家に帰りたい狩りゲー転移

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4章

(23)蠢くもの

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 ベートのオリジナルの遺伝子を持つ、ベート・ハーヴァー博士。

 その名を聞いた途端、俺はまたかと辟易せざるを得なかった。ベートが浦敷博士に並々ならぬ執着を抱いているのは嫌というほど知っていたが、まさか世界を滅ぼすほどとは恐れ入った。

 素足でゴキブリを踏み潰したような顔になる俺に、ダウバリフは同情的な目つきになった。

「あの女がなにをとち狂ってそんな発想に至ったのかは知らん。だがいつまでも各々の世界が仲良しこよしでは、この世界を乗っ取ることなど永遠に不可能じゃと思ったようだ。それがNoDに暴走機能を搭載した理由じゃな」
「自分勝手すぎるよ。やっぱり生かして捕らえておく必要ないよね?」

 アンリはそう吐き捨てながら、今にもバルド村に帰ってベートを殺しに行きそうな目つきになる。俺も相当頭に来ていたが、彼のおかげで多少なりとも冷静さを取り戻すことができた。

「じゃあ、やっぱり浦敷博士がNoDを暴走させたんじゃないんだな?」
「然り。浦敷博士は最初からこの世界を乗っ取ろうとしておらなんだ。あくまで崩壊した世界に取り残された人々を支えるために、NoDを生み出したのじゃ」

 ダウバリフはだらりと背もたれに身を預け、長々と語り出した。

「機械仕掛けの世界は全ての人間を取り込むことはできなんだ。そこで博士たちは大勢の人間を犠牲にし、なんとか崩壊した世界に適合できるよう、人間と菌糸の融合実験を行なった。そして文明が崩壊した世界で、NoDを介し、失われた文明を継承させたんじゃ。ドラゴンに阻まれ、全てを再現するまでには至らなんだがな」

 一度話を止めると、ダウバリフは舌打ちのような音を立てて口を湿らせた。

「いわばNoDは、浦敷博士の罪滅ぼしじゃ。自分たちだけが永劫の楽園で生き延び、未来の人類に化け物が跋扈する世界しか残せなかったことへの、な。……しかし、機械仕掛けの人類全てがそうではなかった」

 縄に巻かれた腕が筋肉で隆起し、ぶるぶると震え出す。

「肉体を欲した裏切り者どもは、NoDを秘密裏に改造し、予言書の在り方を捻じ曲げた。知っておるか? 古代の予言書はな、いつに台風が来るだの、干ばつに備えて食料を確保せよという、くだらない些事ばかりを書き記していたのだ。それが今では、世界各地に対する宣戦布告に成り下がった!」

  唯一縛られていない足が床を強く踏みつける。

「さもしい争いに、なぜ儂らは巻き込まれなければならん。物見遊山で成果だけ横取りしようとする豚どもを、なぜ生かしておく必要がある。奴らが生きている限り、この戦いは終わらんのだ!」

 なぜダウバリフがここまで機械仕掛けの世界を憎んでいるのか、話を聞いて俺はやっと理解できた。

 ダウバリフは復興を始めた人類を見守っていた初期のNoDだ。予言書の最初の姿を知っているのも、浦敷博士の目的を知っていたのも、ダウバリフは実際にその目で見てきたのかもしれない。そして、ベートの手によって、そのほとんどを失った。

 この男の気持ちは痛いほど分かる。裏切られた傷は、生半可な幸せでは治癒できない。エトロも復讐の方法に悩んでいるだけで恨みは完全に消えていない。アンリも弟を殺したソウゲンカを見つければ真っ先に殺しに行く。それほどまでに、復讐を果たしたとてこの傷は消えることはない。

 それでも、その道も悪くないと思ってしまった。

「……ダアト教の裏切り者が見つかれば、終戦に近づけるんだな?」
「おうとも。儂が必ず成し遂げる」

 俺の交戦的な笑みを見た瞬間、アンリが椅子から立ち上がり肩を掴んできた。

「リョーホ、俺は反対だ。こいつらに手を貸したところで終末は止められないよ。これは何百年も解決できなかった人類全体の問題なんだ。ロッシュ様を裏切ることにもなる」
「俺だって恩を仇で返すようなことはしたくない。そんなのダウバリフたちと同類になるからな」
「だったら」
「けど、ダアト教幹部の裏切り者を放置する理由にならないだろ。裏切り者を放置したら終末の日が来る」
「裏切り者なんていないかもしれないのに」
「日和るなよアンリ。それだって会議の中で裏切り者がいるか調べればいいだけだ」

 十二人会議に裏切り者らしき気配がなければ万々歳。ちょっと会議の内容を盗み聞いただけで終了だ。

 しかしアンリは納得がいかないようで、視線を動かさぬままエトロへ問うた。

「エトロは、どう思う?」
「こいつはハウラとお前を化け物呼ばわりした。手を組むなんてまっぴらだ。だが……ハウラは真実を知りたがっていた。あの日どうしてミカルラ様が殺されなければならなかったのか。家族同然だったベアルドルフが、なぜエラムラを滅ぼそうとしたのか。それを知ることが出来るのなら、私は……」

 吐露されたエトロの思いに、俺は顔に出さずとも驚いていた。

 誰よりもベアルドルフを憎んでいたエトロにとって、ダウバリフもまた同類のはず。シャルに絆されたのか、それとも別の要因か。俺にはそれが無性に嬉しくて、つい頬を緩めてしまった。

「俺もエトロと同じだ。単純に真実も知りたい。だから、ダウバリフに手を貸そうと思う。仲間とは言わないが、協定があれば話ぐらいは聞き出せるはずだからな」
「本気で言ってるのかい?」
「ダウバリフはクソ野郎だが、やろうとしていることは理解できる。少なくとも終末を止めたいって目的は一致しているだろ?」

 仮にここに感情論を持ち出したら、俺だって大声でノーと言いたいところだ。しかし、相手が最初から武器を捨てて話し合いを求めてきたのなら、こちらも子供の喧嘩なんてしていられない。

 アンリは信じられないといった面持ちで俺を凝視した。魚のように口を閉じたり開いたり、最終的に諸々の文句を飲み込んだ後に、うんざりと額に手を当てた。

「……はぁーもー面倒くさい! 分かった、俺も付き合う! ロッシュ様にバレたら一緒に怒られてやるよ!」
「さっすがアンリ」

 兄貴面を捨てられない頼もしさに笑いながら、俺は強くアンリと肩を組んだ。それから、肩越しにダウバリフを見下ろし『雷光』で縄を断ち切った。

「詳しい計画を詰めたい。今からできるか?」
「おうとも。じゃがその前に」

 ダウバリフははらりと縄を床に散らした後、肩幅まで両足を広げた。

 そして、視界がブレるほど強烈なストレートを俺の左頬に叩き込んできた。衝撃を逃しきれずに俺は尻餅をつき、驚愕の顔でダウバリフを見上げる。

 ダウバリフは俺と目を合わせながら、少しあざになった自らの側頭部をトントンと叩いた。

「お返しじゃ」
「……はは、この野郎」

 頬を押さえながら睨みつければ、ダウバリフは片眉を大きく持ち上げて豪快に笑った。



 ・・・───・・・



 水気を吸った革のブーツから、着々と体温が流れ落ちていく。日差しが一切差し込まない地下通路はかび臭く、少し大きく息を吸うだけで咳き込んでしまいそうだ。

 ドミラスとシャルは、物陰を経由しながら怪しいツインテールの女性と鎧姿を追いかけていた。

 古代遺跡を丸ごと埋葬したような地下通路は想像以上に長く、いくら進んでも果てが見えない。壁に刻まれた複雑な幾何学模様のせいで方向感覚が狂い、同じところをぐるぐる歩かされているような錯覚に陥りそうだ。

 そんな場所であっても、先行する謎の二人組はどんどん奥へ進んでいく。足音と気配を殺しながら追いかけるドミラスたちは、この数十分で着々と神経をすり減らされていた。地下通路は些細な音を立てるだけで大きな反響が出てしまう。いつも以上に気を遣わなければ、床の小石を蹴り飛ばしてしまいそうだった。

 音に慎重になってしまうのは、ずっと黙っているあの二人組も原因だった。地下通路に入ってからあの二人組は全く会話をしていない。それどころか足音もほとんど出しておらず、曲がり角に入るたびに何度も見失いそうになった。

 せめて会話でもしてくれれば、二人組の身元を推理することもできるというのに。二人は手を伸ばせば触れ合えそうな距離で並んで歩いているため、それなりに親しい間柄だということだけは見てとれた。

『どこまで行くの?』
「さあな……」

 小声でシャルのメモに答えながら、斜め向かいの柱の陰に移動する。十メートル以上はありそうな高い天井は、無数に蔓延る鎖で覆い隠されてほとんど見えない。壁の中からは絶えず重たい歯車が噛み合う音が続いており、どことなく薄明の塔と似ているような気がした。

 ふと、謎の二人が不意に壁際へ近づいた。ドミラスたちは身を強張らせながらその場にしゃがみ、薄暗い通路の向こうへ目を凝らした。

 ツインテールの方が何かを呟くと、鎧姿が天井から無数に吊り下がった鎖の一つを引っ張った。すると鎖が蛇のように波打ちながら上へ吸い込まれ、まもなく二人組の前にあった壁が、地響きを立てながら動き出した。

 中心から裂けるように内側に畳み込まれた壁の先から、淡い翡翠色の光が差し込んでくる。二人は壁が動きを止めるまで待機した後、滑るように中へ入っていった。

 いよいよ本拠地。ここまで来てしまったからには追いかけるしかない。トルメタリア工房に武器を預けているため、頼れるのは菌糸能力のみ。できるだけ戦闘は避けたいところだ。

 ドミラスは退路を確認した後、鼻息荒いシャルが突っ走らないよう宥めながら、開かれた壁の横に立ち中を覗き込んだ。

 筒状のガラスを上下から挟み込んだ巨大な装置が、エメラルドグリーンの照明の下に鎮座していた。機械を囲う壁には大小さまざまな管がびっしりとへばりついており、何かを吸い上げているのか、規則的に脈動していた。

 そして、禍々しい装置に大切に抱え込まれているのは、巨大なドラゴンの心臓だった。拍動する心臓はみずみずしく、表面にはアンリの菌糸模様に似た黄緑色の花が咲き誇っている。心臓と機械の管の脈拍は一致しており、機械に生かされているのか、心臓が無機物を生かしているのか判別がつかなかった。

「なんだ、これは……」

 口を押さえながら呟き、ドミラスはゆっくりとその場にしゃがみ込む。すると、心臓の前に立っていたツインテールの女性が巨大な機械の後ろへ回り込んだ。一人残った鎧姿は、しばし心臓を見上げた後、ところどころ血で汚れたスキュリアの兜を徐に外した。

「──!」

 その顔を見て、ドミラスは驚愕に目を見開き、鎧姿から勢いよく顔を逸らした。

 すべて理解した。

 二十一年前のドミラスの魂がわざわざ引っ張り出されてきたのも。

 未来の自分が残した日記が、なぜ予言書と違う運命を予知していたのかも。

 ──俺たちはどうすればよかったのか。
 暴走したアンジュの前でドミラスはそう後悔したが、もはやその段階ですらなかった。こうするしかなかった。

 笑い出しそうになりながら、ドミラスはシャルの腕を掴んで急いでその場から離れた。

『もうおわり!?』
「ああ。ここは彼女たちがなんとかする。俺たちは、俺たちにできることをやるだけだ」

 未来は変えられる。そのためには起きる未来を見に行かなければならない。観測して初めて、過去が変えられるようになるのだから。

 ドミラスは日記の内容を思い出しながら、肩越しに心臓の部屋を振り返った。

 エメラルドグリーンの光は、先ほどと変わらず穏やかなに地下通路を照らし続けていた。
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