家に帰りたい狩りゲー転移

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4章

(19)天空へ

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 エラムラとバルド村を往復しながら、レオハニーによる地獄の訓練に勤しむこと約一週間。ようやく俺たちはオラガイア行当日の夜を迎えた。

 エラムラの東門の上に設置された飛行場は、マチュ・ピチュの段々畑跡とよく似た形状をしていた。船の着陸部分は平坦になるよう石畳で舗装され、崖から人が落ちないように低い石塀で囲われている。

 俺はその石塀に腰掛けながら、月のない晴れた夜空をじっと見つめた。

「飛行便って言ってたけど、飛行船が来るのか? まさかドラゴンに乗るんじゃないだろうな」
「来れば分かるよ」

 アンリは落ち着きのない子供を宥めるように言い、俺の隣に座りながら弓の手入れを始めた。そして反対側の隣では、俺と背中合わせになるように座ったエトロが、崖の方に足をぶらぶらさせていた。

「しかし、なんで新月なんだろうな? 大抵は明るい満月の日を選ぶだろうに」
「さぁね。満月だとドラゴンも活発になるからとか?」
「――満月はダアト教にとって不吉の象徴でもありますから」

 と、会話に入ってきたのは、カソックのような服装に身を包んだ里長だった。その隣には、ドレスに身を包んだシュイナもいる。

「満ちたものが欠けていくのは、終わりの始まりであり、いずれ来る終末の日を連想させます。終末を避けたいダアト教にとっては縁起が悪いんですよ」
「へぇ……狩人とは全く逆なんですね」

 顎に手を当てながら感心するアンリに、ロッシュはにこりと笑みを浮かべた。アンリの笑顔はどことなく圧を感じるが、ロッシュの笑みは少し薄っぺらい。かなり失礼な話だが、腹黒さを前面に出したアンリの方が俺としては取っ付きやすくて好ましかった。

 ドミラスがエラムラに来てからというもの、ロッシュの仕草にはどこか拙さがある。それが余計にロッシュの軽薄そうな笑みを強めている気がした。

 しかしどんな心象であれ、失礼な気持ちを表に出すほど俺は子供ではない。

「ロッシュさん。こんばんは」
「こんばんは。迷子にならずに済んでなによりです」
 
 そう言って笑うロッシュの格好は、普段より豪華な装飾に包まれていた。丈の長いケープと逆さの十字模様も合間って、どこかの偉い司祭のようにも見える。こうして見ると、ダアト教の幹部というのは俺が思っている以上に偉大な人なのかもしれない。
 
 そんなことを考えていると、飛行場の外に集まった群衆の方からロッシュを呼ぶ民衆の声がした。尊敬の混じった大勢の声に対して、ロッシュは小慣れた仕草で手を振った。途端、群衆が大きく手を振りながらわぁっと沸き立った。聞いているだけで喜びが伝播していくような、幸福に満ちた声援であった。

「大人気ですね」
「ええ。里長としては本当にありがたい事です」

 ロッシュは目尻を和らげながらそう言うと、すい、と視線を上へ向けた。俺もつられてそちらを見上げると、星が満ちる紫紺の空に、小さな影が浮かんでいるのが見えた。
 
「あ、何か近づいてくる……」

 ひゅうひゅうと木枯らしのような音を立てて、謎の浮遊物が飛行場の崖部分に停泊する。大きな図体が急ブレーキをかけた反動で、飛行場の砂がつむじ風に攫われた。

 空の向こうから飛んできたのは、骨で作られた帆船だった。

「これが飛行船!?」
「正確には竜船です。風の王の化石から削り出したもので、半永久的に風を生み出すことができるんですよ」
「すごいな」
 
 ロッシュからの説明を受けている間に、竜船の腹から布のようなタラップが降ろされた。足で踏むとふわふわと靡くが、全体重を乗せても破れることはない。魔法のじゅうたんが存在するなら丁度このような感じだろう。

「チケットを拝見いたします」

 入場口にいた中世的な軍服を着た男に促され、俺は後ろにメンバーが揃っているのを確認してから、全員分のチケットを渡した。チケットが男の手に触れた瞬間、黄金のたんぽぽの綿毛が満ち溢れ、あっという間にチケットがほどけて消えてしまった。代わりに俺と、後ろに並んでいたエトロたちの手の甲に金色の糸が蟠り、シールのように張り付いた。

「水族館の入場スタンプか?」
「ふっ」

 レオハニーの方から笑い声が聞こえた。日本のネタがストレートに伝わっただけなのに、少し顔が熱くなる。

 全員にチケットの刺繍が移った後、俺たちはついに竜船の上へと足を踏み入れた。
 
「ここからオラガイアまで半日かかります。到着までごゆるりと空の旅をお楽しみください」

 男が優雅にお辞儀をした瞬間、エレベーターの初動のように重力が圧し掛かった。まもなくゆっくりと竜船が浮上し、ひゅうひゅうと特徴的な音が船全体を包んだ。

 やがて重々しい機械の作動音がして、船首の方から風の膜が広がり始めた。船全体がその膜に包まれると、特徴的な風切り音が微かに聞こえるのみとなる。

「防音?」

 俺が首を傾げると、ドミラスが腕を組みながら頷いた。
 
「ああ。竜船には遺跡から発掘したカラクリが搭載されている。風だけじゃなく、中位ドラゴンの突進ぐらいなら余裕で防げる」
「へぇーすげー」

 ブオオオオオ……。
 
 船首に乗った竜の顎門から角笛が震えるや、一気に竜船の速度が上がる。

 俺はいても立ってもいられず、竜船の手すりに飛びついて外を見下ろした。同じくシャルが身を乗り出して、離れゆくエラムラの里に感嘆する。

「凄ぇ……もうこんなに高く……!」

 たった数秒の間に、エラムラの里は拳サイズにまで小さくなっていた。月明かりに染まった白い英雄の丘と、海のような高冠樹海、そしてエラムラの西側に広がる青く輝く草原がすべて一望できる。

「――――」

 聞こえないはずのシャルの声が一瞬だけ耳を掠めた。驚いてそちらを見ると、青い草原を見つめながら寂しそうに微笑むシャルの横顔がある。

 あの青い草原で、シャルはたった一人の大切な友人を失った。

 俺は見てはいけないものを見た気分になり、外の景色へ視線を戻した。だが隣にいる寂しそうな友人を放っておけるわけもなく、意を決して片腕でシャルを抱きしめた。

 視界の端でシャルが目をまん丸にしながら見上げてくる。むず痒さを堪えながら黙って身を寄せると、シャルは顔を伏せながら目元を拭い、思う存分俺に抱きついた。

 やがて、シャルが見つめていた青い草原が、低空にいた雲に飲まれて消えていく。故郷が見えなくなった後も、俺たちは体温を分け合いながら地平線を眺めていた。


 
 ・・・―――・・・



「リョーホ! 見てみろ! 空に島があるぞ!」

 客室のベッドで踏ん反り返っていたら、エトロがノックもせずに部屋に飛び込んできた。俺は仰向けで足を組んだ体制のまま目を剥いた後、おずおずと身を起こしながらどうにか返事をした。

「お、おおそうか。じゃあ後で……」
「いいから来い!」
「うぎゃ!」
 
 鼻息荒く目を輝かせながら、エトロは容赦なく俺の腕を引っ張り、持ち前の筋力で甲板まで引き摺り出した。
 
 甲板にはすでにほとんどの乗客が集まっていた。彼らが一心に見つめる先には、雲間から見えてくる島の片鱗がある。

 風の王トルメンダルクの化石、その右翼の先端だ。

 ──かつて数百年前、先祖返りのトルメンダルクがいた。その竜王はあらゆる大地を訪れ、その地の竜王種をことごとく撃ち破った強者だった。

 トルメンダルクは全ての大地を平定し、ドラゴンの王として君臨した。晩年には単騎でマガツヒに挑み大地を守ろうとしたが、激闘の末にあえなく相打ちとなった。

 死したトルメンダルクは、肉体が朽ちて骨だけになってもなお、強大な菌糸だけは失わなかった。やがてその菌糸は周囲の大地すら浮かせ、その地に暮らしていた人々を丸ごと天空へ連れ去った。

 人々は地上に降りることなくトルメンダルクの化石の上で生き続け、長い歳月をかけて大都市を築き上げた。

 偶然と奇跡の産物。

 あれこそが空中都市オラガイアだ。



 ・・・───・・・


 
 王冠、大樹、魔法使い、月と星。様々な形を模したステンドグラスが色彩豊かに輝いている。真っ白な煉瓦のキャンバスに色付きの影が差し込んで、道端は常に賑やかだった。

「それでは、僕は会議の準備がありますからここでお別れです。皆さんはゆっくり楽しんでくださいね」

 オラガイアの中心部にあるビート公園にて、ロッシュはシュイナを連れて足早に去っていった。彼が向かった先には要塞じみた巨大な大聖堂があり、見るからに国会議事堂と同じような施設だと分かる。大聖堂の中へ入る他の人間も、豪華な装いからして貴族だと一目で判別できた。

「なんか、里長って政治家だったんだな」
「何を当たり前なことを言っているんだ?」

 真顔でエトロにツッコまれ、アンリからは馬鹿を見るような目を向けられる。辛辣な視線の筵に晒されて、俺は小さく縮こまる。情けない俺の姿を見たレオハニーは、まるで小動物でも見るような生ぬるい目つきになった。

「仲が良さそうで何よりだ。では私も行くよ」

 そのまま背を向けてしまったレオハニーに、エトロが虚をつかれたように声を張った。

「え、師匠! 一緒に行くのではないのですか?」
「私も大聖堂に用事があるから。みんなとはここでお別れだね」
「そんな……」

 ガックリと肩を落とすエトロを、シャルが心配そうに慰める。レオハニーは二人をじっと眺めた後、不意に俺の耳元へ唇を寄せた。

「何かあったらすぐに呼んで」
「……まるで確実に事件が起きると知っているみたいですね」
「君も知っているくせに」

 くすり、と耳たぶに吐息がかかり、くすぐったさと謎の恥ずかしさで首筋が泡立つ。レオハニーは俺の反応を楽しんだ後、颯爽と大聖堂へ歩き出した。

 やっぱりレオハニーのことは苦手だ。俺は耳を片手で押さえながらため息をついて、くるりと仲間の方へ振り返った。

「……さて、俺たちも行こう。ドクター、武器屋ってどこだ?」
「こっちだ。信用できる鍛冶士がいる」
「二十年前の記憶だろそれ。まだ生きてるのか?」
「二十年でくたばるような男じゃない」

 ドミラスは自分のことのように自信満々に言うと、手招きをしながら俺たちを案内し始めた。

 オラガイア中央にあるビート公園から、南にあるトルメンダルクの尾てい骨方面へ向かう。表通りの整備された道から裏路地へ入っていくと、島と同化した化石と、数百年前の大地が道の表面に剥き出しになっていた。長い間地上から隔離されていたせいか、見たこともない植物ばかりが生えている。しかもその中には絶滅危惧種の花まで存在していた。

 トルメンダルクの化石が見え隠れする花の小道を抜けると、老舗ばかりの古い商店街に出た。店の数は田舎レベルの少なさで、土地が有り余っているのが素人目でも分かる。

 オラガイアともなれば、天空に住みたがる貴族が好き勝手に土地を買い上げそうなものなのに、なぜ空白地がこれほど残っているのだろう。

 その疑問を口にしてみると、

「この辺りは国王指定の伝統保護区域だ。いくら金を積んでも認可されん」

 とドミラスから簡潔な説明がなされた。そして話を聞いていたシャルが、サラサラとメモ帳に鉛筆を走らせて俺に問いかけてきた。

『リョーホはここに住みたいの?』
「天空ってだけでも心惹かれるだろ? なぁアンリ」

 したり顔で手を出せば、アンリは無言で俺とハイタッチをした。やはり男子たるもの、ロマンある家に一度ぐらいは住んでみたい。

 だがシャルは俺たちの気持ちが全く理解できなかったらしく、しきりに首を傾げていた。エトロもまた顰めっ面で、地面をつま先で突きながらジト目になった。

「どう見たって不便ではないか。馬鹿なのかお前たちは」
「ちょっと地面が遠いだけだろ? いいじゃんドラゴンに襲われずに暮らせるし」
「むう……」

 どうやら反論できないようで、エトロは不服そうに石ころを蹴飛ばした。

 コロコロと転がった石は島を囲う柵の下を潜り抜け、真っ逆さまに落下していった。

 それを目で追っていたエトロの目がきゅうっと猫のように小さくなる。俺は落下した小石とエトロとを見比べ、もしやと顔を覗き込んだ。

「もしかして高いところ苦手なのか?」
「……さっさと行くぞ!」

 急に大きな声を出しながら、エトロは道のど真ん中を陣取って歩き出した。

「あいつも苦手なものあったんだな」

 しみじみと呟きながら、俺は大股で目的地に急ぐエトロを追いかけた。

 決して顔には出さないが、エトロの知らなかった一面に俺は少しだけ舞い上がっていた。俺の一方的な想いだとしても、ほんの少しエトロに近づけたような気がしたから。
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