家に帰りたい狩りゲー転移

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1章

ある兄弟の過去

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 アンリの弟はソウゲンカに殺された。

 弟のエランは病弱で、日に焼けるだけで肌が赤くなってしまう儚い子供だった。アンリが齢十歳で弓を自在に操っていたというのに、エランは十二歳になっても一番軽い双剣を振るだけで息が上がるほどだった。

 アンリは弱い弟を守るために狩人になった。
 エランは強い兄に憧れて、意地でも狩人になる夢を諦めなかった。

 両親をドラゴンに殺され、たった二人しかいない家族だからこそ、互いを思いあう気持ちも人一倍強かった。

「どうしてお兄ちゃんは強いのに、僕は弱いままなんだろう」

 バルド村の崖の上にある小さな池のほとりで、エランは愛用の双剣を抱きしめながら泣いていた。任務帰りで血を洗い流したばかりのアンリは、濡れた髪をかき上げながらエランの隣に座った。

 二人は髪の色も瞳の色も同じだったが、目つきだけは対極だった。いかにも気弱そうなエランのたれ目は、いつも泣いているように見える。逆にアンリのつり上がった目じりは不満そうで、実際、弟を悪く言う他の狩人にイライラしていることの方が多かった。

「エラン。弱いからと言って気に病むな」
「だって……お兄ちゃんは十歳で守護狩人になったのに、僕は見習いのままだよ?」

 この日、エランは十歳の誕生日を迎えた。せっかくの誕生日なのに、誰かがまたエランとアンリを比較して弟を傷つけたのだろう。アンリは秘かに胸の内で怒りを燃やしながら、弟の頭に手を添えて乱暴に抱き寄せた。

「わぷっ、お兄ちゃん?」

 幼い顔をますます驚きで幼くしながらエランはアンリを見上げた。癖のついた茶髪は柔らかく、母親に似ている。アンリの髪は父に似てごわついているため、弟の髪の感触が羨ましくてつい撫でたくなってしまうのだ。

 エランは覚えていなくとも、アンリは両親のことを朧気ながらに覚えていた。二人とも立派な狩人で、父は良くアンリを抱っこしながら狩りの武勇伝を語って聞かせてくれた。そして話の締めには必ず、温かいまなざしでこう言っていた。

『俺が母さんを守ってるみたいに、お前はエランを守ってやれよ。そして二人で、立派な狩人になれ』

 父は最後まで母を守って死んだ。その後母は大病を患い、父の後を追うように眠りについた。母は早くに死ぬことを父に詫びながらも、アンリとエランに父と同じようなことを言い残した。

『二人で助け合って生きるのよ。アンリ、エランを守ってあげて』

 両親の言葉はアンリの心の奥底に深く刻まれている。
 その言葉の通りにアンリは生きてきた。エランもまた兄と同じように生きようとしている。

 だが兄としては、唯一の家族を戦場に立たせたくないのも本音だ。エランには悪いが、弱いままでいる弟にアンリはほっとしていた。それを自覚するたびに罪悪感に苛まれ、今も胸の痛みをこらえきれず、アンリはエランを優しく抱きしめた。

「お前は俺が守る。無理に強くならなくてもいい」
「無理なんか……してない。僕は本気で強くなりたいんだ」
「もちろん分かってるよ。お前は十分頑張ってる」
「……うん」

 アンリにはエランの気持ちが手に取るように分かった。努力を認められても、結果が伴わないから嫌なのだ。慰めの言葉を貰ったところでどうにもならない。そんな気持ちが丸ごと幼い顔に書いてあった。
 それはそれとして、と言わんばかりに、エランは兄の胸に寄りかかりながら頬をこすり付けた。こんなに甘えているのに、昔のようにハグしてこないのがいじらしい。

 エランの掌には分厚い肉刺ができている。成長期をとっくに迎えているのに身長は小さいままだが、手足の筋肉も以前より明らかに太くなってきた。ちゃんと時間をかけて育てていけば、エランはきっと狩人になれるだろう。

 勇ましく双剣を構えるエランの姿を思い描いて、アンリは寂寥とした気持ちになりながら視線を落とした。

「いつかでいい。俺もお前と一緒に狩りがしたいよ」

 アンリの視線の先には小さな池があった。薄く濁って魚もいない、藻類だけが水の中で揺らいでいるだけのなんの面白味もないものだ。ただ、今日は風のない穏やかな日だから、鏡のような水面には美しい夕焼けが映り込んでいた。

 ここはエランが見つけた兄弟二人だけの秘密基地だ。樹海の闇から切り離され、バルド村の喧騒も程遠いこの場所は静かで、二人を好き勝手揶揄する無頼の輩もいない。

 もともとアンリ達はノノリカ村で暮らしているただの子供だった。

 アンリとエランにとって、自分たち以外の人間はほとんどが敵だった。任務の報酬も横取りされ、ドラゴンを討伐しても手柄を横取りされて、いつまでも生活が苦しいままだ。最前線で名を馳せた両親に恨みを持つ他の狩人からも暴力を振るわれ、弟を庇うアンリの背中には生傷が絶えなかった。傷だらけの兄弟を見ても、村の人間は見て見ぬフリをする人ばかりだった。村から逃げ出すときも、大人たちは汚らわしいと何度もアンリ達に悪罵をかけた。

 ノノリカ村の人間は最低だったが、バルド村の人間は違った。

 最前線に身を置くからこそなのか、バルド村では村人同士のつながりが強い。三年前のスタンピードで焼け出されてしまったノノリカ村の人々のことも、バルド村の住人は快く受け入れてくれた。

 バルド村でなら子供の狩人だからと言って馬鹿されることはない。理不尽な暴力を受ければ誰かが助けてくれて、手柄も平等に与えられた。食べ物に、困っていれば、隣のおばさんが料理の作り方を丁寧に教えてくれた。狩りで俺がいないときも、村の人間がエランの面倒を見てくれたおかげで、不埒な人間に攫われるようなこともなかった。

 ここならきっと、エランのように弱い子供でもきっと狩人になることを許してくれるだろう。

 アンリは守護狩人になってから、村と比べ物にならないほど多くの世界を見てきた。対してエランは大人からの理不尽な暴力から守るために狭い部屋の中に半ば軟禁されていたのだ。今まで辛い生活を強いていた分、アンリはエランに自由に世界を見てほしかった。

「なぁエラン。村の外には秘密基地よりもっと綺麗な景色がたくさんあるんだ。川を下った先のヨルドの里みたいな、大きな里がたくさんあるんだ。中央都市には全国から狩人が集まって、祭りも開かれるんだってさ」

 安全な村の中で一生を終える村人にとっては一生見る機会のない光景を、アンリは危険を冒しながら何度も見に行った。どれも獰猛なドラゴンと戦ってなお価値のある美しい景色で、新しいものに触れるたびにアンリはエランのことを思った。

 いつかこの景色をエランと共に見れたら、両親に胸を張って会いに行くことができる。
 だからこそ、アンリはエランがどんなに弱くても狩人になってほしいと願っていた。

 エランはアンリから聞いた数々の光景に、想いを馳せるように瞼を降ろした。それから大きなたれ目を夕日に煌めかせて、エランは顔を綻ばせた。

「……僕も見たいな。いろんな景色」
「俺が連れて行ってやる。危険なところでも守ってやる」
「でも、守られてばっかりなんて……」
「俺はお前の兄ちゃんだぞ? それぐらいかっこつけさせてくれよ」

 困ったようにそう言えば、エランは澄ました表情になってぷいっと顔をそむけた。

「そんなこと言えるのは今のうちだけだからね。僕だってすぐ強くなるから」
「はははっ、期待してるよ」

 アンリは笑いながら、またエランの頭を撫でまわした。





 それから一年後、エランはついに昇格試験を突破し、採集狩人になった。双剣の扱いは覚束ないが、下位ドラゴンを十体討伐できたのだから、狩人としては十分な実力だ。一部の狩人はエランを馬鹿にして野次を飛ばしたが、その他大勢の狩人は仲間として歓迎してくれた。

 エランと初めて一緒に狩りに出た時は緊張した。危うい手つきでドラゴンにトドメを刺してすぐに油断するため、アンリの気苦労は絶えなかった。だが、任務を終えるたびにエランが今まで見たこともない笑顔を見せてくれるので、アンリの疲れは一瞬で吹き飛んだ。

「お金が溜まったら、中央都市に行ってみたいな」

 バルド村のギルドで納品を終えた後に、エランがぽつりと夢を零した。アンリですら行ったことのない場所だが、人間なら誰でも知ってる大都会だ。村の守護狩人から度々話を聞いているので、人が大勢いてドラゴン狩りのお祭りがあるのも知っている。

「南門の近くに美味しいレストランがあるんだってよ。いつか一緒に食べに行こうな」
「うん! 僕、頑張ってお金貯めるね!」

 アンリがエランと共に狩りに出かけた回数はそれほど多くない。幼くして守護狩人にまで上り詰めたアンリは、村からの直々の依頼で忙しく、採集狩人の中でも最弱のエランと同じ任務にはどうしても行きにくかったのだ。

 アンリがいない間も、エランは他の採集狩人と共に任務に出ていたらしい。家に帰るたび、エランは楽しそうに任務であったことを語って聞かせてくれた。ノノリカ村で迫害されてきた時とは大違いで、友達ができて毎日が楽しいらしい。

 エランの最初の友達はエトロだった。ノノリカとは別の村で暮らしていたが、アンリ達と同じくスタンピードに見舞われ、隣里を経由してここに来たらしい。エランより一つ年下らしいが、中位ドラゴンに喧嘩を吹っ掛けるやんちゃな子らしいので少し心配だった。

 いつも兄の後ろに引っ付いていなければ外出できなかった弟が、知らないところで一人で生きる術を身に着けていく。その成長に寂しさを覚えたし、自分がいないときに限って強くなるので拗ねたくもなった。それでも律儀に家で出迎えてくれるエランは可愛いもので、アンリは毎日が楽しくて仕方がなかった。

 ある日、アンリは久々の休日を貰ってエランの任務に同行することになった。

 今日はアンリがいるから、と受付嬢に微笑まれて、エランには少し難易度が高い任務を渡された。アンリにとっては片手を封じても余裕で達成できる、下位ドラゴンの殲滅任務だった。

 久しぶりにエランと狩りに出かけられるので浮かれていた。弟にかっこいい所を見せたかったのもある。アンリはエランに戦い方を教えながら、少し大げさな動きでドラゴンを討ち取って弟の男心を煽った。エランはすぐに乗せられる純粋な子だったので、すぐにムキになってドラゴンを追いかけまわした。

 やる気満々のエランの手によってあらかたのドラゴンが倒された後、アンリは取り逃した一匹が森の奥に逃げるのを見つけた。エランもアンリの視線の先に気づいて、あれは自分の獲物だと宣言してから走り出してしまった。

 アンリはエランの後姿を見送りながら、のんびりとその後を追いかけた。何かあれば自分の弓で助けられる距離で、近くに他のドラゴンはいない。だから余裕だと高をくくっていた。

 その数秒後、高冠樹海が火の海に飲み込まれた。
 異常を目の当たりにしたアンリは、エランの名を叫びながら燃え上がる樹海へ躊躇いなく飛び込んでいった。空から落ちてくる火の粉が目の縁を焼き、アンリの『陣風』を受けてさらに激しく燃え上がりながら行く手を阻んだ。それでもアンリは弓を使って追い風を作り、弾丸のような速度で森を疾駆し続けた。

 幸いエランはすぐに見つかった。取り逃がした下位ドラゴンの骸の傍で腰を抜かしたまま震えていた。

 エランの前には、絶壁のごとき巨体のソウゲンカが佇んでいた。固い嘴の中で紅炎を濃縮し、エランを焼き尽くさんとする。

 アンリは強引にエランの横に着地すると、弓を構えてソウゲンカの顎下へ攻撃を叩き込んだ。
 僅かにブレスの軌道が逸れたが、弓を打つために伸ばした左腕に直撃してしまった。

 左肩から先が無数の虫に食い破られるような激痛に襲われ、アンリは悲鳴を上げながらその場を転がりまわった。

 周囲の空気が焼けこげて、熱気を吸い込んだ喉と肺から激痛が走った。掠れた声を吐きながらアンリは立ち上がろうともがいた。すると、悲鳴を聞いたエランが正気を取り戻し、涙を流しながらアンリを抱き起した。

 自分を置いて逃げろと言いたかった。だが、煙の中で叫びまわったせいで喉が枯れており、蚊の鳴く様なうめき声しか出せなかった。

 エランは泣きじゃくりながら立ち上がり、アンリの右腕をつかんで引っ張り始めたが、ふと動きを止めて目を見開いた。

「守るよ」

 決意の滲んだエランの声がして、アンリはいつの間にか遠くに投げ飛ばされていた。エランの馬鹿力に驚きながら地面を転がり、アンリは痛みに霞む目を持ち上げてエランを見た。





 次の瞬間、熟れた果実がつぶれるような音がして、弟はただの血だまりになった。





 弟はソウゲンカに餌とすら見做されず、虫けらのように足蹴にされて殺された。

 あの日取り返せたのはエランの双剣だけだった。

 どうやって村に帰ってきたのかは覚えていない。
 誰かが運んでくれたのか、自力で戻ったのかすら不明だ。

 医務室で意識が戻ってすぐ、アンリは傷が癒えるのを待たずに村を飛び出した。

 ソウゲンカを殺す。ドラゴンを殺す。
 殺意だけを抱いて、来る日も来る日も樹海の中ですべて殺しまわった。

 食料、素材、村の発展などすべてがどうでもいい。価値のあるドラゴンの死体を打ち捨てて森の中を飛び回り、エランの双剣で片っ端からなます切りにする。傷口にドラゴンの血が入り込んで神経がしびれるような痛みを発していたが無視した。空腹で意識が飛びそうになった時は、目の前で瀕死になっているドラゴンに食らい付いた。

 泥だらけのゾンビのような姿で暴れるアンリを、バルド村の狩人たちが止めに来たこともあった。だが人間まで殺しそうな勢いのアンリを見て、彼らはただ食料と水だけを置いて去っていった。
 夜を迎えた森の中、狩人たちが残した松明に照らされる食料を前にしてアンリは迷った。だが本能的に訴える食料の香しい匂いに耐え切れず、アンリは勢いよくそれに飛びついた。

 久々に人間らしい食事をとって理性が戻ってきたが、戻らない方が幸せだった。

 エランの大好物だったアップルパイをほお張ると、目が溶けてしまいそうなぐらい涙が溢れた。冷えた水も焼けただれた喉に染みたが旨くて、たまらなく悔しかった。

 家の中には弟のために買ってきた昼飯の材料が残っている。デザートを作るためにリンゴと高い小麦粉まで買ってきて、隣のおばさんから卵を貰っていた。バターや砂糖は、弟が稼いできたお金で買ってきた貴重なものだった。
 帰ったらすぐに作ってあげられるように、皿も用意して、窯の横に薪も積んでいた。テーブルの上には、母が生まれてくる弟のために作ってくれた熊のぬいぐるみも置いていた。

 食材はすべて腐ってしまっただろう。バターも砂糖も溶けて無駄になった。
 ぬいぐるみを抱きしめてあげられる人間はもういない。

 理性が戻らなければよかったと心底思う。このまま狂いながらドラゴンと共倒れになれたらよかった。だが弟が助けてくれた命を投げうてるほど、理性は狂ってくれない。ただドラゴンを殺しているだけのアンリに無事を願ってくれるバルド村の人々に、無様な死に様を晒すわけにはいかない。

 狩人は両親が大事にしてきた生業であり、弟の憧れだ。
 誇りはすでに粉々に砕け散ったが、せめて己の死に様だけは誇らしくありたい。

 発狂寸前の意識が徐々に冷えていき、アンリは理性的な殺戮を開始した。

 大勢のドラゴンを殺した。高冠樹海の中位ドラゴンはほとんど全種狩った。なのにソウゲンカだけが見当たらない。毒々しい彼岸花と火の海を求めて、血と泥にまみれながら一週間がたった。

 ──ついにソウゲンカを見つけた。

 ついさっき殺したドラゴンを焼いている最中だった。
 樹海の葉がマグマのように真っ赤に染まり、火の粉の雨を降らせながら幹を黒く焦がしていくのを見て、ソウゲンカが現れたのだとアンリは察した。

 アンリは焼けた肉を放置して炎の元へと駆けた。

 ドラゴンの血を吸ってすっかり手になじんだエランの双剣を構えながら、アンリは真正面からソウゲンカと相まみえる。
 弟を殺した同じ個体かどうかは、もはやどうでもよかった。これから先ソウゲンカを見つけたら地の果てまで追いかけて必ず仕留めるとすでに決めていたからだ。死体すら残らなかった弟のために、数え切れぬほどのソウゲンカの死体を捧げる。そうすればきっと、弟は地獄のようなこの世界から解放される。狩人として死んだ両親と同じ天国に行けるはずなのだ。

 ソウゲンカとの死闘は一晩中続いた。背中の触手を根こそぎ切り落とし、後ろ足の肉を削ぎ、腹を掻っ捌き、目玉を潰し、嘴を砕き、舌を割いて腸を引きずり出し眼窩の奥に拳を突き込み脳みそをかき回し口から頭を突っ込んで食道を切り刻みあばら骨を砕いて心臓に噛みつき──。

 奴がいつ息絶えたのかは知らない。

 いつしか、アンリはソウゲンカだったものの上で眠っていた。

 憎き敵の存在を、原型をとどめぬ程に叩き潰した。命を奪う相手に敬意を払えと父は言っていたが、この時ばかりは狩人でいられなかった。死体を丁寧に解体し自分の糧とするのが狩人たるもの。しかしここまで粉々になっては、なんの糧にもならない。それで構わない。仇敵の遺志を自分の武器に織り込むなんて考えたくもない。

 死体から起き上がると、焼け野原になった高冠樹海の残骸が散らばっていた。アンリの周りにはどちらのものか判別できない血だまりがあった。血だまりの中には、月明かりを反射して映り込むアンリの姿があった。全身真っ赤で肌と衣服の境目が曖昧だ。足首は変な方向にねじ曲がり、わき腹にも深々と爪で切り裂かれた跡がある。炎で焼かれて、どの傷も出血が止まっていた。

 どの傷からも何も感じなかったのに、弟を失ったあの日に負った左腕の火傷だけが酷く痛んだ。

 両手を持ち上げて見下ろすと、エランのためにとなけなしの金で中央都市から取り寄せた双剣が目に入る。一週間以上手入れもしないで乱暴に扱われても、双剣は全く刃こぼれしていなかった。

「俺が……守るはずだったんだ……」

 強い武器だけでは弟を守れなかった。自分の力では間に合わなかった。自分のせいで弟は死んだ。守ると言ったくせに守られた。両親に誓って弟を守ると決めていたのに、すべての信念がアンリの中で崩れ去った。

 これでは両親に顔向けできない。死んでも弟に合わせる顔がない。ソウゲンカを一人で倒せたとて、もはや守るべき人がいない。

 一人だ。

「ぅう、っがあああああああああ!」

 アンリは獣じみた咆哮を上げ、火傷で黒ずんだ左腕を地面に叩きつけた。
 
 殺してやる。
 両親を殺し、たった一人の弟まで奪ったドラゴンすべてを殺しつくす。純粋な殺意がアンリの中で嵐となって荒れ狂い、記憶の中に残る弟の姿をより強く意識に焼き付けた。

 弔いはまだ終わっていない。
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