家に帰りたい狩りゲー転移

roos

文字の大きさ
上 下
137 / 241
5章

(6)知人よりも友人よりも

しおりを挟む
 海のど真ん中へ腹を滑らせるようにして着水したオラガイアは、壊れかかっていた身体の端から残骸をまき散らしながら水面を疾走した。海からは大量の魚雷を爆破したかのような水柱が立ち上り、真っ白な水飛沫が轟音を立てながらオラガイアに降り注ぐ。

 オラガイアと意識を同化させていた俺は、まるで全力で腹をぶん殴られたような衝撃に襲われた。集中力が途切れたせいか意識が引きはがされ、気づけば地面に倒れ込む自分の身体で目を覚ましていた。あまりにも唐突に人間に戻ったせいで、一瞬自分が誰で何をしていたのか記憶が飛んでしまった。

「う……おお? どうなった?」

 きょろきょろと周りを見渡しながら起き上がると、ズズン、と重々しい音を立ててオラガイアの振動が止まった。沈んだのか、それとも浮いているのか、窓ひとつない心臓部では何一つ確認できない。

 数秒ほど息を呑みながら耳を澄ませるが、どこかが壊れたり、浸水しているような音は全く聞こえなかった。

「……無事に、着水できたようです」
「そうか。よかったぁ」

 オラガイアと菌糸を繋いだままの99から答えを聞いて、俺は大の字に倒れ込みながら胸を撫でおろした。それから改めて心臓部を見渡してみると、壁際に並べられていたポンプや管が一部外れていたり、破損したりしているのが見えた。天井にも巨木の枝と見紛うほど巨大な罅が入っていたが、溶岩で塗り固められたおかげで崩落しなかったらしい。俺がオラガイアと同化している間に、レオハニーが色々とフォローしてくれたようだ。

 地面に寝転がったまま首を傾ければ、レオハニーは大剣を地面に突きたてて俺と99を見つめていた。その隣には、息を切らしたダウバリフと、壁に寄りかかるようにして佇む鎧の人物がいる。

 俺は全員の無事を確認した後、腕で勢いをつけながら起き上がった。

「オラガイアが無事に着水できたのはいいけど、浸水とかは大丈夫なのか?」
「損傷を受けていた通路は事前にカラクリで封鎖してあります。ここが浸水する恐れもありません」

 99から説明を聞いてふと、心臓部に入る前に迷路のカラクリがやたらと動き回っていたのを思い出した。あの時のカラクリは通路を塞ぐために作動していたのだろう。
 
「えらく準備がいいな」
「聖なる五日間が始まる前からアンジュさんと備えていましたから」
「アンジュ……か」

 懐かしい名前を口にしながら、俺は鎧の人物を振り返る。オラガイアが停止して以降、鎧の人物は先ほどからぴくりとも動かない。俺が床から立ち上がって近づいてみても、鎧の人物は俺の存在に気づいていないかのように身動ぎすらしなかった。

 と距離を詰めるほど、鎧とは異なる生臭い鉄の匂いが濃くなってくる。横一文字に細く開かれた兜の目は真っ暗だったが、その向こうにレオハニーとは違う赤い瞳が見えた気がした。

 俺はその赤に語りかけるように、慎重に口を開いた。

「99が生きているのを見てからなんとなく思ってたけど、やっぱりあんたも生きてたのか……アンジュ」

 途端、鎧が驚きを堪えるように小さく軋んだ。次いで、血生臭い息が兜の下でごうごうと音を立て、かつてのアンジュとは似ても似つかないしゃがれた低い声が発せられる。
 
「……ヨク、ワカッタ、ネ」
「まぁ、ベアルドルフみたいに魂が見えるようになったからさ」

 本当は魂を見ずとも分かった。吐く必要のない嘘だったが、なんとなく本当のことを言いたくなかったのだから仕方がない。

 俺はアンジュに対して、決して恋愛感情はない。だが、生まれ変わっても俺を見つけ出し、記憶を通じて誰よりも俺を理解してくれた大切な人だ。だったら俺も、アンジュの姿が変わっても見つけられないわけがない。

 俺は微笑みながら手を伸ばして、アンジュの被っている兜に触れた。

「俺の『瞋恚』ならアンタを治せるかもしれない。顔を見せてくれないか?」
「…………」

 アンジュは押し黙った後、俺の手をそっと引きはがし、自らの手を兜に添えた。そして鎧と兜の継ぎ目に僅かな隙間だけを作って、ピタリと動きを止める。

「カオハ、見セタクナイ」
「……分かった」
 
 俺は兜の隙間に手を差し込み、アンジュの頬に触れる。返ってきた感触は柔らかな女性の肌ではなく、トカゲや蛇のざらざらとした鱗だった。鱗の隙間がしっとりと濡れているのは、兜で蒸れているのだけが理由ではない。

 今のアンジュの身長は、女性だというのに大男としか表現できないほど大きい。もしかしたら、アンジュは二十一年前からずっとこのような姿で過ごしていたのかもしれない。ニヴィのように、ベートに肉体を奪われたせいか、それとももっと別の原因か。

 触れ合った箇所から生暖かい粘液が滴るのを感じながら、俺は『瞋恚』を発動した。脳裏に思い描くのは最後に出会った時のアンジュの姿だ。彼女はNoDなので、普通の人間のように加齢や成長の変化を気にしなくて良いのが救いだ。

 『瞋恚』で互いの魂が繋がっている状態だからか、しばらくするとアンジュのイメージも俺の方へ流れ込んできた。やはり、アンジュ本人の方が細かな身体の部分を覚えているもので、大枠を決めた後はアンジュのイメージを頼りに『瞋恚』に集中した。

 『瞋恚』は魂を操ることで肉体にも影響を与える能力だ。自分の魂ならいざ知らず、他人の魂となると失敗は命に直結する。

 およそ数分にも及ぶ魂の再構築が終わり、アンジュの身体に変化が訪れる。鎧の隙間から雪が月光を反射するような光が漏れ、鱗に覆われた頬が柔らかくほぐれていく。さらに鎧の中で身体が縮んでいき、支えを失った兜がごろりと床に転げ落ちた。

 ふわり、と淡い金髪が舞った。淡い光の向こうで、大きな鎧に少し埋もれるようにして可憐な女性の姿が露わになる。ちんまりとした鼻やアーモンド型の目、少し色素の薄い肌も、間違いなくアンジュのものだ。

「どこか違和感はないか?」
「うん……ありがとう」

 記憶より少し高い声がはにかみながら礼を言う。

 自分より背の低いアンジュを見るのは新鮮だった。俺が歩んできた大半の人生では、いつもアンジュは見上げるほど大きな存在だった。

 アンジュは俺から一歩離れると、ブカブカになった鎧の留め金を外して脱ぎ始めた。鎧の下にはちゃんと普通の服を着ていたようだが、片方の肩がはみ出してしまうほどオーバーサイズだった。それでも、血生臭い匂いがこびりついた鎧を着ているよりはずっとマシだろう。

 アンジュは裸足で軽くストレッチをして身体を慣らした後、一つ頷いて俺に言った。

「色々と聞きたいことはあるだろうけど、詳しい話は後にしよっか。地上の人たちはパニックだろうし」
「ああ、そうだった。エトロたちに報告しに行かないと」

 地上に行ったオーディや、巡回中のグレンたちはきっと肝を潰されただろう。いきなりオラガイアが揺れたと思ったら、海に向けて緩やかに高度を下げ始めたのだから。着水時の水飛沫で何人か海に放り出されているんじゃないかと心配だったが、気の利くグレンやドミラスがいるから多分問題ないだろう。

 それはそれとして、俺はくるりとレオハニーに向き直った。

「レオハニーさん。理由はあとでゆっくり聞かせてもらいますけど、もう99を殺そうとしないでください。何があっても!」

 念押ししながら凄むと、レオハニーはかなり不満そうな顔で黙り込んだ。なおも俺が睨み続ければ、やがて彼女は渋々口を開いた。

「……分かった」
「本当に? 俺の目を見てもう一回言ってください。でないとエトロにチクりますよ?」
「…………分かったよ」

 今度こそレオハニーがこちらを見たので、俺は肩をすくめつつ、先の99殺人未遂を見逃すことにした。

 と、話が終わった頃合いを見計らって、ダウバリフが濁声を発した。

「儂はここに残る。心臓部の監視をしなくてはならん」
「監視?」
「まだ裏切り者が残っとるかもしれんだろう。閉鎖した壁を開けられでもしたらあっという間にオラガイアが沈みかねん」

 確かに、トゥアハたちがオラガイアから立ち去ったかどうかはまだ確認が取れていない。もし間者がまだ残っていてオラガイアを沈めに掛かったら、俺たちの努力が水の泡である。

 オラガイアにはまだ船の代わりになってもらわねばならない。海から陸地へ移動するにも船を用意しなければならないし、生存者の捜索や遺体の処理、食糧確保とやることが山積みなのだ。そう言った意味でも、しばらく心臓部には番人役が必要になる。

 ダウバリフのことはいまいち気に入らないが、99とアンジュが一緒に行動していたのだから完全に味方と思っていい。実力も申し分ないので、番人役を安心して任せられる。

「じゃあ、しばらく頼んだぞ。エラムラの狩人がいたら話を通しておくから」
「ふん」

 ダウバリフは鼻を鳴らすと、心臓が入った巨大なガラス管の前でどすんと腰を下ろした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

神々に天界に召喚され下界に追放された戦場カメラマンは神々に戦いを挑む。

黒ハット
ファンタジー
戦場カメラマンの北村大和は,異世界の神々の戦の戦力として神々の召喚魔法で特殊部隊の召喚に巻き込まれてしまい、天界に召喚されるが神力が弱い無能者の烙印を押され、役に立たないという理由で異世界の人間界に追放されて冒険者になる。剣と魔法の力をつけて人間を玩具のように扱う神々に戦いを挑むが果たして彼は神々に勝てるのだろうか

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
HOT 1位!ファンタジー 3位! ありがとうございます!  父親が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 その他、多数投稿しています! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

【本編完結済み/後日譚連載中】巻き込まれた事なかれ主義のパシリくんは争いを避けて生きていく ~生産系加護で今度こそ楽しく生きるのさ~

みやま たつむ
ファンタジー
【本編完結しました(812話)/後日譚を書くために連載中にしています。ご承知おきください】 事故死したところを別の世界に連れてかれた陽キャグループと、巻き込まれて事故死した事なかれ主義の静人。 神様から強力な加護をもらって魔物をちぎっては投げ~、ちぎっては投げ~―――なんて事をせずに、勢いで作ってしまったホムンクルスにお店を開かせて面倒な事を押し付けて自由に生きる事にした。 作った魔道具はどんな使われ方をしているのか知らないまま「のんびり気ままに好きなように生きるんだ」と魔物なんてほっといて好き勝手生きていきたい静人の物語。 「まあ、そんな平穏な生活は転移した時点で無理じゃけどな」と最高神は思うのだが―――。 ※「小説家になろう」と「カクヨム」で同時掲載しております。

処理中です...