルに飢えていた。というわけで、ベアルドルフが持ちかけてきた取引に便乗して、まんまとリョーホたちを自分の娯楽消費に利用したわけである。

 カミケンはミヴァリアの狩人を烏合の衆と評するが、他の里に比べれば十分に高水準な熟練度である。しょっちゅうスタンピードの対応に追われている中央都市周辺の里でさえも、上位ドラゴンが現れるだけで避難勧告が出されるほどの大騒ぎになるのだから。しかも一体の上位ドラゴンの討伐のために、十人以上のメンバーを揃えねば勝てないほど練度が低い。

 だから、上位ドラゴンに出会ったその日のうちに、たった五人で討伐しに行くリョーホたちの行動は、はっきり言って常軌を逸している。

 幼い頃から最前線にいるエトロたちはともかく、世界各地で人生を繰り返してきたリョーホはその格差を経験したはずだった。それでもリョーホがシュレイブの反応を不思議そうに見ているのは、単純に死んだ時以外の細かい記憶を忘れているだけである。

「知能はドラゴンと変わらんな」

 ベアルドルフは短く笑い、気絶したシュレイブを担いであたふたするリョーホを眺めた。

 何度見ても、あれが討滅者シンの生まれ変わりとは信じ難い。今回は浦敷博士の人格をコピーされた個体なので仕方のないことなのかもしれないが、シキはもっと寡黙で、他人に指示を出すより先に自分から動くようなタイプだった。

 あわよくば、リョーホの戦いぶりからシキの記憶がどこまで戻っているか確認できればよかったのだが、今回はエトロたちだけで完封できてしまったので叶わなかった。

 いずれ、また実力を垣間見る機会も来るだろう。ベアルドルフはシキに抉られた右目の傷を眼帯の上から撫で、灯台のテラスではしゃぎ回るカミケンへと隻眼を向けた。

「さてカミケンよ。オレとの約束を忘れてはいまいな?」
「キッヒヒヒ、もちろんだとも。しかしなぁベアルドルフ」
「なんだ」
「貴殿に、あの鍵者を御し切れるかな? あれはまだまだ強くなるぞ?」

 カミケンの言葉にベアルドルフは沈黙する。先の戦闘でリョーホが見せたのは、せいぜい索敵と指示、そして毒の無効化のみ。どのような戦い方をするかまで知る術はないはず。

 食えない男だ。ベアルドルフがスキュリアの里長に就任した時も、カミケンは全てを把握しているかのような目つきをしていた。そも、諜報機関たるデッドハウンドをベアルドルフの傘下に入れさせたのもカミケンだ。それほどの権力者なら、エラムラの情勢からベアルドルフの目的まで網羅していてもおかしくはない。

 スキュリア陣営は、五十年も昔からドラゴン狩り最前線の土地を追い求め、エラムラと対立してきた。しかしミヴァリアの里長であるカミケンには、何か別の目的があるようにしか見えなかった。

 里長がスキュリア陣営の長年の望みを捨て置くとは、よほどの野望があると見える。今回の同盟で、はたして鬼が出るか蛇が出るか。兎にも角にも、こちらの腹を食い破られぬよう警戒するに越したことはない。

「キッヒヒ、そう睨むな、ベアルドルフ。この世界を守りたいという、我々の目的は一致しているのだからなぁ」

 と、カミケンはベアルドルフに背を向けたまま、また不気味に笑った。
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