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「提案」2/2
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「ありがとう」
メイドさんから小瓶を受け取る。
城に戻ってから3日経った。
解毒薬のおかげですっかり体調も良くなり、頭痛も吐き気も治った。
グィッとポーションを一気に飲みほし、からっぽになった小瓶をメイドさんに渡す。
「魔物研究所のフォ・ド氏からもう普通の食事をお口にしても良いと伝言を頂いております。リハビリとして軽くお散歩などしてはいかがでしょう」
「うん、じゃぁ、今日は庭に行ってみるよ」
「では、そのようにルノー様にお伝えさせて頂きます」
ぺこりと頭を下げ、昼食はパンがゆを用意すると言って部屋を出て行った。
「パンがゆか~」
日本だと体調を崩した時はおかゆだけど、この世界・・・というかこの国、アリッシュではパンがゆが普通らしい。
名前のとおり、ミルクで煮込んだクタクタのパン。
こっちに来てから何度も食べてるけど、優しい甘さで美味しいけど、オレ的にはやっぱりおかゆが食べたくなる。あと、梅干し。
それを思うと、オレはこっちの人間じゃないんだなーって思い知る。
「・・・て、そんなんどうでもいい! なに素直に3日経ってんだよ!」
そりゃぁ、城に戻りたいって言ったのはオレだし、気持ちの整理をしたいって思ったよ。だからって、
「いつもみたいに強引に移動とかないんですかぁぁー!」
すっかり元気になったのをいいことに、ベッドの上でゴロゴロと転がりまくってイライラをまき散らす。
見舞いにも来ないし、伝言もない。放置状態だ。
「オレのことなんてどうでもいいのかよ・・・て、乙女か」
ボスッと枕に顔を埋めて凹む。
このままじゃ頭にキノコが生えそうだ。
のろのろと襟無しのシャツに着替えて庭へ行くことにした。
寝込んでる間、心の整理がついたかというとなんともいえない。
解毒薬が効きすぎたのか、とにかくあれこれ考える余裕がないくらいひたすら寝た。
目が覚めたとき、ふと思い出すのはゆきやんや両親、桃花のことじゃなくて、第一王子だった。
横を向いても第一王子の寝顔がないことに、恋しいと思った。
会いたい。
ロウのことが好きなんだな、て素直に受け入れられた。
庭園の中心に噴水がある。そこまで歩いて噴水の縁に腰を下ろす。
噴き上がる水が落ちて水面を揺らす様子を眺めながら、人魚が言った言葉を思い出し、ため息が出る。
『キミは報われない恋をしてる。つらいね』
自覚したところで、勝手に玉砕だ。
人魚のいうとおり、報われない。
男同志だからじゃない。あと数週間でオレは地球に帰らなきゃいけない。
「このまま第一王子に会わない方がいいのかも」
地球に帰ったら一生会えないどころか、記憶まで消える。
前向きに考えて残りの時間を第一王子と過ごしても思い出になんてならない。全部、忘れるんだ。自覚したばかりのこの気持ちも。
オレの心と水面の揺れが同調して不安になる。
気づかないままだったらよかった。
友達に会えない気持ちだけですんだのに。
はぁ、とまたため息をこぼして空を仰ぐと、白い月がふたつ。東と空に浮かんでいる。
ん?
一瞬、オレの目の錯覚かと思ったけど、何度目をこすっても月がふたつだ。欠け方もお互い逆だ。
「おぉ、もうそんな次期か」
見覚えのある声に振り返ると、杖を突きながらこっちへ歩いてくるフォ・ドさんの姿が。
「どうしてここに」
よっこいせ、と少し間をとってオレの横に座る、フォ・ドさん。
「3日経ったからおまえさんの様子でも見に行こうかと思ってな。行き違いにならずにすんだわい」
ひゃっひゃっと品なく笑うフォ・ドさんの笑顔にホッとする。
オレのことを気にかけてくれるフォ・ドさんはいるだけで心強いし、勝手に親戚の叔父や親みたいに思ってたり。
「どうじゃ、調子は」
「はい、おかげさまですっかり調子を取り戻しました」
「そりゃなによりじゃ。月がふたつ出とるということは、おまえさんももうそろそろじゃな」
「え?」
「ほれ、東の空と西の空に月が出とる。あれがちょうど重なるその時、魔力は倍増し、女神様の力が満ちるとき。そして、聖女様の召喚の儀式の時でもある」
「あ、そっか」
こっちに召喚されたときにルノーが言ってたな。
本当にもう時間がないんだな。
チクン、と胸が痛む。
フォ・ドさんの顔を見ていたらふと、人魚が言っていたことを思い出し、聞いてみたくなった。
「あの、人魚の唇に触れるとなんでも願いが叶うんですか?」
「なんじゃと?! 誰がそんなでたらめなことを言った!」
軽い気持ちで聞いたのがまずかった。唾を飛ばしながらキレた。
「人魚本人です。オレの顔に手を伸ばしてきて、唇に触れると願いが叶うって言われました。その時、体が動かなくなって払いのけることができなくて」
「・・・なるほど。それは甘い言葉の嘘じゃ。人魚と口づけを交わしたが最後。魂を吸い取られ死に至る。あるいわ、口から喰われるか」
「マジですか?!」
ゾッと背筋が寒くなる。
「危なかったな、ダイヤよ。おまえさん、下手したらもうこの世にはいなかったぞ」
「ヤバ、もっとちゃんとロウにお礼言わなきゃ。でもなんでいつもすごい絶妙なタイミングで助けてくれるんだろう。まるで図ったみたいに」
「おまえさん、今まで気づいてなかったのか」
きょとんとするオレにフォ・ドさんが盛大にひゃっひゃっと笑う。
「どうゆうことですか?」
「言ったはずじゃ。おまえさんにはその魔石がついとる。それはおまえさんを魔物から身を守るもの」
ここまで言えばわかるじゃろ。と言いたげな瞳でオレを見つめてくる。
「・・・!!! もしかして、今まで助けてくれた炎や移動はこの魔石の力ってことですか?!」
「人を守る結界(バリア)もあれば、敵を攻撃して守る結界もある。魔石が発動すれば魔力を込めたロウ坊っちゃんは気づく」
「それは、えーと・・・魔力でこの魔石とロウが繋がってるということですか?」
「それはちと違うな。魔力が放つ波動を感じ取ってるんじゃ。魔力に優れとるものは魔力が放つ波動を感じれるらしい。わしには無理じゃがな。しかし、そのためには常に相手のことを気にかけとる必要がある」
「え」
フォ・ドさんの言葉で胸がいっぱいになって、危うく感情的に流されて涙が出そうになった。
魔石の存在なんて言われるまで忘れていた。魔法の補助的なものくらいにしか思ってなかったのに。
どうゆうつもりかわかんないけど、一緒にいない時でもオレのことをいつも気にかけてくれてるなんて、そんなこと知ったら好きにならないわけがない。
逆に、好きじゃなかったら第一王子をストーカー扱いしてたな。
「てゆーか、まさかロウが戦ってる時も発動してたってこと?! そしたら思い返してもめちゃくちゃあるんだが! あ! もしかして水魔法が風呂場で暴走した時にロウの風呂場に移動したけど、それも?!」
「ひゃっひゃっひゃ。愉快じゃな」
あれこれ思い出しては驚くオレを楽しそうに見守るフォ・ドさん。
「でもなんで、人魚の誘惑の時はすぐに魔石が発動しなかったんですか?」
「魔石も万能ではない。誘惑という術を攻撃と見なすには難しいことじゃ。それよりおまえさん、叶えたい願い事でもあるのか」
「えーと、オレの住むところだと、人魚の血を飲むと不老不死の体になるとかいろいろ言われてるんで。こっちもやっぱり人魚は役に立つのかなーと」
「ならん! 人魚は魔物じゃ。それ以上のなにものでもないわい! 女神様の汚物にすぎん」
「・・・」
その汚物を食べたり部屋に飾ってる第一王子はいったい・・・。
フォ・ドさんがときどき毒舌なのはもう慣れてきた。第一王子が変人なのも。つーか、オレからみたら魔物好きというだけでふたりまとめて変人だ。
そうか。と、地味に落ち込む。
人魚が言ったことが本当なら、他の人魚でもいいからキスしてみるのもありかもと思った。なんでも願いが叶うなら、この世界に残りたい。第一王子と一緒にいたい。
魔法だってせっかく使えたのに手放すのはもったいない。
なんて、やっぱり甘い話はないか。
はぁ、とため息をつくオレにフォ・ドさんが落ち着いた声で話しかけてきた。
「ダイヤよ。話は変わるが、ちとおまえさんに提案があるんじゃ」
「提案、ですか?」
そうじゃ、と頷く。いつもと違って真剣なフォ・ドさんに、思わずごくりと喉が鳴る。
「この世界に残る気はあるか?」
「・・・・はぃ?」
うまい話なんてない。と思ったばかりなのに。幻聴ですか?
「短い間とはいえ、魔物退治や魔物研究においてとても助かっておる。ロウ坊っちゃんもおまえさんのことは気に入ってるみたいじゃからな。このままお別れは忍びない。おまえさんさえよければわしの養子として迎え入れたいと思う。安心せい、ちゃんとおまえさんひとりくらいは面倒みれるわい。どうじゃ、悪い話ではないじゃろ」
「い、いいいんですか?! ていうか、残っていいんですか?!」
嬉しい気持ちと驚きで思わず立ち上がる。
「むろんじゃ。なんの問題もないわい」
「オレ、てっきり他の世界の人間は絶対帰らなきゃいけないのかと思ってました」
ストン、とまた座る。
「そんな強制力はない。現に、召喚儀式の時や、なんらかの時空の歪みでこちらの世界に迷い込んでくる者はまれにおる。そういった者は魔物に喰われるか、自ら名乗り出て現地の人間に保護してもらい、帰りたい者は召喚儀式を。残ることを選んだ者は養子になるか、冒険者になるか。まぁ、この辺はわりと自由じゃがな」
「なるほど」
ちゃんと外の人間に対しての対処方法があったんだ。
帰るだけの一択だったのが「残る」という選択も増えてめちゃくちゃ希望が持てた。
「わしの養子になったからといってわしの面倒を見る必要はない。あくまでこの世界に残るための土台じゃ。人間社会のルールにおいてトラブルがあった時に保護者がいた方が外から来た者には安心じゃろ。おまえさんは聖女様の兄じゃからな。わしじゃなくても王族が保護してくれるだろうが。しかし・・・王族とは何かと縛りがあるからわしのような一般人くらいがちょうどよかろう」
おぉ、すげー現実的だ。
普段から頼りにしてるフォ・ドさんがオレの保護者になってくれるならめちゃくちゃありがたい。
「ありがとうございます! めちゃくちゃ嬉しいです。えーと、もし残ることを選んだら城から出るんですよね? 働き先とか見つけたりするんですか」
「むろん、城から出るじゃろが、魔物研究所に住めばよい。2階に空いとる部屋がある。仕事なんじゃが、わしが王様に口添えするから魔物研究所で働くといいじゃろ。給料は王族が払う。まぁ、給料以外は今と変わらんじゃろ。すぐに答えを出す必要はない。よーく考えるんじゃ」
いいな。と念を押すフォ・ドさん。
はい、と強く頷くオレの意思はほぼ確定していたり。
「おまえさんの様子を見れたことだし、わしはもう行くかな。問題がなければ明日には研究所に顔を出すんじゃ。ロウ坊っちゃんが面倒くさくてかなわん」
「面倒くさい?」
「・・・面倒くさいんじゃ」
呆れた顔で遠くを見つめるフォ・ドさん。
第一王子にいったいなにが。
杖を突いて歩きながら、
「ケンカなら早く仲直りするんじゃぞ。仕事にならんからのぅ」
「え」
ゆっくり帰って行くフォ・ドさんの背中を見守りながら、やっぱりあの時言い過ぎたな。と反省。
フォ・ドさんの姿が見えなくなったのを確認し、噴水の前でガッツポーズをして喜ぶ。
やったー! このままこの世界に残れる。
魔法も使えるし、第一王子のことも忘れないで一緒にいられる。
「ルノーも人が悪いよなー。残れるなら言って欲しい。つーか、最初にオレが帰りたいって言ったからか」
なんにしても、オレの気持ちは「残る」一択だ。これは確定・・・とドヤ顔でいたけど、ふと引っかかることが。
「オレは第一王子のこと好きだけど、第一王子はどうなんだろう。つーか、忘れてたけど、聖女と結婚するって話だったよな?!」
一難去ってまた一難。
残っても報われない恋のままじゃん!!
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