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ギルドが冒険者に貸し出している相談室にて。
ルシフェンは床で正座したまま、石のように押し黙っていた。日本の反省方式を取り入れているルシフェンたちは、誰かが何かをやらかした時、必ずこのポーズを取らせるのが決まりである。
正座するルシフェンの正面にはタナト。その左にはノルン、右にはルナが立っている。事前に口出ししないように約束させられたため、ルナはおろおろとルシフェンと女性陣を交互に見ることしかできなかった。
張り詰めた空気の中、仁王立ちするタナトが低く呼びかける。
「リーダー」
「はい」
「分かってるよね?」
「はい……俺の早まった決断のせいで、ルナを危険に晒しました……」
申し訳ございません、と綺麗な土下座を見せるルシフェンに、ノルンは仕方なさそうに溜息をついた。
「ねぇルシフェン。ルナちゃんのメンタルがふにゃふにゃなのは前から知っていたでしょ?」
「はい……でも去年から毎日、ルナは笑顔で楽しそうだったから、もう治ったものと……」
「治らないの。心の傷は治らないの」
物分かりの悪い子供に言い聞かせるように、ノルンは何度も繰り返した。ルシフェンは土下座した状態でこくこくと頷き、さらに深く頭を下げた。
流石に見かねたルナは、小さく挙手をしながら間に割って入った。
「ね、ねぇノルン。タナトちゃん。私はもう気にしてないから。土下座はちょっとやりすぎだよ」
「ダメだよルナ。リーダーは甘やかしちゃいけないの。前に甘やかした時、ウチのオヤツ一週間もずーっと盗み食いされたの!」
「オヤツぐらい俺だって食いたいもん!」
「だからって限定品ばっかり食べていい理由にならないもん!」
「だって美味しいんだもん!」
もんもんもんもん鳴き出した二人に、ノルンがチョップで制裁を喰らわせる。
「「ぐわああああああ!」」
頭を押さえながら身悶える二人に、ノルンはふんと鼻を鳴らした。
「ダイエットしてる私の前で、美味しそうな話しないでちょうだい!」
「えぇ? 怒るところってそこなの!?」
「つか、ノルンが太って見えるのは単純に胸がデカいだけへぶぅ!?」
ルナが驚いている横でルシフェンが余計なことを口走り、ノルンの見事なキックをお見舞いされた。かぃん! とブーツのつま先が直撃したルシフェンの鎧から間抜けな音が響く。
「うぎゃ! 俺ばっかり当たりが強いぞ! どうなってんだノルン!?」
「ルシフェン。今日のあなた、あまりにも酷いわ。だから私、今日は絶対に貴方を泣かせるって決めたの」
「ヒィエエアアアアア!」
ルシフェンは甲高い悲鳴を上げ、涙目になりながら壁際まで逃げてしまった。
ルナはルシフェンが元気なうちに黙礼した。ノルンを怒らせたら制裁は免れない。魔法の実験台にされるか、三日間地獄のバイトで働かされるか、それよりもっと酷い目に遭うのか。
ガタガタと怯えるルシフェンに、タナトからも容赦なく魔の手が近づいてきた。
「リーダー、あなたはルナに一生治らない傷をつけた。責任とって。取らなきゃまた椅子と仲良しさんだよ」
じゃら、と拘束魔法が片鱗を覗かせると、ルシフェンが子羊のように震え上がる。が、意外にも別の方向からルシフェンの擁護が入った。ノルンだ。
「タナトちゃん。それについては、私にも責任はあるわ。ルナちゃんの追放はルシフェンが決めたことだから、私、いつものようにきっとうまく行くと思ってしまったの」
「ノルン……」
「ごめんなさいね。ルナちゃん、タナトちゃん。追放の話を始めた時、年長の私が止めればよかった。ルナちゃんの本気を見てみたいと思ってしまったばっかりに……」
「じゃあ、みんなで責任を取るしかないね」
タナトの発言により、皆の視線がルナに集まる。ルナはあはは、と渇いた笑いを漏らしながら、照れ臭そうに指先で髪をいじった。
「ええっと、その、これまでのやり取りで、皆さんの事情はなんとなく把握しました。自惚れじゃなければ……私のことが嫌いで、追放した訳じゃないんですね?」
三人は顔を見合わせると、ルシフェンを筆頭に思いの丈をぶつけ始めた。
「大好きだ!」
「家族だと思ってるわ!」
「愛してる! この世の誰よりも!」
「一人こわいんだけど!?」
ルシフェンの恐怖に満ちた叫びはルナにスルーされた。
「それなら、どうして私を追放なんかしたの?」
「ルナちゃんの才能を潰してしまっているんじゃないかって、ルシフェンが心配しちゃったのよ」
「才能、ですか?」
意味が分かっていなそうなルナに、ルシフェンは床から立ち上がりながら告げる。
「ああ。君の力がなければ、俺たちはSランクにすらなれなかっただろう。そこは本当に、ほんっとうに感謝している!」
「でも……私は、複製スキルの本当の使い方を皆に黙ってたんだよ。騙してたんだよ?」
「黙っていたのにも理由がある。だろう?」
ルシフェンの指摘は正しい。
ルナが複製スキルの使い方を黙っていたのは、ルシフェンたちを信用していなかったからではない。バジリスクの角を九十九個も複製できたように、誰かにスキルのことが露見したら、パーティメンバーを面倒ごとに巻き込んでしまうと危惧したからだ。
複製スキルは、金塊や宝石まで複製できてしまう。それが世に知れたら、ルナを捕まえようと悪人が詰めかけてくるかも知れない。それらから仲間を守るために、ルナは少しでも複製スキルの秘匿性を高めたかったのだ。
その旨を打ち明けると、ルシフェンたちは納得したように深く頷いた。
「確かに、その判断は間違っていない。君の力は兵器まで複製できてしまうし、ダンジョンから出土するアイテムの中には、国を滅ぼしてしまえるほどの物もある。そんなものが複製されたらと思うと、ゾッとするな」
ルシフェンの話にルナはぞわりと背筋が泡だった。するとすかさずノルンがルナを抱き寄せて、後頭部をぽんぽんと撫でながら真剣な声色で言った。
「心配しないで、ルナちゃん。私たちは絶対に秘密を守るわ。貴方を狙う人たちからも守る。無事にニホンに帰れるまで、ずっとよ」
「ノルン……ありがとう」
ルナは緩みかけた涙腺を引き締め直すと、ノルンを見上げながら純粋な疑問を口にした。
「でも……そもそも私って、このパーティじゃ足手纏いだったじゃない? そこは気にならなかったの?」
「あ、足手纏い!?」
ルシフェンが腹の底から驚愕の声を上げるが、懺悔に必死なルナはあまり聴こえていなかった。
「だって戦えなかった。皆から色々戦い方を教わっても、一人じゃ何もできなかった……」
S級ダンジョンに一人で挑んだものの、ルナは結局ルシフェンたちに助けられてしまった。それが、彼女の自己肯定感を限りなく下げてしまっていた。ルシフェンたちがあの場で退却を選んだのも、自分を助けるためにダンジョン攻略を諦めたからだとすら思っている。
「このパーティーに相応しくないのは私の方だよ。私一人じゃ、とてもSランク冒険者になれない……」
ルナは顔を覆いながら、ぎゅっと唇を噛み締めた。
一方、残りの三人は唖然として、心の声で合唱した。
何を言っているんだこいつは。
ルシフェンは呆れたように肩をすくめ、堪えきれずに笑い出した。
「全くもう、一人じゃできないって、何を当たり前なことを……」
ルナが挑んだ辺獄は普通のS級ダンジョンと比べ物にならないほど高難易度だ。もしダンジョンにS以上の階級があったなら、辺獄は間違いなくSSS級の格が付いていただろう。
だから、S級ダンジョンを三人でクリアしたルシフェンと、SSS級に一人で挑んだルナを比べるのはお門違いだ。
だがそれを今のルナに説明しても、曲解されるだけかも知れない。ならばとルシフェンは、あえて直球でぶつかることにした。
「ルナ。いいかい、よく聞け! 俺は魔法がつかえない! そんで、ノルンは腕が弱すぎて剣をろくに振り回せない! タナトはヒーラーなのに、危機管理能力が圧倒的に足りない! こいつは敵を殴りたいがためにすぐに前に出てくるからな! ルナが来る前のタナトは、治癒士の癖に治療する魔力を残さず攻撃していたからな!?」
「ねぇ、ウチだけ情報量多いのなに?」
だん! と床を踏み鳴らしながら、ルシフェンはルナに歩み寄る。
「俺たちは一人でも欠けたら、ダンジョンをクリアするにも一苦労なんだ! 俺たちがここまで来れたのもルナのおかげだ!」
「り、リーダーちょっと近い! 暑苦しい!」
「俺たちが三人でS級ダンジョンをクリアしたのは、君の足を引っ張りたくないと思ったからだ。君は強い、もっと自信を持ってほしい!」
「うにゃあああああ!」
がしっと力強くハグされ、ルナは情けない悲鳴を上げた。湯気が出そうなほど顔を真っ赤にしているのだが、ルシフェンはそれに全く気づくことなく、打って変わって静かに続けた。
「……だが一人で戦える限度を俺たちが教えてこなかったせいで、君にあんな無茶をさせてしまった。君が異世界から来た子であると忘れてしまった俺の落ち度だ」
「リーダー……あの、タナトちゃんがすごい顔してるから。なんか見たことない魔法陣出してるから!」
ルナの懇願が届いたのか、それとも偶然か。ルシフェンはすぐにルナから身を離して、しかし深刻そうな面持ちで続けた。
「以前、俺たちは君だけを残して全滅しかけたことがあっただろう? あの時のように、俺たちがずっと生きていられる保証はない。どこかで誰かが欠けるかもしれない。俺が絶対にそうさせないが、必ずできる訳じゃない。だからその……」
ルシフェンは言い淀むと、涙目になりながらルナの目を見つめた。
「いきなり異世界に放り込まれてしまった君だけでも、無事に生き残ってほしいから……君の実力を試したかったんだ……本当にすまない」
ルナはぽかんと口を開けたあと、だんだんと理解が追いついてきて思わず吹き出してしまった。
「ふふ、なんだ。スヴァロウさんたちの言葉も、あながち嘘ではなかったんですね」
「うん?」
「スヴァロウさんが言ってたんです。私を守るために、リーダーたちは私をパーティーから追放したって」
そういえばスヴァロウがそんなことを言っていた気がする。その発言のせいで三人だけでS級ダンジョンに突撃するハメになったのだが、ルナには黙っておこう。
とにもかくにも、ルナに笑顔が戻ったことでルシフェンたちはほっとした。
「本当に追放して悪かったな、ルナ」
「もう、いいですよリーダー。私は気にしてませんから」
「そ、そうか……」
ルシフェンが口をつぐむと、ルナもモジモジしながら黙ってしまった。
なんだか甘い空気にムッとしたタナトは、数歩の助走をつけ、マタタビを前にした猫のようにルナに抱きついた。
「きゃ!? タナトちゃん!?」
「……もう離さないから。ウチが一生守るからね」
「あ、タナトちゃん、そのことなんだけれど」
ルナはやんわりとタナトを引き剥がし、純粋に目を輝かせながらキッパリと宣言した。
「私、決めました。正式にパーティを離脱します!」
「「「……はぁ!?」」」
「私が実力を隠していたせいで、皆に心配をかけてしまったのがそもそもの原因です。だから今度から実力を隠さず、一人で旅に出てみたいと思います!」
「なん、ななな、お、お父さんは許さんぞォ!?」
「ルシフェン、ちょっと黙って」
「ごめぇん……」
ノルンは縮こまったルシフェンを押し除けると、ルナの手を取って説得を試みた。
「一人旅なんて危険だわ。どうしてもやらなきゃいけないことなの?」
「はい。一人で戦ってみて、自分の課題が見えたんです。複製スキルには弱点があって、そのせいで辺獄をクリアできなかったんです。こんな私じゃ、自分の身どころか、みなさんに頼ってばかりになってしまいます。だから、皆さんを守れるぐらい強くなって、また帰ってきます!」
真っ直ぐとした決意に、ノルンは絶句した。その後ろではルシフェンが腕を組みながらだらだらと冷や汗をかきまくる。
「そ、そそそんな、いや、ルナがのびのびと才能を伸ばせるなら俺はいいんだ。なんだけどね? あんなことがあったばかりだし、もう少しぐらい一緒にいてもいいんじゃないか? な?」
「リーダーの言う通りだよ!」
タナトは突然大声を出し、先ほどよりも強くルナに抱きついた。
「ルナ。ウチのそばから離れないで。ウチらを守るなんて余計なこと考えなくていい。ウチが一生守る」
熱烈な告白にルシフェンとノルンは互いに手を合わせながら黄色い悲鳴を上げた。
しかし肝心のルナには全く伝わっていなかった。
「タナトちゃん。それはできないよ」
「ふ、振られた……ウチが、振られた……!」
「でもね、その代わりにちゃんと帰ってくるから待ってて欲しいんだ。離れ離れになっても、私はみんなのことを思ってるから」
「想ってる……? 本当に……?」
「うん。私、皆には嘘つかないよ!」
「ふふ……うふふ……」
「うわこっわ」
「ルシフェン。静かに、ね?」
ノルンに口を塞がれたルシフェンが、部屋の隅っこへ引っ張られる。
一方、二人だけの世界になったタナトは、まるで結婚式の花嫁のように美しい微笑みを浮かべた。
「いいよ。ウチもどんなにルナが遠くに居ても、ずっと見守ってるから」
「うん!」
二人は二本指を差し出し、指先で握り合って約束の儀を交わした。日本的に言えば指切りげんまんである。
しかし、唯一の頼みであったタナトが折れてしまったので、結局ルナはパーティーを出ていってしまうらしい。ルシフェンは当初に望んでいたことなのに、寂しさを感じずにはいられなかった。
「……よし! 見送る前に皆で送別会をしよう! 今日は俺の奢りだ!」
「──その言葉を待っていたぞおおお!」
突然相談室のドアが開かれたかと思うと、スヴァロウたち冒険者がドヤドヤと入ってくる。スヴァロウの肩には、S級ダンジョンのクリア報酬アイテムが神輿のように担がれていた。
「その送別会! 俺たちも参加させてもらうぜ! もちろんルシフェンの奢りだがなぁ!」
「えっ! ちょっ!? アイテム回収してくれたのはありがとうな!? でもお前らいつから話聞いて──」
「てめぇら! 今夜は宴だ! 呑み明かせぇえ!」
「「「「おおおおおー!」」」」
「話聞いてよぉ!!!」
最後まで無視されたルシフェンは乙女のように崩れ落ちながら、オンオンとやかましく泣き出した。
ルシフェンは床で正座したまま、石のように押し黙っていた。日本の反省方式を取り入れているルシフェンたちは、誰かが何かをやらかした時、必ずこのポーズを取らせるのが決まりである。
正座するルシフェンの正面にはタナト。その左にはノルン、右にはルナが立っている。事前に口出ししないように約束させられたため、ルナはおろおろとルシフェンと女性陣を交互に見ることしかできなかった。
張り詰めた空気の中、仁王立ちするタナトが低く呼びかける。
「リーダー」
「はい」
「分かってるよね?」
「はい……俺の早まった決断のせいで、ルナを危険に晒しました……」
申し訳ございません、と綺麗な土下座を見せるルシフェンに、ノルンは仕方なさそうに溜息をついた。
「ねぇルシフェン。ルナちゃんのメンタルがふにゃふにゃなのは前から知っていたでしょ?」
「はい……でも去年から毎日、ルナは笑顔で楽しそうだったから、もう治ったものと……」
「治らないの。心の傷は治らないの」
物分かりの悪い子供に言い聞かせるように、ノルンは何度も繰り返した。ルシフェンは土下座した状態でこくこくと頷き、さらに深く頭を下げた。
流石に見かねたルナは、小さく挙手をしながら間に割って入った。
「ね、ねぇノルン。タナトちゃん。私はもう気にしてないから。土下座はちょっとやりすぎだよ」
「ダメだよルナ。リーダーは甘やかしちゃいけないの。前に甘やかした時、ウチのオヤツ一週間もずーっと盗み食いされたの!」
「オヤツぐらい俺だって食いたいもん!」
「だからって限定品ばっかり食べていい理由にならないもん!」
「だって美味しいんだもん!」
もんもんもんもん鳴き出した二人に、ノルンがチョップで制裁を喰らわせる。
「「ぐわああああああ!」」
頭を押さえながら身悶える二人に、ノルンはふんと鼻を鳴らした。
「ダイエットしてる私の前で、美味しそうな話しないでちょうだい!」
「えぇ? 怒るところってそこなの!?」
「つか、ノルンが太って見えるのは単純に胸がデカいだけへぶぅ!?」
ルナが驚いている横でルシフェンが余計なことを口走り、ノルンの見事なキックをお見舞いされた。かぃん! とブーツのつま先が直撃したルシフェンの鎧から間抜けな音が響く。
「うぎゃ! 俺ばっかり当たりが強いぞ! どうなってんだノルン!?」
「ルシフェン。今日のあなた、あまりにも酷いわ。だから私、今日は絶対に貴方を泣かせるって決めたの」
「ヒィエエアアアアア!」
ルシフェンは甲高い悲鳴を上げ、涙目になりながら壁際まで逃げてしまった。
ルナはルシフェンが元気なうちに黙礼した。ノルンを怒らせたら制裁は免れない。魔法の実験台にされるか、三日間地獄のバイトで働かされるか、それよりもっと酷い目に遭うのか。
ガタガタと怯えるルシフェンに、タナトからも容赦なく魔の手が近づいてきた。
「リーダー、あなたはルナに一生治らない傷をつけた。責任とって。取らなきゃまた椅子と仲良しさんだよ」
じゃら、と拘束魔法が片鱗を覗かせると、ルシフェンが子羊のように震え上がる。が、意外にも別の方向からルシフェンの擁護が入った。ノルンだ。
「タナトちゃん。それについては、私にも責任はあるわ。ルナちゃんの追放はルシフェンが決めたことだから、私、いつものようにきっとうまく行くと思ってしまったの」
「ノルン……」
「ごめんなさいね。ルナちゃん、タナトちゃん。追放の話を始めた時、年長の私が止めればよかった。ルナちゃんの本気を見てみたいと思ってしまったばっかりに……」
「じゃあ、みんなで責任を取るしかないね」
タナトの発言により、皆の視線がルナに集まる。ルナはあはは、と渇いた笑いを漏らしながら、照れ臭そうに指先で髪をいじった。
「ええっと、その、これまでのやり取りで、皆さんの事情はなんとなく把握しました。自惚れじゃなければ……私のことが嫌いで、追放した訳じゃないんですね?」
三人は顔を見合わせると、ルシフェンを筆頭に思いの丈をぶつけ始めた。
「大好きだ!」
「家族だと思ってるわ!」
「愛してる! この世の誰よりも!」
「一人こわいんだけど!?」
ルシフェンの恐怖に満ちた叫びはルナにスルーされた。
「それなら、どうして私を追放なんかしたの?」
「ルナちゃんの才能を潰してしまっているんじゃないかって、ルシフェンが心配しちゃったのよ」
「才能、ですか?」
意味が分かっていなそうなルナに、ルシフェンは床から立ち上がりながら告げる。
「ああ。君の力がなければ、俺たちはSランクにすらなれなかっただろう。そこは本当に、ほんっとうに感謝している!」
「でも……私は、複製スキルの本当の使い方を皆に黙ってたんだよ。騙してたんだよ?」
「黙っていたのにも理由がある。だろう?」
ルシフェンの指摘は正しい。
ルナが複製スキルの使い方を黙っていたのは、ルシフェンたちを信用していなかったからではない。バジリスクの角を九十九個も複製できたように、誰かにスキルのことが露見したら、パーティメンバーを面倒ごとに巻き込んでしまうと危惧したからだ。
複製スキルは、金塊や宝石まで複製できてしまう。それが世に知れたら、ルナを捕まえようと悪人が詰めかけてくるかも知れない。それらから仲間を守るために、ルナは少しでも複製スキルの秘匿性を高めたかったのだ。
その旨を打ち明けると、ルシフェンたちは納得したように深く頷いた。
「確かに、その判断は間違っていない。君の力は兵器まで複製できてしまうし、ダンジョンから出土するアイテムの中には、国を滅ぼしてしまえるほどの物もある。そんなものが複製されたらと思うと、ゾッとするな」
ルシフェンの話にルナはぞわりと背筋が泡だった。するとすかさずノルンがルナを抱き寄せて、後頭部をぽんぽんと撫でながら真剣な声色で言った。
「心配しないで、ルナちゃん。私たちは絶対に秘密を守るわ。貴方を狙う人たちからも守る。無事にニホンに帰れるまで、ずっとよ」
「ノルン……ありがとう」
ルナは緩みかけた涙腺を引き締め直すと、ノルンを見上げながら純粋な疑問を口にした。
「でも……そもそも私って、このパーティじゃ足手纏いだったじゃない? そこは気にならなかったの?」
「あ、足手纏い!?」
ルシフェンが腹の底から驚愕の声を上げるが、懺悔に必死なルナはあまり聴こえていなかった。
「だって戦えなかった。皆から色々戦い方を教わっても、一人じゃ何もできなかった……」
S級ダンジョンに一人で挑んだものの、ルナは結局ルシフェンたちに助けられてしまった。それが、彼女の自己肯定感を限りなく下げてしまっていた。ルシフェンたちがあの場で退却を選んだのも、自分を助けるためにダンジョン攻略を諦めたからだとすら思っている。
「このパーティーに相応しくないのは私の方だよ。私一人じゃ、とてもSランク冒険者になれない……」
ルナは顔を覆いながら、ぎゅっと唇を噛み締めた。
一方、残りの三人は唖然として、心の声で合唱した。
何を言っているんだこいつは。
ルシフェンは呆れたように肩をすくめ、堪えきれずに笑い出した。
「全くもう、一人じゃできないって、何を当たり前なことを……」
ルナが挑んだ辺獄は普通のS級ダンジョンと比べ物にならないほど高難易度だ。もしダンジョンにS以上の階級があったなら、辺獄は間違いなくSSS級の格が付いていただろう。
だから、S級ダンジョンを三人でクリアしたルシフェンと、SSS級に一人で挑んだルナを比べるのはお門違いだ。
だがそれを今のルナに説明しても、曲解されるだけかも知れない。ならばとルシフェンは、あえて直球でぶつかることにした。
「ルナ。いいかい、よく聞け! 俺は魔法がつかえない! そんで、ノルンは腕が弱すぎて剣をろくに振り回せない! タナトはヒーラーなのに、危機管理能力が圧倒的に足りない! こいつは敵を殴りたいがためにすぐに前に出てくるからな! ルナが来る前のタナトは、治癒士の癖に治療する魔力を残さず攻撃していたからな!?」
「ねぇ、ウチだけ情報量多いのなに?」
だん! と床を踏み鳴らしながら、ルシフェンはルナに歩み寄る。
「俺たちは一人でも欠けたら、ダンジョンをクリアするにも一苦労なんだ! 俺たちがここまで来れたのもルナのおかげだ!」
「り、リーダーちょっと近い! 暑苦しい!」
「俺たちが三人でS級ダンジョンをクリアしたのは、君の足を引っ張りたくないと思ったからだ。君は強い、もっと自信を持ってほしい!」
「うにゃあああああ!」
がしっと力強くハグされ、ルナは情けない悲鳴を上げた。湯気が出そうなほど顔を真っ赤にしているのだが、ルシフェンはそれに全く気づくことなく、打って変わって静かに続けた。
「……だが一人で戦える限度を俺たちが教えてこなかったせいで、君にあんな無茶をさせてしまった。君が異世界から来た子であると忘れてしまった俺の落ち度だ」
「リーダー……あの、タナトちゃんがすごい顔してるから。なんか見たことない魔法陣出してるから!」
ルナの懇願が届いたのか、それとも偶然か。ルシフェンはすぐにルナから身を離して、しかし深刻そうな面持ちで続けた。
「以前、俺たちは君だけを残して全滅しかけたことがあっただろう? あの時のように、俺たちがずっと生きていられる保証はない。どこかで誰かが欠けるかもしれない。俺が絶対にそうさせないが、必ずできる訳じゃない。だからその……」
ルシフェンは言い淀むと、涙目になりながらルナの目を見つめた。
「いきなり異世界に放り込まれてしまった君だけでも、無事に生き残ってほしいから……君の実力を試したかったんだ……本当にすまない」
ルナはぽかんと口を開けたあと、だんだんと理解が追いついてきて思わず吹き出してしまった。
「ふふ、なんだ。スヴァロウさんたちの言葉も、あながち嘘ではなかったんですね」
「うん?」
「スヴァロウさんが言ってたんです。私を守るために、リーダーたちは私をパーティーから追放したって」
そういえばスヴァロウがそんなことを言っていた気がする。その発言のせいで三人だけでS級ダンジョンに突撃するハメになったのだが、ルナには黙っておこう。
とにもかくにも、ルナに笑顔が戻ったことでルシフェンたちはほっとした。
「本当に追放して悪かったな、ルナ」
「もう、いいですよリーダー。私は気にしてませんから」
「そ、そうか……」
ルシフェンが口をつぐむと、ルナもモジモジしながら黙ってしまった。
なんだか甘い空気にムッとしたタナトは、数歩の助走をつけ、マタタビを前にした猫のようにルナに抱きついた。
「きゃ!? タナトちゃん!?」
「……もう離さないから。ウチが一生守るからね」
「あ、タナトちゃん、そのことなんだけれど」
ルナはやんわりとタナトを引き剥がし、純粋に目を輝かせながらキッパリと宣言した。
「私、決めました。正式にパーティを離脱します!」
「「「……はぁ!?」」」
「私が実力を隠していたせいで、皆に心配をかけてしまったのがそもそもの原因です。だから今度から実力を隠さず、一人で旅に出てみたいと思います!」
「なん、ななな、お、お父さんは許さんぞォ!?」
「ルシフェン、ちょっと黙って」
「ごめぇん……」
ノルンは縮こまったルシフェンを押し除けると、ルナの手を取って説得を試みた。
「一人旅なんて危険だわ。どうしてもやらなきゃいけないことなの?」
「はい。一人で戦ってみて、自分の課題が見えたんです。複製スキルには弱点があって、そのせいで辺獄をクリアできなかったんです。こんな私じゃ、自分の身どころか、みなさんに頼ってばかりになってしまいます。だから、皆さんを守れるぐらい強くなって、また帰ってきます!」
真っ直ぐとした決意に、ノルンは絶句した。その後ろではルシフェンが腕を組みながらだらだらと冷や汗をかきまくる。
「そ、そそそんな、いや、ルナがのびのびと才能を伸ばせるなら俺はいいんだ。なんだけどね? あんなことがあったばかりだし、もう少しぐらい一緒にいてもいいんじゃないか? な?」
「リーダーの言う通りだよ!」
タナトは突然大声を出し、先ほどよりも強くルナに抱きついた。
「ルナ。ウチのそばから離れないで。ウチらを守るなんて余計なこと考えなくていい。ウチが一生守る」
熱烈な告白にルシフェンとノルンは互いに手を合わせながら黄色い悲鳴を上げた。
しかし肝心のルナには全く伝わっていなかった。
「タナトちゃん。それはできないよ」
「ふ、振られた……ウチが、振られた……!」
「でもね、その代わりにちゃんと帰ってくるから待ってて欲しいんだ。離れ離れになっても、私はみんなのことを思ってるから」
「想ってる……? 本当に……?」
「うん。私、皆には嘘つかないよ!」
「ふふ……うふふ……」
「うわこっわ」
「ルシフェン。静かに、ね?」
ノルンに口を塞がれたルシフェンが、部屋の隅っこへ引っ張られる。
一方、二人だけの世界になったタナトは、まるで結婚式の花嫁のように美しい微笑みを浮かべた。
「いいよ。ウチもどんなにルナが遠くに居ても、ずっと見守ってるから」
「うん!」
二人は二本指を差し出し、指先で握り合って約束の儀を交わした。日本的に言えば指切りげんまんである。
しかし、唯一の頼みであったタナトが折れてしまったので、結局ルナはパーティーを出ていってしまうらしい。ルシフェンは当初に望んでいたことなのに、寂しさを感じずにはいられなかった。
「……よし! 見送る前に皆で送別会をしよう! 今日は俺の奢りだ!」
「──その言葉を待っていたぞおおお!」
突然相談室のドアが開かれたかと思うと、スヴァロウたち冒険者がドヤドヤと入ってくる。スヴァロウの肩には、S級ダンジョンのクリア報酬アイテムが神輿のように担がれていた。
「その送別会! 俺たちも参加させてもらうぜ! もちろんルシフェンの奢りだがなぁ!」
「えっ! ちょっ!? アイテム回収してくれたのはありがとうな!? でもお前らいつから話聞いて──」
「てめぇら! 今夜は宴だ! 呑み明かせぇえ!」
「「「「おおおおおー!」」」」
「話聞いてよぉ!!!」
最後まで無視されたルシフェンは乙女のように崩れ落ちながら、オンオンとやかましく泣き出した。
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