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4章
元被検体の手紙
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目に見える範囲で人はいないか?
ならばこの手紙を読み終えた時、即座に燃やすのだ。
脅すような真似をしてすまぬ。だが貴君のためなのだ。
初めてのオラガイアはどうだ? 美しい所だろう。今は聖なる五日間ゆえに街の盛り上がりに欠けるが、また次に遊びに行くとよい。大空に絵の具を散らす風車祭りは一見の価値があると保証しよう。
さて、ノクタヴィスの惨劇で何があったのか詳しく教えて欲しいという話だったな。長い話になる。
吾輩はかつて人体実験の被験者だった。トトから聞いて薄々察しているだろうが、あのノクタヴィスの惨劇にも関わっている。
ノクタヴィスは表向き健全な研究都市を謳っていたが、その裏では国家機密の大規模な非人道的実験が行われていた。
このような形であの事件を語るのは危険であるとはよくよく承知している。しかし、貴君と対話できる時間はもう残されていないだろう。
バルド村周辺に、かつてないほどの上位ドラゴンの群れが観測された。吾輩には良からぬことが起きる前触れとしか思えぬ。
杞憂ならばそれで良い。しかし災難の先触れはないとも言うだろう。冒頭にも書いた通り、この手紙を読み終え次第、すぐに燃やせ。
閑話休題。
ノクタヴィスで被検体になる以前、吾輩はリデルゴア国の暗殺部隊に所属し、スキュリアとミヴァリアの里を繋ぐアヴァクト海峡大橋に駐屯していた。そこでの任務は敵対する里の紛争監視。国王はスキュリア、ミヴァリア両陣営に謀反の疑いをかけ、直属の暗部を派遣したのだ。
任務の最中、吾輩は他の仲間たちと共に部隊長の計略に嵌められ、重罪人にまで転落した。本来ならば収容所で死刑を待つはずが、吾輩たちはノクタヴィスの実験施設へ移送された。
そこで行われていた実験は、思い出すに堪えない。体格、年齢、性別ごとに、家畜の如く等級タグを振り分けられ、あらゆる方法で人体にドラゴン毒素を投入された。ドラゴン毒素に汚染された人間の末路は貴君も知っているだろう。ドラゴン化だ。
彼らの研究の目的は、ドラゴンの菌糸を兼ね備えた人類の創出だ。貴君の体質と酷似していると思っただろう? 当然だ。奴らは鍵者を自らの手で作り出そうとしたのだ。
予言書によれば、鍵者は終末の日を生き残る唯一の人類となる。つまり鍵者と同じ身体を手に入れたなら、絶望的な終末の死を免れられるということだ。この実験にリデルゴア国の大臣が関わっていると思うとぞっとしないな。
仲間たちが不完全な変貌を遂げて廃棄処分される中、吾輩だけが生き残った。しかし吾輩には鍵者のような力は目覚めず、単純にドラゴン化の進行が遅いだけだったのだ。研究者共にとってはそれだけでも稀有に見えたらしく、メインの実験の片手間に別の施術も行われた。次第にそれにも飽いた彼らは、いよいよ吾輩を廃棄処分することにしたようだ。
処分決定の翌日、例の惨劇が起きた。巨大なドラゴンが研究施設を破壊したおかげで吾輩は自由の身になった。だが研究者たちに復讐できるほどの力はもう残されておらず、都市を襲った災害に乗じて逃げ出すことしかできなかった。都市を蹂躙する巨大なドラゴンから無事に逃げ切れたのは、レオハニー様のおかげだ。彼女が都合良くあそこに現れた不可解さはどうあれ、心から感謝している。
ノクタヴィスを突如襲ったあのドラゴンは、なんと言えばいいのか……生物と呼ぶには度し難く、機械のように無機質であった。剥き出しの心臓ははた目でも見えるほどに強く脈を打ち、滅びゆく都市の中心で、人間のように泣き叫んでいた。あれが実験の産物だったのかは、もはや資料も無いため確認する術もない。
実験施設から逃げ出した後、吾輩はハインキーに拾われた。ミッサともその日に初めて顔を合わせた。見ず知らずの吾輩を手厚く介抱し、事情も聞かずに仲間に入れてくれた彼らには頭が上がらん。彼らのお陰で、吾輩は暗殺部隊の追手から逃れることが出来たのだ。
バルド村は、憲兵隊も暗殺部隊ですら来訪を躊躇う、ドラゴン狩りの最前線。そして、あぶれ者の秘境の地だ。
あの村に住むものは皆暗い過去があるが、カイゼルの加護によって谷底まで明るい笑いが絶えぬ。
この地を守るためならば、吾輩は命を賭けるのも厭わん。
そして貴君はハインキーの命の恩人だ。優しさを捨てない貴君の強さも好ましく思う。もし貴君の信念が揺らぐようなことがあったなら、吾輩を呼ぶといい。吾輩でなくとも、貴君の隣には仲間が大勢いる。
バルド村の人間は、決して同郷を見捨てたりしない。忘れてくれるなよ。
追伸
ベートの予言書を取りに来たドミラスがメモを落としていった。下に貼り付けておくから、これだけは燃やさず本人に渡しておいてくれ。
黒い眼 黒き髪の男。
竜を従え 鍵者となりて 破滅を開く。
空は黒きに覆われ 大地は凍り すべての命が腐りゆく。
夢の跡には■■■■■
ならばこの手紙を読み終えた時、即座に燃やすのだ。
脅すような真似をしてすまぬ。だが貴君のためなのだ。
初めてのオラガイアはどうだ? 美しい所だろう。今は聖なる五日間ゆえに街の盛り上がりに欠けるが、また次に遊びに行くとよい。大空に絵の具を散らす風車祭りは一見の価値があると保証しよう。
さて、ノクタヴィスの惨劇で何があったのか詳しく教えて欲しいという話だったな。長い話になる。
吾輩はかつて人体実験の被験者だった。トトから聞いて薄々察しているだろうが、あのノクタヴィスの惨劇にも関わっている。
ノクタヴィスは表向き健全な研究都市を謳っていたが、その裏では国家機密の大規模な非人道的実験が行われていた。
このような形であの事件を語るのは危険であるとはよくよく承知している。しかし、貴君と対話できる時間はもう残されていないだろう。
バルド村周辺に、かつてないほどの上位ドラゴンの群れが観測された。吾輩には良からぬことが起きる前触れとしか思えぬ。
杞憂ならばそれで良い。しかし災難の先触れはないとも言うだろう。冒頭にも書いた通り、この手紙を読み終え次第、すぐに燃やせ。
閑話休題。
ノクタヴィスで被検体になる以前、吾輩はリデルゴア国の暗殺部隊に所属し、スキュリアとミヴァリアの里を繋ぐアヴァクト海峡大橋に駐屯していた。そこでの任務は敵対する里の紛争監視。国王はスキュリア、ミヴァリア両陣営に謀反の疑いをかけ、直属の暗部を派遣したのだ。
任務の最中、吾輩は他の仲間たちと共に部隊長の計略に嵌められ、重罪人にまで転落した。本来ならば収容所で死刑を待つはずが、吾輩たちはノクタヴィスの実験施設へ移送された。
そこで行われていた実験は、思い出すに堪えない。体格、年齢、性別ごとに、家畜の如く等級タグを振り分けられ、あらゆる方法で人体にドラゴン毒素を投入された。ドラゴン毒素に汚染された人間の末路は貴君も知っているだろう。ドラゴン化だ。
彼らの研究の目的は、ドラゴンの菌糸を兼ね備えた人類の創出だ。貴君の体質と酷似していると思っただろう? 当然だ。奴らは鍵者を自らの手で作り出そうとしたのだ。
予言書によれば、鍵者は終末の日を生き残る唯一の人類となる。つまり鍵者と同じ身体を手に入れたなら、絶望的な終末の死を免れられるということだ。この実験にリデルゴア国の大臣が関わっていると思うとぞっとしないな。
仲間たちが不完全な変貌を遂げて廃棄処分される中、吾輩だけが生き残った。しかし吾輩には鍵者のような力は目覚めず、単純にドラゴン化の進行が遅いだけだったのだ。研究者共にとってはそれだけでも稀有に見えたらしく、メインの実験の片手間に別の施術も行われた。次第にそれにも飽いた彼らは、いよいよ吾輩を廃棄処分することにしたようだ。
処分決定の翌日、例の惨劇が起きた。巨大なドラゴンが研究施設を破壊したおかげで吾輩は自由の身になった。だが研究者たちに復讐できるほどの力はもう残されておらず、都市を襲った災害に乗じて逃げ出すことしかできなかった。都市を蹂躙する巨大なドラゴンから無事に逃げ切れたのは、レオハニー様のおかげだ。彼女が都合良くあそこに現れた不可解さはどうあれ、心から感謝している。
ノクタヴィスを突如襲ったあのドラゴンは、なんと言えばいいのか……生物と呼ぶには度し難く、機械のように無機質であった。剥き出しの心臓ははた目でも見えるほどに強く脈を打ち、滅びゆく都市の中心で、人間のように泣き叫んでいた。あれが実験の産物だったのかは、もはや資料も無いため確認する術もない。
実験施設から逃げ出した後、吾輩はハインキーに拾われた。ミッサともその日に初めて顔を合わせた。見ず知らずの吾輩を手厚く介抱し、事情も聞かずに仲間に入れてくれた彼らには頭が上がらん。彼らのお陰で、吾輩は暗殺部隊の追手から逃れることが出来たのだ。
バルド村は、憲兵隊も暗殺部隊ですら来訪を躊躇う、ドラゴン狩りの最前線。そして、あぶれ者の秘境の地だ。
あの村に住むものは皆暗い過去があるが、カイゼルの加護によって谷底まで明るい笑いが絶えぬ。
この地を守るためならば、吾輩は命を賭けるのも厭わん。
そして貴君はハインキーの命の恩人だ。優しさを捨てない貴君の強さも好ましく思う。もし貴君の信念が揺らぐようなことがあったなら、吾輩を呼ぶといい。吾輩でなくとも、貴君の隣には仲間が大勢いる。
バルド村の人間は、決して同郷を見捨てたりしない。忘れてくれるなよ。
追伸
ベートの予言書を取りに来たドミラスがメモを落としていった。下に貼り付けておくから、これだけは燃やさず本人に渡しておいてくれ。
黒い眼 黒き髪の男。
竜を従え 鍵者となりて 破滅を開く。
空は黒きに覆われ 大地は凍り すべての命が腐りゆく。
夢の跡には■■■■■
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