家に帰りたい狩りゲー転移

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4章

(29)八百長 2

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 今からおよそ五十年以上前の前世において、俺はノースマフィアでノラと呼ばれていた。ノースマフィアが統治する北方は古代遺跡の調査が盛んであり、その遺跡文字の『野良』が名前の由来らしい。

 俺は三代目首領に生かしてもらった恩義を少なからず感じていた。だから裏社会の仕事を片っ端からこなし、裏切り者も殺し、最後は憲兵隊に捕まり、独房で撃ち殺された。

 独房で俺に銃を突きつけたのはいかにも偉そうな男だった。そいつの側頭部には特徴的な刈り上げがあり、強面の顔は俺よりよっぽどノースマフィアに向いていそうだったので、今でもよく覚えている。

『ノースマフィアは、世界を滅ぼすために貴様を囲っていたのだ! 貴様には世界のために死んでもらう!』

 偉そうな男はそのような大義名分を叫びながら、俺の脳みそを小汚い独房にぶちまけた。

 と、唇に残るキスの体温から現実逃避するついでに、そんな記憶をひっくり返す。そしてその記憶の中に、どこにもアレスティアらしき女性がいなかったことを再確認した。

「ようやく会えた。ノラ兄さま!」
「………………ハイ?」
「シャル。やれ」

 ドミラスが何か指示を出したかと思ったら、シャルが正面からアレスティアの顔面に向けてトンファーキックを入れた。不意打ちを食らったアレスティアは鼻血を噴きながら見事に吹っ飛んでいき、ようやく拘束が外れる。

 俺はハッと起き上がって口を拭い、顔を真っ赤にして叫んだ。

「と、とにかく西区画だ! 行くぞドクター! シャル!」

 助けてくれたシャルを褒めるように撫でて、俺は背後を振り返らずに走り出した。だが脳震盪から即座に復帰したアレスティアは、少しふらつきながらもテケテケの如く俺を追いかけ始めた。

「待って! お爺様の肖像画に描かれたノラ兄さまを見た時から、一目惚れだったの! もっとお話ししたい!」

 そういえば、肖像画を描くために三代目の横に突っ立ってじっとしていろと命令されたことがあった。なのでアレスティアがノラの外見を知っているのは特段おかしなことではないのだが、問題は今の俺とノラとでは全く違う外見だと言うことだ。

 いや、先ほどアレスティアは『核印』と言っていた。それは三本爪に練り込まれた菌糸能力で、標的の魂に印をつけ、能力者との距離が近いほど標的に対する攻撃力が上がるというものだった。

 俺の魂に『核印』が付いているのなら確かに俺がノラだと判別できるだろう。だからと言っていきなりキスされる理由にはならない。単純にセクハラである。

「なんで俺の周りってこういう女の子ばっかなんだよ!」
「行かないでノラ兄さま! もっとお話ししましょう!?」
「お前さっきまでそんな可愛い喋り方じゃなかっただろ怖いって! もうストーカーは勘弁してくれ!」
「か、可愛いだなんてそんな! そんなこと言われたら我慢できない!」
「ぎゃあああ!」

 ルパンダイブの如く突っ込んできたアレスティアを回避するが、足がもつれて俺は盛大にずっこけた。

「くっそ時間がないのに! マフィアのボスならちゃんと仕事しろ!」
「やだ! あなたと一緒ならオラガイアも滅びていいの!」
「やっぱベートと同じ系統じゃねぇかクソが!」

 地面に拳を叩きつけながら罵ると、横に立ったドミラスがビッと親指を下に向けた。

「浦敷、振れ。あいつを手酷く振ってやれ」
「それアンタの意趣返しも入ってるよな?」
「いいからやれ。でないと南旧市街の防衛がままならんぞ」

 その通りである。アレスティアの強さは先ほどの一撃で十分すぎるほど見せてもらったのだから、彼女さえいれば大聖堂の防衛も格段に楽になるはずだ。そもそも、アレスティアをなんの被害もない西区画に連れて行くわけにはいかない。

「ったく、三代目はどんな教育したんだよ。孫の顔を見る前に死んだかもしれないけどな!」

 俺は悪態をついて、地面から立ち上がりながらアレスティアを振り返った。

 見れば見るほど三代目の面影を感じられるアレスティアの顔は、正直綺麗だとは思う。だが俺にとってノースマフィアの三代目はただの飼い主で、仕事ぶりに対して尊敬はしても、人間性については大嫌いだった。

 よって、今日会ったばかりの三代目の孫らしき人物のおふざけに付き合う義理はない。なにより俺にはエトロがいるのだ。

「アレスティアさん! 俺は仕事の方が大事なんだ! アンタの気持ちには答えられない!」
「もっとはっきり!」

 ドミラスから気合のこもった声援を貰い、俺はできうる限り相手にダメージを与えられそうな言葉を絞り出して叫んだ。

「俺は……俺は! 仕事ができない人は大嫌いだ!」

 ……何を言わされているんだ俺は。

 なぜかシャルが嬉しそうに拍手をして飛び跳ねている。アレスティアのノラ兄さま呼びを聞いた時から敵意剥き出しだったが、まさか嫉妬でもしていたのだろうか。

 胸が痛くなるほどの重い沈黙が、俺とアレスティアの間に降りる。こうしている間にも砲撃部隊が一生懸命にドラゴンを撃ち落としているのだが。

 焦燥に駆られ、俺がもう一度口を開こうとしたところで、アレスティアはさっと手を挙げた。

「…………分かった」

 アレスティアは俺に背を向け、何故か歓喜に震える声で問いかけてきた。

「仕事をすれば、好きになってくれるんだよね?」
「え、あ、ウン? ソウカモネ」
「じゃあ、頑張ってくる。見てて!」

 アレスティアは肩越しに満面の笑みを見せた後、黒いコートから三本爪を出現させ、獣のごとき方向を上げた。

「っしゃおらあああああああ! くたばれドラゴンどもおおおおお!」

 ノースマフィアの紋章を背負ったアレスティアが戦場を駆け抜け、街を破壊するほどのソニックブームが再び解き放たれる。先ほどよりも明らかに威力が倍増したそれは、血の霧を生み出し、美しかった街並みを赤い更地へ変えていった。

 凄惨だが、味方としては頼もしすぎる光景に、俺は静かに顔を覆って項垂れた。

「なんで俺の周りの女の子って、こんなのばっかりなの」
「諦めろ。行くぞ浦敷」

 ぐいっと襟首を引っ張られ、俺は梅干を噛んだような顔のまま改めて西区画へ走った。
 
 ・・・―――・・・
 
 南旧市街。
 オラガイアの外周と内周に備え付けられた砲台が、雷のような爆音を轟かせながら砲弾を打ち出し続ける。終末の日に機械仕掛けの世界に対抗するために用意されたその砲台は、世界中の技術を結集した賜物であり、それ相応の破壊力を持ってドラゴンたちを粉砕していた。

 砲台に弾を込めているのはオラガイアに駐屯する憲兵隊だ。そして彼らの指揮を執る人物は、トゥアハの護衛のためにオラガイアに訪れ、ダアト教十二人会議に出席していたラグラードである。

 ラグラードの本業は暗殺部隊総隊長であるが、表向きは憲兵隊将校として名を馳せている。彼に付き従っている憲兵たちは、ラグラードが残忍な暗殺部隊の人間だと知らぬまま、純粋な正義感で戦場に赴いていた。
 
「手を休めるな! できるだけ撃ち落とせ!」

 雷撃と化した砲弾は手前のドラゴンたちを貫通し、遠方の黒い雲にまで直撃する。しかしいくら撃ち落としたところで数は増えていくばかりでキリがない。

 すでに多くのドラゴンを取り逃しているが、大聖堂の方にはレオハニーを含む精鋭の守護狩人が集結している。オラガイアの環境を維持する特殊なカラクリも地下深くにあるため、そう簡単にオラガイアは陥落しないはずだ。

 だが、ダアト教幹部であるラグラードは薄々察していた。予言書には既に、浮島の崩壊が記されている。いくら抗ったところでオラガイアの墜落は確定しているのだ。

 百ページ先の未来が早まるなんてことは、過去の歴史において一度も起きたことはなかった。もしかしたら今回のスタンピードはオラガイア崩壊の前座でしかない可能性すらある。どちらにしろ、戦わなければ歴史が早まるだけだ。

 ドラゴンたちのほとんどは砲台を無視して大聖堂を一心に目指し続けている。それが幸か不幸か、ラグラードたち憲兵隊が砲撃を続けられる要因になっていた。とはいえ完全にドラゴンからの妨害がないわけでない。少数のドラゴンたちが不意打ちを狙って砲台を攻撃してくるため気を抜く暇もなかった。

 それにしても不可解だ。ドラゴンは無防備な餌を前にすれば真っ先に襲うほど獰猛なのだが、今回集結したドラゴンの群れはその習性がほとんど見られない。しかも群れの中には白い人面のドラゴンまで紛れ込んでおり、時折赤く目を光らせて他のドラゴンに指示を出しているように見えた。

「ちっ……出来損ない共め。一体何を考えている」

 ラグラードが毒吐くと、砲台を操作していた兵士の一人が悲鳴のような声を上げた。

「ラグラード総隊長! 南西方向から、巨大なドラゴンが!」
「新手か!」

 兵士が目標を指差すが、ドラゴンの群れが渋滞しているせいで発見が遅れた。

 雲海の水面すれすれを泳ぐように、山の稜線と見紛うほど巨大な尾が見えた。青磁色の鱗に覆われた表面は、尾が波打つたびに雲の飛沫を散らして沈んでいった。

 竜王だ。尾の長さだけでも南旧市街に匹敵するほどの巨大さである。

 やがて青磁色が大きく山を描いたかと思うと、巨大な尾が完全に雲の中へと消えた。

 その数秒後、真下から突き上げるようにオラガイア全体が大きく揺れた。浮島の端が一気に崩落し、外周の砲台ごと兵士たちが空中へ投げ出されていく。絶望に満ちた兵士たちの声が遠ざかり、地震が終わらぬうちに二度目の衝撃がオラガイアを襲った。

「……! まさか、下からオラガイアの心臓部を破壊する気か!?」
「総隊長! 指示を……ぎゃああああああ!」

 ばしゃ! とみずみずしい音が弾け、ラグラードの足元が濡れる。見れば、砲台の周りにいた兵士たちがドラゴンに食い殺されていた。ドラゴンたちは先ほどまでの統率を完全に失い、本来の凶暴な習性のままに片っ端から人間を襲い始めたのだ。

「チッ、雑魚どもが」

 もともと捨て駒の兵士だ。失ったところで問題はない。

 しかし不可解だ。なぜドラゴンの行動パターンがいきなり変わったのか。オラガイアの中心部を最優先に目指していたはずなのに、今はただの無法地帯。統率を失った有象無象が、中央に集まった狩人に勝てるわけがないだろうに。

「……いや、中心部を目指す必要がなくなったということか!」
「総隊長!」

 生き残った直属の暗殺部隊たちが、ドラゴンを切り伏せながらラグラードの元へ集まる。ラグラードは羽虫でも払うように近づいてきたドラゴンの首を片手でへし折り、熊のような濁った声で命令を飛ばした。

「これより中央に戻り、トゥアハ様の守りを固める! 貴様らは先に行け!」

 部下たちは鎖骨に手を当てて略式敬礼を取ると、素早く隊列を組んで撤退を始めた。そこから一区域離れた場所では、アレスティアの放つソニックブームが紙切れの如くドラゴンたちを蹴散らしていくのが見える。

「あれに任せていてもいいが、これ以上街を破壊されるわけにもいかんからな」

 ラグラードはごきりと首を回すと、前後に大きく足を広げながら、空手を十字に構えて長く息を吐いた。目を閉じて動きを止めたラグラードに、周囲の獲物を食べ散らかしたドラゴンたちが狙いを定める。

『グルアアアアアアア!』

 我先にと飛び込んできたドラゴンたちの牙が、ラグラードの手足に食い込み、頭蓋を噛み砕かんと咢で包み込む。

 瞬間、ドラゴンたちは全身から無数の穴を開け、激痛に悲鳴を上げながら吹き飛ばされた。

 菌糸能力『覇王衝』。敵の攻撃が当たる直前に能力を発動することで、半径二メートル以内にいるすべての敵にカウンターを与える。一体でも攻撃すれば効果が発動し、能力を行使する時間が短いほどカウンターの威力が上がるのだ。

 ラグラードはドラゴンの牙が皮膚に食い込むのとほぼ同じタイミングで、瞬きより遥かに短い時間で『覇王衝』を発動した。結果、ドラゴンたちは自らの牙によって全身を貫かれたのだ。

「さぁ、臆さず掛かってくるがいい。そして無様な死体を晒すのだ!」

 米神が熱くなるほどの叫びを上げ、ラグラードは高く笑う。ドラゴンたちはまるで挑発に怒りを覚えたかのように、次々にラグラードの元へ殺到していった。
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