家に帰りたい狩りゲー転移

roos

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2章

(10)安静

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 エラムラギルドの奥には広々とした医務室がある。

 医務室内に十数人程度の入院患者がベッドで寝かされているが、治癒系の菌糸能力でほとんど回復している患者ばかりのため、飲食店の中と同じぐらい賑やかだった。

 地球と違って、この世界の医療技術はほとんどが菌糸能力に依存している。
 傷の縫合や腫瘍摘出手術、移植手術もあるが、それらの代価となる菌糸能力があれば一瞬で治療が終わる。長時間手術をせずに済むため医者にかかる負担も少ない。なのでギルド専属の医者たちは交代制で一時間おきに医務室を巡回し、入院患者の傷を次々に菌糸能力で癒しては即退院させていた。

 昨日の入院患者がさっさと退院しても、別の重症患者が包帯でぐるぐる巻きにされて運ばれてくる。その患者も一日あれば傷がふさがり、二日目で退院できるのだから、医務室にあるまじき回転率の良さだ。怪我が日常茶飯事の狩人には、むしろこれぐらいが丁度良いのかもしれない。

 一応里の中にはちゃんとした病院もあるらしいが、治療技術はギルドより大きく劣り、入院期間も地球と変わらないそうだ。

 ゆっくり怪我の療養ができる一般病院と、高速治療で戦場にまた駆り出されるギルド医務室。どちらが良いかは人それぞれだ。

 俺はベッドの上でじっとしていられない質なので断然後者だ。その要望通り、俺はギルドの医務室でふかふかのベッドに寝転がっていた。

 アンリがラビルナ貝高原まで迎えに来てくれた後、俺はシャルを抱えたままその場で気絶した。そして次に目が覚めた時にはギルドの医務室で、ちょうど巡回に来た医者から軽く説明を受けた。

 俺が気絶した原因は、過労と、菌糸急増性ショックというよく分からないものだった。
 医者曰く、菌糸が急成長する際に体内からエネルギーを吸い取られると、脳の活動に必要な分までカットされてしまい意識を保てなくなるらしい。普通は成長期の子供がなりやすいものだが、俺の場合は少々特殊だった。

 謎の女性の手によって死滅した俺の菌糸は、生命活動を回復させるべく急激に体内のエネルギーを消費しまくり、一種の仮死状態に移行したらしい。

 その後、菌糸のエネルギー消費と供給が安定し、俺は意識を取り戻してシャルを助けることができた。
 だがいきなり激しく動いたせいで、その後まもなく二度目のショック。
 あえなくアンリに医務室に放り込まれる羽目になった。

 俺にはただの気絶としか思えなかったが、医者の診断によると、菌糸が少しでも力加減を間違っていたらそのまま干からびていた可能性があったようだ。

 まだ俺の菌糸は再生しきっていないので、次に気絶したら目覚めないかもしれない。
 だから、今日一日は激しく動き回るなと口酸っぱく言われた。

 というわけで俺は、納品用鞄をギルド職員に代行で渡してもらうことにして、一晩だけエラムラの里で入院することになった。左腕には点滴で栄養剤を打たれ、綺麗に折られた右腕は三角巾で吊るされて動かせない。治療系の菌糸能力に特化した治癒師があれこれやってくれたので、骨折は三日ぐらいで修復すると聞いた。菌糸能力サマサマである。

 医務室の奥から二番目のベッドに座りながら、俺はようやくアンリから謝罪の言葉を受け取った。

「いやー助けが遅れたのは本気で申し訳ないと思ってるよ」
「誠意が感じられないんだよ」
「酒を値切ってたら結構時間かかっちゃってさ。リョーホが里の中に入ってきたのは気づいてたよ? でも依頼だからどうしても中途半端に投げられなくてさ」
「分かったんなら一声かける暇あっただろ!」
「うーん。申し訳ない」
「この野郎!」

 俺たちがかなり危険な目に遭っていたというのに、こいつときたら。

 だいたい、アンリが一人で依頼をこなすなら俺が同行した意味が全くないではないか。それなら最初から俺をエラムラの里に誘わなければいい話である。

 それらの不満を頭突き一つで帳消しにしてやろうと暴れたが、本気で医者に怒られたので仕返しできなかった。自分の貧弱さ然り、アンリの舐め腐った態度然り、今日は厄日に違いない。

 俺は深々とため息を付いて気持ちを落ち着けると、隣のベッドで昏々と眠り続けるシャルへ視線を向けた。

 シャルは謎の女性によって肋骨を折られた後、青い葉を茂らせた風属性の上位ドラゴン──クラトネールと戦闘になった。その後シャルは防戦一方のまま敗北し、謎の女性に脅されたところで、やっと俺は意識を取り戻すことができた。

 クラトネールとの戦いはかなり激しかったらしく、地雷原をすべて爆発させたようなラビルナ貝高原の惨状に俺は度肝を抜かれた。シャルが上手く避けてくれなければ、仮死状態だった俺の身体は目覚める暇もなく肉片になっていたかもしれない。

 苦し気に呼吸を繰り返すシャルをじっと見つめた後、俺は気持ちを切り替えるようにアンリに会話を振った。

「それにしても、お前どうやって俺の居場所が分かったんだ?」
「その武器だよ。血縁者の菌糸は属性や能力が変わっても元の株は同じだからね、放出される胞子で居場所が分かるんだ」

 と、アンリは枕元のテーブルに置かれたエランの双剣を指さした。

 エランの双剣はリデルゴア中央都市から取り寄せた一級品で、エランのために後から菌糸を織り込めるよう、特殊な加工をしてもらったらしい。そのため武器の中にはエランの菌糸が琥珀のように現存しており、兄であるアンリならば大ざっばに双剣のある方角や距離を把握できるそうだ。

 だが俺はアンリの口にした把握方法を耳にした途端、ゴキブリを前にしたように目を剥いた。

「待ってくれ、菌糸って胞子出てるの!?」
「菌類だから当然じゃないか。疑うなら先生に聞いてみなよ。嬉々として答えてくれるよ」
「いや聞くほどのことじゃないけど、知りたくなかったな……」

 干した洗濯物の良い香りはダニの死骸だった、と同じ衝撃である。

 アンリ達の感覚で言えば、他人の吸った息を吸い込んでいるのと同じような話かもしれない。それと比べるなら満員電車の密閉された空間の方がよほど不潔だ。そも、地球の空気にも菌の胞子や虫の死骸が混ざっているので、そこまで神経質になるべきではない話だ。

 しかし、人間の菌糸模様から胞子が出ているのなら、俺の全身からも満遍なく胞子が出ているわけで……これ以上深く考えたくない。

 俺は眉間のしわを揉みながらもっと楽しい事を考えようとした。
 世の中には美女と同じ部屋の空気を吸えるだけで元気になる人間もいる。つまりアンリのようなイケメンと同じ空気を吸っていても、俺なら別に問題はないのでは。

 さっと顔を上げてアンリの顔を見る。

「ねーな」
「は?」

 そこへ、もぞもぞと隣のベッドから音が聞こえてきた。

 無言でそちらに目をやると、ちょうどシャルの睫毛が細かく震え、うっすらと開けた目で天井を見上げるところだった。俺はベッドの尻の位置を動かしてシャルに寄ると、上から顔を覗き見ながら声をかけた。

「シャル。具合はもう大丈夫か?」
「……うん」
「よかった。でも変なところがあったらすぐに言えよ。我慢してもいいことないからな」
「……んむ」

 シャルは眠そうな受け答えをしながら起き上がろうとしたが、まだ肋骨の骨折は治り切っていないので、起き上がって話すのは無理だろう。俺が手を伸ばそうとしたら、ベッドを迂回してきたアンリが代わりにシャルを寝かしつけてくれた。シャルはむっとしかめっ面になったが、暴れる力も残っていないようで何も言わなかった。

 代わりに、ぼんやりと紫色の瞳を俺の方に向けてきて、悔しそうに口元を緊張させた。

「……シャルのせいで、リョーホは死んだ」
「俺は生きてるぞ?」
「でもあの顔は、死んでる顔だったし。見たことあるもん」
「……そう見えただけだよ」

 本当に死んでいたようなものなので、強く否定できなかった。

 本来死滅した菌糸は黒ずんで二度と生き返ることはない。しかし俺の菌糸は他の人間と違って細胞レベルに溶け込んでいるのが幸いし、生き残った細胞が上手く死滅した部分を取り込んで消化してくれたらしい。まるで免疫細胞のような働きに自分の身体のことながら感謝するしかない。

「ほら、手握ってみろ」

 俺は少し前のめりになりながらシャルの方へ左腕を伸ばした。ベッドとの距離が遠いせいで無理な格好だが、その甲斐あってシャルの手に触れることができた。シャルは力なく俺の手を握り返すと、安堵するような長い息を吐いた。

「……動いてる」
「な? お前が頑張ってくれたおかげで生き返れたんだよ。だからあんまり気にすんな」
「じゃあ……じゃあ、なんでノーニャは、助からなかったの?」

 たどたどしく問いかけてくるシャルに俺は黙り込んでしまう。

 医者からシャルの過去のことは大まかに聞いた。
 以前、シャルと仲良くしていたノーニャという同い年の少女がいたらしいが、彼女の謎の女性によって菌糸を死滅させられてしまい、助からなかったそうだ。

 ギルドの人々は表には出さずとも、ノーニャとシャルが手を繋いでギルドに入ってくる姿を温かく見守っていたらしい。シャルが犯罪者の子供だと分かっていながら庇うことも寄り添うこともできなかった彼らは、屈託なく彼女を受け入れるノーニャに救われていたという。

 ギルドの狩人がシャルに近づかない方がいいと俺に言ったのは、ノーニャのことがあったからだった。あれはシャルを恐れているのもあったが、きっとノーニャの時のように辛い思いをさせないための配慮だったのだろう。

 シャルも薄々分かっていたから、俺が謎の女性に襲われたときに絶望に満ちた表情を浮かべていたのだ。

 そして、今も。

「リョーホの運が良くても、次は死ぬかもしれないし。他の人もノーニャみたいに動かなくなったら、シャルは……どうしたらいいの?」

 再び涙を浮かべるシャルに、なんといえばいいのか分からない。

 俺は手首に現れたソウゲンカの菌糸模様をなぞりながら考える。どうして俺が助かったのか、ギルドの医者でもはっきりと答えられなかった。あるいはドミラスならばそれらしい仮説をすぐに出してくれるかもしれない。だが、そんな仮説がなくとも俺は、俺以外の人間が同じ目に遭ったら確実に死ぬと確信していた。

 すべてシャルが悪いわけではない。
 なのに、彼女に課せられた運命はあまりにも理不尽だ。

 どうにかしたいと思うが、俺にはなんの手立ても浮かばない。

 ギルドにいる狩人たちはノーニャのお陰でシャルへの偏見を失いつつあるが、完全ではない。狩人以外の住人達はまだ犯罪者ベアルドルフを許していないだろうし、中には襲撃者の女性のように、殺したいほど憎んでいる人もいるかもしれない。

 まるで異世界に来たばかりの、エトロとアンリに警戒されていた俺とそっくりだ。

 俺は殺されずに認めてもらえたが、シャルは違う。
 シャルがエラムラの人々から信頼を獲得するか、ベアルドルフが誠心誠意罪を償わなければ解決しない。いや、ひょっとしたら彼らが死ぬまで人々の恨みは消えることがないのだろう。

 付け焼刃の知識で問題点を洗い出して解決策を考えて、そうして俺が得られた結論は、

「今日は何考えても名案なんか浮かばないよ。まだ眠いだろ。ダウバリフが会いに来たら起こしてやるよ」

 という、問題の先延ばしだった。

 シャルの友達が殺されないようにする方法は、俺では思いつかない。
 彼女がこれまでしてきた通り、時間が解決するのを待つしかなかった。

「……うん」

 シャルは曖昧に微笑んで、一度だけ俺の手を強く握った後、泥のように眠りについた。

 使えない、役立たずと罵ってくれればまだマシなのに、シャルが俺に見せたのは諦念だった。

 エトロもシャルも、怒っていい物事を許容しすぎている。特にシャルは周りから孤立している現実にもっと暴れてもいいぐらいだ。感情をぶちまけても何も解決しないとしても、あくまでそれは、大人が大人らしくあるための心構えで、子供である彼女たちはまだ許されていいだろう。

「……俺が甘いだけかもな」

 色々と思考を巡らせてみても、異世界の常識がこれだ、と言われたら何も言えない。

 結局、俺は地球の基準を持ち込んで彼女たちを憐れんでいるだけに過ぎない。具体的な解決策も、奇想天外な案も全く出てこない。異世界転移らしく現代から着想を得て一気に解決、というのは夢のまた夢だ。

 シャルを起こさないように自分の左腕をベッドの上に戻すと、アンリがこちらに向き直ってニヤリと笑った。

「すっかりお兄ちゃんだね」
「ほう、分かるかよおにーさま」
「イラっとした。殴っていい?」
「怪我人ですけど?」

 軽いジャブで気分を晴らした後、俺はそっと医務室の窓から外を眺めた。

 崖に囲われたバルド村と同様、エラムラの里も高い山に囲われているせいで、山頂から漏れ出る光でしか夕日を見ることができない。日の出、日の入りを見ることができるのは、外に出られる狩人だけ。里の中で一生を終える人々は、生涯太陽が眠る瞬間を見ることもできない。

 ドラゴンから身を守るために閉ざされた空間に身を置いているのに、俺にはここが牢獄のように思えてならなかった。

「アンリ。少し歩きたい」
「一人で怒られてね」

 アンリは椅子から立ち上がると、点滴スタンドを支えながら俺をベッドから降ろしてくれた。歩く分には問題ないが、末端神経が寝ぼけているみたいで動きにくい。不本意ながらアンリに支えてもらうことにして、俺はできるだけ静かに医務室の外に出た。

 ドアの向こうには木造の廊下が続いており、右の一番向こうの通路は換金所の裏方と受付に繋がっている。反対の左側を進んでいくと、シャワー室に繋がる扉と、その少し先の廊下にベンチが並んでいた、ひとまず一番奥の人気のないベンチに座って足を投げ出すと、俺は息を整えてからアンリに問いかけた。

「エトロは何してる?」
「お友達のところじゃないか。酒屋の前で分かれたから、その後は知らない」
「あいつもなかなか薄情な奴だな」
「そう? リョーホにエラムラの里を見せてやりたいって言ったのもエトロだけど」
「あいつが? なら最後まで案内してくれよ……」
「これでも気を使った結果なんだよ」
「嘘だぁ」
「嘘じゃないよ。今の話エトロの前でやったら、顔真っ赤にしてガルガルするよ絶対」

 容易に想像できるエトロの顔に二人で笑う。エラムラの里はエトロにとっても思い入れのある場所のはずで、そこをわざわざ見せたいと本当に言ってくれたのなら、少し嬉しい。エトロはアンリ以上に好意をなかなか見せてくれないので、こんな風に密告を受けるたびに性懲りもなく安心してしまう。

 俺は廊下の向こうから誰も来ないのを確認してから、声のボリュームを落とした。

「俺たちを襲った奴、アンリは見えたか?」
「うん。あの特徴的な白い髪には見覚えがある。先代巫女様の長女のニヴィじゃないかな」
「ニヴィ……ね。名前、ちゃんと伝わってんのな」

 名前まで判明するとは思わず、俺は疑わしい視線をアンリへ向けた。

 しかしアンリは軽くそれを受け流した。

「俺だけじゃなくて、当時エラムラの里を出入りしてた狩人はみんな知ってるよ」
「当時って言ったって、アンリ何歳だったんだよ」
「うーん、九歳だったかな。十二年前のことだし」

 十二年前といえば、ヨルドの里がスタンピードで壊滅し、アンリとエトロが村から追われてバルド村に避難してきた年だ。

「まさか、スタンピードも関係してくるのか?」
「まあね。ミカルラ様が殺される元々の原因がそれだから」

 アンリはベンチの上で長い脚を組むと、廊下の壁に頭を預けて、記憶を掘り返すようにゆっくりと話し始めた。

「ミカルラ様はね、ヨルドの里を救おうとエラムラを出てすぐに、討滅者ベアルドルフに殺されたんだよ」
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