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3章
(17)不穏な気配
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上位ドラゴンをただのボスモンスターだとするならば、竜王はイベントに出てくるレイドボスだ。
竜王の種類はたったの五つ。
炎の王、ディアノックス。
水の王、マルスリヴァロン。
土の王、ヤツカバネ。
風の王、トルメンダルク。
雷の王、レジドナ。
このうち、いずれか三体を討伐すれば、採集狩人は守護狩人に昇格できる。
鬼畜難易度を誇る竜王討伐だが、とりわけヤツカバネはプレイヤーにかなり嫌われていた。オンラインマルチでヤツカバネとかち合った時、一時期は高確率でメンバーが回線切りするほどの酷さである。
ぶっちゃけ、俺もヤツカバネが大嫌いだ。
直撃すれば即死。掠めた部位は壊死。クソみたいな攻撃ばかりしてくるのだから、好きになる方が難しい。
過去の俺は武器の素材を集めるため、二十体近くヤツカバネを討伐したが、苦手意識は残ったままだ。ゲームであれば奴の攻撃を全て見切れる自信はあるが、現実でそれを再現できるかと言われたら、難しい。
できることなら、竜王同士の縄張り争いで勝手に自滅して欲しいものだ。
しかしそんな泣き言も言っていられないのが異世界なわけで。
「はぁーこえぇー!」
俺は某ジュラシックな映画でしか見たことがない超巨大生物の足跡の前で、甲高い悲鳴を上げた。
採集狩人試験の時にもこういった足跡を見たが、以前に見たものより明らかに大きい。
「竜王の足跡だ。追うぞ」
ドミラスの先導に続いて、俺たちは足跡に沿って進軍する。
足跡の直径は五メートル。ここからヤツカバネの全長を割り出すと、約四十メートルほど。地球のチタノサウルスとほぼ同じ大きさだ。
これからそんな巨大な化け物を仕留めに行くと思うと、俺の足取りが一気に重くなった。
ハインキーとレビク村の人々を救うため、と高い志を掲げたものの、俺の本質はまるで成長していない。討伐隊を組んだことを少しだけ後悔したが、ハインキーを見殺しにした方がもっと後悔するはずだ、と何度も自分に言い聞かせる。
「またビビってんのおっさん」
「おっさんじゃないって」
二日ぶりに顔を合わせたレブナに背を叩かれ、俺は前のめりになりながら声を荒げた。
レブナは花冠を揺らしながらにへらっと笑うと、肘でぐりぐりしながら揶揄ってきた。
「辛気臭い顔しないのー。シュイナが来れなかったのまだ怒ってるー?」
「違うよ。シュイナは事情があって里から出られないんだろ? エラムラから貴重な戦力貰っただけで十分だって」
「なら堂々としてなって! ……英雄の卵様を見に来た子もいるんだからね」
小声でそっと付け加えられた言葉に、俺は思わず狩人たちの顔ぶれを振り返る。確かに、レブナが連れてきてくれた狩人の何人かはそわそわしている。今にも握手を求めてきそうだ。
俺は内心でギョッとしながら、レブナに冷めた目を向けた。
「俺は英雄じゃないよ」
「まだ、ね」
レブナは達観した微笑を浮かべ、するりと隊の最前列へ移動した。俺の弱さはクラトネール戦で散々思い知っただろうに、どうしてあそこまで期待しているのか訳がわからない。
「けど妙な話だよねぇ」
「うおっ」
いきなり横から声がして俺は軽く飛び退いた。そこには、鼻から左顎にかけて深い傷跡のある女性がいた。
バルド村の酒場で、何度か飯を奢ってくれた落獣のミッサだ。三竦みの面々はハインキー以外気配が薄いため、話しかけられるまで全く気づかなかった。
「お、脅かさないでくださいよ」
「お前さんはいっつも子兎みたいに驚くから楽しくてさ」
「俺で遊ばないでください! それより、妙な話って?」
怒りより興味が優って問い掛ければ、ミッサは長い灰色の髪を後ろに流しながら、酒に焼けた声で言った。
「竜王ってほら、滅多に人里に降りて来ないし、人間よりドラゴンを好んで食べるだろ? この時期なら冬眠の準備で食い放題だってのに、なんでわざわざレビク村を襲ったんだろうってさ」
「言われてみれば……」
竜王は動き回るだけで地形と生態系が激変する厄介者だが、普段は秘境の奥地から全く出て来ない。人間もわざわざ竜王の怒りを買わないように、縄張りの外で集落を作っているのだ。
最前線を維持するバルド村でさえも、上位ドラゴンの討伐は推奨するが、竜王には手を出さない方針だった。それほどまでに、竜王との戦闘は避けるべき一大事なのだ。
そのため、今回のように竜王から人間を襲ってくるのはかなり珍しかった。
俺は眉間に皺を寄せながら憶測を口にした。
「レビク村にいた学者が、誤って竜王の縄張りに入っちゃったとか考えられませんか?」
「──否」
「うおぉ」
ぬっと俺の斜め後ろから、真っ黒な男が顔を出してくる。フードの下をよく見てみれば、夜気楼ゼンだった。
ゼンは三竦みの中でも一番背が高く、まるで黒豹が二足歩行しているような迫力のある人だ。常にフードとマフラーで顔を隠しているため、ゼンの素顔はまだ見たことがない。
そんな彼は俺を驚かしたことに全く気づいていない様子で、平然と話を続けた。
「ヤツカバネは薄暗く湿った場所を好む。が、もっと北のアオオリの里付近を縄張りとする」
「じゃあ、ヤツカバネの縄張りも、ずっと北の方にあるはずですね」
ちなみに、アオオリの里はガルラ環洞窟を越えて遥か先、人間の足では一ヶ月掛かる距離にある。
「やっぱり妙な話だねぇ。ヤツカバネは遠路はるばる北からレビク村を襲いに来たってことになるじゃないか」
「然り。そしてこのタイミング、エラムラの戦力が削がれるのを待っていたと見える。何者かの策略と思わぬか」
「まぁたゼンの陰謀論が始まったねぇ」
ミッサはゼンの話を軽く受け止めているようだったが、俺はすぐにベートの予言書に思い至った。
「救済者が来ているのかもな」
そう口にすれば、ミッサの表情も神妙なものとなった。
「予言書の中の登場人物様かい。本当に実在するならこの手でぶっ殺してみたいもんだよ」
「ミッサ」
「なんだい。ゼンは心配性だねぇ。ちゃんとお前の分まで取っておくさ」
「そういう意味ではない」
なかなか物騒な二人の会話に苦笑しながら、俺は口の中が乾いていくのを感じた。
エラムラ防衛戦でニヴィを連れ去った謎の黒幕が、今度は俺に狙いを定めているような気がする。
頭の中では、変えることのできない予言書の結末と、救済者と鍵者、機械仕掛けの世界の謎の関係がてんでばらばらに動き回っている。
俺が本当に鍵者なら、今やろうとしていることと真逆のことをすれば、未来を変えられるのだろうか。しかしその行動も予言書に書かれていたとするなら、このまま自分の思いに従うべきか。
ヤツカバネ討伐はハインキーのためにも成功させなければならない。だが、救済者がヤツカバネ討伐を仕組んでいたとしたら、素直に倒しても大丈夫なのだろうか。
俺の選択のせいで、ここにいる皆が死んでしまうのなら。
「リョーホ」
とんと背中を叩かれ、微かに浅くなっていた呼吸が深くなる。俺の後ろにはアンリとシャルが、仲良く手を繋ぎながら歩いていた。
「緊張するにはまだ早いよ。真っ直ぐ歩け」
「アンリ……」
また気遣われてしまったと反省していると、シャルがトコトコと近づいてきてノートを見せてくれた。
そこには、ヤツカバネらしきドラゴンの上で武器を掲げて喜ぶ俺たちの姿が描かれていた。
「っはは、意外とよく書けてる」
可愛らしい絵に笑い声をあげると、ぼすっと脇腹を軽く殴られた。一言余計だったらしい。
俺は頬をむくれさせるシャルの頭をくしゃくしゃと撫でて、自然と笑顔になった。
「ありがとな」
シャルは一瞬目を見開くと、ご機嫌に飛び跳ねてから俺に抱きついた。
「わお、犯罪臭」
「おいアンリ」
「子供から来てるから合法だよ。多分ね」
「ミッサさんまで!」
ミッサは豪快に笑った後に「冗談冗談」と申し訳程度に付け加え、むにむにとシャルの頬をこねくり回した。
「子供は大事にしたくなっちゃうからさ。揶揄いたくて堪らないのさ」
シャルはきょとんとミッサを見上げると、恥ずかしそうに俺の服に顔を埋めた。
「見えてきたぞ!」
先頭を歩いていた狩人から声がして、俺たちの視線が前方へ集中する。
鬱陶しいほど深い樹海の向こう側に、ついに日光の切れ目が見えた。木の合間を縫ってその先に出ると、一堂から息を呑む気配がした。
五日前に俺が見た、死骸でできた黒い地平だ。ポツポツと雑草や幼木が生え始めているが、中心部はまだまだ平らだ。今は日が高いため、以前よりも黒い色がゴムかCGにしか見えなかった。
誰もが踏み入るのを躊躇っていると、ドミラスが平然とそこに入り、俺たちの方へ振り返った。
「ここが目的地だ。予定通り、もう一度作戦概要を説明する。これが最後のミーティングだ。一つも聞き逃すなよ」
俺たちはこれより二手に分かれる。捜索部隊は北東へ。建築部隊は、この近辺で作戦の要となる塔を組み立てる。
なぜ塔を作るのか。それはヤツカバネの急所をできるだけ長く露出させるためだ。
滅多に現れないクラトネールと違って、ヤツカバネには討伐方法が確立されている。
方法はまず、ヤツカバネを崖や山の側に誘導し、高台へ向けて捕食行動を誘発させる。その際、ヤツカバネが急所である『凝魂結晶』を曝け出すため、高台下に隠れていた高火力メンバーで総叩きにする。これを何度か繰り返し、凝魂結晶を破壊できれば、あとは消化試合だ。
凝魂結晶とは、いわば車の燃料タンクである。ヤツカバネは巨大な肉体を維持するに莫大な魂が必要で、それがなくなってしまえばただの重たい体だ。ヤツカバネの移動速度が一気に下がるので、攻略も容易になる。
今回のネックは、高台が足りないと言うこと。ガルラ環洞窟の山はほぼ絶壁で登るのが困難であり、高冠樹海の木々ではヤツカバネの身長に負ける。そのため、建築部隊が一から塔を組み上げねばならない。
一方、捜索部隊はヤツカバネの居場所を探し、奴が好むお香を炊いて作戦場所まで誘導、または、塔が完成するまでの時間稼ぎをする。
捜索部隊はヤツカバネの魂を追えるシャルを筆頭に、俺、エトロ、ドミラス、そしてゼンの五人チームだ。ヤツカバネとの長期戦が予想されるため、防御と機動のバランスを考慮した采配である。
残りのメンバー十五人は、建築能力持ちの狩人と共に塔の建築に集中する。塔は壊される前提なのでハリボテだが、できるだけ大量に用意しなければならない。
「ヤツカバネを発見次第、青い彩光弾を打ち上げる。建築部隊はそれを確認したら彩光弾から最寄りの塔に待機し、戦闘準備に入れ」
ドミラスは一通りの説明を終えると、猛禽類のような目を光らせながら声を張った。
「今よりヤツカバネ討伐作戦を開始する。捜索部隊はリョーホと共にヤツカバネを追う。残りはミッサの指揮下に入れ。散!」
指示と同時に俺たちは走り出す。ヤツカバネの巨大な足跡は、北西にあるヴァルジャラの滝へと続いていた。
竜王の種類はたったの五つ。
炎の王、ディアノックス。
水の王、マルスリヴァロン。
土の王、ヤツカバネ。
風の王、トルメンダルク。
雷の王、レジドナ。
このうち、いずれか三体を討伐すれば、採集狩人は守護狩人に昇格できる。
鬼畜難易度を誇る竜王討伐だが、とりわけヤツカバネはプレイヤーにかなり嫌われていた。オンラインマルチでヤツカバネとかち合った時、一時期は高確率でメンバーが回線切りするほどの酷さである。
ぶっちゃけ、俺もヤツカバネが大嫌いだ。
直撃すれば即死。掠めた部位は壊死。クソみたいな攻撃ばかりしてくるのだから、好きになる方が難しい。
過去の俺は武器の素材を集めるため、二十体近くヤツカバネを討伐したが、苦手意識は残ったままだ。ゲームであれば奴の攻撃を全て見切れる自信はあるが、現実でそれを再現できるかと言われたら、難しい。
できることなら、竜王同士の縄張り争いで勝手に自滅して欲しいものだ。
しかしそんな泣き言も言っていられないのが異世界なわけで。
「はぁーこえぇー!」
俺は某ジュラシックな映画でしか見たことがない超巨大生物の足跡の前で、甲高い悲鳴を上げた。
採集狩人試験の時にもこういった足跡を見たが、以前に見たものより明らかに大きい。
「竜王の足跡だ。追うぞ」
ドミラスの先導に続いて、俺たちは足跡に沿って進軍する。
足跡の直径は五メートル。ここからヤツカバネの全長を割り出すと、約四十メートルほど。地球のチタノサウルスとほぼ同じ大きさだ。
これからそんな巨大な化け物を仕留めに行くと思うと、俺の足取りが一気に重くなった。
ハインキーとレビク村の人々を救うため、と高い志を掲げたものの、俺の本質はまるで成長していない。討伐隊を組んだことを少しだけ後悔したが、ハインキーを見殺しにした方がもっと後悔するはずだ、と何度も自分に言い聞かせる。
「またビビってんのおっさん」
「おっさんじゃないって」
二日ぶりに顔を合わせたレブナに背を叩かれ、俺は前のめりになりながら声を荒げた。
レブナは花冠を揺らしながらにへらっと笑うと、肘でぐりぐりしながら揶揄ってきた。
「辛気臭い顔しないのー。シュイナが来れなかったのまだ怒ってるー?」
「違うよ。シュイナは事情があって里から出られないんだろ? エラムラから貴重な戦力貰っただけで十分だって」
「なら堂々としてなって! ……英雄の卵様を見に来た子もいるんだからね」
小声でそっと付け加えられた言葉に、俺は思わず狩人たちの顔ぶれを振り返る。確かに、レブナが連れてきてくれた狩人の何人かはそわそわしている。今にも握手を求めてきそうだ。
俺は内心でギョッとしながら、レブナに冷めた目を向けた。
「俺は英雄じゃないよ」
「まだ、ね」
レブナは達観した微笑を浮かべ、するりと隊の最前列へ移動した。俺の弱さはクラトネール戦で散々思い知っただろうに、どうしてあそこまで期待しているのか訳がわからない。
「けど妙な話だよねぇ」
「うおっ」
いきなり横から声がして俺は軽く飛び退いた。そこには、鼻から左顎にかけて深い傷跡のある女性がいた。
バルド村の酒場で、何度か飯を奢ってくれた落獣のミッサだ。三竦みの面々はハインキー以外気配が薄いため、話しかけられるまで全く気づかなかった。
「お、脅かさないでくださいよ」
「お前さんはいっつも子兎みたいに驚くから楽しくてさ」
「俺で遊ばないでください! それより、妙な話って?」
怒りより興味が優って問い掛ければ、ミッサは長い灰色の髪を後ろに流しながら、酒に焼けた声で言った。
「竜王ってほら、滅多に人里に降りて来ないし、人間よりドラゴンを好んで食べるだろ? この時期なら冬眠の準備で食い放題だってのに、なんでわざわざレビク村を襲ったんだろうってさ」
「言われてみれば……」
竜王は動き回るだけで地形と生態系が激変する厄介者だが、普段は秘境の奥地から全く出て来ない。人間もわざわざ竜王の怒りを買わないように、縄張りの外で集落を作っているのだ。
最前線を維持するバルド村でさえも、上位ドラゴンの討伐は推奨するが、竜王には手を出さない方針だった。それほどまでに、竜王との戦闘は避けるべき一大事なのだ。
そのため、今回のように竜王から人間を襲ってくるのはかなり珍しかった。
俺は眉間に皺を寄せながら憶測を口にした。
「レビク村にいた学者が、誤って竜王の縄張りに入っちゃったとか考えられませんか?」
「──否」
「うおぉ」
ぬっと俺の斜め後ろから、真っ黒な男が顔を出してくる。フードの下をよく見てみれば、夜気楼ゼンだった。
ゼンは三竦みの中でも一番背が高く、まるで黒豹が二足歩行しているような迫力のある人だ。常にフードとマフラーで顔を隠しているため、ゼンの素顔はまだ見たことがない。
そんな彼は俺を驚かしたことに全く気づいていない様子で、平然と話を続けた。
「ヤツカバネは薄暗く湿った場所を好む。が、もっと北のアオオリの里付近を縄張りとする」
「じゃあ、ヤツカバネの縄張りも、ずっと北の方にあるはずですね」
ちなみに、アオオリの里はガルラ環洞窟を越えて遥か先、人間の足では一ヶ月掛かる距離にある。
「やっぱり妙な話だねぇ。ヤツカバネは遠路はるばる北からレビク村を襲いに来たってことになるじゃないか」
「然り。そしてこのタイミング、エラムラの戦力が削がれるのを待っていたと見える。何者かの策略と思わぬか」
「まぁたゼンの陰謀論が始まったねぇ」
ミッサはゼンの話を軽く受け止めているようだったが、俺はすぐにベートの予言書に思い至った。
「救済者が来ているのかもな」
そう口にすれば、ミッサの表情も神妙なものとなった。
「予言書の中の登場人物様かい。本当に実在するならこの手でぶっ殺してみたいもんだよ」
「ミッサ」
「なんだい。ゼンは心配性だねぇ。ちゃんとお前の分まで取っておくさ」
「そういう意味ではない」
なかなか物騒な二人の会話に苦笑しながら、俺は口の中が乾いていくのを感じた。
エラムラ防衛戦でニヴィを連れ去った謎の黒幕が、今度は俺に狙いを定めているような気がする。
頭の中では、変えることのできない予言書の結末と、救済者と鍵者、機械仕掛けの世界の謎の関係がてんでばらばらに動き回っている。
俺が本当に鍵者なら、今やろうとしていることと真逆のことをすれば、未来を変えられるのだろうか。しかしその行動も予言書に書かれていたとするなら、このまま自分の思いに従うべきか。
ヤツカバネ討伐はハインキーのためにも成功させなければならない。だが、救済者がヤツカバネ討伐を仕組んでいたとしたら、素直に倒しても大丈夫なのだろうか。
俺の選択のせいで、ここにいる皆が死んでしまうのなら。
「リョーホ」
とんと背中を叩かれ、微かに浅くなっていた呼吸が深くなる。俺の後ろにはアンリとシャルが、仲良く手を繋ぎながら歩いていた。
「緊張するにはまだ早いよ。真っ直ぐ歩け」
「アンリ……」
また気遣われてしまったと反省していると、シャルがトコトコと近づいてきてノートを見せてくれた。
そこには、ヤツカバネらしきドラゴンの上で武器を掲げて喜ぶ俺たちの姿が描かれていた。
「っはは、意外とよく書けてる」
可愛らしい絵に笑い声をあげると、ぼすっと脇腹を軽く殴られた。一言余計だったらしい。
俺は頬をむくれさせるシャルの頭をくしゃくしゃと撫でて、自然と笑顔になった。
「ありがとな」
シャルは一瞬目を見開くと、ご機嫌に飛び跳ねてから俺に抱きついた。
「わお、犯罪臭」
「おいアンリ」
「子供から来てるから合法だよ。多分ね」
「ミッサさんまで!」
ミッサは豪快に笑った後に「冗談冗談」と申し訳程度に付け加え、むにむにとシャルの頬をこねくり回した。
「子供は大事にしたくなっちゃうからさ。揶揄いたくて堪らないのさ」
シャルはきょとんとミッサを見上げると、恥ずかしそうに俺の服に顔を埋めた。
「見えてきたぞ!」
先頭を歩いていた狩人から声がして、俺たちの視線が前方へ集中する。
鬱陶しいほど深い樹海の向こう側に、ついに日光の切れ目が見えた。木の合間を縫ってその先に出ると、一堂から息を呑む気配がした。
五日前に俺が見た、死骸でできた黒い地平だ。ポツポツと雑草や幼木が生え始めているが、中心部はまだまだ平らだ。今は日が高いため、以前よりも黒い色がゴムかCGにしか見えなかった。
誰もが踏み入るのを躊躇っていると、ドミラスが平然とそこに入り、俺たちの方へ振り返った。
「ここが目的地だ。予定通り、もう一度作戦概要を説明する。これが最後のミーティングだ。一つも聞き逃すなよ」
俺たちはこれより二手に分かれる。捜索部隊は北東へ。建築部隊は、この近辺で作戦の要となる塔を組み立てる。
なぜ塔を作るのか。それはヤツカバネの急所をできるだけ長く露出させるためだ。
滅多に現れないクラトネールと違って、ヤツカバネには討伐方法が確立されている。
方法はまず、ヤツカバネを崖や山の側に誘導し、高台へ向けて捕食行動を誘発させる。その際、ヤツカバネが急所である『凝魂結晶』を曝け出すため、高台下に隠れていた高火力メンバーで総叩きにする。これを何度か繰り返し、凝魂結晶を破壊できれば、あとは消化試合だ。
凝魂結晶とは、いわば車の燃料タンクである。ヤツカバネは巨大な肉体を維持するに莫大な魂が必要で、それがなくなってしまえばただの重たい体だ。ヤツカバネの移動速度が一気に下がるので、攻略も容易になる。
今回のネックは、高台が足りないと言うこと。ガルラ環洞窟の山はほぼ絶壁で登るのが困難であり、高冠樹海の木々ではヤツカバネの身長に負ける。そのため、建築部隊が一から塔を組み上げねばならない。
一方、捜索部隊はヤツカバネの居場所を探し、奴が好むお香を炊いて作戦場所まで誘導、または、塔が完成するまでの時間稼ぎをする。
捜索部隊はヤツカバネの魂を追えるシャルを筆頭に、俺、エトロ、ドミラス、そしてゼンの五人チームだ。ヤツカバネとの長期戦が予想されるため、防御と機動のバランスを考慮した采配である。
残りのメンバー十五人は、建築能力持ちの狩人と共に塔の建築に集中する。塔は壊される前提なのでハリボテだが、できるだけ大量に用意しなければならない。
「ヤツカバネを発見次第、青い彩光弾を打ち上げる。建築部隊はそれを確認したら彩光弾から最寄りの塔に待機し、戦闘準備に入れ」
ドミラスは一通りの説明を終えると、猛禽類のような目を光らせながら声を張った。
「今よりヤツカバネ討伐作戦を開始する。捜索部隊はリョーホと共にヤツカバネを追う。残りはミッサの指揮下に入れ。散!」
指示と同時に俺たちは走り出す。ヤツカバネの巨大な足跡は、北西にあるヴァルジャラの滝へと続いていた。
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