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「ボクでいいんですか?」
しおりを挟む夜通しで朝食を作ったおかげで、どこかのホテルの朝食ブッフェみたいに種類豊富になった。
手伝ってくれたジュンくんにも感謝しかない。(アイドルとキッチンに立てる日が来るとは・・・尊い)
朝日が眩しい。
冬休みといっても部活はあるので早々に家に帰らなくちゃいけない。
「トモのマネージャーの宮本さんも昨日泊ってたから、その人が家まで送ってくれっから。寒いけどもうちょい待ってて」
すっかり打ち解けたジュンくんに車の前で待つように言われ5分ほど経つ。
白い息を両手に吹きかけながら温めていると、
「アキ!」
マネージャーの宮本さんじゃなくてトモセくんが血相を変えて駆け寄って来た。しかも、寝起きのまま来たのかTシャツにスウェットというすっごく薄着だ。
夢の中なら例え半袖でもまるっきり気にしないけど、ここは現実だ。12月の真冬の日が昇り始めた朝だ。
推しが風邪引くー! 受験を控えている大事な時期なのにぃ。
イギリスのお土産にもらったタータン柄のマフラーをトモセくんの首に巻く。
「寒いから部屋に早く戻ってください」
「やだ」
ギュッと抱きしめられ全身がフリーズする。
う、うぉぉぉぉぉぉ。
硬直してるのに、身体が熱い。血流が急加速して鼻血が出そう。
心臓もすごい音でバクバクいってる。(ボクの命日だ)
やっぱり推しには全然慣れない。それに、今は好きな人でもある。
「アキが温めて」
「へ?!」
耳元でとんでもないことを言われ大きい声が出てしまった。恥ずかしくて余計に顔が熱くなる。
抱きしめながらトモセくんがボクにもたれかかって、うなじに顔を近づけたかと思うとスーッと匂いを嗅いだ。
ん?!
さすがにびっくりして離れようとしたらトモセくんの腕の力が強すぎてびくともしない。
「ノックしても反応ないから部屋入ったらアキがいなくてびっくりした」
「ご、ごめんなさい」
「敬語はなしで」
スリスリと首元に頭をこすりつけるトモセくん。猫みたいな甘え方に心臓が口から飛び出しそうだ。(かわいいッ)
「わ、わかりました・・・じゃなくて、うん」
至近距離でトモセくんに見つめられ、緊張して声がかすれる。
部屋にいなくて心配して薄着のまま探してくれたのかなぁ。寝てると思って何も言わずに出てきちゃったことに反省しかない。
さっきから良い匂いばかりする(多分、シャンプーの香り)トモセくんは、夢の時には感じなかった五感が研ぎ澄まされ全身で木山知世を味わう。
ハグしてるのが推しで、好きな人で・・・頭の中はそれだけで爆発ものなのに。トモセくんに心配をかけちゃった反省まで入ってもうキャパ越えだ。
人はキャパを超えると大胆になる。それをふっきると言う。
温めようとギュッと抱き返すと、トモセくんも抱きしめる腕の力をあげてきた。体重をかけられ自分を支えようと足を踏ん張りながら身体が後ろへと反っていく。コツッと背中が車に当たった。
壁ドンじゃなくて車ドンみたいな態勢になってしまった。
トモセくんの腕の力が弱まり、少しだけボクから離れて驚いた顔で見つめてきた。
「アキって・・・軸がしっかりしてるっていうか。そっか、剣道か」
「へ?」
「あーごめん、夢の中では簡単に押し倒せ・・・いや、剣道でしっかり体鍛えてるんだなーと思って」
コホンッと咳をして言いかけたことを濁したトモセくん。
いつもコロッと押した倒されてるもんね。びくともしなかった、とまではいかなくても漢らしい身体にトモセくんはドン引きしたのかなぁ。
地味にショックを感じながらもそれでもボクは男なわけで、そこは変えられないわけで。
推しとこうやって会ってることにまだ信じられないし、頭だって追いついてないし、緊張とか興奮とかいろいろあるけど、夢で出会ったボクを幻滅しないで好きだと言ってくれたトモセくんの気持ちにちゃんと答えたい。
次いつ会えるかわからない。今、ちゃんと言わないと。
深呼吸をひとつ。
「と、トモセくん」
「ん? どうかした」
「あ、あの、ぼ、ボクは男です」
「・・・だね」
突然の言葉にトモセくんがきょとんとする。
本当は、地味な顔で背も低くて、可愛いものが大好きで、筋金入りのアイドルオタクで、顔が良ければいいってだけで適当にアイドルを推しまくってた荒れた時期もあったり、ダメなところなんてたくさんあって、どこにでもいる普通の奴で、アイドルのトモセくんには全然まったく釣り合わないボクだと言おうとしたのに、『男』という一言で納めてしまった。
「あ、あの、だから、ぼ、ボクなんかでいいんですか?」
自信の無さで思わず声が小さくなってしまった。まっすぐも見れず、つい上目遣いでトモセくんを見つめる。
グッと何かを堪えるような表情をしたトモセくんだったけど、ボクのおでこに軽くチュッとキスをした。
「へ?!」
びっくりして思わずキスされたおでこを手でおさえる。
「オレも男だよ、アキ」
ニコッとトモセくん。
「アイドルなんかやってるオレでもいいですか?」
「ず、ずるいよ、その返しはッ」
なぜかキュンッとしてしまった。だって、トモセくんがちょっと不安そうに言うから。
またトモセくんがぎゅーっと抱きしめてきたから、ボクもぎゅっと抱き返す。
「好きだよ、アキ」
「・・・ボクも、トモセくんが好き」
夢じゃない、願望じゃない、現実なんだ。
Tシャツから伝わるトモセくんの体温があたたかくて安心する。
「・・・」
夢じゃわからなかったけど、ダンスしてるだけあって身体鍛えてるのが薄着のせいでわかる。急に恥ずかしくなって背中にまわしていた手を放した。
アキ。とトモセくんが呼ぶ。
「連絡先教えて。あと、住所も」
サッとスマホをスウェットのポケットから取り出すトモセくん。
「次いつ会える?」
「へ?」
「今週・・・うん、待てないから明日、明日は?」
「あ、明日?」
急にいっぺんに聞かれてワタワタしていると、「おい」とドスの効いた声が割り込んできた。
トモセくんがげっと嫌な顔をする。(推しの嫌がる顔! 尊いッ)
「なにが明日だっ! 明日どころかこれから予定詰まってんだろうが! 入試試験もちけーし、ドラマの撮影だって始まるんだからな」
ジュンくんがトモセくんの首根っこをつかんでボクから完全に剥がした。母熊とその子熊みたいだ。
「いや~ごめんごめん、待たせちゃってごめんね~」
ボサボサの頭とスーツ姿のイケメン男性が小走りしながらやってきた。
「宮本さん、あとよろしく」
と、ジュンくん。昨日ここまで車で送ってくれた人だ。
「やぁ、アキくん、だったよね。ちゃんとおうちまで送らせてもらうよ」
ニコッと大人の包容力溢れる笑顔が朝から癒される。(すごい、マネージャーさんまで推せる)
「よ、よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、まだジュンくんに首根っこを捕まれているトモセくんが、
「アキー、宮本さんからオレのライン聞いてー! あと、住所教えて!」
「おまえはこれからドラマ撮影の打ち合わせだっつの!」
抵抗しながらもズルズルとジュンくんに建物へと引っ張られて行く。
駄々っ子みたいな推し、初めて見る。推せるッ!!
アイドルっぽくないトモセくんが見れて、もうキュンキュンが止まらないッ!
「いや~、アキくん、面白い子だね」
ははと和んでいる宮本さん。興奮しているところを見られていたことに気づき恥ずかしくなる。
「す、すみませんッ!」
「アキくんとはこれから良い付き合いができたらと思ってるよ。よろしくね」
ニコッと笑顔。だけど、さっきとは違って目が笑ってない。
う、うわぁぁぁぁ~。
芸能界の圧を感じた瞬間だった。
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