家に帰りたい狩りゲー転移

roos

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2章

(7)信頼

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 渋々屋台のジャンクフードを食い漁った後、俺とシャルは食後の運動の一環として里の高台まで適当にぶらついていた。

 標高百三十メートルの高台へと続く道に、ロープウェイなんて御大層なものはない。エラムラの中心から四方へと伸びる長い階段だけが唯一の移動手段である。

 地元民からは『逢魔落としの階段』と呼ばれるそれは、伏見桃山陵のそれとよく似た石造りで幅が広い。途中で足を止めて後ろを振り返ってみると、高所恐怖症ならその場に座り込んでしまうような急こう配があった。

 もし足を踏み外してしまったら、と思うと背筋がぶるりと震えた。
 俺はずっと前を見て上り続けることだけ考えることにした。

 シャルと共に一通り里の中を歩き回ったが、エトロとアンリはまだ見つかっていない。
 地元民から目撃情報を集めてみたが結果は芳しくなく、かれこれ一時間以上は里の中を歩き回って足が痛かった。

 もしやエトロたちはすでにエラムラの里にいないのではないかとも疑った。しかし二人はレオハニーの怒りを買うのを大層恐れていたので、少なくとも俺を放置してバルド村に帰ってはいないはず。
 ……俺を高冠樹海に置いていった前科があるので、断言はできないが。

 そも、二人との待ち合わせ場所を最初に決めていなかったのが失敗だった。
 もう少し真面目に聞いておけばよかったと考えても後の祭りである。

 頭の中で一人反省会をしているうちに、逢魔落としの階段をついに上り切ることができた。

 エラムラの里を囲う自然の要塞はドラゴンから身を隠すのにうってつけだ。

 ドラゴンはよく空を飛んでいる姿をイメージされがちだが、鳥が羽休めをするように彼らも巨体を動かすのは相当に疲れるのである。そのため、ドラゴンがいるのは大抵地面の上で走り回ったり獲物を探すのに特化している。なので周囲を高い山でまんべんなく囲われたエラムラの里はまさしく完璧な守りなのである。

 もちろん、上空から飛来するドラゴンへの対策もされている。
 山の頂上には万里の長城よろしく石の城壁が連なっており、数えるのも億劫なほどの弓型砲台が設置されていた。

 物々しい里の天辺であるが、一つだけ煌びやかな塔があった。
 里の東側で真っ白に塗装されたその塔は、一見するとなんの防衛の役にも立たなそうだ。かといって観光客向けの装飾にしては無機質すぎるし、守護狩人が駐屯していると言われるより、囚われの姫でも住んでいそうな風体である。

「あの塔は?」
「はくめーの塔。巫女様があそこでエラムラの里を守ってるんだよ」
「巫女? 里長が守ってるんじゃないのか」
「里長はギルド長やってるし」
「へぇー」

 通常里の守りは里長が務めるものだが、エラムラでは代わりに巫女がその役目を買って出ているらしい。ゲーム内に登場しなかった役職に興味を引かれて、俺はほとんど期待せずにこう申し出てみた。

「塔に行けば巫女様に会えたりする?」
「ダメ! 塔に近づいたら黒鬼にぼっこぼこにされるし!」
「ははぁ、やっぱり警備が厳重なんだな」

 黒鬼というのは守護狩人の通り名と同じ、あだ名のようなものだろう。

 恐ろしい名前の警備が付いているのだし、触らぬ神に祟りなし。
 塔のある東に行くのは諦めておこう。

「そんなことより、こっち来い! いいもの見せてやる!」
「うおっ」

 いきなりシャルに腕を引っ張られて俺の肩が引っこ抜けそうになった。ただ、つい数分前にあまり強く引っ張らないで欲しいと頼んだのが効いたか、肩に痛みが走ったのはほんの一瞬だけだった。

 ダウバリフと一緒に里の外れで暮らしてきたせいか、シャルは常日頃から能力を使うのが癖になっているらしい。菌糸能力の練習に良さそうだと思ったが、俺の能力では周囲すべてを燃やし尽くしそうなですぐに断念する。

 俺はシャルと手をつないだまま、山にずらりと引かれた城壁へと近づいて、そのまま扉を開けて中に入った。城壁の扉には関係者以外立ち入り禁止の雰囲気がこれでもかと出ていたが、中には誰もいなかったしシャルが我が物顔だったので黙っておく。

 狭い螺旋階段を上って、屋上に続くアーチ形の出入り口を潜り抜ける。
 その先には、息を呑む偉観が俺たちを出迎えた。

「じゃーん! ここからの眺めがいっちばんキレイなんだ! オレのお気に入りスポット!」

 青空の下で天真爛漫な笑顔が両腕を広げて見せる。
 俺はシャルの横に立って、じっとエラムラの里の眺望に見入った。

 一番似ている景色は、イタリアのポジターノだろうか。
 石造りの街に赤屋根の和風建築が入り混じり、遠目から見ると岩肌に紅葉が色付いているようだ。高台の岩の所々からは湧き水が流れており、小さな滝を寄り集めるようにして水路が形成されている。街の隙間に網目状に張り巡らされた水は清らかな音を立て、人々の賑わいを穏やかに彩っていた。

 俺は額の上に手で庇を作りながら、郷愁を抱かせる美しい光景に目を細めた。

「綺麗だな」
「えへへ。本当は入ったら怒られる場所なんだ。見つかったらギルドの独房に入れられちゃうかも」
「おいコラ!」
「バレなきゃ問題ないし!」

 元気に唯我独尊理論を披露する幼女に俺は口を押えて軽く震えた。

 ダウバルフはどうしてこうなるまで放っておいたんだ。
 もし見つかったらシャルだけを置いて先に逃げよう。

 それはそれとして、シャルが自慢するだけあって、ここからの景色は何度見ても心が揺り動かされる。雑多に溢れかえる人々の混沌とした異文化交流や、懐かしい和風建築の数々に、ホームシックで荒んでいた俺の気分が丸く包み込まれていくような気がした。

 自然と会話が途切れ、しばしの間二人で美しい街並みに見入る。

 あれだけ警戒していた隣里で、まさかこのような経験ができるとは思わなかった。

 シャルとの初対面は最悪だったし、まだ殺されかけたのは許せていない。
 だが、もう彼女から当時の犯行動機を聞き出そうとは思わなかった。

「しっかし、客の懐具合に合わせた店を選んだり隠れた名所知ってたり、ガイド慣れしてるよな。前にやったことあるのか?」
「べ、べつに? 昔小遣い稼ぎにやってただけだし」
「ははぁ、観光客から搾り取ったか。なら俺からも金取るの?」

 意地悪な問いかけだという自覚はあったが、シャルには酷い目に遭わされたのだからこれぐらい構わないだろう。

 もし料金を取られることになっても、ダウバルフに今朝のことを叱られてシャルには負い目もあるはずだ。吹っ掛けたところで法外な金額になるわけがない。

 そう高をくくって返事を待っていると、シャルは頬を膨らませながらもじもじと両手の指先を浅く重ねた。

「……ドドックスでもう貰ってるし。貰いすぎるの良くないって、ダウ爺言ってたもん」
「へぇ、可愛いところあるじゃんか」
「かっかわいい? えへへ、アンタも見る目あるし」

 シャルは忙しなく視線を泳がせながら口元をだらしなく緩めた。

 一日シャルと触れ合ってみて分かってきたことだが、彼女は見た目に反して精神年齢が低い。学ぶべきことを誰からも教えられず、人との付き合い方もよく分かっていないように思える。エラムラの里の外でダウバルフと二人っきりで過ごしてきたことに加えて、里の人間たちのシャルに対する態度も拍車をかけたのだろう。

 シャルたちとエラムラの里の間には並々ならぬ因縁があるのは、すでに察している。

 本人から事情を聞き出すのは容易いが、聞いたところで俺には手助けなんてできるわけがない。
 下手に踏み込んで、ようやく築いたシャルとの関係も壊したくなかった。

 犬のように頭をずいずい摺り寄せてくるシャルを撫でながら、俺は西の空へと目を向けた。

 高い青空には昼の半月が浮かんでおり、昼を過ぎたばかりだというのに夕暮れの気配が近づいてきている。もう少し寒くなってくれば、日が落ちる速度はもっと上がっていくだろう。

「そろそろ薬草取りに行かないとなぁ」
「え……もう行っちゃうのか?」

 俺の小さなぼやきを拾った瞬間、シャルが素早く手をつかんできた。
 骨が軋む握力に俺は縮み上がったが、平静を装って続けた。

「俺の村は高冠樹海の向こうだからな。夕方になると真っ暗になって危ないんだよ」
「なら樹海の上飛べばいいじゃん! あの炎みたいなので!」
「体力持たないって。途中で墜落するわ」
「でも! と、友達! アンタの友達見つかってない!」
「いやぁ、ギルドの方に伝言頼んでおけば多分大丈夫だろ」

 エトロとアンリは俺に関する約束事や道徳観がびっくりするぐらい緩い。そのため、ここで合流できずともあまり大きな問題にならないという確信があった。それに、俺は一度も二人を出し抜けたことがないから、俺が何をしても彼らの想定内で収まるはずだ。薬草を取ってバルド村に直帰しても彼らは気にしないだろう。

 だがシャルはどうしても俺に残って欲しいようで激しく地団太を踏んだ。

「んむうう! 依頼なんて後回しでいいし! ここで適当にドラゴン殺してれば、オレが換金所まで運んでやるし!」
「それって俺にここに住めってことか?」
「う……ちょっと違う、けどそうだし! 宿に泊まればいい! 安いところ案内してやる! お金ないなら、あのクソジジイにオレからお願いしてやってもいい!」

 涙目になりながら訴えてくるシャルに俺はつい表情を緩めた。

 日本にいた頃は子供の面倒を見るのが苦手な部類だと思っていたが、いざ気に入られてしまうと愛着が湧いてしまった。しかし悲しいかな、それだけでは俺の故郷に帰りたいという気持ちは止められないのだ。

「ごめんな。エラムラの里に住むのも悪くないかもしれないけど、あっちの村でやり残してることたくさんあるから無理だよ」
「なんで! そんなの全部無視して引っ越しちゃえばいいじゃん!」
「大人の事情があるんだよ」

 必殺、子供を丸め込む言い訳。

 案の定、シャルは観念したように押し黙った。
 その目が今にも涙で決壊しそうなのを見て、俺はゆっくりと彼女と目を合わせるように、その場にしゃがみ込んだ。

「なぁ、お前が守護狩人って言うのはマジなのか?」
「マジだし……竜王討伐、三年前におわらせた」

 守護狩人への昇格に必要なのは、五大竜王のうち三体の討伐実績だ。竜王と銘打ってるだけあり討伐難易度は折り紙付きで、俺が苦戦して死にかけたソウゲンカより遥かに危険度が高い。

 ゲームで仕入れた知識を掘り返したところで、俺はピシリと固まった。

「……え? お前今何歳だ?」
「十二」

 つまりシャルは九歳の時に守護狩人になったのである。

 アンリを越える麒麟児っぷりに俺は嫉妬を通り越して称賛した。
 それから、真剣な面持ちでシャルに告げた。

「お前の腕を見込んで、頼みがある」
「なんだ? お引越しか?」
「違う。ちょっと依頼手伝ってくれよ」
「依頼って、薬草取るやつ?」
「そう。俺が薬草取ってる間だけドラゴンから守ってくれないか?」

 大真面目なフリをして頼んでいるが、俺だってシャルの護衛がなくとも無事に生きて帰れる自信はある。理性的に考えればお互いにとっても時間の無駄にしかならない依頼だ。

 それでもあえて、俺は彼女を連れていきたかった。
 隣里へのパイプ役を作っておきたいという下心もあるが、より本心に近い理由を述べるとするなら、なんとなく・・・・・だ。

 シャルは俺の言葉を聞いて黙り込んでしまった。
 やはり幼くして守護狩人になった彼女には、いまさら雑用依頼に付き合うなんて退屈だったろうか。

 諦め交じりに俺が眉を下げていると、シャルは俯いて前髪で目元を隠した。

「……い」
「い?」
「一緒に、行っていいの?」

 髪の隙間から見えたシャルの紫色の瞳が、不安と期待で揺らいでいる。

 想像していたものと違う湿度の高い反応に俺は困惑したが、考えるまでもなくシャルに手を差し出した。

「俺が頼んでるんだよ。付き合ってくれたら、またここに来た時にガイド頼むよ」
「……! うん、約束!」

 シャルは大きく頷くと、今までの強張った笑顔とは比べものにならないぐらい、控えめで幸せそうな笑顔になった。
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