家に帰りたい狩りゲー転移

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4章

(20)トルメタリア工房

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 商店街を歩くこと数分、とある店の前でドミラスが立ち止まった。

「ここだ」
「……武器屋にしては可愛いぞ?」

 エトロの言う通り、俺も目の前の店が武器屋とは思えなかった。むしろ、水族館かガラス工房だと言われた方が納得できる外観であった。
 
 真っ先に目を引くのは、海の集光模様をそのまま張り付けたようなドーム状の屋根だ。深い青の屋根は白い煉瓦の壁と相まって儚げで、白と黒の煙がぽかぽかと煙突から吐き出されていた。

 看板のリデルゴア文字に目を滑らせると、達筆で苦労したが「トルメタリア工房」と読み取れた。

 オーク材でできたドアを押して中に入ると、頭上で銀色のベルが涼やかに鳴る。
 
 内装は白と青を基調としたシンプルなものだった。その代わりに、美しい細工が施された様々な武器が壁に整然と飾られている。長方形の通路は緩やかな下り坂になっており、外で見たよりも広々とした空間がずっと奥まで広がっていた。

 アンリは通路の真ん中でぐるりと回りながら、感動したように声を漏らした。

「まるで武器の図書館だね」
『鉄くさい!』
「そうか?」

 メモを掲げながらはしゃぐシャルと手を繋ぎ直し、俺はスンと店の中を嗅いでみた。確かに通路の奥から鉄の匂いがする。耳を澄ませると、規則的な研ぎ音がそこから聞こえてきた。

 いかにも職人的な雰囲気と、高そうな武器の数々に俺は少し気後れした。だがエトロは平然と壁にかけられた槍を取り、ひゅんひゅんと試し振りを始めた。その槍は巨大な氷柱から削り取ったような見た目で、ドラゴンの鱗に競り負けて砕け散ってしまいそうだった。

「軽いな。こんな華奢な武器で本当にドラゴンが倒せるのか?」
「――細工が細かければ細かいほど、内部に菌糸が根を張る余地がある。やがて武器は狩人の分身となり、持ち主と共に鍛えられていくのさ」

 口の中に洞窟でもあるようなしゃがれた声が響き渡り、俺たちはびくっと背筋を張った。

 全く気配がなかった。殺意もなければ好意もない、まさしく空気のような存在感である。その不気味さに全身の毛が総毛立った。
 
 見れば、誰もいなかった通路のど真ん中に、身長三メートルほどありそうな大男が出現していた。白いローブと真っ黒な包帯で肌という肌が執拗なまでに隠されており、フードを深くかぶった顔は、下から見上げても暗闇ばかりが広がっていた。

「久しいな、ドミラス。少し若返ったようにも見えるが」

 長すぎるローブを引きずりながら、謎の大男が親しげに笑う。ざらついた声質は、昔話を朗読する老人のような柔らかみがあった。

「そういうお世辞は俺が老死する前に言ってくれ」

 ドミラスは黒いジョークを言い放ち、親指で大男を指し示しながら俺たちに振り返った。

「こいつはヴァーナル。見ての通り工房長だ。リデルゴア国で一番腕が立つ有能だぞ」
「ヴァーナルって、レオハニー様の大剣を作った!?」

 アンリが大声で驚くと、ヴァーナルはフードの下で牛のように鼻を鳴らした。鼻息だけでごうっと車のマフラーのような風圧が出て、俺とシャルは軽く抱き合いながら飛び上がった。

 確かに、ギリシャ神話だか、北欧神話だかの巨人を連想させるヴァーナルならば、レオハニーのあの無骨な大剣を作り上げてもおかしくない。

 エトロは憧れの師匠と所縁ある者と知るや、持っていた槍を元の位置に戻して素直に謝罪した。

「すまない。貴方の武器に失礼なことを言った」
「構わん。お前さんの言葉は純粋な疑問であろう。懐かしいのう……初めてここに来たレオハニーも、わしの武器に文句をつけてきよったわ。あの御仁ですら一目で見誤るほど、わしの武器は価値が分かりにくいってことさな」

 ヴァーナルは俺の五倍以上はありそうな足裏で床を踏み鳴らし、ぐうっと背中を曲げて俺たちに顔を近づけた。

「で、何が欲しい」
 
 俺たちがまごつくより早く、ドミラスが指を四つ立てた。

「俺以外の全員、それぞれの特性に適した一級品を所望する」
「ほほう、いいだろう」
「ちょ、待ってくれドクター! 流石にこんな高そうな店でオーダーメイドは……!」
「まぁ待て。この店は金以外に特殊な対価もあるんだ」

 焦る俺をよそに、ドミラスは俺たちに手招きをしてきた。

「リョーホ。お前の太刀を見せろ。アンリはエランのやつ。エトロとシャルは何もしなくていい」
「あ、ああ」
 
 アンリと顔を見合わせながら武器を出すと、大男はまずエランの双剣を手に取った。

「この双剣……懐かしい。弟子の意匠が入っておる」
「中央都市でエランの……弟の菌糸能力を織り込んでもらった特注品だ」
「ふむ……」

 包帯からはみ出した黒く長い爪が、こつりと双剣を叩く。すると、中に刻み込まれたエランの菌糸模様が蛍のように光を灯した。

「遺品か……しかしお前さんの『陣風』も編まれておる。それと……これはクラトネール、ソウゲンカ……いや、見たこともない菌糸も入っておる」

 心当たりのある名前を挙げられ、疚しい事でもないのに俺は後ずさってしまった。その動きを察知したのか、ヴァーナルの顔がぐるんとこちらへ向けられる。

「お前さんの力か。ならばその太刀を見れば理由も知れるか?」
「ど、どうっすかねぇ……」

 すべての表情筋が後ろに引っ張られたようなチベスナ顔になる。俺だってエランの双剣に自分の菌糸が混ざっているなんて今のいままで知らなかったのだ。無茶振りしないで欲しい。

 ヴァーナルはたっぷり三秒ほど俺の顔を凝視した後、ようやく『雷光』の武器を手に取った。

「ほほお! この太刀、見たこともない作られ方をしておるな。元は槍だったようだが、そこの娘とお前の菌糸が見事に融合しておる!」
「め、珍しいことなんですか?」
「珍しいなんてものではない! 普通ならば存在できぬ代物だぞ……!」

 大興奮のヴァーナルを見上げながら俺はあんぐり口を開ける。すると、アンリが両手の指を一本ずつ立てて説明してくれた。

「普通、武器や装備には一種類の能力しか付与できないんだよ。人の免疫みたいに菌糸同士が侵食し合って、どちらか片方しか生き残らないからね」
「へぇ、じゃあなんでエトロの武器は上手く行ったんだ?」

 『氷晶』と『雷光』は属性的に相性が悪い。共存できる余地なんてないだろうに。

 しかしドミラスは愚問とばかりにしたり顔になった。

「考えるまでもない、鍵者の体質が菌糸にも影響を与えたんだ。だろう? ヴァーナル」

 ヴァーナルは太刀から俺へ視線を移し、驚嘆の息をごうっと吐いた。

「ほほお……生きているうちに当代の鍵者に会えるとは思わなんだ。お前さんがここに連れてきたということは、つまり……」

 意味深なアイコンタクトが交わされる。ドミラスはなんのリアクションもしなかったが、ヴァーナルの口からまた豪風が立った。

「まあよい。それより武器だ。おい、そこの鍵者よ」
「は、はい」
「こんな芸当ができるのなら、能力のみでも武器を作れるのだろう。それも見せよ、今すぐ」
「うっす」

 俺は新人アルバイトのように首をすくめて、手のひらを前に出して太刀を生み出した。空中でバチバチと能力が放電し、成形途中のガラスの如く左右へ引き伸ばされる。ある程度太刀の形になったところでパシッと柄を掴み取ると、放電が止み青白い武器が完成した。

 俺が緊張しながらヴァーナルに差し出すと、着ぐるみのような手がそっと太刀を回収していった。

「……なるほどな。しかし四人分の対価にしてはちと足りんな。そこの小さい娘、対価は?」

 いきなり話しかけられ、シャルはぴゃっと俺の後ろに隠れてしまった。それから喉仏を押さえて困ったように見上げてくる。そんなシャルに助け船を出したのはドミラスだった。

「目を見れば分かるだろう。ベアルドルフの愛娘だ。あいつにツケておいてくれ」
「……ならば、良し」

 何が良いのかさっぱり分からないまま、ヴァーナルはクレーンゲームのごとく俺の上に太刀を落とした。慌てて受け止めてから能力を解除した後、俺は頭上に疑問符を浮かべながらドミラスを振り返った。
 
「結局対価ってなんだったんだ?」
「一言でいえば、情報だな。あいつは新しいものに目がない。後は弟子の作品を愛している。逆に言えば、ヤツの興味を引く対価がなければ、オーダーメイドなんて論外だ」
「へぇ、変わった店だな」

 いくらお金を積んでも、店主が唸るほどの情報がなければ武器を作ってもらえないらしい。流石に店内に飾られている武器を買うことぐらいは許されると思うが、武器の下に置かれた値札はやたらと横幅があった。ゼロの数を数える必要はなさそうだ。

 ヴァーナルは腕に抱えたエランの双剣と、『雷光』で補強されたエトロの武器を持ってぐうっと丸めていた背を伸ばした。

「この武器は預からせてもらう。希望があれば材料として使っても良いが、どうする?」
「双剣はそのままで頼むよ」

 アンリが即答する間、俺はエトロの方を振り返った。しかし許可を得るより早く頷かれてしまう。

「どうせ私も新しい武器が手に入る。姉弟子からのおさがりだと思っておけ」
「……じゃあ、ヴァーナルさん。俺のは使ってください」
「うむ」

 山のような巨体が頷いた後、頭部からはみ出したフードの向きが変わった。

「ドミラス。お前の武器はどうした。持ってきていないとは言わせんぞ」
「俺はいらない」
「たわけ。持ち主が望もうと望むまいと、武器我が子を見守るのが親というもの! 大人しく見せろ!」
「はぁ……分かった」

 しぶしぶドミラスが上着を広げると、糸に絡めとられた二十枚程度のナイフがぞろぞろと引っ張り出された。ヴァーナルは糸をまとめて絡めとってナイフを一本釣りにすると、その表面を見るや荒々しくドミラスを誹った。

「また勝手に改造しよったな。クソガキめ」
「にしては喜んでるな」

 ナイフの群れはそのままヴァーナルの腕に収められ、くるりと分厚いマントが背を向けた。

「明日の朝までに槍。その次に弓を、最後に鍵者とベアルドルフの娘だ。特急で作ってやる」
「そんなに急いでもらわなくても」

 俺が咄嗟に声を上げると、ヴァーナルはフンと鼻で笑い、ガラス張りの天井を見上げた。水底から見上げたような海のガラスが、廊下の上に青い影を落とす。そのはるか上空では波の花に酷似した雲が鳥のような速度で流れ続けていた。

「……今年の満星は、良くない風が吹いておる。備えるに越したことはない」

 穴底に落ちていきそうな声でそう言い残し、ヴァーナルは奥へ引っ込んでいく。ずるずると音を立てる長いローブの中に、尻尾のようなふくらみが一瞬だけ見えた気がした。



 ・・・───・・・



 用事を終えた俺たちは、トルメタリア工房に入り浸る理由もないので外に出ることにした。ちょうど大きな雲の中に突入したのか、オラガイアの街並みは薄く霧がかっており、冷たい水気が服を重くした。

「オーダーメイドかぁ……」

 今世で初めて作る自分の武器がいきなりオーダーメイドとは贅沢な話だ。しかも完成は今日から三日後となると、待望の新作ゲームを予約した後のように心が浮足立った。

「楽しみだな、シャル!」
『早く見たい! 新しいブキ!』

 俺とシャルでわいわい盛り上がっている後ろで、アンリとドミラスの会話が聞こえてくる。

「あそこにある武器、良いものばっかりだけど、今日は俺たちしか客がいなかったね」
「オラガイアに来れる狩人自体が少ないからだろう。もし中央都市に工房を移転したら、毎日行列ができてオーダーメイドどころじゃない」
「そうだね。あっ、もしかしてここに店があるのもそれが理由?」
「だろうな。ヴァーナルは寂しがり屋だが人嫌いな面倒な奴だ。あいつには丁度いい立地だろう」

 ぐるぐると肩を回すドミラスに、エトロがくらげのような髪を靡かせながら探るように訊いた。

「ドミラスはあの人と知り合いなのか?」
「俺が自前で装備を作れるのは、あの人が色々と教えてくれたからだ」
「じゃあもしかして、ドミラスはオラガイア出身なのか?」
「どうだかな。どこで生まれたかは気にしたこともなかった」
「嘘つけ」
「嘘ついてどうするんだよ」

 呆れるドミラスにむっとエトロは眉を顰めると、腕を組みながらそっぽを向いてしまった。

 まあそうなるよな、と俺はエトロに内心で同意しつつ、はしゃいで暴れようとするシャルを抱き上げながらアンリに話しかけた。

「この後どうする?」
「そうだね。思ったより時間が空いちゃったから観光でもしようか」
『おなかすいた!』
「船でも食ったのにもう減ったのかよ!」
「私も小腹が空いたな。おいドミラス、前に来たことがあるならおすすめの店ぐらいは知っているのだろう?」
「だんだん俺への当たりが強くなってきたな?」

 古い商店街を抜けて最初のビート公園の外側を回り、北側のトルメンダルクの頭部側へ進む。

 コプラ街と呼ばれる北側区域は、南の街並みが霞むほど美しく、大きな一軒家ばかりが立ち並んでいた。

「どこもかしこも高級で、私たちの場違い感が凄まじいな……」

 エトロは先ほどよりも明らかにピンと背中を伸ばし、しきりに髪や服をただしはじめた。

「狩人も一般人に比べれば高級取りだよ」
「あー確かに……でもやっぱり狩人もここまでじゃねーよ?」

 アンリの慰めもどきにツッコミを入れつつ、俺たちは大通りに立ち並ぶ絢爛な店を見て回った。

 と、おすすめの店を探していたドミラスが、唐突にその場で立ち止まった。

「おい、どうしたんだよ」
「リョーホ。敵だ」

 エトロが身構えるのを見て、俺は咄嗟に武器を生成しようとした。だがドミラスとエトロが見据える先には、俺にとって敵と断言し難い人物しかいなかった。

「ダウバリフさん……?」

 エラムラで戦って以来会うことのなかったシャルの祖父だ。欠落した指や、白黒のオールバック、額の十字傷を忘れるはずもない。俺はダウバリフの身体的特徴と記憶を照らし合わし、最後に武器を携行していないのを確認する。

 ダウバリフもこちらの存在に気づいている様子だ。歩き方に敵意は感じられなかったが、俺は仲間たちの敵意に釣られて警戒を解くことができなかった。

 エトロから早く武器を出せと目で訴えかけられる。対して俺は制するように手を出して首を振った。

「なんのつもりだ、リョーホ」
「街中だぞ。いきなり殺し合うのは不味いし、あっちに敵意はない」
「……少しでも怪しいと思ったら凍らせる」

 エトロは手元に冷気を纏わせたが、少なくとも引いてくれた。

 しかし、ダウバリフに敵意を抱いているのはエトロだけではなかった。

「こんなところで会うなんて奇遇じゃないか、ダウバリフ」

 凄まじい怒気を孕みながら、アンリが腰に下げていた短刀を引き抜く。弓を取らない時点で本気ではないと分かっていても、アンリの横顔はいつ爆発してもおかしくないほど殺意一色だった。

「今更シャルの前に出て来るとか、どんだけ面の皮が厚いんだい? ここで切り刻んで直接確かめてあげようか」

 傭兵として金のために殺し合ったのならまだしも、敵対する里同士の人間に馴れ合いは存在し得ない。アンリの反応は妥当な方だが、まだ生優しいレベルだった。本当なら目が合った瞬間に戦闘が起きてもおかしくなかった。

 殺し合いに発展しないのは、ダウバリフがシャルの身内だから。その一点だけだ。

「くっくっく……死にぞこないが大口を叩きよるわい」

 ダウバリフは豹のように歯を剥き、俺たちの五メートル先で仁王立ちになった。

 まさに一触即発。

 しかしその空気は、ドミラスの地を這うような問いで意味合いを変えた。

「誰なんだ、この老人は」
「……シャルの実の祖父に当たる人だ。まさか会ったことないのか?」
「…………本気で言っているのか」

 ぶつかり合っていた両者の殺意が、一瞬で全く別の強大な感情に押しつぶされる。

「おいそこの。どういうつもりでベアルドルフの父を名乗っている」
「……問いの意味が分からんな」
「ベアルドルフは戦争孤児で、。あいつの家族はシャルとミカルラだけだ。その上でもう一度訊く」

 耳を押さえるダウバリフを渦巻くように、無数の糸が唸りを上げる。

「死者を冒涜してなんのつもりだ、貴様」

 猛禽類じみた瞳が、竜王を前にした時より鋭い光を灯した。
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