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内務

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 二日後、我々はエーギレの街に辿り着いた。
 マジャル王国の最西端、ヴァルトシュタイン家領の中心地だ。

 連れてきた800の兵とオット帝国から鹵獲した馬は市街の外に待機させ、戦利品等々は売り払う前の保管場所として屋敷へと運び込む。

 これから、緊急の評定だ。
 今後の方針を決め、一刻も早く手を打たねば休まらない。
 鎧を脱いだとはいえ、湯浴みはしておらず身なりも乱雑という有様だが、気が急くのだ。

 
 ◆◇◆◇

 ヴァルト卿の私室にて、彼と私で評定を行う。
 大貴族ならば専用の部屋と、より多くの家臣を用意するのだろうが、辺境の田舎貴族はこれぐらいで十分。

 ……これぐらいしか用意できないという側面もあるのだが。

 そもそも、政治的な議論のできる文官がいないのだ。
 それなりに勢力のある貴族ならば、関係のある家の子弟
や寄親の庶子を役人に採るものだが、ヴァルトシュタイン家は郷士的な性格が強いため、それなりの歴史はあれど家の繋がりが希薄であり、また、ヴァルトシュタイン家には寄親も寄子もいない。

 ゆえに役人とは、『読み書きと平易な計算のできる平民』になる。
 ……これでも、田舎では貴重な人材なのだ。

 そういった事情で、私と主人の二人だけの評定が行われるのだが、今のところ、この体制で領地経営は上手く行っている。

 ……我々が優秀と喜ぶべきか、大して重要でない土地と悲しむべきか。

「さてさて…、こうして無事に逃げ帰れたわけだが、どうする?仇を返すためにも、返り咲くためにも、何から始めるべきだ?」

「……どちらも、容易には行かないでしょう。少なくとも、当面それらを目標にして行動するのは現実的でない。……まずは基盤です。エーギレを中心に領地を発展させましょう。その後ベーメン一帯を掌握し、しかる後に中央へと向かうべきかと」

「ふむ……。まぁ、そうだろうな。肝要なのは、如何に発展させるか、だ。領内の状態は知っているだろ。案はあるか?」

 無論、内務を司っているのも私なのだ。
 様子など心得ているし、展望もある。

「まず、金です。金が無ければ兵を集めることも、産業を興すことも、何も出来ません」

「……この世は、無情だ」

 たしかに、ヴァルトシュタイン家は貧乏だ。
 だが、それは過去の事。

「ですが、今はあります。戦利品を売却し、その金を元に諸々を整えましょう」

「では、王都の商人を呼ばねばならんな。……王都か。……今頃は、凱旋式を終えてお祭り騒ぎであろうか」

 一々自分で傷を抉るんじゃない。

「そうでしょうな。勝利の栄光というものです。……話を戻します。王都の商人を呼ぶつもりはありません。というか、呼ぶ前に目録を制作する必要がありますので」

「目録は任せる。それより、王都の商人以外の誰に売るというのだ?他に捌ける商人に宛は無いぞ」

 武具の仕分けはともかく、美術品の鑑定など、ヴァルトシュタイン家の文官では私しかできんぞ。

 ……金目の物だけでも馬車三台はあったような。

「目利き出来る人材が私一人しかいないので卿にも手伝ってもらいますよ。商人については神聖帝国の商人を頼るつもりです」

「……わかった。目録制作は手伝おう。だが、なぜ外国から呼ぶのだ?」

「まず、中央に流しては国王や、いずれ敵対する貴族の手に渡る可能性が高い事。今まで略奪物を王都の商会に卸していた理由は、彼らが買い取るためです。彼らの属す大商会には広範な販路があり、大量の美術品を捌き切る能力があります。そうでなければ誰も買い取りません。そして、その多くは王都で買い取られます。戦勝で金に余裕のある者が多くいますからね」

「うむ。だが、敵に浪費させるのだ。問題があるのか?」

「問題は無いです。ですが、帝国商人を使った方が利益に繋がるのです」

「……利益とは?」

「一つは、神聖帝国の商会を呼び込む機会となること。ここ、エーギレは神聖帝国と王国を結ぶ交通の要衝です。ですが、現在、市場規模は小さく、宿場町としての役割しかありません。これを機に御用商人を据え、領地発展の足が掛かりとします」

「……よし、理解した。御用商人を呼んで、その商会の支部を創らせるのが目的なのだろうが、そう都合良く行くか?大しての魅力が無いから、現状があるのだぞ」

「考えはあります。……産業を興すのです。新たな、誰も参入していない真っ白な市場。商人ならば食いつかない理由がありません」

「戦利品を売却した金で産業を興すとは聞いているが、この辺りは何も無い。先も言ったが、何かあれば既に商圏は出来ている」

「フフッ……。こればかりは、私しか知らないようですね……」

「む、どういうことだ」

「ベーメンの農業生産量が高めなのは、ご存知ですか?」

「そうらしいな。圧倒的ではないが、他地域よりも多く作物が穫れると聞く」

「理由は?」

「……理由、理由か。…………知らんな。土地が肥沃なのか?」

「違います。……まぁ、痩せているわけではありませんが、肥沃ではありませんね。……正解は、馬耕が盛んゆえです」

「馬耕?馬耕など、どこでもやっているだろ。それがどうして殖産に繋がるのだ」

「ベーメンを除くマジャル王国の農村では、10~20世帯に一頭の割合で馬が飼育されています。ですが、ベーメンでは3世帯に一頭です。これは単純に頭数が多いだけではなく、民間の馬を生産、飼育する技術が高いという事でもあります。則ち、ベーメンは一種の馬産地であるわけです」

「馬を生産するのか!……元となる馬もあり、技術を持つ者も多い。盲点であった……!」

 ヴァルトシュタイン家の文書を読めばわかるが、何人か同様の考えであった人物はいる。
 ただ、元手が無いうえ、保証人となる者もいないようであったから、着手できなかったらしい。
 日頃は侮っているが、貴族の血縁というのも、商人には有用らしい。
 共通の価値認識という点で、本質的に貨幣と同じだからな。
 繋がりというのは、金になるらしい。

「それだけではありません。戦利品としてオット帝国の軍馬を接収したのを覚えていますか?我々の用いる軍馬より大型で高速で走るハラビ馬、全240頭。去勢はされておらず若く健康です」

「まさか、あの時既にここまで考えて……」

「流石にそれはありませんよ。以前から殖産は内務の最重要課題でしたから、必要資材も予算も見積もっていました。ただ、資材に元となる良馬も含んでいただけの事」

「その計画、どこまで考えてある」

「厩舎の資材、土地、飼育員の雇用全般、予算。ほとんど決めてあります。ただ、軍用馬の宛と、肝心の資金が無かっただけです。売却額や商人からの融資にも依りますが、規模を拡大することも出来ます」

「ウハハッ!……良い、良いぞ!軍馬は売っても良いし、そのまま戦に使える。農耕馬は民に貸し出せば金銭が得られ、なおかつ収穫も増やせる。輸出しても良いな!」

「ご理解いただけて、何よりです」

「ジャック!羊皮紙を……いや、綿紙を取れ。商工ギルドに手紙を書くぞ!」

 すっかり乗り気だ。

 まだ、議題は残っているのだが……。
 まぁ、良い。
 最も重要な議題は済んだのだ。
 残りは手紙を書く片手間にでも聞いてもらおう。
 ヴァルト卿には、その名を高め、戦で武勇を轟かせてもらえれば構わない。
 政と戦略は、私が担う。

「……戦利品の売却に関して、『国王の認可を得ている』と、書いておいて下さいね」

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