家に帰りたい狩りゲー転移

roos

文字の大きさ
上 下
146 / 242
5章

(15)ミヴァリアの里

しおりを挟む
 俺がオラガイアとの同化を解き、心臓部から北区画へ移動した時には、ミヴァリアの人々は崖の上で戦々恐々としていた。真っ白な崖は日本の白崎海岸とよく似たカルスト地形で、鮫の牙を並べたような岩礁が海面から時折顔を覗かせている。

 その崖をくり抜くようにして、ミヴァリアの周囲には数え切れないほどの大砲が設置されていた。景色に溶け込むように白く塗られた大砲の横には、同じく白い防具を纏った狩人たちが待機しており、オラガイアに向けて油断なく照準を定めている。

 一発の誤射で殺し合いに発展しそうな緊張感の中、俺は先に北区画の先端に来ていたエトロに耳打ちした。

「なあ、今どんな状況? 誰かミヴァリアと交渉してる?」
「いいや、膠着している。だがそろそろ救世主が来るはずだ」

 誰だ救世主って、と俺が口を開く前に、中央区からミヴァリアの人々の前へと躍り出る人影があった。

 ずしん、と重い音を引き連れて着地から起き上がったのは、逆だった小豆色の髪を持つ熊のような大男だった。

「べ、ベアルドルフ様!」

 名前が上がった瞬間、厳戒態勢だったミヴァリアの雰囲気が弛緩した。どうやらベアルドルフは、姉妹里であるミヴァリアの人々からも絶大な信頼を寄せられているらしい。しかし、里長への信頼だけで正体不明の狩人とオラガイアを無視できてしまうのは少々妄信的すぎではなかろうか。

 ベアルドルフは威風堂々とした佇まいで崖を見上げ、一番偉そうな狩人に向けて声を張った。

「急を要する。カミケンと話をさせろ」
「は、はっ!」

 里長ってすげー、と思いながら後ろで見守っていると、くるりとベアルドルフが俺に振り返った。

「おい貴様、崖上までオレたちを運べ」
「え?」
「ドラゴン化できるんだろう。いちいち小舟を出すのも面倒だ。やれ」
「え、でもこの距離ならアンタ飛べるじゃん。あとこの状況でドラゴン出てきたら俺が狩られかねないんだけど」
「やれ」
「……ハイ」

 こいつ、実は理由をでっち上げてドラゴンに乗ってみたいだけなんじゃないか?

 と思ったが、死にたくないので余計なことは口に出さず素直に従うことにした。

 『瞋恚』でクラトネールに変化し、先遣隊としてベアルドルフ、エトロ、アンリとシャルを連れていく。

 因みにレオハニーとグレンの討滅者組は、里同士の派閥や権力争いに巻き込まれかねないので大聖堂の方でお留守番だ。他の狩人たちも俺たちには同行せず、オラガイアでしばし様子を見ることにしたらしい。まだミヴァリアから仲間と見做されていない状況で、いつ背後から刺されてもおかしくない場所に乗り込むのは危険と判断したのだろう。

「ひ、人がドラゴンになったぞ!?」
「しかも人間を乗せてる!」

 光を放ちながらドラゴンと化した俺を見て、ミヴァリアの人々が当然の反応を返している。だがベアルドルフが俺の背に乗っているからか、いきなり大砲を打ち込むような者は現れなかった。

 オラガイアをここに運び込んできた時も思ったが、ミヴァリアの狩人は慎重な人間が多いらしい。バルド村の狩人はとりあえず殴ってから話を聞くタイプの人種が多いので新鮮だ。

 クラトネールの神速にものを言わせて崖を登り切った俺は、ミヴァリアの大旗の下でとぐろを巻くように着陸した。

「よっと」

 華麗に着地するアンリたち。その背後で、変化を解いた俺だけがベシャリと地面に崩れ落ちた。

「おげぇ……」

 オラガイアの同化に続けてドラゴン化までしたせいで、朝は元気だった気力が一気に底をついてしまった。酷い乗り物酔いに見舞われたような最悪の気分で、俺は四つん這いのままうめき声を上げる。しばらくそうしていると、ベアルドルフから蔑むような目を向けられた。
 
「これしきの事でへばるな。ボンクラ」
「うるせーやい……」
 
 アンリに肩を貸してもらいながら立ち上がり、俺は薄く目を閉じながら文句を垂れた。
 
「俺さぁ、乗り物役は楽じゃないって言ったよな?」
「そうだっけ?」
「アンリには言ってなかった。でもエトロには言った」
「今回も便利だったぞ。リョーホ」
「そりゃどーも!」

 エトロからのお褒めの言葉にやけくそで返しつつ、俺たちは崖の向こうに広がる街並みを見渡した。

 荒々しい崖の間には、木立を幾重にも重ねたような集落があった。木構造のツリーハウスの下ではエメラルドグリーンの入り江が波打ち、狩人の乗った小舟が桟橋に並んでいる。

 入り江の奥には、まるで巨大なドラゴンの口のように切り立った洞窟があった。無骨な洞窟の天井からはクリスタルが垂れ下がり、涼やかな光で内部を照らしている。その下で乱立する木造ビルの合間には石組みのハイウェイが曲がりくねりながら走っていた。

「おお、大都会って感じだな」

 額に手で庇を作りながら壮観な光景に魅入っていると、俺の背後で全く知らない男の声がした。

「ここは中央都市に近く、漁業も盛んなのだ!スキュリアよりも発展していると言っても過言ではない!」

 バラエティ番組によく出て来る芸人のようなハイテンションである。しかめっ面で振り返れば、ミヴァリアの旗に優雅に寄りかかるいけ好かないモブ顔の男がいた。片目を隠すほど長い金髪は見ているだけでも鬱陶しそうである。

「誰っすか」
「よぉくぞ聞いてくれたぁ!」
「うわうるっさ」
「俺の名はいシュレイブ! ミヴァリアの里の守護狩人だ!」
「え? なに、シュリンプ?」
「ちっがああああう!」

 シュリンプ、もといシュレイブと名乗った金髪モブ顔は憤慨すると、ずかずかと俺に近づいてきてびしりと肉刺だらけの人差し指を突きつけてきた。

「ベアルドルフ様の連れだかなんだか知らないが、この俺を誰だと思っている!? ミヴァリアの守護狩人だぞ!」
「それさっきも聞いた」
「しかもただの守護狩人ではない! 新進気鋭、カミケン様に認められた近衛だぞぉ!」
「誰だカミケンって」
「馬鹿め! ミヴァリアの里長だぁ! この田舎狩人めぇ!」

 人差し指をぐりぐりと俺の右頬にねじ込みながら、シュレイブはゲラゲラと下種の笑みを浮かべる。動作の一つ一つが喧しい。

「アンリ……こいつぶっ飛ばしていい?」
「本当に近衛だったら問題になるからやめた方がいいよ。やるなら里の外だ」
「なるほど」
「おいぃ聞こえてるぞ君たちィー!? こっそり殺人計画を立てるんじゃなぁい!」

 またぞろほっぺに指をねじねじしてくるシュレイブ。あまりの鬱陶しさで反射的に引っ叩くと、ちょうどそのタイミングでベアルドルフからお叱りを受けた。

「おい。油売ってないでさっさと付いてこい馬鹿共」
「へーい」

 俺はもう一発シュレイブの腕を引っぱたいた後、アンリに肩を貸されたまま歩き出した。

 ベアルドルフの後に続いて崖下へ降りてみれば、エメラルドグリーンの水面に大きめの小舟が用意されていた。俺が変な男に絡まれている間に、ミヴァリアの狩人が里長同士の会談の場を用意してくれたらしい。

 揺れる船の上に俺たちは続々と乗り込んで、ヘリに沿うように置かれた長椅子へと腰かける。すると、なぜか俺の向かいにシュレイブが座ってきた。

「え、お前も一緒に乗るのかよ」
「当たり前だ! なんといったって俺はカミケン様の近衛なのだからなぁ!」

 と、シュレイブがふんぞり返った瞬間、船の舳先で櫂を握っていた青髪の狩人が、太い眉を吊り上げながら怒鳴りつけた。

「おいシュレイブ! さっきからカミケン様の品格を落とすような発言ばかりしやがって! 少しは口を慎めアホがよ!」
「ひぃん……ごめんクライヴ……」

 それっきり、シュレイブは水を浴びせかけられたポメラニアンのように萎れてしまった。クライヴと呼ばれた狩人はふんと鼻を鳴らした後、打って変わって丁寧な態度でベアルドルフに頭を下げた。

「騒がしくして申し訳ございません。ベアルドルフ様。楼閣に着くまで、しばし船旅にご付き合いください」
「ふっ……ますます苦労人になったな、クライヴよ」
「や、やめてくださいよ。他のお客様がいるのに」

 クライヴは一瞬だけ親し気にはにかんだあと、キリッと表情を引き締めて櫂を繰りだした。俺が思っていた以上に、ベアルドルフは姉妹里と良好な関係を築いているらしい。カミケンという里長の部下と仲が良いところを見ていると、なんとなくヨルドの里のマリーナとニヴィのやりとりを思い出してしまう。

 それはそれとして、俺は舳先にいるクライヴという男をじっと見つめた。

「シュリンプにクラブか……」
「海産物が食べたくなるよね」
「わかるー」

 アンリと軽口を叩けば、意気消沈していたはずのシュレイブにスイッチが入った。

「君たちィ! さっきからエビエビエビエビ! 馬鹿にするなよぉ!」
「そういやアンリ知ってるか? エビにマヨネーズかけると美味しいんだぞ」
「マヨネーズ? なにそれおいしいの?」
「卵とお酢があれば作れるらしいぞ。バルド村に帰ったら作ろうぜ」
「無視するなぁ!」

 なるほど、アンリが事あるごとに俺をからかう理由がよく分かる。俺は先ほど頬をぐりぐりされた仕返しとばかりに、楼閣に到着するまでシュレイブを弄り倒すことにした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

異世界無宿

ゆきねる
ファンタジー
運転席から見た景色は、異世界だった。 アクション映画への憧れを捨て切れない男、和泉 俊介。 映画の影響で筋トレしてみたり、休日にエアガンを弄りつつ映画を観るのが楽しみな男。 訳あって車を購入する事になった時、偶然通りかかったお店にて運命の出会いをする。 一目惚れで購入した車の納車日。 エンジンをかけて前方に目をやった時、そこは知らない景色(異世界)が広がっていた… 神様の道楽で異世界転移をさせられた男は、愛車の持つ特別な能力を頼りに異世界を駆け抜ける。 アクション有り! ロマンス控えめ! ご都合主義展開あり! ノリと勢いで物語を書いてますので、B級映画を観るような感覚で楽しんでいただければ幸いです。 不定期投稿になります。 投稿する際の時間は11:30(24h表記)となります。

セリオン共和国再興記 もしくは宇宙刑事が召喚されてしまったので・・・

今卓&
ファンタジー
地球での任務が終わった銀河連合所属の刑事二人は帰途の途中原因不明のワームホールに巻き込まれる、彼が気が付くと可住惑星上に居た。 その頃会議中の皇帝の元へ伯爵から使者が送られる、彼等は捕らえられ教会の地下へと送られた。 皇帝は日課の教会へ向かう途中でタイスと名乗る少女を”宮”へ招待するという、タイスは不安ながらも両親と周囲の反応から招待を断る事はできず”宮”へ向かう事となる。 刑事は離別したパートナーの捜索と惑星の調査の為、巡視艇から下船する事とした、そこで彼は4人の知性体を救出し獣人二人とエルフを連れてエルフの住む土地へ彼等を届ける旅にでる事となる。

スナイパー令嬢戦記〜お母様からもらった"ボルトアクションライフル"が普通のマスケットの倍以上の射程があるんですけど〜

シャチ
ファンタジー
タリム復興期を読んでいただくと、なんでミリアのお母さんがぶっ飛んでいるのかがわかります。 アルミナ王国とディクトシス帝国の間では、たびたび戦争が起こる。 前回の戦争ではオリーブオイルの栽培地を欲した帝国がアルミナ王国へと戦争を仕掛けた。 一時はアルミナ王国の一部地域を掌握した帝国であったが、王国側のなりふり構わぬ反撃により戦線は膠着し、一部国境線未確定地域を残して停戦した。 そして20年あまりの時が過ぎた今、皇帝マーダ・マトモアの崩御による帝国の皇位継承権争いから、手柄を欲した時の第二皇子イビリ・ターオス・ディクトシスは軍勢を率いてアルミナ王国への宣戦布告を行った。 砂糖戦争と後に呼ばれるこの戦争において、両国に恐怖を植え付けた一人の令嬢がいる。 彼女の名はミリア・タリム 子爵令嬢である彼女に戦後ついた異名は「狙撃令嬢」 542人の帝国将兵を死傷させた狙撃の天才 そして戦中は、帝国からは死神と恐れられた存在。 このお話は、ミリア・タリムとそのお付きのメイド、ルーナの戦いの記録である。 他サイトに掲載したものと同じ内容となります。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

異世界の物流は俺に任せろ

北きつね
ファンタジー
 俺は、大木靖(おおきやすし)。  趣味は、”ドライブ!”だと、言っている。  隠れた趣味として、ラノベを読むが好きだ。それも、アニメやコミカライズされるような有名な物ではなく、書籍化未満の作品を読むのが好きだ。  職業は、トラックの運転手をしてる。この業界では珍しい”フリー”でやっている。電話一本で全国を飛び回っている。愛車のトラクタと、道路さえ繋がっていれば、どんな所にも出向いた。魔改造したトラクタで、トレーラを引っ張って、いろんな物を運んだ。ラッピングトレーラで、都内を走った事もある。  道?と思われる場所も走った事がある。  今後ろに積んでいる荷物は、よく見かける”グリフォン”だ。今日は生きたまま運んで欲しいと言われている。  え?”グリフォン”なんて、どこに居るのかって?  そんな事、俺が知るわけがない。俺は依頼された荷物を、依頼された場所に、依頼された日時までに運ぶのが仕事だ。  日本に居た時には、つまらない法令なんて物があったが、今では、なんでも運べる。  え?”日本”じゃないのかって?  拠点にしているのは、バッケスホーフ王国にある。ユーラットという港町だ。そこから、10kmくらい山に向かえば、俺の拠点がある。拠点に行けば、トラックの整備ができるからな。整備だけじゃなくて、改造もできる。  え?バッケスホーフ王国なんて知らない?  そう言われてもな。俺も、そういう物だと受け入れているだけだからな。  え?地球じゃないのかって?  言っていなかったか?俺が今居るのは、異世界だぞ。  俺は、異世界のトラック運転手だ!  なぜか俺が知っているトレーラを製造できる。万能工房。ガソリンが無くならない謎の状況。なぜか使えるナビシステム。そして、なぜか読める異世界の文字。何故か通じる日本語!  故障したりしても、止めて休ませれば、新品同然に直ってくる親切設計。  俺が望んだ装備が実装され続ける不思議なトラクタ。必要な備品が補充される謎設定。  ご都合主義てんこ盛りの世界だ。  そんな相棒とともに、制限速度がなく、俺以外トラックなんて持っていない。  俺は、異世界=レールテを気ままに爆走する。  レールテの物流は俺に任せろ! 注)作者が楽しむ為に書いています。   作者はトラック運転手ではありません。描写・名称などおかしな所があると思います。ご容赦下さい。   誤字脱字が多いです。誤字脱字は、見つけ次第、直していきますが、更新はまとめてになると思います。   誤字脱字、表現がおかしいなどのご指摘はすごく嬉しいです。   アルファポリスで先行(数話)で公開していきます。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

魔石と神器の物語 ~アイテムショップの美人姉妹は、史上最強の助っ人です!~

エール
ファンタジー
 古代遺跡群攻略都市「イフカ」を訪れた新進気鋭の若き冒険者(ハンター)、ライナス。  彼が立ち寄った「魔法堂 白銀の翼」は、一風変わったアイテムを扱う魔道具専門店だった。  経営者は若い美人姉妹。  妹は自ら作成したアイテムを冒険の実践にて試用する、才能溢れる魔道具製作者。  そして姉の正体は、特定冒険者と契約を交わし、召喚獣として戦う闇の狂戦士だった。  最高純度の「超魔石」と「充魔石」を体内に埋め込まれた不死属性の彼女は、呪われし武具を纏い、補充用の魔石を求めて戦場に向かう。いつの日か、「人間」に戻ることを夢見て――。

処理中です...