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2章
(18)青い葉鱗
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バロック山岳の樹岩が、クラトネールの閃光に打ち抜かれて根元から吹き飛ばされる。辺り一面が更地に作り替えられていく中、俺は地面にへばりついて何とか衝撃をやり過ごした。
クラトネールの円蒼波は効果範囲が広大だが、足元にいれば回避することができる。だが知らないものがいきなりこの攻撃を目の当たりにすれば、全力で遠くに逃げようとして大ダメージを負ってしまうだろう。初見殺しもいいところだ。
暴風が収まったころ、俺は引き攣れる皮膚に顔を歪めながらゆっくりと身体を起こした。
クラトネールはすでに丸めていた胴体を解いて、笑い声のような鳴き声を上げながら俺の周りを歩き回っていた。
樹岩によって見通しが悪かったバロック山岳は、たった数秒の間に何もない荒野となり果てていた。樹岩の破片すら残っておらず、上空からきめ細かい砂がまばらに降り注ぎ続けている。スキュリアのベルテントも遠い岩肌の斜面でバラバラになって積み上がっていた。よく見ると、残骸の傍では人間らしきものが転がっているのが見え、静まり返った山岳の合間に苦し気な声が微かに響いていた。
「くそ……ニヴィ!」
歯を食いしばりながら立ち上がると、山岳の高台に佇むニヴィを見つけた。
ニヴィは夕日と夜の境目で白髪をたなびかせながら、唇に人差し指を当てて俺に微笑んだ。
ふっとニヴィの姿が夜に消える。
飼い主が戦場から消えるや否や、クラトネールは壊れたクラリネットのような咆哮を夜空に響かせた。ソウゲンカを優に超える巨体は、見上げるだけでも首が痛くなる。
一体ニヴィからどのような指示を受けたのか、クラトネールは芋虫の胴体をうねらせながら楽しそうに俺ににじり寄るだけで襲ってこなかった。だが、不気味に動き回る四つの眼球は目の前の獲物をどう料理するべきか思い悩んでいる。
「そのまま、じっとしていてくれよ」
俺はクラトネールから目を逸らさないようにすり足で後ずさった。
去り際にニヴィは『後で迎えに来る』と言っていた。つまり俺をこの場で殺すつもりはないのだろうが、よりにもよってクラトネールを足止めに使うなんて最低にもほどがある。
シンビオワールドでのクラトネールは、他ドラゴンの治療を積極的に行う習性があり、『騎手』の力をもってすれば人間にも回復効果を与えることができる。ニヴィの支配下にあるクラトネールもまた、俺が瀕死になればすぐに青い粒子を放って回復してくれることだろう。
それは同時に、死なない程度なら何をやっても構わないという意味に他ならない。
クラトネールが獲物の治療をするのは、大抵我が子のために生餌を作る時だ。生餌に選ばれた獲物は、クラトネールの子供が幼少期を終えるまで延々と肉を再生させられ、生きながら腸を食われるという地獄を味わうことになる。
ゲーム内のNPCがどこかで言っていた。クラトネールの子供は、苦しんで泣き叫ぶ獲物の姿を見て楽しんでいるのだと。
つまり俺も、クラトネールに生きたまま喰われ続ける可能性があった。
恐怖心を押し殺しながら、俺はクラトネールを刺激しないようにゆっくりと距離を取り続ける。
『騎手』の支配を受けているドラゴンは洗脳状態にあり、洗脳を解除すると混乱して一定時間気絶する弱点がある。そこを狙えば、右腕を使えない俺でもドラゴンにトドメを刺すことが可能だ。
しかし、ニヴィの能力は『騎手』ではない。
人間の菌糸を死滅させられる上、ドラゴンすら操れるのならば『騎手』の上位互換である『支配』だ。
『支配』は文字通りすべての菌糸を支配下に置く能力だ。本来なら味方の菌糸能力の力を底上げするバッファーの役割なのだが、利己的なニヴィの手にかかれば、他人の菌糸に「死ね」と命令して死滅させ、ドラゴンの菌糸に干渉して操れる凶悪な能力になる。
『支配』もまた『騎手』と同じ原理でドラゴンを操っているのだが、洗脳を解いて弱点が生まれるかどうかは不明だ。もし洗脳を解いてもクラトネールが気絶しなかったら、俺は絶対に死なないという保険を失いあっという間に食い殺されてしまうだろう。
幸い、クラトネールはニヴィの命令を受けているため野生よりも動きが鈍い。このままエラムラの増援が来るまで時間が過ぎるのを待ってくれれば……。
「……んなわけないよなぁ!」
俺の期待を打ち砕くように、ゆっくりとクラトネールが上半身を低くさせながら両翼を高々と広げてみせた。
翼にぶら下がった針が青い光を纏いながら射出され、夜空に深い曲線を描きながら雨あられのごとく落下してくる。それらは地面と衝突した瞬間、青白い爆発を巻き起こしながら地面の岩をえぐり飛ばした、針爆弾は絶妙に俺に直撃しない軌道だったが、四方八方から飛んでくる岩の残骸や強風は生身の人間を容易に切り刻むだろう。
あの野郎、完全に俺をいたぶる気だ。
生餌のように腸を食われないとしても、意味のない拷問を受ける気は毛頭ない。
「だああああ! どいつもこいつも性格悪いっつの!」
針爆弾の雨から必死に走り回っていると、不意に眠気に襲われて一瞬だけ俺の意識が飛んだ。激しく地面を転がって仰向けになるが、今度は変に力が抜けて起き上がれない。
この感覚は、菌糸急増性ショックだ。まだ五分も経っていないはずだが、シュイナに何かあったのか。
「ま、ずい……こんな時に……!」
意識して深く息を吐くことに集中すると、痺れていた手足に滞っていた血が流れ始める。だがじれったいほどに回復が遅く、地面に転がったまま一秒、二秒と致命的な時間が過ぎていく。
クラトネールはいきなり動かなくなった俺に首をかしげていたが、治癒の粒子を出すのではなく、さらに痛めつけるべく針の照準を向けてきた。
青い光が針の後部に集結し、射出する。
「──っ!」
せめて目を閉じぬように顔に力を込めた瞬間、俺の視界で銀色の塊が高速で駆け抜けた。
「にゃはははは! ドラゴンドラゴン! ごはんごはん!」
「レブナ!?」
レブナは歓声を上げながら俺に襲い掛かる針をつま先で蹴飛ばし、そのままクラトネールの顔へ飛び掛かった。
「うりゃあー!」
クラトネールはぐるりと赤い眼球をレブナに集中させると、額の鹿角を振り回して追い払おうとした。
しかしレブナは鹿角を踏み台にして猿のように後ろに回り込むと、頚椎から芋虫胴体にかけて軽快に刃を滑らせた。ごりごりと骨に刃が通る音が響き、クラトネールが悲鳴を上げながら身を捩る。
畑を耕すような感覚でクラトネールの足骨を砕きまくるレブナに、俺は息苦しさも忘れてあっけに取られた。
「す、すげー……」
「動いてはいけませんよ……」
「うおっ!?」
突然耳元に生暖かい息が触れて俺はエビのように飛び跳ねた。するとぐっと後ろから肩を抑え込まれ、無理やり地面に寝かされる。
瞬きをしながら目を頭上へ滑らせると、星明りの下に美しい金髪がしなだれかかっているのが見えた。シュイナの眠そうな顔が髪の隙間から見えた途端、俺はどっと緊張から解放されてしまった。それから、顔の両脇にあるシュイナの太ももに居たたまれない気分になる。
「あの、この体制はちょっと」
「……言っている場合じゃないでしょう」
シュイナはほんの少し腰を後ろに引きながら、俺の頬に指先を添えて菌糸を緑色に光らせた。『保持』の能力が俺の全身に行き渡ったらしく、クラトネールとレブナの姿が数秒の間だけ早送りになる。
やがて、緩やかに時の加速が正常に戻り、俺の手足を包み込んでいた痺れがさっぱりと消え失せた。シュイナの手が頬から離れたので恐る恐る起き上がってみると、先ほどのように急に意識が飛んだり、力が抜けるようなことはなかった。
「すみません……わたしとしたことが、ニヴィ様に不覚を取りました。あなたを守る役目がありながら、能力を解いてしまうとは……」
「いや、マジで助かった。来てくれてありがとう。本当に」
俺は何度もお辞儀をしながら礼を述べて、ふとシュイナの額から血が垂れていることに気づいた。
「怪我、大丈夫か?」
「気絶させられただけです。すでに血は止まっています……」
シュイナは言いながら立ち上がると、俺に手を差し出しながらこう続けた。
「突貫工事ですが、貴方の菌糸の生命活動を押さえておきます……わたしの能力が続いている間は、激しく動き回っても大丈夫です……ですが、先ほどと同じように、持続時間は持って五分かと……」
「五分でクラトネールと決着をつけろって?」
「恥ずかしながら、レブナ一人では荷が勝ちすぎています……ソウゲンカを倒したというあなたなら、クラトネールとの戦い方も知っているのでは……?」
そんなことを言われても俺は、ほぼアンリとエトロが弱らせてくれたソウゲンカを結果的に討伐しただけだ。シュイナが期待しているほど俺は強くない。
しかしシュイナの言い方は、ソウゲンカを倒した実績とは別のものを期待しているらしかった。
「もしかしてシュイナさんたちは、クラトネールと戦ったことないのか?」
「その通りです……あれと戦って帰ってこれたものは、数えるほどしかいませんから……」
シュイナの言葉に俺は臍を噛む。
クラトネールの強さは、上位ドラゴンの中でもトップレベルだ。その理由はクラトネールの持つ特殊な骨格に起因する。
ゲーム全般にあることだが、別々のモンスターであっても骨格が同じモンスターというのが度々登場する。そして骨格が同じであれば、大抵は戦闘モーションも大体同じものになる。シンビオワールドでもそういったドラゴンが数多く存在しており、クラトネールとドラグロゴスは代表的な例だった。
クラトネールの骨格も、攻撃モーションも帝王種ドラグロゴスと同じ。つまり、その攻撃の苛烈さや強さも、ドラグロゴスに匹敵すると言っても過言ではない。
守護狩人ですらない俺が、帝王種一歩手前の上位ドラゴンに勝てるのか?
──おそらく、勝てる。
俺は腕をまくりながら背中の砂を叩き落とすと、短剣を持ち直して刃に炎を纏わせた。『紅炎』の発動に問題はない。菌糸の生命活動は鈍足化しても、ソウゲンカの能力は普段通りに使えるらしい。軽くジャンプしても眩暈や眠気は訪れない。
コンディションの確認を終えた後、俺は大きく息を吸い込んだ。
「レブナ! こいつの急所は首のデカい葉っぱの下と、翼の根元だ!」
「あいあいさー!」
レブナは針の雨をジグザグに避けながら距離を詰め、跳躍。
血に塗れた大鎌を水平に振りぬいて、リンゴの皮のような螺旋軌道を描きながらクラトネールの首元から臍までを切り刻む。
二枚刃で削り取られた肉片と青い葉が飛び散り、苦し気な悲鳴と鮮血がレブナの全身に降りかかった。
「にゃはははは! 血だ! 肉だ! もっともっともっと!」
ヴァンパイアのごとく狂気的に叫びながら、レブナは地面に着地するなり大鎌を切り上げ、クラトネールの腹部を縦に切り裂いた。
血を被ればかぶるほど、肉を喰らえば喰らうほど、レブナの攻撃がみるみる最適化され、切れ味が上がっていく。
菌糸能力『狂戦士』。
この能力を持つものは常に飢餓感に苛まれる代わりに、ドラゴンにダメージを与えるほど強くなる。
「実際に見ると恐ろしい能力だな……」
しかし、クラトネールもやられっぱなしではない。青々とした葉鱗から光を生み出し、翼の針へと濃縮させていく。
「レブナ! 背中に回れ!」
「にゃ!?」
間抜けな声を上げながらも、レブナは素直にクラトネールの足をすり抜けて背後に隠れた。俺はそれを確認しながら、クラトネールと自分の立ち位置を細かく調整し短剣を斜め横に構えた。
瞬間、クラトネールの無数の針から縦横無尽にレーザーが発射され、バロック山岳に赤々とした灼熱の線を刻み込んだ。前方扇範囲、直撃すれば大ダメージの大技だ。範囲内から離脱できなければ回避はまず不可能だろう。
ただし、これは逆転のチャンスでもあった。
「こっちだ!」
俺の呼びかけに呼応するように、レーザーの一端がこちらに向かい始める。
大地を焼き焦がしながら高速で迫りくるレーザーに自然と息が止まる。だが俺は動くことなく、ただその時が来るのを待ち続けた。
かつてシンビオワールドで、クラトネールを討伐するときに何度も練習したレーザーの受け流し。当時は太刀を使って受け流していたが、今持っているのは短剣だ。使い勝手も違い、俺の腕力もゲームキャラクターより明らかに心もとないが、果たして。
──くわぁん!
聞きなれぬ金属の金切り声。
レーザーは短剣を起点に屈折し、真っすぐにクラトネールの喉を直撃した。
青い閃光が喉を覆い隠していた葉を焼き落とし、背後の岩壁まで刺し貫く。
『クルァァァアアアアアア!』
怯みモーションだ。
「今だ! 翼を落とせ!」
「あいあいさー!」
クラトネールの左右でレブナの赤い斬撃が唸り、無数の針をぶら下げた翼が根元から断ち切られる。
轟音を立てて地面に転がった翼は最後の断末魔を上げながら爆発を巻き起こし、無数の針を四方八方へ打ち出した。翼の部位破壊に伴うクラトネールの自爆技だ。
「させませんよ」
シュイナの菌糸能力が俺とレムナ以外を透明な膜で包み込む。膜に触れた無数の針は、爆発で得た加速を一瞬で失い、何も貫くことなく空中で静止した。やがて針の群れは『保持』から解放されると、銀色の滝となって地面に散らばり薄く広がった。
『グルゥゥ!』
怯みから復活したクラトネールが憤怒しながら大きく胴体を持ち上げた。自身の攻撃で反撃を食らい、あげく奥の手の自爆まで不発に終わったのだ。たとえドラゴンであろうと屈辱を感じたであろう。
鹿の角が光る。周囲を跡形も吹き飛ばす、円蒼波の予兆だ。
「うお、おおおおおお……!」
俺は湧き上がる恐怖を無視して、短剣から無理やり『紅炎』でロケット推進を得て飛翔した。そして、項垂れたクラトネールの、レーザーで柔らかくなった喉の急所へ短剣を叩き込む。
短剣からあふれ出した『紅炎』がクラトネールの葉鱗を燃やし、推進力を伴ったまま深々と突き刺さった。
「クルゥアアアアア!?」
身体の外側と内側を焼き尽くされる痛みに、クラトネールは激しくその場で暴れまわった。必死に短剣にしがみついて落とされないようにしながら、俺は深く深くへ刃を推し進めていく。
「うにゃ!?」
突然暴れ出したクラトネールの背中からレブナが弾き落とされる。彼女がクラトネールに踏みつぶされていないことを祈りながら、俺は折れている右腕を短剣の柄に押し当てるようにして、さらに『紅炎』の勢いを噴き上げた。
ついに、決定的な感触が短剣の先に触れる。
クラトネールの心臓部。薄い膜の中に、柔らかな肉が詰まっているのが刃の感触で伝わってくる。
「ああああああ!」
俺は歯をむき出しにしながら怒号を上げ、半ばまでめり込んだ短剣の柄頭を膝で蹴り飛ばした。
燃え盛る葉鱗の向こうで、殻が割れる音がする。
『クルォォオオオオオオ!』
クラトネールは星空を仰ぎながら断末魔を上げた。
それから気が遠くなるような速度で徐々に身体を傾けていき、ようやく土煙を上げながら大地に沈んだ。
青い葉鱗はすべて紅炎に飲まれて灰になった。クラトネールの肉も燻すような匂いを立てて朽ち果てていく。
すっかり夜も更けたバロック山岳では、紅色の炎は少々眩しい。俺は目を細めながら、赤々と燃えるクラトネールを見下ろし続けた。
「や、やったねおっさん!」
「ああ……って、俺はおっさんじゃないっての!」
駆け寄ってくるレブナに言い返し、俺は深々とため息を付いた。
レブナはシュイナの手を引きながら俺の隣に並んで、胸を張りながら自慢げに眉を持ち上げた。
「なーんだ、こいつ相手に生き残った狩人いないって聞いてたのに弱くない? 拍子抜けってやつー?」
「ですね……上手く急所を狙えたから、でしょうか……?」
「いや、よく見てみろ」
俺は燃え盛る炎の中に人差し指を向けた。
こうして見守っている間にもクラトネールの葉鱗が欠け落ちているが、葉の裏側から露になった白い物体は全く燃えていない。しかも物体の表面には青い血管のような模様が明滅していた。
「これは、骨……?」
「……第二形態」
刹那、栄えていた炎の楽園が一瞬で消し止められた。
俺たちは真っ暗な闇に飲み込まれ、禍々しいつむじ風が次々と戦場に流れ込んでくる。
「二人とも、もう少し前に出た方がいい」
「……なんで」
「いいから」
強めに促す俺を訝しく思いながらも、レブナはシュイナと手を繋いだまま前に進み出た。
三人分の呼吸が、更地になったバロック山岳に吸い込まれる。
互いの顔すら視認できない闇の中、俺はクラトネールが横たわっていた場所に青白い光が灯り始めるのを見た。
『クルォオオオオオオオン!」
高らかな魔汽笛が眼窩の奥で反響する。
急速に光が集まり出し、視界が真っ青に覆われた瞬間。
──円蒼波。
円形に吹き荒れた青い閃光が俺たちの背後で爆発し、バロック山岳の地表を粉砕する。
更地にするなんて生易しいものではない。
その光にさらされたものは、すべて粉になるまで分解される。バロック山岳の斜面にわだかまっていたベルテントの破片は最初から何もなかったように消え失せ、針爆弾の雨でえぐれていた地面の破片も目に見えないほどの粒子となって霧散する。
閃光はひときわ強く俺たちの瞼を焼いた後、ふっと空に吸い込まれるように消えた。光の残滓は淡い雪のように互いに寄り集まりながら、俺たちと、クラトネールの姿をぽつぽつと照らし出した。
夜空を泳ぐ骨がいた。
タツノオトシゴにムカデの胴体を装着させたような白い躯体が、宵闇の中で自在にうねり回る。額の鹿角だったものは九本に枝分かれしており、その先端では青白い雷が空気を燃やしながら激しく瞬き続けていた。
白雷竜。
その名はシンビオワールドにてクラトネールが実装されたときのクエストの題名であり、プレイヤーにトラウマを刻みつけた代名詞。
そしてその由来は、帝王種ドラグロゴスを優に超える──神速だ。
唯一、クラトネールの名残を残す赤い四つの眼球が、ぎょろりと俺たちに向けられた。
「まだ持ってくれよ、俺の身体……」
絶望と疲労を隠せないまま、俺は短剣を構え直す。
さあ、第二ラウンドだ。
クラトネールの円蒼波は効果範囲が広大だが、足元にいれば回避することができる。だが知らないものがいきなりこの攻撃を目の当たりにすれば、全力で遠くに逃げようとして大ダメージを負ってしまうだろう。初見殺しもいいところだ。
暴風が収まったころ、俺は引き攣れる皮膚に顔を歪めながらゆっくりと身体を起こした。
クラトネールはすでに丸めていた胴体を解いて、笑い声のような鳴き声を上げながら俺の周りを歩き回っていた。
樹岩によって見通しが悪かったバロック山岳は、たった数秒の間に何もない荒野となり果てていた。樹岩の破片すら残っておらず、上空からきめ細かい砂がまばらに降り注ぎ続けている。スキュリアのベルテントも遠い岩肌の斜面でバラバラになって積み上がっていた。よく見ると、残骸の傍では人間らしきものが転がっているのが見え、静まり返った山岳の合間に苦し気な声が微かに響いていた。
「くそ……ニヴィ!」
歯を食いしばりながら立ち上がると、山岳の高台に佇むニヴィを見つけた。
ニヴィは夕日と夜の境目で白髪をたなびかせながら、唇に人差し指を当てて俺に微笑んだ。
ふっとニヴィの姿が夜に消える。
飼い主が戦場から消えるや否や、クラトネールは壊れたクラリネットのような咆哮を夜空に響かせた。ソウゲンカを優に超える巨体は、見上げるだけでも首が痛くなる。
一体ニヴィからどのような指示を受けたのか、クラトネールは芋虫の胴体をうねらせながら楽しそうに俺ににじり寄るだけで襲ってこなかった。だが、不気味に動き回る四つの眼球は目の前の獲物をどう料理するべきか思い悩んでいる。
「そのまま、じっとしていてくれよ」
俺はクラトネールから目を逸らさないようにすり足で後ずさった。
去り際にニヴィは『後で迎えに来る』と言っていた。つまり俺をこの場で殺すつもりはないのだろうが、よりにもよってクラトネールを足止めに使うなんて最低にもほどがある。
シンビオワールドでのクラトネールは、他ドラゴンの治療を積極的に行う習性があり、『騎手』の力をもってすれば人間にも回復効果を与えることができる。ニヴィの支配下にあるクラトネールもまた、俺が瀕死になればすぐに青い粒子を放って回復してくれることだろう。
それは同時に、死なない程度なら何をやっても構わないという意味に他ならない。
クラトネールが獲物の治療をするのは、大抵我が子のために生餌を作る時だ。生餌に選ばれた獲物は、クラトネールの子供が幼少期を終えるまで延々と肉を再生させられ、生きながら腸を食われるという地獄を味わうことになる。
ゲーム内のNPCがどこかで言っていた。クラトネールの子供は、苦しんで泣き叫ぶ獲物の姿を見て楽しんでいるのだと。
つまり俺も、クラトネールに生きたまま喰われ続ける可能性があった。
恐怖心を押し殺しながら、俺はクラトネールを刺激しないようにゆっくりと距離を取り続ける。
『騎手』の支配を受けているドラゴンは洗脳状態にあり、洗脳を解除すると混乱して一定時間気絶する弱点がある。そこを狙えば、右腕を使えない俺でもドラゴンにトドメを刺すことが可能だ。
しかし、ニヴィの能力は『騎手』ではない。
人間の菌糸を死滅させられる上、ドラゴンすら操れるのならば『騎手』の上位互換である『支配』だ。
『支配』は文字通りすべての菌糸を支配下に置く能力だ。本来なら味方の菌糸能力の力を底上げするバッファーの役割なのだが、利己的なニヴィの手にかかれば、他人の菌糸に「死ね」と命令して死滅させ、ドラゴンの菌糸に干渉して操れる凶悪な能力になる。
『支配』もまた『騎手』と同じ原理でドラゴンを操っているのだが、洗脳を解いて弱点が生まれるかどうかは不明だ。もし洗脳を解いてもクラトネールが気絶しなかったら、俺は絶対に死なないという保険を失いあっという間に食い殺されてしまうだろう。
幸い、クラトネールはニヴィの命令を受けているため野生よりも動きが鈍い。このままエラムラの増援が来るまで時間が過ぎるのを待ってくれれば……。
「……んなわけないよなぁ!」
俺の期待を打ち砕くように、ゆっくりとクラトネールが上半身を低くさせながら両翼を高々と広げてみせた。
翼にぶら下がった針が青い光を纏いながら射出され、夜空に深い曲線を描きながら雨あられのごとく落下してくる。それらは地面と衝突した瞬間、青白い爆発を巻き起こしながら地面の岩をえぐり飛ばした、針爆弾は絶妙に俺に直撃しない軌道だったが、四方八方から飛んでくる岩の残骸や強風は生身の人間を容易に切り刻むだろう。
あの野郎、完全に俺をいたぶる気だ。
生餌のように腸を食われないとしても、意味のない拷問を受ける気は毛頭ない。
「だああああ! どいつもこいつも性格悪いっつの!」
針爆弾の雨から必死に走り回っていると、不意に眠気に襲われて一瞬だけ俺の意識が飛んだ。激しく地面を転がって仰向けになるが、今度は変に力が抜けて起き上がれない。
この感覚は、菌糸急増性ショックだ。まだ五分も経っていないはずだが、シュイナに何かあったのか。
「ま、ずい……こんな時に……!」
意識して深く息を吐くことに集中すると、痺れていた手足に滞っていた血が流れ始める。だがじれったいほどに回復が遅く、地面に転がったまま一秒、二秒と致命的な時間が過ぎていく。
クラトネールはいきなり動かなくなった俺に首をかしげていたが、治癒の粒子を出すのではなく、さらに痛めつけるべく針の照準を向けてきた。
青い光が針の後部に集結し、射出する。
「──っ!」
せめて目を閉じぬように顔に力を込めた瞬間、俺の視界で銀色の塊が高速で駆け抜けた。
「にゃはははは! ドラゴンドラゴン! ごはんごはん!」
「レブナ!?」
レブナは歓声を上げながら俺に襲い掛かる針をつま先で蹴飛ばし、そのままクラトネールの顔へ飛び掛かった。
「うりゃあー!」
クラトネールはぐるりと赤い眼球をレブナに集中させると、額の鹿角を振り回して追い払おうとした。
しかしレブナは鹿角を踏み台にして猿のように後ろに回り込むと、頚椎から芋虫胴体にかけて軽快に刃を滑らせた。ごりごりと骨に刃が通る音が響き、クラトネールが悲鳴を上げながら身を捩る。
畑を耕すような感覚でクラトネールの足骨を砕きまくるレブナに、俺は息苦しさも忘れてあっけに取られた。
「す、すげー……」
「動いてはいけませんよ……」
「うおっ!?」
突然耳元に生暖かい息が触れて俺はエビのように飛び跳ねた。するとぐっと後ろから肩を抑え込まれ、無理やり地面に寝かされる。
瞬きをしながら目を頭上へ滑らせると、星明りの下に美しい金髪がしなだれかかっているのが見えた。シュイナの眠そうな顔が髪の隙間から見えた途端、俺はどっと緊張から解放されてしまった。それから、顔の両脇にあるシュイナの太ももに居たたまれない気分になる。
「あの、この体制はちょっと」
「……言っている場合じゃないでしょう」
シュイナはほんの少し腰を後ろに引きながら、俺の頬に指先を添えて菌糸を緑色に光らせた。『保持』の能力が俺の全身に行き渡ったらしく、クラトネールとレブナの姿が数秒の間だけ早送りになる。
やがて、緩やかに時の加速が正常に戻り、俺の手足を包み込んでいた痺れがさっぱりと消え失せた。シュイナの手が頬から離れたので恐る恐る起き上がってみると、先ほどのように急に意識が飛んだり、力が抜けるようなことはなかった。
「すみません……わたしとしたことが、ニヴィ様に不覚を取りました。あなたを守る役目がありながら、能力を解いてしまうとは……」
「いや、マジで助かった。来てくれてありがとう。本当に」
俺は何度もお辞儀をしながら礼を述べて、ふとシュイナの額から血が垂れていることに気づいた。
「怪我、大丈夫か?」
「気絶させられただけです。すでに血は止まっています……」
シュイナは言いながら立ち上がると、俺に手を差し出しながらこう続けた。
「突貫工事ですが、貴方の菌糸の生命活動を押さえておきます……わたしの能力が続いている間は、激しく動き回っても大丈夫です……ですが、先ほどと同じように、持続時間は持って五分かと……」
「五分でクラトネールと決着をつけろって?」
「恥ずかしながら、レブナ一人では荷が勝ちすぎています……ソウゲンカを倒したというあなたなら、クラトネールとの戦い方も知っているのでは……?」
そんなことを言われても俺は、ほぼアンリとエトロが弱らせてくれたソウゲンカを結果的に討伐しただけだ。シュイナが期待しているほど俺は強くない。
しかしシュイナの言い方は、ソウゲンカを倒した実績とは別のものを期待しているらしかった。
「もしかしてシュイナさんたちは、クラトネールと戦ったことないのか?」
「その通りです……あれと戦って帰ってこれたものは、数えるほどしかいませんから……」
シュイナの言葉に俺は臍を噛む。
クラトネールの強さは、上位ドラゴンの中でもトップレベルだ。その理由はクラトネールの持つ特殊な骨格に起因する。
ゲーム全般にあることだが、別々のモンスターであっても骨格が同じモンスターというのが度々登場する。そして骨格が同じであれば、大抵は戦闘モーションも大体同じものになる。シンビオワールドでもそういったドラゴンが数多く存在しており、クラトネールとドラグロゴスは代表的な例だった。
クラトネールの骨格も、攻撃モーションも帝王種ドラグロゴスと同じ。つまり、その攻撃の苛烈さや強さも、ドラグロゴスに匹敵すると言っても過言ではない。
守護狩人ですらない俺が、帝王種一歩手前の上位ドラゴンに勝てるのか?
──おそらく、勝てる。
俺は腕をまくりながら背中の砂を叩き落とすと、短剣を持ち直して刃に炎を纏わせた。『紅炎』の発動に問題はない。菌糸の生命活動は鈍足化しても、ソウゲンカの能力は普段通りに使えるらしい。軽くジャンプしても眩暈や眠気は訪れない。
コンディションの確認を終えた後、俺は大きく息を吸い込んだ。
「レブナ! こいつの急所は首のデカい葉っぱの下と、翼の根元だ!」
「あいあいさー!」
レブナは針の雨をジグザグに避けながら距離を詰め、跳躍。
血に塗れた大鎌を水平に振りぬいて、リンゴの皮のような螺旋軌道を描きながらクラトネールの首元から臍までを切り刻む。
二枚刃で削り取られた肉片と青い葉が飛び散り、苦し気な悲鳴と鮮血がレブナの全身に降りかかった。
「にゃはははは! 血だ! 肉だ! もっともっともっと!」
ヴァンパイアのごとく狂気的に叫びながら、レブナは地面に着地するなり大鎌を切り上げ、クラトネールの腹部を縦に切り裂いた。
血を被ればかぶるほど、肉を喰らえば喰らうほど、レブナの攻撃がみるみる最適化され、切れ味が上がっていく。
菌糸能力『狂戦士』。
この能力を持つものは常に飢餓感に苛まれる代わりに、ドラゴンにダメージを与えるほど強くなる。
「実際に見ると恐ろしい能力だな……」
しかし、クラトネールもやられっぱなしではない。青々とした葉鱗から光を生み出し、翼の針へと濃縮させていく。
「レブナ! 背中に回れ!」
「にゃ!?」
間抜けな声を上げながらも、レブナは素直にクラトネールの足をすり抜けて背後に隠れた。俺はそれを確認しながら、クラトネールと自分の立ち位置を細かく調整し短剣を斜め横に構えた。
瞬間、クラトネールの無数の針から縦横無尽にレーザーが発射され、バロック山岳に赤々とした灼熱の線を刻み込んだ。前方扇範囲、直撃すれば大ダメージの大技だ。範囲内から離脱できなければ回避はまず不可能だろう。
ただし、これは逆転のチャンスでもあった。
「こっちだ!」
俺の呼びかけに呼応するように、レーザーの一端がこちらに向かい始める。
大地を焼き焦がしながら高速で迫りくるレーザーに自然と息が止まる。だが俺は動くことなく、ただその時が来るのを待ち続けた。
かつてシンビオワールドで、クラトネールを討伐するときに何度も練習したレーザーの受け流し。当時は太刀を使って受け流していたが、今持っているのは短剣だ。使い勝手も違い、俺の腕力もゲームキャラクターより明らかに心もとないが、果たして。
──くわぁん!
聞きなれぬ金属の金切り声。
レーザーは短剣を起点に屈折し、真っすぐにクラトネールの喉を直撃した。
青い閃光が喉を覆い隠していた葉を焼き落とし、背後の岩壁まで刺し貫く。
『クルァァァアアアアアア!』
怯みモーションだ。
「今だ! 翼を落とせ!」
「あいあいさー!」
クラトネールの左右でレブナの赤い斬撃が唸り、無数の針をぶら下げた翼が根元から断ち切られる。
轟音を立てて地面に転がった翼は最後の断末魔を上げながら爆発を巻き起こし、無数の針を四方八方へ打ち出した。翼の部位破壊に伴うクラトネールの自爆技だ。
「させませんよ」
シュイナの菌糸能力が俺とレムナ以外を透明な膜で包み込む。膜に触れた無数の針は、爆発で得た加速を一瞬で失い、何も貫くことなく空中で静止した。やがて針の群れは『保持』から解放されると、銀色の滝となって地面に散らばり薄く広がった。
『グルゥゥ!』
怯みから復活したクラトネールが憤怒しながら大きく胴体を持ち上げた。自身の攻撃で反撃を食らい、あげく奥の手の自爆まで不発に終わったのだ。たとえドラゴンであろうと屈辱を感じたであろう。
鹿の角が光る。周囲を跡形も吹き飛ばす、円蒼波の予兆だ。
「うお、おおおおおお……!」
俺は湧き上がる恐怖を無視して、短剣から無理やり『紅炎』でロケット推進を得て飛翔した。そして、項垂れたクラトネールの、レーザーで柔らかくなった喉の急所へ短剣を叩き込む。
短剣からあふれ出した『紅炎』がクラトネールの葉鱗を燃やし、推進力を伴ったまま深々と突き刺さった。
「クルゥアアアアア!?」
身体の外側と内側を焼き尽くされる痛みに、クラトネールは激しくその場で暴れまわった。必死に短剣にしがみついて落とされないようにしながら、俺は深く深くへ刃を推し進めていく。
「うにゃ!?」
突然暴れ出したクラトネールの背中からレブナが弾き落とされる。彼女がクラトネールに踏みつぶされていないことを祈りながら、俺は折れている右腕を短剣の柄に押し当てるようにして、さらに『紅炎』の勢いを噴き上げた。
ついに、決定的な感触が短剣の先に触れる。
クラトネールの心臓部。薄い膜の中に、柔らかな肉が詰まっているのが刃の感触で伝わってくる。
「ああああああ!」
俺は歯をむき出しにしながら怒号を上げ、半ばまでめり込んだ短剣の柄頭を膝で蹴り飛ばした。
燃え盛る葉鱗の向こうで、殻が割れる音がする。
『クルォォオオオオオオ!』
クラトネールは星空を仰ぎながら断末魔を上げた。
それから気が遠くなるような速度で徐々に身体を傾けていき、ようやく土煙を上げながら大地に沈んだ。
青い葉鱗はすべて紅炎に飲まれて灰になった。クラトネールの肉も燻すような匂いを立てて朽ち果てていく。
すっかり夜も更けたバロック山岳では、紅色の炎は少々眩しい。俺は目を細めながら、赤々と燃えるクラトネールを見下ろし続けた。
「や、やったねおっさん!」
「ああ……って、俺はおっさんじゃないっての!」
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レブナはシュイナの手を引きながら俺の隣に並んで、胸を張りながら自慢げに眉を持ち上げた。
「なーんだ、こいつ相手に生き残った狩人いないって聞いてたのに弱くない? 拍子抜けってやつー?」
「ですね……上手く急所を狙えたから、でしょうか……?」
「いや、よく見てみろ」
俺は燃え盛る炎の中に人差し指を向けた。
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「これは、骨……?」
「……第二形態」
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「二人とも、もう少し前に出た方がいい」
「……なんで」
「いいから」
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三人分の呼吸が、更地になったバロック山岳に吸い込まれる。
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『クルォオオオオオオオン!」
高らかな魔汽笛が眼窩の奥で反響する。
急速に光が集まり出し、視界が真っ青に覆われた瞬間。
──円蒼波。
円形に吹き荒れた青い閃光が俺たちの背後で爆発し、バロック山岳の地表を粉砕する。
更地にするなんて生易しいものではない。
その光にさらされたものは、すべて粉になるまで分解される。バロック山岳の斜面にわだかまっていたベルテントの破片は最初から何もなかったように消え失せ、針爆弾の雨でえぐれていた地面の破片も目に見えないほどの粒子となって霧散する。
閃光はひときわ強く俺たちの瞼を焼いた後、ふっと空に吸い込まれるように消えた。光の残滓は淡い雪のように互いに寄り集まりながら、俺たちと、クラトネールの姿をぽつぽつと照らし出した。
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タツノオトシゴにムカデの胴体を装着させたような白い躯体が、宵闇の中で自在にうねり回る。額の鹿角だったものは九本に枝分かれしており、その先端では青白い雷が空気を燃やしながら激しく瞬き続けていた。
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そしてその由来は、帝王種ドラグロゴスを優に超える──神速だ。
唯一、クラトネールの名残を残す赤い四つの眼球が、ぎょろりと俺たちに向けられた。
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