家に帰りたい狩りゲー転移

roos

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4章

(8)手繰り踊る

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 真夜中にバルド村に帰った後、俺は眠っているシャルと同じベッドで一晩中ぼんやりと天井を眺めていた。情報を整理できない頭は常に昂っており、寝ようと思って寝られるような状態ではなかった。

 俺がバルド村からいなくなった後、シャルはすぐに異変に気づいて俺を探そうと外に飛び出したらしい。その時たまたま外にいたレオハニーに声をかけられ、メモをちぎって俺を探すように頼み込んだようだ。その後、俺が帰ってくるまでの間は気が気じゃなかったらしく、シャルはアパートの前でウロウロと猫のように彷徨っていた。

 かつてシャルは、実の祖父から見捨てられる形でエラムラに放置されたのだから、今度は俺に捨てられるんじゃないかと不安だったのだろう。幼い子供に二度も同じ苦しみを味わわせるところだったと知って、俺は深く反省した。

 シャルは帰ってきた俺に何度か頭突きをした後、一晩だけ一緒に寝るという約束をして許してくれた。無防備に眠っているシャルを見ていると、自分の悩みがどうでもよくなってくるから不思議だ。

 シャルは俺を殺したベアルドルフの娘だが、だからといって今まで過ごした時間を憎いと思うのはお門違いだ。そう気づいたのは、ヨルドの里でメモを見た時だった。

 ベアルドルフは憎い。だが憎しみだけではない。それと同じように、シャルの全てを好きになる必要はない。今はこれでいいのだ。

 誰に言うでもない言い訳をして、俺は夜が明けるのをじっと待ち続けた。



 ・・・───・・・



 鳥の囀りが微かに聞こえる時間になったころ、俺はシャルを起こさないようにベッドを降り、身支度を整えて外に出た。

 キノコライトで照らされた廊下を出ると、徹夜明けの朝日が薄暗い渓谷の切れ目からはみ出して、鋭く俺の瞳を焼いた。清々しい朝の陽ざしがこれほど忌々しいと感じる日が来るとは、自分の情緒の乱れ具合に苦笑したくなる。

 部屋を出る前に、シャルには書置きを残しておいたので、夜中のように泣きじゃくるようなことはないだろう。彼女には心配をかけた分、子供らしく寝坊して欲しい。その間に俺は、いつもの俺に戻れるよう努力する必要がある。

 睡眠不足の重い頭を押さえながら階段を上っていると、上層の訓練場でエトロが鍛錬に勤しんでいるのが見えた。舞うような足運びで身体が翻るたびに、エトロの水色の髪が朝日を浴びて水面のように煌めいている。天女の羽衣にも見えるシルエットを見つめながら階段を上り切ると、エトロは構えを解いて俺の方へ振り返った。
 
「おはよう。リョーホ」
「おはよう」

 ぼんやりとした返事をすると、エトロは顎の汗を拭いながら淡く微笑んだ。不覚にもその表情に息が止まり、俺は重い瞼を伏せながら笑みを返した。こんな状況でも彼女に恋をするなんてどうかしている。
 
「やあ、今日も辛気臭い顔してるね。しばらく狩人家業が休みなのが嫌なのかい?」

 階段の上から揶揄うようなアンリの声が降ってきて、俺は手で庇を作りながら肩をすくめた。
 
「そうかもな。そろそろ思いっきり身体動かしたいよ」

 ヤツカバネの討伐を終えてからこの二日間、事後処理で手一杯なギルドには依頼休止のお願いが張り出されているのでバルド村には仕事がない。しかも昨日の夜はマリヴァロンに喧嘩を吹っ掛けたタイミングで水を差されてしまったし、俺の中で燻っている不完全燃焼をどこかで相殺してしまいたかった。
 
「なら丁度いい。今日の午後に師匠から稽古をつけてもらうんだが、リョーホも一緒にどうだ?」
「あーうん……」

 エトロの申し出に目を泳がせると、アンリが訓練場の武器の調整をしながら不思議そうに言った。
 
「なんだよ、はっきりしないね。レオハニー様と喧嘩でもしたのかい?」
「そういうんじゃないけど、師弟水入らずのところに俺が入るのもなぁ」
「何を言ってるんだ? お前も師匠の弟子だろう」
「……そういやそうだったかも」

 正式に弟子にすると明言されていないが、周りの人がそう思っているのならそうなのだろう。しかし昨日のことがあるのでなんとなく顔を合わせるのは気まずい。

 しかめっ面で虚空を見上げる俺を見て、エトロは片頬で笑いながら言った。
 
「師匠が恐れ多いなら、私が代わりに稽古をつけてやる。私はお前の姉弟子だからな」
「へいへい。頼りにしてるよ姉弟子様」

 適当な返事をすると、エトロの手元から戯れに伸びた槍の尾が、羽のような軽さで俺の額を叩いた。今日はやけにご機嫌らしい。

 そんなことを思っていると、下層に続く階段の方から慌ただしい足音が駆け上がってきた。

 そちらへ目を向けてみれば、診療所で絶対安静を言い渡されたはずのハインキーが、簡素なシャツとズボン姿で階段の手すりに寄りかかっていた。

「ハインキーさん? まだ動いたら危ないですよ?」
「そ、それどころじゃない! お前らドミラスを見なかったか!?」
「え……ドクターが目覚めたんですか!?」

 予想外の名前が飛び出してきて、俺の思考に掛かっていた靄が一瞬で吹き飛ぶ。霧散した魂が戻ってくるにはそれなりの時間がかかると思っていたのだが、たった二日で目覚めるなんてあまりにも早すぎる。

「い、いつ目覚めたんですか!?」
「ついさっきだ。アメリアに看病してもらっている時にいきなり診療所に顔を出してきてな、顔を見るなり老けてるとか失礼なこと言って、すぐ外に行っちまったんだよ」

 相変わらずの言動の意味不明さに俺はアンリと一緒に脱力した。ハインキーを撒けるほど元気に動き回れるのなら、今すぐ探さなくともすぐに帰ってきそうな予感がする。少なくとも、ハインキーが傷を押してまで村中を探し回る必要はない。

「事情は分かりましたから、ハインキーさんはすぐにベッドに戻ってください。アメリアもきっと心配してますよ」
「む……そうだな。けどちょっとな、ドミラスの様子がおかしかったもんで」

 歯切れの悪い事を言いながらハインキーが頭を掻くと、アンリはジト目になって即座に言い返した。
 
「いやいや、いつもおかしいでしょあの人」
「そうじゃなくて、なんといえばいいか……落ち着きがない?」
「それも通常運転だな」

 エトロからもばっさり言われてしまい、ハインキーは面目なさそうに笑った。

 瞬間、訓練場の手すりに銀色の光が反射する。なんとはなしに俺がそちらを見れば、銀色の糸がしゅるしゅると音を立てながら手摺に絡まり、ぐんっと張って何かを引き上げた。忍者のような身軽さで下層から一気に上がってきたのは、ついさっき話題に上がっていた変人だった。

「ドクター、普通に上ってこれないのかよ」

 けらけら笑いながら茶化してみると、ドミラスは猛禽類じみた瞳で俺の顔を凝視し、空想上の生物を目の当たりにしたように硬直した。

「なぜお前がここにいる……浦敷博士」
「……え?」
 
 浦敷。異世界転移してからはめっきり呼ばれなかった俺の苗字は、他人のような響きを伴って俺の脳内で反響した。
 
 ――それにしても博士に本当にそっくりね。若いころの博士のままでびっくり。

 そうだ。俺を博士と呼称するのはベートだけだ。

 だが、そんなはずはない。ドミラスはベートと違って生粋の新人類であり、NoDとは無関係のはずだ。予言書に精通していたり、俺の地球の話を素直に聞き入れてくれるのは、単純にドミラスがそういう性格だったからに他ならない。

 ……本当に、そうだろうか。最初から地球があると知っていたから、俺を懐柔するために理解を示したふりをしたのでは。

 俺は不穏な思考を振り払うように首を振って、改めてドミラスへ声をかけた。
 
「ど……ドクター、どうしたんだ?」

 精いっぱいの笑みを張り付けたまま呼びかけると、ドミラスは眉間にしわを寄せたまま視線を落とした。人から目を逸らすなんてドミラスらしくない。まさか抜けていた魂が何かと混ざり合ったまま肉体に戻ってしまったのだろうか。

 不安に思った俺は、ヤツカバネの菌糸能力──『看魂』を発動したが、魂のオーラは俺たちと同じく正常に身体を満たしていた。何かが歪んでいたり、色が混ざっているような不具合は見られない。

 攻めあぐねるような沈黙にしびれを切らし、エトロが石突を床に叩きつけながら声を荒げた。

「おいドミラス、悪ふざけも大概にしろ。ハインキーに心配を掛けさせておいて、一言も謝らないのはどういう了見なんだ」
「マリーナか? いや、しかしそのくらげ頭は……エトロ、なのか?」
 
 聞き覚えのない名前に首をかしげたのは俺だけだった。アンリとハインキーは揃って息を呑み、エトロはさっと血の気を消して目じりを強張らせた。
 
「……私の母はとっくに死んでいる。十二年前のスタンピードでな」
「スタンピードだと? ヨルドの里が狙われるわけないだろう。悪趣味な冗談だな」
「悪趣味なのはあんたの方だよ。いくら病み上がりでも、そんな冗談は面白くない」

 アンリが咎めるように続けると、ドミラスは大きく目を見開いてもう一度俺を見た。エトロとアンリは悪戯だと思っているようだが、俺にはどうも演技とは思えなかった。ハインキーもそれは同じらしく、困惑しながらも大きな背を丸めてドミラスに目線を合わせた。

「一体、さっきからどうしたんだ? 目が覚めたばかりで混乱しているにしても、なんだか別人みたいだぞ?」
「……そうだな。お前の指摘はあながち間違いじゃなさそうだ」
「どういう意味だ?」

 俺の問いに対して、ドミラスは居心地が悪そうに腕を組んだ後、全員の顔を見渡しながらこう言った。
 
「原因はいまいち分らんが、俺はお前たちの知っているドミラスではないらしい」

 一呼吸おいて、猛禽類の瞳が頼りなく虚空を泳ぐ。
 
「これがタイムスリップでないのなら、記憶喪失……なんだろうな」
「「「「……は?」」」」

 その意味を理解するまできっかり三秒を要した後、俺たちは間抜けな声を上げた。
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