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ちょっとした昔話2

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 「アリョーシャ!!!」

 高い音。

 雑兵共のざわめきとは違う、斬り裂くような、甲高い音だ。

 女……この男の情婦か?
 それにしては良い身なりだが。
 まぁ、関係ない。


 逡巡は刹那。

 ──振り降ろした刃を首筋に強く押し当て、左後脚に重心を移すと共に、引き斬る。

 血飛沫が舞い、周囲の雑兵と女を紅に染める。

 返り血を浴びぬよう避け、刃のを振り払い納刀すれば、終いだ。

 「さあさあ、次は誰だ!死にたい奴から懸かって来い!!!」

 「あ、アリョー…シャ……」

 「お、お頭が殺られた……。無理だ、逃げろ!」

 「ひっ、ひいぃぃぃ……」

 決まり文句を述べれば、雑兵共は、蜘蛛の子を散らすように消えてゆく。
 
 ……騎士、か。
 高練度の重装兵というのはたしかに強力だが、いかんせん費用対効果が悪すぎる。
 騎士候補を幼少期から育成し、高価な武具を揃え、高い給金を払う。
 そのくせ一度死んだら、それで終わり。
 その金で傭兵を雇った方が、よほど経済的だ。

 「や、やぁあぁああ!」

 声のする方向を見れば、女が斬り掛かってくる。

 10と幾つか、といった具合の少女だ。
 黒髪に目がいったが、それより腰に鞘がある。
 則ち、剣を佩いているわけだ。
 情婦ではなく戦闘要員か。
 
 …………ふむ。
 
 悪くない太刀筋だ。
 動きも速く、勢いもある。
 逃亡農民共よりは腕が立つだろう。
 『将来に期待』だな。
 だが、それだけだ。

 斬り込んで来たところを右に逸れ、脚を掛けて体勢が崩す。
 振り返り、よろめく女の背後から左手でうなじを掴み、引き寄せる。
 そのまま片手で羽交い締めにし、右手で腰の短刀を抜き、逆手で首に押し当てる。
 
 「剣を捨てなさい」

 「ウッ…クソッ……!」

 女が剣を捨てれば、剣を蹴り飛ばして遠くへと放る。

 無力化は完了だ。
 これで安全に尋問……尋問?
 別に用など無い。

 では、どうする。
 斬るか?
 
 ……もったいないな。
 野盗生活と男の血で清潔では無いが、容姿は良い。
 黒髪もこの辺りならば珍しいから、奴隷商に売れば良い値が付くだろう。

 美少女という部類なのだ。
 拘束して旅の道連れにしても良いな。

 「貴女、名前は?」

 「ア、アーニャだ……」

 黒髪でアーニャ、ね。
 東の平原出身だろう。

 そういえば、大男の髪も黒だったな。
 アリョーシャ、だったか?
 アリョーシャも東の平原特有の名前だ。

 「アーニャ、ですか。……慈悲深く慈愛に満ちた私は、貴女に選択の機会をあげましょう」

 「……グッ!」

 振り解こうと身をよじったので、強めに締め上げる。 

 「1、私の奴隷となる。まぁ、面倒は見ましょう。2、奴隷商に売却。後のことは知りません。さあ、どちらにします」

 「……た、頼む。見逃してくれ!私にはやらなくちゃならない事があるんだ!」

 なんか大男も同じ様な事を言っていた気がするな。

 「うむ、ではそのやらなければならない事、とやらを教えてもらいましょうか」

 「うっ、わ、わかった──」

 曰く、このアーニャという少女は、東の平原にあった王国の貴族子女だという。
 歳は15で、私と2つ違うのみ。

 王国崩壊時に両親は死に、家臣であったアリョーシャに助けられ、盗賊稼業をしながら、家の再興を目指して流浪の旅を続けてきた、と。
 で、そのアリョーシャを親の様に、また恋人の様に思っていたが、たった今殺されてしまった。
 仇は取れなかった。
 だが、思いを継いで家の再興は果たしたいから、見逃してくれ、となるわけか。

 このご時世、よくある話だ。
 成功すれば世にも稀な美談だが、世には志ある若人達を斬り捨てる非道な輩もいるらしい。
 そんな奴はきっと人間じゃない。
 きっと緑の血が流れている。
 青かもしれない。
 
 ……うむ。
 見逃す義理は無いな。
 金貨をドブに捨てるようなものだ。

 私も凋落した後に出世を目指している身なので、大男が無念はわかるし、アーニャの気持ちもわからなくはない。
 かといって、手中にある美少女を逃す義理とはならないな。

 私の血は赤い。

 「ダメです。貴女の生殺与奪権は私が握っているのですよ。見逃してほしいならそれ以上の何かを提示してご覧なさい」

 「ならここにある物は全部やる!だから──」

 「アホですか?物資など、貴女の処遇を決めた後に貰っていきますから、実質、私の物です」 

 「うっ……な、なら、私の処女を……」

 貴族の生娘か。
 悪くない。

 「なるほど、貴女の選択は1ですか。最も有意義な選択です。私は嬉しいですよ」

 「なんで──」

 「貴女の容姿は悪くない。奴隷にした場合はもちろん、美味しく頂くつもりです。そして、貴女は私に抱かれることを許容しました。ならば、そういうことです」

 「いっ、いや、やめ────」

 嫌がる女を犯すというのも、案外、悪くないな。

 




 と、いうのは冗談だ。

 本当は地面に叩きつけて気絶させた後、馬を呼び戻してアーニャをロープで拘束しただけである。

 さすがに大自然の中で盛る程、私も堕ちてはいない。
 それに、傭兵の一人旅だったのだ。
 ある程度の安全を確保できないと、気が休まらない。
 具体的には、宿営地を物色し、次の町に着くまでは臨戦態勢である。
 鎧を脱ぎ、サーベルを離すなど言語道断だ。


 ◆◇◆◇

 その後、少し上等な宿屋でアーニャはいただいた。
 生娘にしては、いい女だった。
 自慢じゃないが、これでも稼ぎは良い方なので、高級娼婦を買ったこともあるのだ。
 その私が言うのだから、間違い無いだろう。


 この後もアーニャは旅に連こ……お供させた。
 私が元来おしゃべりな性格なのもあってか、元々持っていた知識や買った書物の講釈を垂れて3年もすれば、アーニャは並の学士よりは博識になっていたし、相応の知恵も備えていた。

 だから、知り合いの女商人に預けた。
 仕官の決まったヴァルトシュタイン家に向かう途中、神聖帝国の帝都で商会員として紹介してやったのだ。

 ディアーナには世話になった恩があるからな。
 私にもやらねばならん事があるので商会員の勧誘は断り続けてきたのだが、アーニャを預けることで義理を果たしたわけだ。

 あいつは優秀や人材が得られて喜んでいたが、アーニャは呆けてしまっていたなぁ。

 ご主人様と離れるのが寂しかったのだろうか?
 違うな。


 まぁ、昔終わった物語さ。
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