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「剣道試合」
しおりを挟む11月は本命の秋の新人戦を含めて試合漬けの週末。
都内の私立高校が会場となった。
設備の整った体育館の隅で自分の試合が終わり、一礼してその場から離れる。
面を脱ぐと自分の熱気でのぼせていた頬が空気に触れて気持ちがいい。
一呼吸する。
会場内は3試合が同時に行われ、あちこちで気合の声や応援する人の声などで活気にあふれている。
2階のロフトは観客席になっているみたいで手すりの前で試合を観戦している人も。
ボクの次に他の部員が試合を始めた。
顧問に一声かけて廊下に出ると、浜村さんが駆け寄ってきた。
「雨野くん! お疲れ様ー! 勝ったね!!」
ボクより興奮している浜村さんがキャッキャと騒ぐから他校生の男子に睨まれた。
「あ、ありがとう。場所移動しようか」
「抜けてきていいの?」
「うん、もう少ししたらお昼休憩があって午後の部はそのあとだから。ボクはそれまで試合ないから早めに休憩とらせてもらったんだ」
「次の試合に向けて力を蓄えないとね!!」
「だね」
「秋の新人戦もよかったけど、今日の試合も観に来てよかったぁ! もうっ、雨野くん謙虚すぎ! ボクは全然だっていいながら勝ちまくるんだもん! 秋の新人戦でもいいところまでいってすごかった! 今日の試合だって優勝狙えるかも!」
「さすがに優勝までは・・・。でも、今日の試合は当たる相手と相性がいいみたい。でも、午後の部は強い人が揃うから一試合目で勝てるかどうか」
「またそんなこと言って! さらっと勝つんでしょ」
「さらっとは無理だよぉ」
軽い気持ちで秋の新人戦に浜村さんを誘ったらちゃんと応援に来てくれたうえに、剣道の観戦にハマったららしい。
今のところ今月の試合は全部応援に来てくれてる。しかも、
「じゃじゃーん! 差し入れにクッキー買ってきたの! ここからすぐ近くにパン屋があってね、そこのクッキーがちょー可愛かったのぉー。見てみて」
そう言って、歩きながら浜村さんが持っていた紙袋の中からラッピングされた小袋を取り出しクッキーを見せてくれた。
「あ、本当だ! かわいい。動物の形にアイシングがかわいい」
「でしょー! 雨野くんもかわいいの好きだもんね」
「うん、あ、これうさぎかな? 色使いもいいね」
「ねね、試合が終わったら一緒にパン屋さん行かない? お店自体かわいいのぉー!」
「いいなぁ、でも多分部長と次に向けてのミーティングがあると思う」
「帰るまで待つよ?」
「多分、帰りながら話すと思う」
「そっか。それじゃー邪魔はできないね、残念!」
しょんぼりしたかと思ったらすぐ顔を上げる浜村さんがたくましい。
「ここの高校うちの学校からそんなに遠くないし、部活ない日に放課後行かない? そのパン屋」
「行くー!!」
目を輝かせて喜ぶ浜村さんにほっこりする。
気を遣ったのもあるけど、かわいいもの好きのボクとしてはぜひ行きたいお店だ。
かわいいものが置いてある店はいくら食べ物屋でも男ひとりは入りずらいから女子友達ができたのはボクとしてはとってもありがたい。
控室に指定された教室へ向かおうとしたら浜村さんがお腹をさすっているのに気づく。顔を覗くとちょっと辛そうだ。
普通に考えたらお腹が痛いんだろうけど・・・。
ボクは姉が4人いるせいで気づいてしまうのだ。
口にしたらキモがられるのはわかっているけど、知ってるのに放っておくことはさすがにできない。(というか、姉さんたちに怒られそう)
教室に行く前に自販機が設置してある廊下へと行き、防具と一緒に持っていたジャージの上着を浜村さんの腰を隠すようにかけて袖を結んだ。
「雨野くん!? 急にどうしたの?」
「こうすれば少しはあったかいかなぁと思って」
「え?」
ぎょっとする浜村さん。
やっぱり男のボクが気を遣うのはキモいかなぁ。
「えーと・・・うちに姉が4人いるんだ。だから、もしかして女の子の日なんじゃないかなぁと気づいてしまって・・・。ごめん、気持ち悪いよね」
あまり重くならないように軽く笑ってごまかしてみる。
「・・・雨野くん」
「辛いのに応援に来てくれてありがとう。あ、あと、温かい飲み物を飲めば少しはやわらぐかも。姉さんがよく白湯とか飲んでるんだ」
そう言って、白湯は売ってないので、ホットココアの缶を買って浜村さんに渡す。
「ありがとう、雨野くん」
わかりやすいくらい嬉しそうな表情をしながらココアの缶を両手で受け取る浜村さんに心底ホッとする。
よかったぁ、キモがられてない。
「雨野くん、ちょー優しいっ! 男子に気ぃ遣ってもらったの初めて! なかには興奮するとかいう男もいるんだよぉー」
「へ?! それはちょっと・・・最低だよ」
「ねー!!」
キモがられるどころか普通に話題として明るく話してくれる浜村さん。また自分の一部を受け入れてもらったようでちょっと嬉しい。
「荷物が置いてある教室に行くけど、浜村さんはどうする?」
「あたしも雨野くんと一緒に行きたい。ついて行っていい? お昼も一緒して大丈夫?」
「うん、いいよ。何か買ってきた? 購買は閉まってるみたいだけど、食堂はやってるみたいだよ」
「そっかー雨野くんはー・・・」
「ラブずのジュンに似てるって!!」
自販機にやってきた袴姿の女子ふたりの会話に浜村さんのしゃべりがピタッと止まる。
「でもここ高校だよ! なんでこんなところにラブずのジュンがいるのー??」
「そう言われるとなんでだろう! 近くでロケとか?」
「えー。ひとりでいたの?」
「うーん他の学生と一緒に応援席の手すりのところにいた。ひとりなのかな?」
「それ絶対似てるだけだって。OBとかかもよ」
「そしたらめちゃくちゃ似てる人だよ!」
あはははと笑いながら缶を持って去って行く女子ふたりを浜村さんと見送った。
ふっと浜村さんが鼻で笑う。
「ジュンがこんなところにいるわけないでしょ」
「うーん・・・いたら会ってみたいけど、確かに・・・ここ高校だしね。たまに、誰かの密着取材とかでカメラを持った人がいることはあるけど・・・」
「ないない」
自信たっぷりに首を振る浜村さんだけど、正直のところちょっと気になってるのは顔に少し出てるからわかる。
ラブずのジュンといえば、トモセくんと一番仲がいいメンバーだ。
トモセくん・・・。
トモセくんといえば・・・。
頭の中でポンッと雑誌が浮かぶ。
昨日発売された雑誌にトモセくんが特集で載るとファンの中で楽しみになっていた。もちろん、ボクも楽しみにしていたひとりだ。
「浜村さん、昨日発売された雑誌買った?」
「買った! 見た! ともよんやばーーい!!」
ボクの問いかけに浜村さんのテンションが弾けた。ボクも一緒にテンションが上がる。
「あたし的には2枚目のともよんが好きぃー。目がセクシーなのぉ」
その場で身体をクネクネさせながら浜村さんがトモセくんにメロメロになる。
「わかる! というか、今までのとは違ってトモセくんちょっと雰囲気変わったよね。なんていうか・・・」
「エロくなった!」
「へ?! え、えろ?!」
断言する浜村さんにボクが周りの視線を気にしながら慌てる。
「考えたくないけど、ともよん、彼女できたな!」
「・・・へ?」
「あーあ、ショックー。そりゃぁ三上愛瑠との熱愛報道があったけど、それはお互いだんまりしてたから白かもーとか期待してたけど、最近のともよん、色気があるし可愛いよりかっこよくなった! 絶対、裏に女がいる!」
「ははは、そうだね」
気にしていたことをきっぱり言われ、口から見えない血が流れた。
浜村さんのいうとおり、最近のトモセくんは色気が出てきたと思う。
昨日発売された雑誌の感想も色気がヤバイとかセクシーとかそんな言葉ばかりSNSで盛り上がってた。
推しの成長は喜ばしいし、評判がいいのももちろんファンとしては嬉しい。
ボクも雑誌見ながら鼻血が出るかと思うくらいよかった。(保存用に2冊買って正解)
だけど、年齢とともに自然に出てくる色気じゃなくて、急に出てきた色気はファンにとっては浜村さんと同じことをどうしても連想しちゃうものだ。そしてそれはたいてい当たってる。
不安に思っていたことがジワジワと心臓を傷めつけて痛い。
こうゆう時、マジ恋のファンは辛すぎる。
現実のトモセくんの彼女は誰かはわからないけど、夢の中のトモセくんの彼氏は変わらずボクだ。
お付き合いは順調なほどうまくいってて数日ぶりといっても今日の夢でも会えた。
雑誌の感想を言ったら喜んでくれたし、距離は近すぎるし、耳元でささやくのも、すぐ押し倒してくるのも甘えてくるのも変わらない。
そうだ、トモセくんと付き合ってるんだ、なにも不安になることなんてないんだ。
甘えてくるトモセくんを思い出し、顔が熱くなる。
キャッと声をあげて浜村さんがよろけた。とっさに腕を回して浜村さんを支える。
「大丈夫?」
「ありがとー。人とぶつかっちゃって」
そう言われ、周りを見ると人が増えていることに気づく。
「お昼休憩に入ったんだ」
「食堂混みそうー」
「早く行こうか」
うん、と浜村さんが頷き、歩く速度を上げようとしたその時、ふと誰かに呼ばれた気がして後ろを振り返った。
思ったより人が多くて誰に呼ばれたかわからない。
もしかして・・・あずくん?
塾でテストがあるからどうしても抜け出せないと、今日の試合にすごく行きたがってたなぁ。
まさか、どうにかして来たんじゃ・・・と目を凝らしてみるけどそれらしい姿もない。
さすがにそれはない、か。
「どうしたの?」
「誰かに呼ばれた気がして。気のせいだったみたい」
「お腹すいてきたー」
「そうだね」
気を取り直して教室へと向かった。
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