家に帰りたい狩りゲー転移

roos

文字の大きさ
上 下
133 / 242
5章

(3)残響

しおりを挟む
 大聖堂の地下は、壁につり下がった照明と手元のカンテラがあってもなお暗く、墓地のように冷え切っていた。何故か奥に進むにつれて血の匂いが濃くなっていき、狩人たちの間に不穏な空気が漂い始める。

「静かだな……」
「おーい、誰かいないのかー?」

 狩人たちが呼びかけるも、返事はない。

「……憲兵さん、本当に地下に皆避難してるんですよね?」
「そ、そのはずですが……」

 シュイナから問いかけられ、憲兵はまごつきながら何度も頷く。

 大聖堂の前でドーム型の結界を守り続けていたシュイナは、ロッシュと連絡が取れずに神経質になっているようだ。ロッシュが大聖堂の中に消えてから既に半刻は経過しており、その間全く音沙汰がないらしい。試しに移動中も何度か鈴に呼びかけてみたのだが、返事は一向に来なかった。

 そうこうしているうちに目的地である地下ホールの前まで来た。扉の向こうには大勢の一般市民が避難しているはずなのに、ここまで来ても人の気配を感じられなかった。

 同行していた狩人が顎でしゃくり、憲兵が及び腰になりながら木製の巨大な扉に手を添える。全員が嫌な予感に固唾を飲む中、憲兵の手によって扉がじわじわと押し開けられていった。

 瞬間、漂っていた血の匂いが一気に強烈さを増した。

「──ひ、ひいいいい!」

 真っ先に地下ホールの中を目の当たりにした憲兵が、甲高い悲鳴を上げてへたり込む。留め金を外された扉は勝手に内側へと畳まれていき、後ろにいた俺たちにまで内部の様子を曝け出した。

 歴戦の狩人も、討滅者であるレオハニーでさえも、目の前の光景に言葉を失った。

 バケツたっぷりの赤い絵の具を好き勝手にぶちまけたように、床一面が赤黒く濡れていた。血の海の所々には白イルカに酷似したドラゴンの死体が転がり、人間のような丸みのある瞳を虚ろに虚空へ投げ出している。広々とした地下ホールの中に、生きているものは一つも残っていなかった。

 地面に足を縫い付けられたように誰も動けない中、シュイナだけは覚悟を決めた面持ちで真っ先にホール内へ踏み込んだ。遅れてレオハニー、アンリが続き、俺とエトロも二人の後ろにぴったりついて行った。

「一体……誰がこんなことを……」
「ここにある死体は、全部ドラゴン、なんだよな?」

 互いの存在を確認するように会話をしながら、ホールの奥を目指す。あまりにもグロテスクな光景に、もはや笑うしかない。後ろからは他の狩人もついてきてくれたが、中には精神が耐えきれなかった者もいて、嘔吐する音がやけに大きく響いた。

 このような惨劇があっては、この奥に避難していたダアト教幹部たちも無事ではないだろう。彼らの様子を見に行ったロッシュも、もしかしたら既に。

「……あ」

 白いドラゴンとは明らかに違う、人間サイズの死体があった。全身をズタズタに引き裂かれているせいで誰なのか判別できない。周囲には黒い布が散らばっていて、頭部に残った毛髪も嫌になるほど見覚えがあった。

 確かめなければ。

 一歩進むたびに時間が引き延ばされ、呼吸が浅くなる。義務感で後押しされた足はそれでも止まることなく、ついに遺体のすぐ横まで来てしまった。俺はできるだけ死体の中身を直視しないように、外側に散らばる物から観察する。その中で、硬く握り締められた左手に違和感を持った。

 俺は屈んでその左手を拾い上げると、指の隙間から鈴の音が聞こえた。まだ死後硬直が進んでいない手を無理矢理広げれば、中から見覚えのある銀色の鈴が、透明感のある音色を奏でながら床に落ちていった。

「……そんなはずない」

 これがロッシュであるはずがない。

 力なくかぶりを振りながら、銀色の鈴に触れる。『瞋恚』で魂を見ると、鈴の表面に白く瞬く菌糸模様が辛うじて残っていた。そこへ向けて意識を伸ばしてみると、俺の指先から紫色の菌糸が伸び、鈴の中のそれと共鳴を始めた。

 カラカラと鈴の音色が地下ホールに反響し、俺の手元から強烈な光を放ち始める。

「なんだ、この光は!」

 狩人から驚愕の声が上がるも、レオハニーがさっと手を上げればすぐに落ち着きを取り戻す。一連の流れを他人事のように感じながら、俺はより深く鈴の中へと意識を潜り込ませた。

 ふと、俯いていた俺の視界の端に誰かの足が写り込んだ。驚きすぎて息が止まり、俺は恐る恐る足を辿ってその正体を見上げる。

 そこには、無傷で佇むロッシュの幻がいた。それを視認した瞬間、俺の意識が身体の外へ引っ張られるような感覚に襲われる。ニヴィの魂を受け止めた時と同じだと気づき、俺は躊躇いながらもその流れに身を任せた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…

まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。 しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。 選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。 選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。 貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…? ☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

1人生活なので自由な生き方を謳歌する

さっちさん
ファンタジー
大商会の娘。 出来損ないと家族から追い出された。 唯一の救いは祖父母が家族に内緒で譲ってくれた小さな町のお店だけ。 これからはひとりで生きていかなくては。 そんな少女も実は、、、 1人の方が気楽に出来るしラッキー これ幸いと実家と絶縁。1人生活を満喫する。

幸せな番が微笑みながら願うこと

矢野りと
恋愛
偉大な竜王に待望の番が見つかったのは10年前のこと。 まだ幼かった番は王宮で真綿に包まれるように大切にされ、成人になる16歳の時に竜王と婚姻を結ぶことが決まっていた。幸せな未来は確定されていたはずだった…。 だが獣人の要素が薄い番の扱いを周りは間違えてしまう。…それは大切に想うがあまりのすれ違いだった。 竜王の番の心は少しづつ追いつめられ蝕まれていく。 ※設定はゆるいです。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

おっさんなのに異世界召喚されたらしいので適当に生きてみることにした

高鉢 健太
ファンタジー
 ふと気づけば見知らぬ石造りの建物の中に居た。どうやら召喚によって異世界転移させられたらしかった。  ラノベでよくある展開に、俺は呆れたね。  もし、あと20年早ければ喜んだかもしれん。だが、アラフォーだぞ?こんなおっさんを召喚させて何をやらせる気だ。  とは思ったが、召喚した連中は俺に生贄の美少女を差し出してくれるらしいじゃないか、その役得を存分に味わいながら異世界の冒険を楽しんでやろう!

処理中です...