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第三章~ルゼル王国~

EPISODE18~守るべきもの~

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「弱い!弱いなぁッ!」

細目の男は、血が滴る剣を舐め回す。

「くっ…!」

ルゼルの服のあちこちから血が滲んでおり、防戦一方だった。

本来、ルゼルの実力であれば、細目の男なんて簡単に倒す事が出来るだろう。

ある原因が、ルゼルを苦しめていた。

(何故だ…魔力が練れないっ!)

血のにじむような努力を重ね、会得した魔力操作。

精錬された魔力は、当時、右に出る者は居なかったとされている。

黒い瘴気の影響のせいか、魔力が全身を上手く巡らせる事が出来ず、苦戦していた。

「今、助けるよ!」

ティルシアが立ちはだかろうとするが、ルゼルは断る。

「手出し無用だ…!この程度の輩に負ければ誰も守れない!」

ルゼルの目が殺気立っている。

覚悟を決めている目だった。

ティルシアは頭をポリポリと掻き、村人達の前に立つ。

万が一に備えて防御に回る。

男は、ティルシアの倒した男に目を向けていた。

「て、てめっ!アイツを倒したのか!?くそう…、コイツを片付けたら、てめーも殺してやるからな!」

男は感情を顕にし、ルゼルへ剣を突き立てた。

男が扱う剣には、黒い瘴気が入り交じる魔力を纏っている。

魔力防御無しで受けるにはリスクが大きい。

「うっ!?」

ルゼルは剣を弾かれ無防備になる。

「もらった!」

突き立てた剣が心臓目掛けて放たれる。

ルゼルは右腕で防ぎ、胸に到達しなかったが、深々と突き刺さってしまった。

拳を固め、左手で男を殴り付けると、剣を引き抜かれ距離を取られてしまう。

「軽いねぇー…」

魔力を纏わせていない状態であれば、殴ったとしても小石がぶつけられた程度だ。

ティルシアは、ルゼルを魔力感知で読み取る。

魔力は枯渇していない。

原因を探る為だ。

意識を更に集中させ、魔力の流れを読み取った。

すると、本来、保有していたであろう魔力を、黒い枝が蝕み堰き止めていた。

ルゼルの体は、未だに黒い瘴気に蝕まれ、正常な魔力を巡らせる事が出来ない状態だった。

「はぁ…はぁ…」

ルゼルは迷っていた。

自身の体は一番良く知っている。

黒い瘴気が身体の内側から蝕んで行くのを感じていた。

それでも、ルゼルは本気で第二の人生を歩もうとしている。

今まで生きてきた人生には、力が求められた。

そして、今から送る人生には、力はいらない。

護るためには仕方ないと言っても、力を使う事に変わりはない。

頭で分かっていても、体が追い付いていない。

頭の中で起きる矛盾が更に苦しめている。

腕から滴る血が地面を染めていく。

ルゼルは、失う事が多い人生を歩んでいた。

魔王軍との戦いで守るべき民を多く失い、命を散らした戦友達。

「ルゼル様!ここは我らが!ぐわぁぁッ!?」

「助けて…助けてよ…ルゼル様!!」

「見えないよぉ…ルゼルお姉ちゃんどこ…?」

追い込まれている状況や頭の中を駆け巡る負の記憶が、再び闇の中へと後押しする。

脈打つ鼓動が加速していく。

抑えつけていた負の感情が爆発寸前だ。

「これで終いだッ!斬撃|《スラッシュ》!」

男は剣を翻し、距離を詰め、魔力を纏った斬撃をルゼルに浴びせた。

剣の軌道は、ルゼルの首目掛けて放たれている。

割って入ろうとしたティルシアだったが、自身の行動を制止した。

男の斬撃は、ルゼルの首元で止まっていたからだ。

「な、なんだと!?」

男は異変に気付き、飛び退こうとするが、動けなくなる。

ルゼルの傷口からは、黒い枝が伸び、魔力を纏った斬撃を吸収していた。

男の剣から黒い枝が拡がっていき、肉へ食いこんで行く。

「なんだこれは!?お前も因子を持っているのか?」

ん?

と、ティルシアが男の言葉に引っ掛かる。

肉体強化と再生速度は、黒い瘴気によるものではないのかと疑問が浮かぶ。

「守るなら、全員殺すまでだ」

暴走。

ルゼルの左目を覆っている眼帯からも黒い枝がルゼルの頬を侵食している。

抑えていた感情が爆発してしまっていた。

右腕の傷が黒い枝で塞がり、男の首を鷲掴みにする。

「がぁ…っ…やめ…ろ」

腕から伸びた黒い枝が、男を侵食していく。

逃げようとルゼルの腕を殴り蹴ったりと抵抗を見せるが、巨大な岩のようにビクともしない。

力が強まっていくばかりだ。

「貴様らのせいで…」

ルゼルの右腕に黒い枝が収束し、黒き腕甲へと姿を変える。

まずい。

ここで止めなければ、再び黒き騎士へと変貌を遂げる。

そうなれば、村人達もタダでは済まない。

ティルシアがルゼルを止めようとするが、子供ほ声が響く。

「ルゼお姉ちゃん!!」

子供は泣いていた。

ルゼルから溢れ出た殺気に居ても立ってもいられなかったようだ。

何処か遠くへ行ってしまうような気がしてしまった。

子供の声に反応したルゼルは、男を手放し、顔を抑える。

子供の声が無かったら、完全に闇へ呑み込まれていただろう。

「私は…」

すると、頭の中へ負の記憶を押し飛ばし、心地の良い記憶が埋めつくして来る。

「ルゼル様、見て下さい。貴方の守った民達ですよ!」

笑顔で溢れる民達の笑顔。

「ルゼルお姉ちゃん!遊ぼう!」

手を引く子供達。

ーーそして。

「別に我慢する事ないさ。苦しい時、困った時は支え合うってのが、仲間ってもんだろ?」

そう言って、優しい笑顔を向けてくれた大切な仲間の一人、ティルト。

「皆…ありがとう」

噴き出した黒い枝が崩れ、ルゼルへ収束していく。

すると、黒い枝が覆っていたルゼル本来の魔力が解き放たれる。

聖魔力を纏う光が魔法封じを突き破った。

それほどまでに精錬された魔力で、ここまで神々しいのはティルシアも見た事がない。

「これで終わらせる…」

ルゼルは、姿勢を斜めに、右腕を引き、左手を細目の男へと向けた。

「何が終わらせるだ!雑魚のくせによッ!!」

男は激昂し、剣を振り上げ向かって来る。

「聖王斬!」

右腕が白き輝きを放つ腕甲を纏い、突き立てた剣が男を突き抜けていた。

行動を終えたルゼルは静かに剣を納めようとする。

「びっくりさせやがって!」

男は踵を返し、突き抜けたルゼルを背中から突き刺す。

しかし、自身に起きた異変に気付くまでに時間は掛からなかった。

突き立てた剣は、腕ごと地面に落下していた。

あの一瞬で斬られていたのだ。

勝てないと悟った男は、その場から逃げようとしたのだが、足の感覚が消え失せ、体勢を崩す。

パチン。

と、ルゼルが剣を納めると、の両足、片腕が斬り飛んだ。

一瞬の内に放たれた斬撃を目で捉える事はおろか、何をされたのか斬られるまで分からなかった。

「治らねぇ!?」

黒い瘴気の影響を受けている細目の男。

大抵の傷は、瞬時に回復する。

だが、ルゼルに斬られた部分が再生せず、のたうち回る事しか出来ない。

聖職者が天に仕える者として、修練に励みようやく手にする事ができる聖魔力。

ルゼルは、生まれながらにして魔力そのものが、聖魔力を帯びていた。

彼女の振るう剣は、魔の者を討ち滅ぼす。

それはまるで、魔を退ける天使のようだった。

「人魔解放戦線について、話してもらうからね?」

ティルシアが細目の男の前に座り込むと、満面の笑みを浮かべていた。

「あ…ああ…待て…何をする気だ…?」

男達がどうなったか、言うまでもない。
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