家に帰りたい狩りゲー転移

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4章

(27)黒い雲

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※ここから先の話は災害を連想させるような描写があるため閲覧に注意してください。

 大聖堂の鐘楼が警報を鳴らしたほぼ同時刻。

 ホテルで十二人会議を盗聴していた俺たちも、突然の襲撃に騒然となった。

 この部屋には俺とエトロ、アンリ、シャル、ドミラスの五人しかいない。レオハニーは数時間前に会議の内容に飽きて、また大聖堂の観光に行ってしまったところだ。

 レオハニーと合流するべきだろうか。それとも先にドラゴンの襲撃を阻止するべきか。判断に迷っていると、真っ先にベランダに出たアンリが、南の方角を指差しながら緊迫した声で告げた。

「リョーホ。ドラゴンの群れだ。こっちに来ているよ」

 俺とシャルも外に出てみれば、かつてエラムラの里で見たような黒い雲が、不気味な鳴き声を発しながら遠方から押し寄せてきていた。

 少なく見積もっても千匹以上はいるだろうか。どれも中位ドラゴン程度だが、その莫大な数に俺は総毛立った。

 間違いない、スタンピードだ。上位ドラゴンが紛れ込んでいないのが唯一の救いだが、問題はオラガイアの立地にある。
 地上から遥か上空にあるオラガイアは、狩人の増援を呼ぶこともできなければ、住民を別の里へ避難させることも不可能。おまけに敵は制空権を得ているため、俺たちは袋の鼠だ。
 
 おまけに、俺たちの武器はトルメタリア工房に預けたままだった。現在武器を持っているのはアンリとシャルのみ。俺とエトロ、ドミラスは菌糸能力だけでも戦うことができるが、あの大群に既存の武器無しで突っ込むのはいささか心もとなかった。菌糸能力で作られた武器は攻撃に優れているが防御が脆いのだ。

 焦りを覚える俺に、ドミラスが素早く装備を整えながら簡潔に問いかけてきた。

「『雷光』の武器はどれだけ維持できる?」
「試したことないけど、俺が気絶しなければ多分消えないはずだ」
「よし。ならばエトロとシャルに武器を作ってくれ」
「分かった!」

 一度指示をもらったおかげで、毛糸のように絡まっていた俺の思考がスムーズに動き始めた。

 今俺たちがすべきことはオラガイアの守護。
 討伐のために必要な武器は俺の『雷光』でとりあえず確保できる。
 あとはいかに効率的にドラゴンを討伐するかだ。

 俺とシャルの武器は二日後に完成予定なので到底間に合わないが、今日と明日はエトロとアンリの武器が仕上がる予定だ。もしかしたら今からトルメタリア工房に行けば、二人分の戦力を上げることが出来るかもしれない。

「アンリ、途中から二手に別れよう。アンリとエトロはトルメタリア工房へ武器を取りに行ってくれ。俺とシャル、ドミラスは南旧市街の外周を防衛しながらオラガイアの守護狩人と合流する」
「オーケー。武器ができていたらすぐに合流する!」
 
 エトロとシャルに『雷光』の武器を渡し、五人でホテルの窓から外へ飛び出す。トルメタリア工房があるのは奇しくもドラゴンの襲撃を真っ先に受けている南旧市街だ。途中までエトロたちと行動できるのは運が良い。

 南旧市街へと近づいていくにつれて、ドラゴンたちが透明な壁にぶつかって立ち往生している様子が見えてきた。どうやらオラガイア全体には竜船と同じカラクリの結界が張られていたらしい。しかし膜が薄いせいで蚊取り線香程度の気休めでしかなく、風属性に耐性のあるドラゴンは壁を強引に突き破って侵入してきていた。

 急がないとまずい。オラガイアの外壁に備え付けられた砲台が迎撃しているが、あの大群の前では突破されるのも時間の問題だろう。

「しかし、なぜだ? ドラゴンがオラガイアをわざわざ狙う理由はないだろう?」

 持ち前の脚力で屋根の上にショートカットしながら、エトロが疑問を口にする。

 オラガイアはトルメンダルクの化石で浮いており、その高度は通常の飛竜でもなかなか上ってこれないほど高い。そのような高高度ではとても人間が生きていける環境ではないのだが、オラガイアの大聖堂に搭載されたカラクリによって、人間たちは普通に暮らすことができるらしい。

 同時に、オラガイアはドラゴンにとって居心地の良い場所ではない。今回のオラガイアの襲撃を例えるなら、近所に安くて美味しいチェーン店があるのに、丸一日かけて県外のチェーン店に赴く様なものだ。

 ドラゴンは基本的に凶暴だが、目に付いたものを見境なしに襲うほど馬鹿ではない。だというのにドラゴンたちが群れを成してオラガイアを襲う理由は、どう考えても人為的なものとしか考えられない。そんなことが出来るのは一人だけだ。

「ニヴィがここに来ているのかもしれないな」

 俺が答えると、エトロは一瞬頷きかけて即座に首を振った。

「いや、犯人がニヴィだとしても、ここまでやるか? あの女はベアルドルフを殺すためだけに生きているような奴だっただろう。そいつが大量のドラゴンを操ったところで、討滅者に勝てるわけがない。オラガイアに集まったダアト教幹部をまとめて殺すのが目的だとしても、NoD側になんのメリットがある? 予言書の信奉者が減るだけだろう?」
「確かに……」

 眉間にしわを寄せながら俺が呟くと、アンリが塀から飛び降りながら俺の隣に並んだ。

「じゃあ、ニヴィ以外にも『支配』の能力を持つNoDがいると考えた方がいいんじゃない? 例えば、ダウバリフが言っていたダアト教幹部の裏切り者とか」
「なるほど。そっちのほうがあり得そうだな」

 ダアト教は終末の日を避けるために結成された組織。対する裏切り者は、終末の日を歓迎する機械仕掛け側のスパイだ。オラガイアにスタンピードをけしかけ、ダアト教幹部全員の抹殺を企ててもおかしくはない。

 と、俺の推測を裏付けるようにドミラスが告げた。

「敵の狙いはおそらく大聖堂だ。カラクリを破壊してしまえばオラガイアの気候が一瞬で様変わりし、ここにいる人類は数分で凍死する。ダアト教幹部は間違いなく全滅するだろうな。そして──」

 ドミラスは強く目を閉じて何かを堪えると、絞り出すようにこう続けた。

「『浮島が天より墜落し、大地が裂ける』。予言書にその一文があった。俺もオラガイアには詳しくないが、その予言が実現するならば、カラクリを破壊することでオラガイアの浮力も失われるのだろう」
「なっ……」

 衝撃的な発言に俺たちは思わず足を止めてしまった。

 オラガイアの広袤こうぼうはおそらく長さ・横幅ともに千km以上はあるだろう。竜船から見えたオラガイアの景色はトルメンダルク化石の右翼部分だけだったので、もしかしたらもっと広いかもしれない。

 もしオラガイアが予言の通りに墜落したならば、少なくとも山一つは余裕で消し飛ぶ。

 当然、その上にいる俺たちも確実に死ぬ。

 エトロはわなわなと手を震わせると、ドミラスの胸倉を乱暴につかんだ。

「なぜ……なぜそれを知っていて、私たちをオラガイアに誘導したんだ!? 心中なんてするタチじゃないだろう、お前は!」
「百ページも先の未来だったんだ。まさか全てすっ飛ばして起きるとは俺でも想定外だ」

 額を押さえながら焦燥するドミラスを見て、エトロは息を呑み、弱々しく手を離した。

 この場で一番責任を感じているのはドミラスだろう。武器を新調するならオラガイアが良いと勧めたのは彼だ。予言書の内容を知っていながら今回の可能性に思い至れなかったことにも負い目を感じているはずである。その証拠に、強く握りしめられたドミラスの手には一筋の血が流れていた。

 手の傷に気づいたシャルが慌てて駆け寄り、ドミラスの手を引きながら俺の元へ引っ張ってくる。俺は『雷光』を灯して治療しながら、エトロへ小さく微笑みかけた。

「大丈夫だエトロ。俺はこれまで二度も予言を覆してきたんだ。だったら今回も、その未来を変えられる」
「だが……今回ばかりは無謀すぎるぞ」
「……いいや。諦めるのは早い。何か手があるはずだ」

 俺はじわじわと大聖堂へ近づいてくるドラゴンの群れを見上げながら、必死に頭をフル回転させた。

 予言書のルールは単純だ。書かれてしまったものは変えられないが、書かれていない部分は自由に変えられる。

 ――浮島が天より墜落し、大地が裂ける。

 つまり、オラガイアが墜落することも、地上が被害を受ける未来は変えられない。だが、どんな風に落ちるかまでは書かれていない。地上が裂けるというのも、どれほどの規模かは書かれていない。揚げ足取りのように一つずつ事実を掬い取り、俺は一つの閃きに勢いよく顔を上げた。

「ドクター! あえて俺たちでオラガイアを墜落させるのはどうだ!?」
「……はぁ!?」

 初めてドミラスの間抜けな声を聞いた。だが俺は間髪入れずに捲し立てる。

「全部は落とさなくていい。例えば南旧市街の人たちを避難させてから、南の区画だけ切り落としてみるんだ。そうすれば少なくとも丸ごと落ちるよりはマシだろうし、一区画だけでも地面が裂ける程度の被害を出せると思うぞ。どうだ!?」

 浮島は落ちるし、被害も出る。十分に予言書の意向に沿っていると言えるはずだ。

 予言書の内容を再現できればオラガイアは墜落しない。少なくとも、ここの住人やダアト教幹部が巻き込まれて死ぬ確率がぐんと減るはずだ。

 手に汗握る俺に、シャルは両頬を押さえながら声なき悲鳴を上げていた。エトロとアンリも絶句してムンクの叫びのようになっている。

 しかしドミラスだけは研究中の時のように目を輝かせていた。

「なるほど悪くない。だが南はトルメタリア工房があるから止めだ。西にしよう! あそこは工場区画で、聖なる五日間は人もいないはずだ!」
「分かった! シャル、南の防衛をしながらぐるっと西区画に行くぞ!」

 行動目標を告げると、シャルは真剣な面持ちでこくりと頷いた。すると思考停止から復帰したアンリが慌てて手を振って止めてくる。

「待てリョーホ。どうやって島一つ落とすんだよ!」
「カラクリを破壊すれば島が全部落ちるなら、薄明の塔みたいに結界を張る回路みたいなのがあるんだろ? 島ごとそれを斬れば勝手に落ちるって!」
「だからって島一つ切り落とすのは……」
「何言ってんだよアンリ。俺たちには最強の討滅者がついてるだろ?」

 サムズアップしながら片頬で笑うと、アンリは唖然としてから咳き込むように笑った。

 レオハニーの強さはエラムラの里での稽古で嫌というほど思い知っている。そして上位ドラゴンの首を一撃で落とすような人ならば、分厚い地層程度余裕で断ち切ってしまうだろう。

「そうだったね。それなら何も文句はないよ」

 降参だ、とアンリは両手を上げ、それから南旧市街を睨みつけた。そちらではすでにドラゴンたちが結界を突破し、砲台を襲撃して真っすぐに大聖堂へ飛び続けている。建物や砲台を無視して飛び続けるドラゴンたちの目は心なしか虚ろで、ますますニヴィの気配を予感させた。

 エラムラでニヴィと相対した時はトトにしてやられたが、オラガイアで逃げ場がないのはあちらも同じだ。今度こそ決着をつける時が来た。

「行こうか。リョーホ」
「おう」

 俺とアンリは拳を突き合わせ、全員で再びトルメタリア工房を目指し始めた。
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