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4章
(35)人間砲弾
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遡ること半刻。
「二人とも、トルメンダルクの討伐に手を貸してください。まずは俺の作戦を話します」
そう言って俺は、加勢に来てくれたレオハニーとグレンに大まかな作戦を伝えた。
作戦内容は単純だ。まずは全員でトルメンダルクの背中に飛び移り、弱らせたところに西区画を丸ごと落としてぶつけてやるだけ。俺やシャルでは西区画を切り落とせるほどの瞬間火力は出せないので、その役はレオハニーに任せる。
ただし、西区画をただトルメンダルクにぶつけるだけでは大した効果を得られない。そのため俺とシャル、ドミラス、グレンの四人で下準備をする必要があった。
「では、どうやって距離を詰める気だ?」
配置に別れる前に、ドミラスから至極当然な問いを投げかけられる。俺は自慢げに鼻を鳴らしながら腰に手を当て、右手で西区画の外周を指示した。
「そこにちょうどいいものがあるだろ?」
と、俺が顎でしゃくった先には、南旧市街地で憲兵隊が扱っていた固定砲台があった。トルメンダルクの体当たりのせいでほとんどが大破してしまっているが、ちょうど一番近くの砲台は無傷のまま、お誂え向きの発射角度で放置されていた。
レオハニーは砲台を見て俺の言わんとすることろを察したらしい。心なしか楽し気に目じりを細めて
「君がそこまで脳筋だと思わなかった」
「でもこれが一番効率的だろ?」
「待って。まさか人間を砲弾代わりに打ち出すつもり?」
この中で唯一の常識人であるグレンが即座に口を挟むと、俺以外のメンバーは心の底から不思議そうな顔をした。グレンは昔から委員長気質なところがあるのに対して、バルド村出身の俺たちは使えるものは何でも使う野生児である。グレンからしてみれば俺の発案は自殺行為にしか思えなかったのだろう。
俺だって砲台に入って打ち出されるのはかなり怖いが、よく考えれば飛ぶ方法が変わっただけで『雷光』で空を飛び回るのと同じである。それに旧人類と違って新人類は菌糸によって身体が強化されているから、高速で発射されても死にはしない。
「んじゃ、言い出しっぺの俺が先に行って、あいつの防壁に穴を開けてくる!」
「え!? ちょっと待って!?」
論より証拠。俺は心なしか怯えた表情で制止してくるグレンにひらりと手を振って、車に乗り込む感覚で砲台の上を陣取った。それから座席つきのランチャー型砲弾を『雷光』で作り、発射口に装填。次いでしっかり座席部分に足を固定した。まるで急斜面を滑るスノーボーダーのようなポーズだ。
「っしゃ行くぞ! 発射!」
後ろ手に引き金を引いた瞬間、砲台の側面に刻まれた溝が青白く光りながらエネルギーを充填し、三秒後に砲火した。
ぐん、と勢いよく首が後ろに持っていかれ、食いしばった歯の上でぶるぶると唇がめくれ上がった。頬の肉が風で波打つのを感じながら、俺は『雷光』で肉体を補強しつつ、無理矢理目を開いて着弾地点を確認する。
俺の眼前にはトルメンダルクの全身を覆う強風の膜が広がっていた。あの中に無策で突撃すれば俺の身体はあっという間にズタズタにされるだろう。が、砲撃によって加速した今ならばゴリ押しも可能だ。
ゴリ押しその一。『雷光』で加速をつける。
その二。前方に特大のドリルを形成し『紅炎』を内部に閉じ込めながら発射する。
俺が『雷光』と『紅炎』で再現したのはいわば徹甲榴弾だ。敵の装甲を貫通し、内部で爆発が起きるという徹甲榴弾の仕組みを応用し『雷光』で防壁にめり込ませてから『紅炎』の爆発を起こし穴を開けるという寸法だ。
トルメンダルクの防壁は、防弾ガラスのように攻撃を受け止めることに特化している。しかも風で構成されていると言う性質上、ただ穴を開けられただけならば即座に修復できてしまう。が、風属性は炎属性に弱く、むしろ燃焼を加速させてしまう不利属性だ。それを利用して開けた穴を燃やし続ければ、後続のメンバーが内部に侵入できる猶予を残せるはずである。。
徹甲弾の威力は質量と加速が命。砲撃によってその両方を補った今ならば──。
「いっけええええええ!」
俺が叫ぶと同時に、発射された『雷光』の特大ドリルが風の防壁に衝突した。直後、青白いドリルの破片が散らばり、遅れて『紅炎』が炸裂、壁を粉砕する。そのコンマ数秒遅れで、俺は壁に空いた穴にそのまま突入し、無事に青磁色の鱗へ着地した。
ヒーローチックな着地からすくっと立ち上がり、俺は後方を振り返る。そこには直径十メートルほどの巨大な穴が、縁を『紅炎』で燃やされながら口を開けていた。
作戦成功。しかし防壁の修復が思ったより早く『紅炎』の延焼があってもじわじわと穴がふさがり始めている。だが後発メンバーならば余裕で俺に追いついてくるだろう。乗り切れなかったとしてもレオハニーが何とかしてくれる。
「さて、次!」
トルメンダルクの全身は細長く、等間隔に背角、腹角が生えている。その角はトルメンダルクの巨体を浮かせるほどの風を生み出す浮遊器官であり、鳥で言う風切羽のようなものだ。それを破壊してしまえばトルメンダルクの飛行速度が一気に低下し、防壁を維持することもできなくなる。ただし、角を全て破壊してもトルメンダルクの飛行能力が失われるわけではない。全身が菌糸そのもののようなドラゴンは、生きている限り菌糸能力を失うことがないのだから。
ここから先は全員で手分けして浮遊器官を破壊し、トルメンダルクの弱体化を図る。ヤツカバネに比べれば簡単な作業に感じられるが、眼前に広がる景色を見ているとそうも言ってられなかった。
俺の足元からトルメンダルクの頭部にかけて、青磁色の巨大な背中が道のように続いている。その幅は四車線道路よりも広く、しかも刻一刻と上下左右にうねりまくる。ダメ押しに自転車なら漕げないレベルの強風が容赦なく吹き荒び、肌が切れてしまいそうなほど極寒だ。
こんなもの、走って進むだけでも苦労するに決まっている。
「うおっ!」
俺が背中に取り付いていると気づいたか、トルメンダルクの身体が急速に旋回を始めた。咄嗟にトルメンダルクの表皮に向けて『雷光』のアンカーを突き刺しベルトに固定したが、振り下ろされないようにするのが精いっぱいでとても浮遊器官を破壊するどころではなかった。
「くっそ!」
こうもでたらめに暴れられては、せっかくこじ開けた防壁の『紅炎』も長くは持たない。トルメンダルクの動きを止めるためにアンカーから『雷光』の刃を伸ばしてダメージを与えようとしたが、高密度の筋肉を引き裂けるほどの破壊力を生み出せず、ほんの少し血が噴き出しただけに終わってしまった。
背角の先端から不穏な風が渦巻きながら発光するのが視界の端に見えた。
まずい、と思った時には、背角からビームじみた切り風が扇状に広がりながら俺に襲い掛かってきた。避けようとアンカーを消滅させたが、今度は強風に攫われて空へ打ち上げられる。扇状の切り風は鋭角に軌道を変え、俺の胴体を分断せんと追随してきた。
その時、俺の真下から赤錆色の風が飛び込んで、扇状の切り風を相殺した。赤錆色はそのまま空中で兎のように大気を蹴り、落下中の俺を華麗にキャッチしてトルメンダルクの背中へと方向転換した。
「グレン……さん! 助かった!」
呼び捨てしそうになりながら礼を述べると、グレンはトルメンダルクの背に俺を放り、篭手ごと手を振るって装甲から直剣を生やした。手甲剣と呼ばれるそれには綿のようにぎっちりと詰まった紺色の菌糸模様が刻まれており、グレンの炎属性の菌糸能力と呼応して明るい藤色のオーラを解き放った。
「戦えないなら地上に戻って。足手まといの面倒を見る余裕はない!」
グレンは叫びながら腕を引き絞ると、足場が悪いにも関わらず一瞬で背角の頂点まで走破し、手甲剣で浮遊器官を粉砕した。続けてグレンは迷いなく背中から飛び降りると、振り子のように弧を描きながら腹角へ回り込んで見事なトンファーキックを決める。『緋閃』というたぐいまれな菌糸能力で強化されたグレンの脚力は、二階建ての建物に匹敵するほどの腹角をスナック菓子のように破壊してしまった。
俺はグレンの足から零れ落ちる緋色の燐光を見上げながら唖然とした。
グレンの『緋閃』は体内の血液を操ることで肉体を強化するものだ。単純だからこそ威力も純一としているため、上手く急所を狙えば上位ドラゴンもワンパンできてしまう。討滅者シンの記憶を思い出してから、俺はグレンのことを知った気になっていたが、改めて見ると彼女も討滅者らしい理不尽な強さを兼ね備えていたようだ。
「負けてられないな」
さっさと片付けなければ俺の仕事まで持っていかれる。それではかつての幼馴染に顔向けできない。パシッと掌に拳を当てながら気合を入れると、俺はグレンが背角に回り込むのを確認しながら腹角へと飛び降りた。
先ほどのグレンの動きを真似るように『雷光』で加速をつけながら強風の中を泳ぐ。すると、垂直に風に抗うより、円を描くように飛んだ方が空気抵抗が減るのが体感で分かった。少し考えれば分かる単純な物理法則を直感で察知したグレンの戦い方に内心で舌を巻く。
「うおおおおおお!」
上半身を捩じるように両手を左後方へ引っ張りながら『雷光』で巨大ハンマーを作り上げる。瞬き一つの間に完成したハンマーが途端に風の抵抗を強めたが、俺はむしろその風を利用するように反時計周りに勢いをつけ、腹角の側面を思い切りぶん殴った。
いまいち威力が足りなかったようで、腹角は半壊したもののまだ機能を失っていなかった。
「もう、いっちょおおおお!」
今度はハンマーの後方で『紅炎』の推進力を付与し、結合が脆くなった罅部分を打ち据える。すると炎を吸った風属性の菌糸が一瞬で燃え上がり、内部から爆発するようにして腹角が四散した。爆風に乗りながら背中側へ浮かび上がると、ほぼ同じタイミングで背角を破壊したグレンがしかめ面で俺を見上げていた。
俺はそんなグレンに笑顔でサムズアップすると、後ろは頼むと合図を送ってからトルメンダルクの頭部側へと移動を開始した。
頭部側は尾とは違って逆風になる。そのため進むだけでもかなりの体力を消耗するが、空を飛んでいるうちに風の通り道のようなものがだんだん理解できるようになってきた。風は均一に押し寄せて来るのではなく、所々で薄くなったり分厚くなったりしている。しかも風の厚みは筋肉のように筋状で、一度薄い道を見つけてしまえば風の終わりまでそれがずっと続くのだ。
不可視の強風から微風の位置を探るのは至難の業である。だが無策で頭部側の攻略を挑んだわけではない。
俺は青磁色の鱗の隙間に再びアンカーを打ち込むと、瞼を下して意識を眼球の根元に集中させた。全身に張り巡らされた血管と、それに重なるように俺の中に眠るドラゴンたちの菌糸模様。そこから禍々しい紫の菌糸を選び取り、発動する。
薄っすらと目を開けると、俺の真下で蠢く無数の魂たちが見えた。何度見ても不気味なそれに思わず顔を顰めながら、俺は徐々に紫色の瞳の能力を絞っていく。
魂が見える瞳はドラゴンの体力の残量を確認できると同時に、急所を判別することも可能にする。それを応用すれば、トルメンダルクの操る風の流れも見えるのではないか。
その試みは、どうやら無駄ではなかったようだ。
「見えたぞ……」
アンリの『斬風』に似た薄緑色の光が、俺の正面から放射状に飛来して身体の外側をすり抜けていく。腕を伸ばしながら強風と微風の境目を見つけ、ついに風の法則を理解する。
俺は強風で乾きそうになる目をゆっくり瞬かせてから、アンカーを引き抜くと同時に空へ飛び上がった。何度か強風の壁にぶつかってバランスを崩しながら、俺一人が通れる程度の微風の道へ辿り着く。前後左右から強風に揉まめる微風の風は不安定だったが、流れの違う壁が道の境界を浮き彫りにしているため追い出される危険もない。後は微風の道が強風に潰されないことを祈りながら進むだけだ。
『雷光』の出力を最大限にし、俺は弾かれたように加速する。
背角に近づけば、防壁を破った時と同じように勢いを殺さず徹甲弾もどきを打ち込んで破壊。腹角は往復で破壊した方が効率が良いので無視だ。傍から見たら俺は高速でミサイルをぶっ放す戦闘機のようだったろう。
トルメンダルクは次々に破壊される背角に怒りの雄たけびを上げながら、打ち上げられた魚のように身体を激しく波打たせた。山脈のように切り立つ背中が風を見出し、俺が乗っていた微風の道が潰れていく。その度に俺は別の微風だけの道を見つけ、飛び移りながら猛進した。
すると、不意に遥か前方の背角から眩い光が解き放たれ、無数の弾幕を張りながら俺に殺到してきた。加速する事ばかりに集中していた俺は反応が遅れてしまい、ギリギリで『雷光』の盾を展開したもののあっけなく吹き飛ばされてしまった。
「ぐあっ!」
悲鳴を上げ、自分の位置を確認しようと目を開けた瞬間、トルメンダルクの背中に後頭部から激しく叩きつけられた。脳震盪で意識が飛びかけたが、直前まで『雷光』を発動していたおかげで何とかアンカーを打ち、滑落せずに持ちこたえる。
片腕でアンカーを握りしめる体勢のまま、俺はもう片方の手でトルメンダルクの背によじ登ろうと足掻いた。しかし、トルメンダルクはまるで背中に目でもついているかのように、今度は腹角からも弾幕を発射してきた。
改めて竜王のクソゲーっぷりに舌打ちしながら、俺は『雷光』の盾を形成する。だがそれより早く、上空から銀色の糸が俺の身体を引き上げ、同時に見覚えのある巨大な蜘蛛の巣で弾幕を受け止めた。
「浦敷、無事か!」
「なんとかな!」
蜘蛛の巣の向こうで連鎖的に巻き上がる爆風にかき消されぬよう、大声で糸の主に返事を返す。遅れて、ぐにゃりと空間が一瞬歪み、その上を滑空するようにしてシャルが腹角へと飛び込んでいった。間もなく壮大な破壊音が防壁内に響き渡り、トルメンダルクから苦痛にもだえる悲鳴が上がる。見れば、破壊されたと思しき腹角の当たりからぼたぼたと血が滴っていた。
「あいつ、根元から角をへし折りやがったな……」
とんでもない馬鹿力に苦笑しながら、俺は糸に支えられながらトルメンダルクの背に着地する。その後に続くように、ワイヤーを引くような音を立てながらドミラスも降りてきた。レオハニーが能力を発動した形跡はないので、俺の最初の特攻だけで全員合流できたようだ。
ひとまず自分の作戦が上手く行ったことに安堵したその時、オラガイアの上空で真っ黒な閃光が疾駆した。
「二人とも、トルメンダルクの討伐に手を貸してください。まずは俺の作戦を話します」
そう言って俺は、加勢に来てくれたレオハニーとグレンに大まかな作戦を伝えた。
作戦内容は単純だ。まずは全員でトルメンダルクの背中に飛び移り、弱らせたところに西区画を丸ごと落としてぶつけてやるだけ。俺やシャルでは西区画を切り落とせるほどの瞬間火力は出せないので、その役はレオハニーに任せる。
ただし、西区画をただトルメンダルクにぶつけるだけでは大した効果を得られない。そのため俺とシャル、ドミラス、グレンの四人で下準備をする必要があった。
「では、どうやって距離を詰める気だ?」
配置に別れる前に、ドミラスから至極当然な問いを投げかけられる。俺は自慢げに鼻を鳴らしながら腰に手を当て、右手で西区画の外周を指示した。
「そこにちょうどいいものがあるだろ?」
と、俺が顎でしゃくった先には、南旧市街地で憲兵隊が扱っていた固定砲台があった。トルメンダルクの体当たりのせいでほとんどが大破してしまっているが、ちょうど一番近くの砲台は無傷のまま、お誂え向きの発射角度で放置されていた。
レオハニーは砲台を見て俺の言わんとすることろを察したらしい。心なしか楽し気に目じりを細めて
「君がそこまで脳筋だと思わなかった」
「でもこれが一番効率的だろ?」
「待って。まさか人間を砲弾代わりに打ち出すつもり?」
この中で唯一の常識人であるグレンが即座に口を挟むと、俺以外のメンバーは心の底から不思議そうな顔をした。グレンは昔から委員長気質なところがあるのに対して、バルド村出身の俺たちは使えるものは何でも使う野生児である。グレンからしてみれば俺の発案は自殺行為にしか思えなかったのだろう。
俺だって砲台に入って打ち出されるのはかなり怖いが、よく考えれば飛ぶ方法が変わっただけで『雷光』で空を飛び回るのと同じである。それに旧人類と違って新人類は菌糸によって身体が強化されているから、高速で発射されても死にはしない。
「んじゃ、言い出しっぺの俺が先に行って、あいつの防壁に穴を開けてくる!」
「え!? ちょっと待って!?」
論より証拠。俺は心なしか怯えた表情で制止してくるグレンにひらりと手を振って、車に乗り込む感覚で砲台の上を陣取った。それから座席つきのランチャー型砲弾を『雷光』で作り、発射口に装填。次いでしっかり座席部分に足を固定した。まるで急斜面を滑るスノーボーダーのようなポーズだ。
「っしゃ行くぞ! 発射!」
後ろ手に引き金を引いた瞬間、砲台の側面に刻まれた溝が青白く光りながらエネルギーを充填し、三秒後に砲火した。
ぐん、と勢いよく首が後ろに持っていかれ、食いしばった歯の上でぶるぶると唇がめくれ上がった。頬の肉が風で波打つのを感じながら、俺は『雷光』で肉体を補強しつつ、無理矢理目を開いて着弾地点を確認する。
俺の眼前にはトルメンダルクの全身を覆う強風の膜が広がっていた。あの中に無策で突撃すれば俺の身体はあっという間にズタズタにされるだろう。が、砲撃によって加速した今ならばゴリ押しも可能だ。
ゴリ押しその一。『雷光』で加速をつける。
その二。前方に特大のドリルを形成し『紅炎』を内部に閉じ込めながら発射する。
俺が『雷光』と『紅炎』で再現したのはいわば徹甲榴弾だ。敵の装甲を貫通し、内部で爆発が起きるという徹甲榴弾の仕組みを応用し『雷光』で防壁にめり込ませてから『紅炎』の爆発を起こし穴を開けるという寸法だ。
トルメンダルクの防壁は、防弾ガラスのように攻撃を受け止めることに特化している。しかも風で構成されていると言う性質上、ただ穴を開けられただけならば即座に修復できてしまう。が、風属性は炎属性に弱く、むしろ燃焼を加速させてしまう不利属性だ。それを利用して開けた穴を燃やし続ければ、後続のメンバーが内部に侵入できる猶予を残せるはずである。。
徹甲弾の威力は質量と加速が命。砲撃によってその両方を補った今ならば──。
「いっけええええええ!」
俺が叫ぶと同時に、発射された『雷光』の特大ドリルが風の防壁に衝突した。直後、青白いドリルの破片が散らばり、遅れて『紅炎』が炸裂、壁を粉砕する。そのコンマ数秒遅れで、俺は壁に空いた穴にそのまま突入し、無事に青磁色の鱗へ着地した。
ヒーローチックな着地からすくっと立ち上がり、俺は後方を振り返る。そこには直径十メートルほどの巨大な穴が、縁を『紅炎』で燃やされながら口を開けていた。
作戦成功。しかし防壁の修復が思ったより早く『紅炎』の延焼があってもじわじわと穴がふさがり始めている。だが後発メンバーならば余裕で俺に追いついてくるだろう。乗り切れなかったとしてもレオハニーが何とかしてくれる。
「さて、次!」
トルメンダルクの全身は細長く、等間隔に背角、腹角が生えている。その角はトルメンダルクの巨体を浮かせるほどの風を生み出す浮遊器官であり、鳥で言う風切羽のようなものだ。それを破壊してしまえばトルメンダルクの飛行速度が一気に低下し、防壁を維持することもできなくなる。ただし、角を全て破壊してもトルメンダルクの飛行能力が失われるわけではない。全身が菌糸そのもののようなドラゴンは、生きている限り菌糸能力を失うことがないのだから。
ここから先は全員で手分けして浮遊器官を破壊し、トルメンダルクの弱体化を図る。ヤツカバネに比べれば簡単な作業に感じられるが、眼前に広がる景色を見ているとそうも言ってられなかった。
俺の足元からトルメンダルクの頭部にかけて、青磁色の巨大な背中が道のように続いている。その幅は四車線道路よりも広く、しかも刻一刻と上下左右にうねりまくる。ダメ押しに自転車なら漕げないレベルの強風が容赦なく吹き荒び、肌が切れてしまいそうなほど極寒だ。
こんなもの、走って進むだけでも苦労するに決まっている。
「うおっ!」
俺が背中に取り付いていると気づいたか、トルメンダルクの身体が急速に旋回を始めた。咄嗟にトルメンダルクの表皮に向けて『雷光』のアンカーを突き刺しベルトに固定したが、振り下ろされないようにするのが精いっぱいでとても浮遊器官を破壊するどころではなかった。
「くっそ!」
こうもでたらめに暴れられては、せっかくこじ開けた防壁の『紅炎』も長くは持たない。トルメンダルクの動きを止めるためにアンカーから『雷光』の刃を伸ばしてダメージを与えようとしたが、高密度の筋肉を引き裂けるほどの破壊力を生み出せず、ほんの少し血が噴き出しただけに終わってしまった。
背角の先端から不穏な風が渦巻きながら発光するのが視界の端に見えた。
まずい、と思った時には、背角からビームじみた切り風が扇状に広がりながら俺に襲い掛かってきた。避けようとアンカーを消滅させたが、今度は強風に攫われて空へ打ち上げられる。扇状の切り風は鋭角に軌道を変え、俺の胴体を分断せんと追随してきた。
その時、俺の真下から赤錆色の風が飛び込んで、扇状の切り風を相殺した。赤錆色はそのまま空中で兎のように大気を蹴り、落下中の俺を華麗にキャッチしてトルメンダルクの背中へと方向転換した。
「グレン……さん! 助かった!」
呼び捨てしそうになりながら礼を述べると、グレンはトルメンダルクの背に俺を放り、篭手ごと手を振るって装甲から直剣を生やした。手甲剣と呼ばれるそれには綿のようにぎっちりと詰まった紺色の菌糸模様が刻まれており、グレンの炎属性の菌糸能力と呼応して明るい藤色のオーラを解き放った。
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グレンは叫びながら腕を引き絞ると、足場が悪いにも関わらず一瞬で背角の頂点まで走破し、手甲剣で浮遊器官を粉砕した。続けてグレンは迷いなく背中から飛び降りると、振り子のように弧を描きながら腹角へ回り込んで見事なトンファーキックを決める。『緋閃』というたぐいまれな菌糸能力で強化されたグレンの脚力は、二階建ての建物に匹敵するほどの腹角をスナック菓子のように破壊してしまった。
俺はグレンの足から零れ落ちる緋色の燐光を見上げながら唖然とした。
グレンの『緋閃』は体内の血液を操ることで肉体を強化するものだ。単純だからこそ威力も純一としているため、上手く急所を狙えば上位ドラゴンもワンパンできてしまう。討滅者シンの記憶を思い出してから、俺はグレンのことを知った気になっていたが、改めて見ると彼女も討滅者らしい理不尽な強さを兼ね備えていたようだ。
「負けてられないな」
さっさと片付けなければ俺の仕事まで持っていかれる。それではかつての幼馴染に顔向けできない。パシッと掌に拳を当てながら気合を入れると、俺はグレンが背角に回り込むのを確認しながら腹角へと飛び降りた。
先ほどのグレンの動きを真似るように『雷光』で加速をつけながら強風の中を泳ぐ。すると、垂直に風に抗うより、円を描くように飛んだ方が空気抵抗が減るのが体感で分かった。少し考えれば分かる単純な物理法則を直感で察知したグレンの戦い方に内心で舌を巻く。
「うおおおおおお!」
上半身を捩じるように両手を左後方へ引っ張りながら『雷光』で巨大ハンマーを作り上げる。瞬き一つの間に完成したハンマーが途端に風の抵抗を強めたが、俺はむしろその風を利用するように反時計周りに勢いをつけ、腹角の側面を思い切りぶん殴った。
いまいち威力が足りなかったようで、腹角は半壊したもののまだ機能を失っていなかった。
「もう、いっちょおおおお!」
今度はハンマーの後方で『紅炎』の推進力を付与し、結合が脆くなった罅部分を打ち据える。すると炎を吸った風属性の菌糸が一瞬で燃え上がり、内部から爆発するようにして腹角が四散した。爆風に乗りながら背中側へ浮かび上がると、ほぼ同じタイミングで背角を破壊したグレンがしかめ面で俺を見上げていた。
俺はそんなグレンに笑顔でサムズアップすると、後ろは頼むと合図を送ってからトルメンダルクの頭部側へと移動を開始した。
頭部側は尾とは違って逆風になる。そのため進むだけでもかなりの体力を消耗するが、空を飛んでいるうちに風の通り道のようなものがだんだん理解できるようになってきた。風は均一に押し寄せて来るのではなく、所々で薄くなったり分厚くなったりしている。しかも風の厚みは筋肉のように筋状で、一度薄い道を見つけてしまえば風の終わりまでそれがずっと続くのだ。
不可視の強風から微風の位置を探るのは至難の業である。だが無策で頭部側の攻略を挑んだわけではない。
俺は青磁色の鱗の隙間に再びアンカーを打ち込むと、瞼を下して意識を眼球の根元に集中させた。全身に張り巡らされた血管と、それに重なるように俺の中に眠るドラゴンたちの菌糸模様。そこから禍々しい紫の菌糸を選び取り、発動する。
薄っすらと目を開けると、俺の真下で蠢く無数の魂たちが見えた。何度見ても不気味なそれに思わず顔を顰めながら、俺は徐々に紫色の瞳の能力を絞っていく。
魂が見える瞳はドラゴンの体力の残量を確認できると同時に、急所を判別することも可能にする。それを応用すれば、トルメンダルクの操る風の流れも見えるのではないか。
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「見えたぞ……」
アンリの『斬風』に似た薄緑色の光が、俺の正面から放射状に飛来して身体の外側をすり抜けていく。腕を伸ばしながら強風と微風の境目を見つけ、ついに風の法則を理解する。
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すると、不意に遥か前方の背角から眩い光が解き放たれ、無数の弾幕を張りながら俺に殺到してきた。加速する事ばかりに集中していた俺は反応が遅れてしまい、ギリギリで『雷光』の盾を展開したもののあっけなく吹き飛ばされてしまった。
「ぐあっ!」
悲鳴を上げ、自分の位置を確認しようと目を開けた瞬間、トルメンダルクの背中に後頭部から激しく叩きつけられた。脳震盪で意識が飛びかけたが、直前まで『雷光』を発動していたおかげで何とかアンカーを打ち、滑落せずに持ちこたえる。
片腕でアンカーを握りしめる体勢のまま、俺はもう片方の手でトルメンダルクの背によじ登ろうと足掻いた。しかし、トルメンダルクはまるで背中に目でもついているかのように、今度は腹角からも弾幕を発射してきた。
改めて竜王のクソゲーっぷりに舌打ちしながら、俺は『雷光』の盾を形成する。だがそれより早く、上空から銀色の糸が俺の身体を引き上げ、同時に見覚えのある巨大な蜘蛛の巣で弾幕を受け止めた。
「浦敷、無事か!」
「なんとかな!」
蜘蛛の巣の向こうで連鎖的に巻き上がる爆風にかき消されぬよう、大声で糸の主に返事を返す。遅れて、ぐにゃりと空間が一瞬歪み、その上を滑空するようにしてシャルが腹角へと飛び込んでいった。間もなく壮大な破壊音が防壁内に響き渡り、トルメンダルクから苦痛にもだえる悲鳴が上がる。見れば、破壊されたと思しき腹角の当たりからぼたぼたと血が滴っていた。
「あいつ、根元から角をへし折りやがったな……」
とんでもない馬鹿力に苦笑しながら、俺は糸に支えられながらトルメンダルクの背に着地する。その後に続くように、ワイヤーを引くような音を立てながらドミラスも降りてきた。レオハニーが能力を発動した形跡はないので、俺の最初の特攻だけで全員合流できたようだ。
ひとまず自分の作戦が上手く行ったことに安堵したその時、オラガイアの上空で真っ黒な閃光が疾駆した。
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しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?
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主人公は男の娘です 基本主人公が自分を表す時は「私」と表現します
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