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「沼りましたが、なにか?」 2/2

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 いつものように第一王子に連れられてやってきた洞窟内で、角の生えたうさぎ型の魔物に追いかけられ、練習の成果とばかりに水魔法を使ってみた。
 目くらまし程度だけど霧で魔物の視界を奪うことができた。倒すことはできなかったけどとりあえず魔物から逃げられたからホッとしたのもつかの間。
 それを見ていた第一王子が、苦虫を潰したような顔で、「気持ちが悪い」の一言。
 魔物退治中に気分を悪くするなんて珍しいと一瞬思ったけど、そうゆうことを言ってるわけじゃないのはすぐわかった。

「今のはなんだ? 水魔法のつもりか?」
「え・・・そのつもりだけど」
「ジジイに教わってるんじゃないのか。あんなの、水魔法じゃない。見てて気持ちが悪い」
「なんだよそれ」
「中途半端な魔法はやるな」

 中途半端って・・・。
 自分ではうまくできたと思ったのに。
 気持ち悪いってなんだ。
 魔法に気持ち悪いとかあんのか? 不愉快とかそうゆうやつ?
 オレなりに試行錯誤して頑張ってんのに水差されて腹が立つ。

 その日は城に戻ってからもずっとモヤモヤして何も手につかなかった。
 次の日、フォ・ドさんに第一王子の悪口と一緒に何がダメだったのか聞いてみると、
「ロウ坊っちゃんのいうとおり、それは水魔法じゃないな」
「違うんですか?」
 目ん玉を見開くオレに、フォ・ドさんはひゃっひゃっと品なく笑った。
「さすが聖女様の兄だけはある。想像力に優れておる」
「いや、想像じゃなくて記憶っていうか・・・ゲームとかアニメを参考にしたんです」
 オレの返しにはてなを頭に浮かべるフォ・ドさんだったけど、そういえばこいつは他の世界から来たんだったという顔をしてからうんうんとひとりで納得したように頷き、
「イメージは時にひとりよがりになることもある。おまえさんはわしの教え通りちゃんとやった」
「フォ・ドさん!」
 練習の成果を褒めてくれて報われた瞬間。
 嬉しくて思わず声が大きく出た。
「もったいないのが本来持ってる水属性が活かされてないことじゃ」
「どうゆうことですか?」
「ロウ坊っちゃんが気持ち悪いと言ったのは見せかけの魔法だったからじゃ。中身のない魔法。つまり、幻覚魔法と同じことじゃ。低魔物には多少効くが、何度も通用するわけではない。慣れてしまえばまったくの無意味じゃ」
「幻覚魔法・・・と同じ」(錯覚魔法じゃなくて?)
「イメージは完璧じゃ。あとはおまえさんが持つ水属性を活かすことじゃ」
「活かすってどうやって?」
「次はイメージすることをやめるんじゃ。おまえさんの属性魔法、水を知ることじゃ」
「・・・どうやって?」
「感じるんじゃ」

 頭で考えるな。感じろ!

 またか。結局そこに戻るのかよ。
 完全に積んだ。まったくわからん。属性魔法を感じるってなんだよ。どうやるんだよ。そこがわかんないんだっつーの。
「くそっ」
 自分の部屋に戻ってソファでふてくされていると、いつものメイドさんがノックをして入ってきた。
「あと小一時間ほどで夕食になります。本日はルノー様もご一緒できるそうですがいかがいたしましょう」
「わかりました、一緒に食べます」
 メイドさんに八つ当たりしないように、感情をぐっと押し込んでネコを被ったけど、バレバレだったのか「ふふ」と控えめに笑われた。
「お飲み物はいかがですか? 気持ちが落ち着きますよ」
「・・・えーと、じゃぁ、いただきます」
 恥ずかしい。バレるならそのまま機嫌が悪いままでいればよかった。

 恥ずかしくて居たたまれないオレを横目に、メイドさんはお茶を用意しくれた。
「少々熱めに淹れましたので、お水も用意しておきます」
 そう言ってカラのグラスの口を自分の手で蓋をすると、トポポッと水が手の内から湧き出てこぼれる手間で止まった
「?! え! 今の魔法?!」
「はい、水魔法ですが」
 驚くオレにきょとんとするメイドさん。

 まさかこんなすぐ近くに同じ属性の人がいたなんて!!

「あの! オレも水属性なんですけど! どうすれば水魔法が使えますか? 教えて下さい!」
 藁をつかむとはこのことだーてわけじゃないけど、同じ属性に聞くのが一番はやい。
 ソファから立ち上がって興奮気味のオレと瞬きを数回繰り返すメイドさん。数秒経って理解したのか、
「聖女様のお兄様とお聞きしていましたが、魔法は初心者なんですね」
「えーと、はい。オレの住む世界には魔法は存在してなくて」
「そうでしたか。そうですね、この世界の者は産まれた時からそなわってるものですから言葉をしゃべるのと同じように自然と魔法が使えますから教えるとなると・・・」
 腕を組んで急に難しい顔で悩みだすメイドさん。

 やば。困らせちゃったかな。

 うーんうーんと悩むメイドさん。彼女のことを何も知らなかったけど真面目でいい人なんだとほっこりしてみる。けど、このままじゃ悪いから教えてもらうのをなかったことにしょうと口を開こうとしたところでメイドさんが先に口を開いた。
「学校での教えになってしまいますが、理解できないものはまず感じろと師が言っておりました」

 でたー。
 頭で考えるな。感じろ!

「ですから、今からもう一度水魔法を使ってみせますので、感じてみてください」
「は?」
 目が点になるオレの手をとり、メイドさんは自分の白くて細い両手で包みこんだ。(?!)

 ふいうちにあたふたしてると、急にメイドさんの手がひんやりと冷たく感じ、びっくりして顔を上げるとメイドさんの周りに水が宙を舞って浮いていて、2度びっくりする。
 
「これが、水魔法・・・」

 集中しているのか、メイドさんは目を閉じたまま水を浮かせ続けてくれる。
 第一王子みたいに髪色は変わってない。

 視線を手に戻そうとした次の瞬間、景色ががらりと変わって地面が柔らかくなった。おかげでバランスを崩してそれほど高くもない場所から落ちた。

「いっでーっ!! て、ここ第一王子の部屋かよ!」

 ほぼ毎日の出来事だ。匂いと天井に窓があるというだけですぐどこかわかった。
 打った尻をさすりながら起き上がると、ベッドの上であぐらをかいてる第一王子がいた。
 なぜか呆れたようなうつろな目でオレを見ている。
「なにやってるんだよ」
「はぁー?! それはこっちのセリフだ! これから夕飯だっつーのに、なに呼んでんだよ!」
「腹がへってるんならこれを食えばいいだろ」
 ズボンのポケットから取り出した何かをオレに投げつけた。キャッチしてみると、固そうな干し肉だった。
「なんだこれ」
「魔物の肉だ」

 魔物ーー!!

「魔物なんか食えるかー!」
「噛んでると味が出てうまいぞ」
「いらんわ!」
 ペイッと第一王子に投げつける。それを第一王子は無表情のまま口に入れて固そうに奥歯で噛んで食べた。

 こいつ、魔物退治して魔物の肉食ってんのかよ。どんだけ魔物漬けなんだ。

 ドン引きしてもお構いなしに黙々と食べる第一王子。
「くっそー。いいところだったのに」
 せっかくメイドさんが参考に、て水魔法を発動してくれたのに。
「難しく考えすぎだろ」
「え」
 ひとりごとを聞かれていたことにドキッとする。
「珍しい属性ならまだしも、水属性なんて四大属性の中でもありきたりだ。参考にする水なんてそこらへんにいっぱいあるだろ」
「はぁぁ?!」
 第一王子に言わるとなんかすっげー腹が立つ。
「魔法なんて簡単だ」
 今の言葉にブチッときた。
「オレだって魔法なんてもっと簡単なものだと思ってたよ! 杖振って呪文唱えて、もっと簡単なものだと思ってた! 産まれた時から持ってる奴に言われるとすげームカつく! いいからさっさと城に戻せよ!」
 はぁ、とため息をつく第一王子。
「すぐキレる」
「はぁぁ?! 誰のせいだと思ってんだよ。いいからさっさと・・・!」
 喋ってる最中に景色ががらりと変わり、自分の部屋に戻った。
 
 メイドさんが淹れてくれたお茶と、水が入ったコップがそのままテーブルに置かれていた。メイドさんはいない。
 はぁぁぁーーーと盛大にため息をついてソファに座る。
 くそっ、と悪態をついてソファに横になるけど、落ち着かず、すぐさま立ち上がってお風呂場へ行く。

 5畳ほどある風呂場に角を丸めた三日月型の湯舟がある。
 中を覗くとすっかりきれいに掃除をされ、水が一滴もない状態だ。栓も抜かれている。
 水を溜めようか迷うけど、そのままシャワーヘッドを持って湯舟の中に向けて水を出す。ここには蛇口というものがなくて、水を出す動作をするだけで水が出る。(魔法のシャワーヘッドだ)
「確かにそこらへんにある」
 流れる水を見ながら第一王子を思い出しムッとする。だけど、第一王子が言うのも一理あると思ってしまった。
 あれこれ考えすぎた。「感じろ」を漠然と難しいものと思ってた。
 
『今からもう一度水魔法を使ってみせますので、感じてみてください』

 メイドさんだってさっき水魔法を発動してくれたのは、水魔法がどんなものかを教えるというより、触って水を理解しろと言いたかったのかもしれない。
 シャワーヘッドから流れる水に触ると、冷たい。それ以外の感想がない。それだけ水はめちゃくちゃあたりまえのものだ。
「わからん」

 これが体に流れてることを想像すればいいのだろうか。
 水を流したままその場にしゃがみこむ。すると、理科の勉強をしていた頃がふと蘇った。

『あーマジかったるい。理科苦手』
『大ちゃんは理数系苦手だもんね』
『ゆきやんは?』
『普通。化学はわりと好き。実験とか面白いじゃん』
『はぁぁ? めんどくさいだけじゃん。特に周期表覚えるの、マジめんどい』
『元素でしょ。おれはけっこう好きだけどなー。暗号みたいでかっこいいじゃん』
『どこが』
『酸素はO。水素はH。これが合体するとH2Oで水になる! 面白くない?』
『全然。意味わからん』
『吸って吐いてる酸素がローマ字のOだと思ったら面白いじゃん。おれはOを吸って鼻から出してる!』
『ぶっ。なんだそれ』

 ふっと思わず笑みがこぼれた。
「ゆきやんてほんと、面白い奴だよなー。ゆきやんがこっちにくればよかったんだよ。ゆきやんだったら魔法なんてあっさり使いこなせるんだろうなー」
 水に触りながらゆきやんみたいに頭の中でHとOを思い浮かべて、それがシャワーヘッドから流れてくる想像をしてみる。
「うーん、微妙だ」
 やっぱ、水は透明なのがいい。形になんなくていい。
「そうか、水も酸素も形がない」
 あたりまえだけど、あたりまえすぎて忘れてた。
「H2Oかー。これくらいしか元素記号覚えてないなー」
 そうつぶやいた次の瞬間、ポタッと頬に一滴。
「ん? 水が跳ねた?」
 シャワーヘッドから流れる水が跳ねて顔に当たったのかと思った。けど違った。どこから落ちてきてるのか水滴がポツポツと頬に当たり、肩に当たり、風呂場のタイルの床に落ちる。

 ん?

 何かおかしいと立ち上がると、オレの足元からコポコポと水が湧き上がっていた。
「?! なんだこれ?! もしかして水魔法?!」
 元素記号が呪文になったのか。
 水に触っていて気づくのが遅くなったけど、身体の中に冷たい何かが巡ってる感覚がある。
 なんだこれ。熱出して病院に行った時に点滴された時みたいだ。そうだ、血液みたいに水が身体の中に入って血管の中を通る感じ。
「感じるって点滴のことだったのか!」
 自分で言ってツッコミたくなる。なわけない。そうじゃないけど、ほぼ正解な気がする。なんとなく。

 ひらめいたように、雲の隙間に光がさしたみたいに、心のモヤモヤが晴れてスッキリする。
「これが、水魔法!」
 タイルの床から湧き出る水にテンションが上がる。それと一緒に、身体に感じる点滴・・・じゃなかった。水の感覚を忘れないようにと必死になる。

 水魔法を使えたのはいいけど、止め方がわからん。
 さっきからコポコポと湧き出てくる水はどんどん広がって風呂場を水びだしにしていく。
「やべ。これどうすればいいんだ?」
 戸惑っている間も水が増え続け、排水溝が手に負えなくなってきたのか水位が上がってきた。

 まずい。ここから出て助けを呼ぶ?
 同じ水属性のメイドさんならなんとかしてくれるかも。と思い、ドアノブに手をかけるけど、このドアを開けたら水が部屋に流れる。そしたら、部屋が水びだしに。
 それは面倒くさいことになると思ってドアから手が放れる。
 少しの間悩んでいると、水位が倍に上がってもう膝まできていた。
「うわっ! マジか。ヤバいヤバいどうしよう!」
 テンパってどうすればいいか全然良い考えが思いつかない。
 ゴポッとやたら大きい音が聞こえた。なんか、嫌な予感がすると思って後ろを振り返ると天井に届きそうなほど高い波が迫っていた。
「なんで?!」
 海じゃないのになんで波があるのと思う暇もなく高い波に飲み込まれる。
 シャワーヘッドも三日月型の湯舟もオレも風呂場にあった物がみーんな水の中でさ迷う。
 息が苦しい・・・と思ったけど、全然苦しくないことに気づく。視界も良好だ。

 これはもしや・・・水属性の力ってやつ?

 誰に向けるわけもなく、ひとりで勝手にドヤ顔を決めていると、突然、浮遊力が消え、勢いよく落下して熱いお湯の中に落ちた。
「あっつっっ!!」
 ガバァ、とお湯から顔を出すと上半身裸の第一王子と目が合った。

 ?!!

 混乱する頭で周りを見渡すと、オレがいた風呂場とは違う風呂場にいた。
 5畳よりちょっと狭く、湯舟は三日月型だけど、すぐ近くにトイレがある。そして、濡れた髪をかきあげる第一王子が、落下した湯舟に浸かっていた。
「また呼んだな!」
「魔法を暴走させておいてなんだその言いぐさは」
「・・・確かに」

 思わず納得してしまった。
 水を滴らせる第一王子に思わずドキッとする。
 顔面エグイうえに、無駄に色気があって男のオレでも羨ましいと思ってしまう。ムカつく!!
 これ以上直視したら目が潰れる。
「お邪魔しました」
 風呂場を出て行こうとしたら、首根っこを捕まれ、ボッとオレの身体が赤い火に包まれた。

 ?!!

 燃やされたと思ったけど、その火は全然熱くない。むしろ、ちょうどいい火加減で気持ちが良い。熱風も吹いてあっという間に服も髪も靴も全部乾いた。
「おぉ。すげー」
「そのままだと風邪引くだろ」
 湯舟につかったまま、第一王子が無表情で言った。
「・・・どーも」
 さっきキレたのもあって、なんか気まずい。と思ったら、
「で、コツはつかめたか」
 一番触れて欲しいことを聞かれて、テンションが一気に上がる。そんでもって、思わず第一王子に満面の笑みで話しかけてしまった。
「水魔法使えた! 点滴だった!」
「・・・点滴?」
 珍しく目を大きく開く第一王子。
「あーいや、コツはわかった。なんていうか・・・」
 自分の手ひらを眺めながらうっかりフォ・ドさんに話す時みたいなテンションでしゃべったことに躊躇する。
「ずいぶん魔法にご執心だな」
「! そ、そりゃぁ、誰かさんのおかげで沼ったんで」
「沼?」
 頭にはてなを浮かべる第一王子。
 オレのテンションに驚いたのかと思ったけど、いつも通りの第一王子にオレも気にするのをやめた。
 なにげに水魔法の暴走から助けてくれたわけだし、オレももうちょっと第一王子に心を許してもいいと思った。でもふと疑問が。
「なんで水魔法が暴走してるってわかったんだ?」
「出る」
 ガバッと湯舟から立ち上がる第一王子に、慌てて風呂場をあとにした。
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