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5章
(3)残響
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大聖堂の地下は、壁につり下がった照明と手元のカンテラがあってもなお暗く、墓地のように冷え切っていた。何故か奥に進むにつれて血の匂いが濃くなっていき、狩人たちの間に不穏な空気が漂い始める。
「静かだな……」
「おーい、誰かいないのかー?」
狩人たちが呼びかけるも、返事はない。
「……憲兵さん、本当に地下に皆避難してるんですよね?」
「そ、そのはずですが……」
シュイナから問いかけられ、憲兵はまごつきながら何度も頷く。
大聖堂の前でドーム型の結界を守り続けていたシュイナは、ロッシュと連絡が取れずに神経質になっているようだ。ロッシュが大聖堂の中に消えてから既に半刻は経過しており、その間全く音沙汰がないらしい。試しに移動中も何度か鈴に呼びかけてみたのだが、返事は一向に来なかった。
そうこうしているうちに目的地である地下ホールの前まで来た。扉の向こうには大勢の一般市民が避難しているはずなのに、ここまで来ても人の気配を感じられなかった。
同行していた狩人が顎でしゃくり、憲兵が及び腰になりながら木製の巨大な扉に手を添える。全員が嫌な予感に固唾を飲む中、憲兵の手によって扉がじわじわと押し開けられていった。
瞬間、漂っていた血の匂いが一気に強烈さを増した。
「──ひ、ひいいいい!」
真っ先に地下ホールの中を目の当たりにした憲兵が、甲高い悲鳴を上げてへたり込む。留め金を外された扉は勝手に内側へと畳まれていき、後ろにいた俺たちにまで内部の様子を曝け出した。
歴戦の狩人も、討滅者であるレオハニーでさえも、目の前の光景に言葉を失った。
バケツたっぷりの赤い絵の具を好き勝手にぶちまけたように、床一面が赤黒く濡れていた。血の海の所々には白イルカに酷似したドラゴンの死体が転がり、人間のような丸みのある瞳を虚ろに虚空へ投げ出している。広々とした地下ホールの中に、生きているものは一つも残っていなかった。
地面に足を縫い付けられたように誰も動けない中、シュイナだけは覚悟を決めた面持ちで真っ先にホール内へ踏み込んだ。遅れてレオハニー、アンリが続き、俺とエトロも二人の後ろにぴったりついて行った。
「一体……誰がこんなことを……」
「ここにある死体は、全部ドラゴン、なんだよな?」
互いの存在を確認するように会話をしながら、ホールの奥を目指す。あまりにもグロテスクな光景に、もはや笑うしかない。後ろからは他の狩人もついてきてくれたが、中には精神が耐えきれなかった者もいて、嘔吐する音がやけに大きく響いた。
このような惨劇があっては、この奥に避難していたダアト教幹部たちも無事ではないだろう。彼らの様子を見に行ったロッシュも、もしかしたら既に。
「……あ」
白いドラゴンとは明らかに違う、人間サイズの死体があった。全身をズタズタに引き裂かれているせいで誰なのか判別できない。周囲には黒い布が散らばっていて、頭部に残った毛髪も嫌になるほど見覚えがあった。
確かめなければ。
一歩進むたびに時間が引き延ばされ、呼吸が浅くなる。義務感で後押しされた足はそれでも止まることなく、ついに遺体のすぐ横まで来てしまった。俺はできるだけ死体の中身を直視しないように、外側に散らばる物から観察する。その中で、硬く握り締められた左手に違和感を持った。
俺は屈んでその左手を拾い上げると、指の隙間から鈴の音が聞こえた。まだ死後硬直が進んでいない手を無理矢理広げれば、中から見覚えのある銀色の鈴が、透明感のある音色を奏でながら床に落ちていった。
「……そんなはずない」
これがロッシュであるはずがない。
力なくかぶりを振りながら、銀色の鈴に触れる。『瞋恚』で魂を見ると、鈴の表面に白く瞬く菌糸模様が辛うじて残っていた。そこへ向けて意識を伸ばしてみると、俺の指先から紫色の菌糸が伸び、鈴の中のそれと共鳴を始めた。
カラカラと鈴の音色が地下ホールに反響し、俺の手元から強烈な光を放ち始める。
「なんだ、この光は!」
狩人から驚愕の声が上がるも、レオハニーがさっと手を上げればすぐに落ち着きを取り戻す。一連の流れを他人事のように感じながら、俺はより深く鈴の中へと意識を潜り込ませた。
ふと、俯いていた俺の視界の端に誰かの足が写り込んだ。驚きすぎて息が止まり、俺は恐る恐る足を辿ってその正体を見上げる。
そこには、無傷で佇むロッシュの幻がいた。それを視認した瞬間、俺の意識が身体の外へ引っ張られるような感覚に襲われる。ニヴィの魂を受け止めた時と同じだと気づき、俺は躊躇いながらもその流れに身を任せた。
「静かだな……」
「おーい、誰かいないのかー?」
狩人たちが呼びかけるも、返事はない。
「……憲兵さん、本当に地下に皆避難してるんですよね?」
「そ、そのはずですが……」
シュイナから問いかけられ、憲兵はまごつきながら何度も頷く。
大聖堂の前でドーム型の結界を守り続けていたシュイナは、ロッシュと連絡が取れずに神経質になっているようだ。ロッシュが大聖堂の中に消えてから既に半刻は経過しており、その間全く音沙汰がないらしい。試しに移動中も何度か鈴に呼びかけてみたのだが、返事は一向に来なかった。
そうこうしているうちに目的地である地下ホールの前まで来た。扉の向こうには大勢の一般市民が避難しているはずなのに、ここまで来ても人の気配を感じられなかった。
同行していた狩人が顎でしゃくり、憲兵が及び腰になりながら木製の巨大な扉に手を添える。全員が嫌な予感に固唾を飲む中、憲兵の手によって扉がじわじわと押し開けられていった。
瞬間、漂っていた血の匂いが一気に強烈さを増した。
「──ひ、ひいいいい!」
真っ先に地下ホールの中を目の当たりにした憲兵が、甲高い悲鳴を上げてへたり込む。留め金を外された扉は勝手に内側へと畳まれていき、後ろにいた俺たちにまで内部の様子を曝け出した。
歴戦の狩人も、討滅者であるレオハニーでさえも、目の前の光景に言葉を失った。
バケツたっぷりの赤い絵の具を好き勝手にぶちまけたように、床一面が赤黒く濡れていた。血の海の所々には白イルカに酷似したドラゴンの死体が転がり、人間のような丸みのある瞳を虚ろに虚空へ投げ出している。広々とした地下ホールの中に、生きているものは一つも残っていなかった。
地面に足を縫い付けられたように誰も動けない中、シュイナだけは覚悟を決めた面持ちで真っ先にホール内へ踏み込んだ。遅れてレオハニー、アンリが続き、俺とエトロも二人の後ろにぴったりついて行った。
「一体……誰がこんなことを……」
「ここにある死体は、全部ドラゴン、なんだよな?」
互いの存在を確認するように会話をしながら、ホールの奥を目指す。あまりにもグロテスクな光景に、もはや笑うしかない。後ろからは他の狩人もついてきてくれたが、中には精神が耐えきれなかった者もいて、嘔吐する音がやけに大きく響いた。
このような惨劇があっては、この奥に避難していたダアト教幹部たちも無事ではないだろう。彼らの様子を見に行ったロッシュも、もしかしたら既に。
「……あ」
白いドラゴンとは明らかに違う、人間サイズの死体があった。全身をズタズタに引き裂かれているせいで誰なのか判別できない。周囲には黒い布が散らばっていて、頭部に残った毛髪も嫌になるほど見覚えがあった。
確かめなければ。
一歩進むたびに時間が引き延ばされ、呼吸が浅くなる。義務感で後押しされた足はそれでも止まることなく、ついに遺体のすぐ横まで来てしまった。俺はできるだけ死体の中身を直視しないように、外側に散らばる物から観察する。その中で、硬く握り締められた左手に違和感を持った。
俺は屈んでその左手を拾い上げると、指の隙間から鈴の音が聞こえた。まだ死後硬直が進んでいない手を無理矢理広げれば、中から見覚えのある銀色の鈴が、透明感のある音色を奏でながら床に落ちていった。
「……そんなはずない」
これがロッシュであるはずがない。
力なくかぶりを振りながら、銀色の鈴に触れる。『瞋恚』で魂を見ると、鈴の表面に白く瞬く菌糸模様が辛うじて残っていた。そこへ向けて意識を伸ばしてみると、俺の指先から紫色の菌糸が伸び、鈴の中のそれと共鳴を始めた。
カラカラと鈴の音色が地下ホールに反響し、俺の手元から強烈な光を放ち始める。
「なんだ、この光は!」
狩人から驚愕の声が上がるも、レオハニーがさっと手を上げればすぐに落ち着きを取り戻す。一連の流れを他人事のように感じながら、俺はより深く鈴の中へと意識を潜り込ませた。
ふと、俯いていた俺の視界の端に誰かの足が写り込んだ。驚きすぎて息が止まり、俺は恐る恐る足を辿ってその正体を見上げる。
そこには、無傷で佇むロッシュの幻がいた。それを視認した瞬間、俺の意識が身体の外へ引っ張られるような感覚に襲われる。ニヴィの魂を受け止めた時と同じだと気づき、俺は躊躇いながらもその流れに身を任せた。
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