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太占@

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雪辱の日

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 夜更けに仕事を済ませ、ようやく一息つこうと思っていた矢先、主人に呼び出された私が見たものは、憤怒の相を浮かべる主人と、彼が机に叩きつけた一枚の羊皮紙であった。

 『本日を以て、汝アルベルト・フォン・ヴァルトシュタインをマジャル王国将帥の任より解く。封地に戻り、よろしく政事に励むよう』

 羊皮紙には、主人を将軍から解任すると、暗に中央政局より追放すると、綴られていた。

 マジャル王位ハディスブルク家に仕える田舎の小貴族でしかなかった主人が、軍事の才を見出され、軍の司令官──低位のため将軍の肩書は得られなかったが実質的な将軍職──として、強大な隣国、オット帝国と戦い続け、遂に撃退したのが十数日前のこと。
 夕食の席で「いざ凱旋し位人臣を極めん」と、彼が息巻いていた矢先である。

 敵を倒し、用済みとなった我々は、捨てられたのだ。

 外患には勝利したが内憂に敗れた、か。
 兵を集めたのは国王だが、指揮したのは我々だ。
 王国の歴史的勝利に最も貢献した我々を切り捨てるとは……。

 民や貴族をの支持を得た英雄に、残った兵で反旗を翻されるのを恐れたか、そうでなくとも、野心的な勢力が新興勢力の台頭を恐れたか。
 田舎貴族の出世を快く思わない者が讒言した可能性もある。
 まぁ、どちらにしろ、このままでは遠からず消されるな。
 主人の家名を剥奪して追放ならばまだ良い。
 可能性は低いが、暗殺の恐れもある。

 忌々しい、実に忌々しい。
 今ならば、羊皮紙といえど破り捨てられそうだ。
 だが、怒りに任せて成功した試しは無い。
 それに、幸か不幸かはわからないが、私は忍耐は得意だ。
 忍耐の時は始まって長く、一時の怒りで今まで積み上げてきた多くのものを無為に還すほど、愚かでもない。
 ……さて、と。

「……1500です。凱旋式のため帝都郊外に駐屯させている5000の兵の内、手持ちの資金で我々が再雇用できる兵数は1500です」

「すぐに集めろ!今から動けば夜のうちに帝都へ着けるはずだ!」

「……帝都などに向かって、如何いたします」

「国王の首に決まっておろう!奴の首を獲って、貴族共も血祭りにしてくれる!」

 ……これは、相当に血が昇っているなぁ。
 まぁ、普通ならば莫大な報酬と名声が手に入るはずだったのだ。
 無理もない。

「無理です。王都の市壁はご存知でしょう?百倍の兵を集めた所で、容易には抜けませんよ」

「それを何とかするのが副官の仕事だろ!」

 そう、私は彼、ヴァルト卿の副官なのだ。
 色々とあって傭兵稼業を続けながら各地を転々としていた所を、数年前に拾われた。
 副官としての諸雑務に、武勇はあれど軍略に疎いと主人に代わって、参謀としての戦争指揮。
 学があるため、文官の真似事や商人や他家の貴族との折衝を担うことも。
 大仰な肩書だが、一応、ヴァルトシュタイン家の家宰である。

 ……いや、執事にしておこう。
 田舎貴族に仕えて家宰と名乗るのは、なんだか小山の大将のようだ。
 見栄を張りすぎだな。
 名誉欲の反動だろうか?

「冷静に。『貧すれば鈍する』思慮に貧すれば、判断力も鈍ります。……たしかに、王都を落として国王の首を獲る策はあります。ですが、その後は?まず諸侯は従いません。国庫を奪っても雇える兵には限りがあります。それに、民は従いません。……我々には、統治基盤も統治の正統性もありません」

「………………ゥゥゥゥッ、ウゥゥウウウッッッッ!!!」

「エーギレに、領地に戻って力を蓄えるのです。雌伏し、雄飛の機会を待ちましょう。『狡兎死して走狗煮らる』ですよ。……兵は後のために、です」

「…………退くのか、退くというのかッ!」

「勝てぬ時に戦っても仕方ありません!我々の敗北です。……街の発展、その他王侯への親善、やるべき事は多くあります」

「ジャック、だが……!」

「いい加減にして下さい!……屈辱を、今日という屈辱の日を!屈辱のまま終わらせるのですか!!!」

 両の手を机に叩きつけ、歯軋りして心を燃やし、詰め寄り睨みつける。

 悔しい、悔しいさ。

 だが、我々軍人は修羅なのだ。
 独り孤独に闘い続ける。
 愛を抱かず安寧を望まず、ただ戦いに生きる。
 それが宿命であり本義であり、美徳なのだ。

 立ち止まって破滅に臨むなど、赦されない。
 許さない。

「……ふぅぅ………。…………800だ。すぐに集めろ。戦利品と残りの物資は全て持って行くぞ」

「了解しました。すぐ手配します」

 立ち直ったか。
 さすがはヴァルト卿、我が主人。
 苦境で耄碌するような、愚将ではない。
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