魂の密度-Speak low-

りょーじ。

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Day.3

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音という概念は興味深い。
文字と違って、目で確認出来るでもないが、はっきりと知覚出来る。

私は目の前に無造作に並べられたレコードの中から一枚を無造作に手に取った。

音楽の面白いところは、どんな気に入ったメロディやでも再生しなければ目の前に出現しないところだ。(目に見えないのだから、’現れる’という表現自体が正確か、謎だが)

文字のように頭の中で詳細に再生し直すことは難しい。

レコードコレクターというのは、そうした渇望を物によって埋めようとしているのではないか。
そんな結論が出たら、疲れてしまった。

脇に立つ人間が、そんなことを思っているとは露にも知らず、隣りのサラリーマンは、レコードの海を嗅ぎ分けている。

シャツの袖をまくりあがっていて、必死だ。
ふと、脇に抱えたレコードの一番上の札にゼロが四つ並んでいるのが目に入った。希少価値が高いのか、オリジナルなのか。
本に限らず、レコードも初版は価値が付くらしい。

 今日は大学の帰りに、再びトオアサの指示でレコードショップに案内された。

CDも売っているのだが、レコードショップという呼び名がしっくりくるらしい。ナズナさんも、DVDを借りる店をレンタルビデオ屋と呼んでいたから、それと似ているのかもしれない。

ここはジャズをメインに扱っている店のようだ。
心なしか男性の割合が多い気がする、というか男ばかりだ。

 レコードというメディアは、随分と時代遅れだと思われているが、今はパソコンから音が配信され、物質的質感が恋しくなった人種が多いのだろう。需要が増えているという。

若い世代には新しいメディアとも捉えられているそうだ。
確かに目の前のレコードジャケットは質感があり、所有欲を満たす重さがあった。

『で、何でジャズなんだ? 』

『私が過去にオペレーターをやった際に担当した人物が興味を持っていた。君たちのまあ三世代前くらいかな。オペレータが違えば、クラシックだったり、ロックを経由して音楽についての考察をもたらすこともあるが、私はジャズだ』

『分かった。で、何を教えたいのかな? 』

『君がさっき手にしたものは、再発売。つまり、初版が好評で何度も再発を重ねているものだ。

で、後ろを見てくれ』

気付かなかったが、壁にまるでポスターのように、鮮やかにレコードが並べられている。

真下でぼうっと絵画のように、凝視している初老の男性がいた。
購入を考えているのかと思ったが、どうやら視線は女性のヌードジャケットに向かっているようだった。

『そのスケベな爺さんの左から三枚目、そこにさっき見たものと同じレコードがある。値段を見てくれ』

一瞬、覆うビニールに店内の照明が反射して見えなかったが、あった。
意外にも使用感が感じられない。
そうしたこともあってか、値段はなかなかだった。

『さっきのと値段が二十倍だな。これ、内容は同じなんだろう?』

『そうだ。さて、ここで質問だが、この二枚を買ったとする。今、言ったように内容は同じだ。聴き比べたら、印象はどうだろう? 』

同じに決まっている。
口を開きかけたが、閉じた。
即答出来ない。

値段がこれだけ開いているのだから、やはり違う印象を持つのではないか。
もちろん、演奏も内容も一緒なのだから、全く変わらないと思うかもしれない。
私が悩んでいると、トオアサが声を掛けた。

『考えているな。じゃ次にCDのコーナーに行ってみてくれ。テナーサックスの奏者のコーナーだ』

トオアサに言われた棚の前で、先ほど手にしたレコードの奏者の名前を探した。

あった。

横に何枚も同じものが並んでいるので、人気盤なのだろう。
こちらは値段は千円もしなかった。

『これとあっちのレコードを聴き比べたら、印象は一緒かな? 内容は一緒だ』

『うーん、違うんじゃないのか』

『その根拠は? 』

『あっちの壁にかかってるのは、値段が高い。こっちは安い。高い方が気分がいいんじゃないのか』

『ふむ。同じ内容でも、値段によって違うというわけだ。ではこのCDとさっきの安いレコードとではどうだい? 』

『うーん、再生機器が違うからな。印象は違うかな...。ってか、段々頭が痛くなってきたんだが。何の授業だ、これ』

 私が黙ると、店内でかかっている音楽がやっと耳に入って来た。

思考に没頭し過ぎて、全然気付かなかった。
流麗なピアノだ。
鍵盤の上を右手が泳ぎ、立ち止まり、また動く。そんなイメージだ。
少し落ち着く。

『今日尋ねたかったのは、同じ内容の音楽でも、それらは絶えず同様の印象をもたらすのかってことを聞きたくてね』

『あまり詳しいから分からないが、違うんじゃないのか。聴く気分によっても、変わるだろうし、ヘタしたら品を買うタイミングによって、印象が決めつけられてしまう場合もあるだろう』

『そう。音というのは、同じものでも印象が変わってしまうものなんだと思ってね。それはやはり、音自体が形を持たないからなんだろうな』

『結論を言ってしまったよ。講師は生徒に考えさせて、結論を出させるんじゃないのか』

『これは、正しいとかそういう次元の話じゃない。そういう細かい目線ってのが役立つ時があるのさ。それを教えたくてね。それに君は音楽に興味がない。興味がないところの深い話しをすればちょっとは興味も湧くだろう』

私は肩をすくめながら、持っていたCDを戻した。

『音楽は一度放出してしまえば、それを取り戻すことは出来ない。

あるリード奏者がそういう発言をしている。

それは、音というのは同じであって同じでないことを指してるのかもしれない。

そういう意味では、音ってのは言葉よりも多角的かもしれないよ』

声しかしないのに、トオアサのにやりと笑った顔が不意に浮かんだ気がした。
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