家に帰りたい狩りゲー転移

roos

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3章

(2)功績

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 全壊した翌日だというのに、エラムラのギルドはすでに日常業務を再開していた。内装はまだすっからかんで、ギルド職員たちは通常業務に加えて燃えてしまった依頼品の補填のために大わらわである。受付には依頼を受けに来た狩人が殺到しており、受付嬢が総出で列を捌いていた。

 俺とアンリは混雑を避けるため、レブナの案内で裏口からギルドに入った。廊下を走り回る受付嬢を避けながら二階に上がると、一階の賑やかさが一気に遠のき、装飾品の少なさも相まって物寂しい雰囲気になった。

「こっちだよ」
 
 レブナの声が閑散とした廊下に響く。この先にロッシュがいると思うと、俺は自然と厳粛な気分になった。

 ロッシュとはすでに面識があるとはいえ、相手はギルド長兼里長。失礼にならないようマナーを守りたいところだが、どうしたらいいかさっぱり分からない。そも、ろくに社会勉強もしていない一介の高校生が、目上の人への挨拶なんて知っているわけがないのだ。こんなことなら面接のやり方ぐらい真面目に教えて貰えば良かった。

 悶々と悩んでいるうちに、ついにギルド長室の前まで来てしまった。眠気と胃の痛みでどうにかなりそうだ。

 そんな俺の様子を見ていたレブナは、何を思ったか、一瞬だけ俺に微笑みかけるや勢いよく扉を押し開けた。
 
「ロッシュ様! リョーホとアンリを連れてきましたよー!」

 さっきまでの落ち着きはどこに行った!?

 俺の心の叫びが聞こえたわけではないだろうが、レブナは舌を出しながらウィンクをした。確信犯である。

「ほら、突っ立ってないで入るよ」
「お、おう」

 アンリにまで背中を押されてしまい、俺は締まらない気分のままギルド長室へと踏み入った。
 
 俺たちを出迎えたのは、オリエンタルで落ち着いた雰囲気の部屋だった。広さは六畳程度で家具が少なく、新品の木材とニスの香りが鼻先を抜ける。本棚には整然と木製のファイルが並んでおり、ロッシュのデスクにも真新しい書類の山が積み上がっていた。

 大きな窓を背に座るロッシュは、どこぞの文豪のような佇まいだった。

「来てくださってありがとうございます。お疲れでしょう。どうぞそちらに座ってください」
「ああ、はい」

 ロッシュが書類の山の間でお辞儀するのを見て、俺も恐縮しながらそれに倣った。
 
 面接かよ、と数分前にアークの放った台詞が脳裏でこだまして、俺はなんとも言えない気持ちになった。緊張の場面でくだらないことを思い出してしまうのは人間の性なのだろうか。

 ぼふん、と隣で音がする。俺より先に座ったアンリが、堂々と足を組んでふんぞり返っていた。

 なんだか、俺だけマナーに拘るのも馬鹿らしくなってきた。少なくともアンリより無礼な態度にはならないだろうと俺は腹を括って、柔らかな椅子におずおずと腰掛けた。

「リョーホさん」
「は、ハイ!」

 座った瞬間に名を呼ばれ、返事が裏返った。横でアンリが笑ったので肘鉄で黙らせ、内心震えながらロッシュを見る。幸い不敬に当たらなかったようで、ロッシュは一連のやり取りを見て生暖かく微笑んでいた。

「緊張していますね。話をする前にお茶をどうぞ」

 ロッシュが話している間に、いつの間にかレブナがテーブルにお茶を並び終えていた。白い陶器を満たす緑茶からは柔らかな湯気と透き通った葉の香りがする。

「こ、ここれはご丁寧にどうも」
「ぶふふ……っ!」

 緊張して震える俺を、またもアンリが馬鹿にする。俺はもう一発アンリの脇腹に肘鉄を喰らわしてから、陶器をそっと持ち上げた。

 舌先に伝わる味は緑茶そのものだ。懐かしい味に思わず涙が出そうになる。バルド村の飲み物は麦茶とレモンを混ぜたようなよく分からないお茶か、果物ジュースばかりだった。あれも悪くなかったが、やはり緑茶が優勝である。

 暖かなお茶で疲れが解けていく。ほうっと息を吐いたところで、ロッシュが不意にアンリに絵に描いたような笑顔を向けた。

「アンリさん」
「はい」
「ようやくご友人ができたようですね。おめでとうございます」
「エトロも友人ですが」
「おや、そうですか? エトロは違うと言っていましたが」
「ぶふぉ!」

 思わぬ伏兵に噴き出した瞬間、アンリに拳骨を落とされた。今のは俺のせいではないと思う。
 
 俺が咳払いで笑いを引っ込めたところで、ロッシュはようやく本題に入ってくれた。

「いきなりお呼びたてしてすみませんね。貴方にお渡ししたいものがありまして」
「渡したいもの?」

 ロッシュはレブナを隣に呼んで何かを持たせると、俺の下へ運んできた。恭しく両手で受け取ったそれは、討滅者の証とよく似た丸いバッジであった。

「これは?」
「全ての施設を無料で使える通行証です。エラムラのお店でそれを見せれば、金額に制限なく無料になります」
「へっ!?」

 それはつまり、エラムラの里でタダ飯を食っても良し、宿に何日でも入り浸っても良しという、ブラックカードもびっくりな特典ということだ。この通行証がある限り、エラムラの里に引っ越すだけで合法的にニートになれてしまうのではなかろうか。
 
「なん、ななな、ここここれをなぜ俺にですか!?」
「貴方が野戦病院でずっと治療に専念してくれたおかげで大勢の命が救われました。本当は式典を開いて正式にお渡しするべきでしょうが」
「アッイエ、当然のことをしただけなんで式典はやめてください……」
 
 いきなりとんでもないものを渡されて、俺の額からだらだらと汗が出てきた。野戦病院で治療しまくっていたのはただの成り行きで、人を助けたいという崇高な思いは微塵もなかった。もっと言えば、負傷者を『雷光』の実験台にしていたきらいがあり、いつ失敗して病院から追い出されるかビビっていたぐらいである。

 そんなクソみたいな人間が、こんな過大な評価を受けていいのか?
 
 俺が委縮しているのも構わずに、ロッシュはニコニコしながらさらに言葉を紡いだ。
 
「そう謙遜なさらず。貴方は治療だけでなく、巫女を助けてベアルドルフを退かせ、狩人たちを率いてドラゴンの群れからエラムラを守ってくださいました。これは誇るべきことです」
「……いや、ベアルドルフは勝手に退いただけですって。ドラゴンだって俺はほとんど戦わなかったし……」
「貴方にとっての事実がどうあれ、大衆の評価がそうなのですよ」

 ロッシュは包み込むような微笑みを浮かべて諭してきた。そういえば、ロッシュの『響音』をもってすれば、里の中で何が起きているかは把握できるのだった。彼は事実を知ったうえで、俺にこの評価を下しているのである。

 これ以上の謙遜は逆に失礼だと思い、俺は大人しく受け取ることにした。だが一つだけはっきりさせておかねばならないことがあった。

「あの、ドラゴン討伐はアークって人が引き受けてくれたんです。俺はその人にお願いしただけですから……」
「なるほど、ならばアークさんにも謝礼を用意いたしましょう。もちろん、それで貴方への謝礼が変わることはありません。安心してください」

 ロッシュは全く表情を変えず、台本を読み上げるような調子で言った。するとレブナがすすすっと俺の耳元に口を寄せ、すかさず補足してくれた。

「ロッシュ様はちゃんと鈴で把握してたから、心配しなくてもアークの分も用意してあるよー」
「レブナ」
「ひゃい! 失礼しましたっ!」

 レブナが背筋を伸ばしながら壁際に逃げていくのを見て、俺は頬を引きつらせるしかなかった。試された、というより、自分で外堀を埋めてしまった感じだ。どう足掻いても俺に受け取る以外の選択肢はないらしい。

 俺がおずおずと通行証をポケットに入れると、ロッシュは満足そうに頷いてから僅かに猫背になった。

「さて、リョーホさん。我々としては、通行証だけでは十分に貴方に酬いたと言えません」
「……つまり?」
「単刀直入に言いますと、富、土地、権利、どれでも構いません。貴方が望むものを、我々ができうる範囲で用意しましょう。もちろん、今すぐ決めていただかなくてもよろしいのですが」
「そ、そこまでします……!?」

 なんだか話が旨すぎて、俺は思わず腰を浮かしそうになった。

 俺は新手の詐欺に巻き込まれているのだろうか。俺以外の狩人だってエラムラの里に貢献していたはずで、自分だけがこんな風に取り立てられているのは明らかにおかしい。

「そ、そうだアンリ! お前もダウバリフと戦ってたじゃん! なんか貰ったか? じゃないと俺が貰うの絶対おかしくない!?」

 半ばパニックになりながら隣のアンリを省みると、なぜかアンリはアルカイックスマイルになって俺の肩を優しく叩いた。
 
「安心しなよ。ロッシュはリョーホに恩を売っておきたいだけだから」
「アンリさん。もう少しオブラートに包んでもらえませんか」
「あんたこそ欲丸出しすぎですって。言っておきますけど引き抜きはご遠慮願いますよ。レオハニー様の先約があるので」
「おや残念」

 ロッシュが肩をすくめた後、アンリとの間で一瞬火花が散った気がした。俺は謎のバトルに挟まれながら首を傾げる。

「……なんで私のために争わないで状態になってるんだ?」

 すると、壁際のレブナから馬鹿を見るような目を向けられた。
 
「おっさん……マジで自覚ないんだね……」
「おっさんじゃない。あと、お前にだけはそんな目で見られたくなかった!」

 しょうがないな、とアンリは呟き、膝をこちらに向けながら幼子に言い聞かせるように言った。
 
「いいかいリョーホ。君が日本とやらにいた時はどうだったか知らないけど、普通の治療じゃ千切れた腕が生えてきたり視力が戻ったりすることはありえないんだよ? ここまで言えば馬鹿な君でも分かるだろう?」
「……なんとなく。つまり、俺をお抱え治癒士として雇いたいってこと?」
「……大体合ってる」

 物凄い渋面で頷かれた。どうやら違うらしいが、ここまで来たら何が違うのかまで教えて欲しい。

 俺もしかめっ面でアンリを見つめていると、様子を見守っていたレブナが深々とため息を吐いた。

「アンリって人。おっさんから目離さない方がいいよ。お人好しすぎて逆に心配だよ」
「そうだね。俺もこんなにリョーホが世間知らずだと思ってなかった」
「そ、そこまで言わなくてもいいだろ……」

 昨日の戦争で自分の無知さ加減を散々思い知った後なのに、ここまで言われると流石の俺でも傷つく。だがアンリは謎の笑顔を俺に向けてサムズアップしていた。本気で意味が分からない。

 謎の空気感に陥ったところで、ロッシュがようやく助け舟を出してくれた。

「そろそろ本題に戻りましょう。リョーホさん、改めて貴方の望むものを聞かせてください」

 急展開に頭が追いついていないが、ともかく強制イベントなのは間違いないようだ。アンリがこれ以上何も言わないのであれば、これは詐欺ではなく真面目な話なのだろう。

 しかしそう言われても、欲しいものはすぐに思い浮かばない。武器ならクラトネールのお陰で入手済み。金もさほど困っていない。バルド村には自分のアパートがある。先ほどロッシュに貰った通行証だけで、俺の欲しいものはすべて叶ってしまうだろう。

 ……いや、一個だけやりたいことがあった。
 
 俺は逡巡した後、顔を上げてはっきりと告げた。
 
「ヨルドの里に行きたい」

 そう口にした途端、ギルド長室の空気が止まった。
 
「……それは、跡地を見たいということでよろしいですか?」
「『真実を知りたいならそこに行け』とベアルドルフが言ったんです。そこに行けば多分、俺がこの世界に来てしまった原因とか、ベアルドルフがミカルラ様を殺した動機とかも分かるかもしれない」

 今までの俺は与えられるだけの情報を感受しているだけで、自分の足で探しに行くことはしなかった。『雷光』を手に入れた俺なら、多少の冒険をしても平気なはずだ。

 それに、エトロの最初の故郷だったヨルドの里がどのような場所だったのかも知っておきたかった。故郷に帰れない苦しみは俺が一番よく知っているし、今回の戦争は俺がエトロに寄り添えなかったせいで、何も分からないまま始まってしまった。ベアルドルフとの戦いがこの先避けられないなら、せめて巻き込まれた部外者ではなく、当事者として立ち会いたいのだ。

 改めて決意を固める俺に、アンリは眉間に皺を寄せた。
 
「罠じゃないの?」
「ベアルドルフはこんな風に騙し討ちする人じゃない……と思ってる。少なくとも、あの顔は俺を騙そうとしてなかった」

 俺を騙すつもりなら、ニヴィに殺されかけた俺を助ける必要がない。それにシャルをわざわざ俺に預けたあの行動も、ベアルドルフなりの信頼と覚悟の証だと思っている。それなら俺も進まなければ格好がつかない。

 しかし、アンリの表情は晴れなかった。
 
「でも、ヨルドの里はドラゴンの巣窟だ。今のリョーホじゃ絶対辿り着けないよ」
「う……そんなに危険なのか?」
「ビーニャ砂漠ほどとは言わないけど、今は水の竜王の縄張りになってるから」
「よりにもよって竜王かよ……」

 竜王は縄張りに入った人間に容赦がなく、縄張りから逃げても執念深く追いかけてくるほど凶暴だ。その上、一国を滅ぼせるほどの力があるため、エンカウントしたらまず生き残るのが難しい。

 昨日戦ったクラトネールは帝王種ドラグロゴスと同じ攻撃モーションだったが、はっきり言って竜王より遥かに弱い。シュイナたちがクラトネールを過剰に警戒していたのだって、結局は討伐方法を知らなかったせいだ。もしレブナに俺の戦闘知識が備わっていたら、彼女一人でクラトネールを討伐できただろう。

 逆に、竜王種はたとえ知識があってもソロ討伐が困難である。理由は、地形が変わるレベルの広範囲攻撃を連発してくるのと、単純にHPが多すぎるせいだ。

 クラトネールやソウゲンカといった上位ドラゴンのHPは、だいたい一万から二万程度。レブナぐらいの守護狩人なら一分間で千ダメージを叩き出せるので、急所を狙いまくれば七分程度でソロ討伐できる。

 しかし竜王種ともなれば、HPは十万から三十万にまでインフレする。レブナが延々と弱点を狙っても、倒し切るまでに最低一時間以上も必要になるだろう。

 一時間以上も即死級の攻撃を掻い潜り、一人で硬い鱗をぶっ叩き続けるなんて玄人にしかできない。そんなものと比べれば、いかにクラトネールが優しいか分かろうと言うものだ。
 
 ヨルドの里に行くならば、大規模な討伐部隊を組まなければならない。ロッシュであれば人員をかき集めるのも不可能ではないだろうが、今は戦後とあって、あまりにも時期が悪すぎる。

 案の定、ロッシュはペンの後ろを眉間に押し付けながらしかめ面になった。

「こちらで討伐隊を組みたいところですが、十分な戦力を揃えるためにしばらく時間が必要です。先の戦闘で狩人たちも疲弊していますし、冬備えを終えたばかりの食糧庫もスキュリアに燃やされてしまいました。せめて最低限の生活が保障できるまでは待っていただかないといけませんね」
「ですよね。無理を言ってすみません。俺も落ち着いてからで構いませんから」
 
 やはり、すぐにヨルドの里に向かうのは無理のようだ。自分たちでバルド村の面々を募っても、食料を用意できなければ遠征すらできない。そしてバルド村に食料を供給しているのはエラムラで、どちらにしろ復興が進まねば話にならなかった。

 それよりも、エラムラの食糧庫が燃えてしまったのは死活問題だ。せっかく戦争に勝っても飢え死にしてしまったら、またベアルドルフに侵攻の隙を見せることになりかねない。

 考えていることが顔に出ていたのか、ロッシュは困り顔になりつつも穏やかな声で言った。
 
「そんな顔しないでください。貴方のおかげで被害は想定よりも抑えられました。資金にもまだ余裕はありますから、里の皆を飢え死になんてさせませんよ」

 断言してみせるロッシュに、俺は曖昧な笑みを返すことしかできなかった。愛国心ならぬ、愛里心に溢れるロッシュの言葉は里長の鏡だ。

 だからこそ俺は、違和感を抱かずにはいられなかった。
 
「あの、これは率直な疑問で深い意味はないんですが……」
「どうぞ。聞かせてください」
「……そんなに里の人を大事にしてるのに、どうして戦争の道を選んだんですか?」

 その時、ロッシュから初めて表情が消えた。
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