小悪魔とダンス

キリノ

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1章 デンジャラスナイト 

桔梗との夜

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 A中高合同学生寮、若草寮。そこは別名パラダイスという。
 キャンバスの敷地内にある、分譲型マンションの3階までが、学生達のテリトリー。その上階は、学校職員達のマイホームだ。
 2LDKのおしゃれな間取りは、鍵付きの個室2つに、大きめのソファが置けるくらいの余裕あるリビング、もちろん風呂、トイレ付き。これで、家賃が月々4万というから、全く世の単身赴任者は、地団太踏んで悔しがるだろう。

「……ただいま……」
 時計は12時を回っていたが、小声でそう呼びかけてみる。
 リビングには明かりがついていて、テレビからは、賑やかなお笑い芸人の声が流れている。
 だが、当然と思っていた桔梗からの返事は返ってこなかった。
「な~んだ……。寝てるじゃん」
 ソファの肘置きに長い足を投げ出してクッションを胸に抱いたまま、ぐっすりと眠り込んでいる、常人離れした美形の男、圭の親友で、この春からのルームメイト、矢口桔梗だ。

「眠っていても、かっこいいよな……」
 圭は吸い込まれるようにその完璧な美貌に見入った。もともと綺麗な顔立ちではあったが、最近は、背が伸びた上に、服装や髪型にも気を使うようになり、そのためか発散される色気は壮絶で、凄みを感じさせるほどだ。整えられた、細くつりあがった眉。秀でた額。とがった顎。今は閉じられているが、切れ長の、鋭い目。
 外見だけなら、3つ年上の洋介よりも年長に見える。
 以前は鋭い目つきが不興をかいやすいのか、よく不良に追い回されていたが、最近は女の子のあしらいが大変らしい。サッカー部の試合には、桔梗目当てのおっかけまで出没するという。
 無理もない。
 つきあいの長い圭ですら、まともに目を合わせるのをためらうほどの美貌なのだ。
 その桔梗は、洋介との会合に、大反対だった。
「やめとけって……。あの人は圭が思っているような人じゃない。信じて裏切られたら……傷つくのは多分圭だ」
 桔梗は、何かを感じていたのだろうか。
 突然、胸のあたりに、ぶるぶると微妙な振動を感じた。慌ててポケットから、自分のものになったばかりの携帯を取り出す。
 ここにかけてくるのは……たった一人。
「……先輩?」
「圭か。何してた」
 くぐもった、大人の男の、低い声が鼓膜に甘く響いてくる。
「……シャワー浴びようかって思ってた」
 何故だか声が小さくなる。
「桔梗は?」
「もう寝てる」
「そうか」
 短い沈黙のあと。
「圭」
名前を呼ばれる。
「ん……」
「浮気すんなよ」
「しないよ……だって先輩が怖いもん」
 正直に答えると、洋介は少し笑って、
「愛してるぜ」
 と、かすれた声で言った。
 会話は終わって、圭は、ため息と一緒に手のひらの小さな機械を見つめる。
 帰り際、連絡用にと渡されたそれは、最新式だ。ブルーできらきら光っていて、女子高生に一番人気のアイドルがCMにでているやつ。
 最初から登録されているアドレスは、一件だけ。
 谷川洋介。ほんの1時間ほど前に、圭の、恋人になった男だ。
「俺、洋介さん嫌い」
 いつだったか、唐突に桔梗はそう言った。
「……って、洋介先輩の事?生徒会長の?」
「YES」
「えーっ、先輩はすごく、いい人だよ……。珍しいよね、桔梗がそんなん言うのって。何かあったの?」
「うんにゃ、全然」
 間の抜けた返事が返ってくる。
「別に、あの人と話したことも碌にないし、今後お近づきになる予定もないし、だから何か起こるわけもない」
「だったら、なんで?理由もなしに嫌うなんて、桔梗らしくないじゃん」
「理由ならあるよ」
 きっぱりと言う。
「あの目が嫌なんだよ。あの人、いつだって圭のことばっかり見てる。絶対頭ン中で、なんか嫌らしいこと考えてんだぜ」
「また始まった」
 呆れる圭の肩に自分の肩をまわして、桔梗は、わざとに体重をかけながら、
「圭ちゃん、いいこと教えてやろーか。男は皆狼なのさ。特にあいつは、やばい……エロ親父の匂いがする」
と、耳元で囁いた。
「もう、わかったよ」
「本当にわかってんのかね」
「わかったよ……桔梗が馬鹿だってことが」
「なんだって!!」
 軽くヘッドロックをかけられると、締め付けがきつくて身動き出来ない。まいった、と笑いながら、ふざけあって、それっきり忘れてしまっていたけれど……。

 桔梗……知ってたんだ……。
 洋介の、圭に寄せる想いに。

「お前が好きだ」

 悪びれもせず、告げられた言葉。

 夜景の綺麗なホテルに半ば強引に連れ込まれて、いきなり、服を脱がされた。
 そのまま組み敷かれ、全身に口をつけられた。誰にも触れられた事のない部分を容赦なく刺激され、初めて他人の手で、いかされた。怖かった。たくさん泣いてしまった。洋介の、大きくて固いものが、そこに押し当てられて、身体の中に入ってきそうなになった時、やめてくれたら恋人になると口走っていた。逃げられるなら、何だってすると思った。
 身体の震えがとまらなかった。洋介が、知らない人に思えて怖くてたまらなかったから。

 だけど…………。

 それだけじゃ、なかったんだ。

 胸の鼓動が止まらない。身体が熱い。
 今だって、携帯から流し込まれた言葉に……頭がぼーっとしている。

 愛してるって、言ってくれた。何度も。何度も。

 誰かに好きだと言われたのは、生まれて初めてだった。

 可愛い、とはよく言われるし、ダンスでは少し目立つ存在だから、女子校の生徒に、少しだけ騒がれたことならある。
 だけど、それだけのこと。
 しょちゅう女の子に呼び出されていた桔梗を、同級生なのに、と羨望の眼差しで眺めていた圭である。
 だけど、今夜は……。

 やけどしそうなほど熱く……見つめられた。
 桔梗が嫌いだと言った、あの目に。
 好きだって、言ってくれたんだ。
 他の誰でもない、この自分を。
 そして……洋介の唇が、自分の唇に重ねられて……。気が遠くなりそうなくらい、舌を吸われた。
 強引だったけど、本気さは、十分伝わってきて……

 嬉しかった。

 桔梗が、うーんと唸って寝返りをうつ。圭ははっと我にかえった。
「身体、洗ってこよ……シャワーでいいや」
 ティッシュで拭っただけの自分の精液や、洋介に抱かれた残り香を、全て洗い流してしまわなければ。

 勘の鋭いルームメイトに、今日の出来事を悟られるわけにはいかない圭であった。
 


 風呂からあがると、桔梗はまだ気持ちよさそうに眠りこんでいた。
 決して小さくはないソファだが、178センチの、しかも長すぎる手足を収めるには、役不足感は拭えない。だが、圭は放っておくことに決めた。目が覚めたら、質問攻めに決まっている。今夜だけは、桔梗の高すぎるテンションにつきあう気力がなかった。
「おやすみ……」
 自室に引き上げる前に、そっと小声で声をかけると、耳に届いたのか、桔梗は勢いよくごろんと寝返りをうった。
 眉間にしわを寄せ、
「う……ん……圭ちゃん」
 と切なげにつぶやく。
 ぎょっとした。
「……ったく、何の夢みてんだよ」
「うーん」
 独り言に応えるかのように、長身の男はもう一度寝返りをうとうとする。
「あ……危な……」
 ソファから今にも転げ落ちそうで、圭はあわてて支えようと駆け寄った。桔梗の肩に触れたとたん、
「あー、わ、わわ、」
 バランスをくずして、倒れこむ。いきなり眠っているはずの桔梗に腕をつかまれ、そのまま広い胸の中に抱き込まれてしまったのだ。
 突然のことに、抵抗できない圭のほっそりとした身体を優しくつつみ、お騒がせな男は、まだすやすやと寝息をたてている。
「き、桔梗、起きろ!!桔梗ったら」
 やっと声が出るようになって、圭は大声で、名前を読んだ。
「う……ん」
「苦しいって。もう、いい加減起きてよ!」
 ぽかぽか胸を叩いてやると、桔梗はうっすらと、星がたくさん入っているような、綺麗な目を開けた。胸の中でもがく圭をいぶかしそうに見つめると、
「あれ、圭じゃん。何してんの。こんなとこで」
 きょとんとして尋ねる。
「桔梗が寝ぼけたんだよ。苦しいから放せって」
「ふーん。なんだ。そうか」
 すんなり納得したものの、桔梗は圭を放すそぶりをみせない。それどころか、身体を密着させるように、もっとしっかりと抱き込むと、ぬいぐるみかなんかを抱いているように、すりすりと自分の頬を、圭の茶色い髪の毛にすりつけて、再び目を閉じようとする。
「桔梗~!!」
「う……ん、もう別にいーじゃん、このまま寝ちまおーぜ。めんどくさいし」
 寝起き特有のかすれ声。
「こんな狭いところで寝るのなんて、嫌だよ」
「そんなら、ベッドへ移動すっか」
 さっきまで眠っていた人とは思えない機敏さで、桔梗はさっと半身を起こす。圭はすかさず立ち上がった。
「……落ちそうだったから、助けようと思ったんだ。だけど、結局起こしちゃった。眠ってたのにごめんね」
 圭の言葉に、桔梗はほくりとした明るい子供のような笑顔で
「いいよ、そんなの。圭に起こされるなら本望さ。いくらでも起こして。毎日起こして」
と言った。
 いつもの軽口。すっかり目は覚めてしまったらしい。もう一度圭の腕を引っ張ると強引に自分の隣に座らせる。
 にこにこと、圭の顔を可愛くてたまらない、とでも言う風に、あからさまに見つめてくる。

 いつも、そうなのだ。
 桔梗は、圭が可愛くてたまらないらしい。

 自分は部員でもないくせに、ダンス部の練習にしょっちゅう顔を出す。イベントの時などは、楽屋で、専属の付き人状態。
 出会いからして、そうだった。外部生を集めての校長の訓示の間中、圭をじっと見つめていた中学生時代の桔梗。

「君は、さっきから、牧村君ばかり見ているけれど、私の話は聞いているのかね」
 校長に注意されて、桔梗ははっとした表情で
「あ、ご、ごめんなさい、あんまり聞いてなかったかも」
 と、ぽりぽり頭をかいた。
「彼とは知り合いかな?それとも、何か用事でもあるのかね」
 たたみかける校長に、圭はやめてくれ、直球すぎるよ……と心で叫ぶ。さっきから傷だらけの、強面な美少年の執拗なガン付けに、身をすくませていたのだ。
「ううん、違うよ、俺、ちょっとびっくりしただけ」
 校長相手にほとんどタメ声で、だが、素直に桔梗は答える。
「何にびっくりしたと言うんだね」
 校長は少し面白そうに追及する。
「だって、この子、めっちゃ可愛いんだもん。俺こんな可愛い子、初めて見た。芸能人みたいだなーって」
「見とれてしまった、というわけだね」
「うん」
 妙にきっぱりと言い切る桔梗に、校長をはじめとする大人達は、つい吹き出してしまった。
 名指しで可愛いを連呼されて、圭は、穴があったら入りたいくらいだった。桔梗は、そんな圭の様子に気がついたらしい。
 ごめんな、というように、顔の前に、片手をあげて、頭を下げてみせた。

 そして、入学式を終えた後。
 門の入り口で、桔梗は、圭を待っていた。
「俺、矢口桔梗。さっき一緒に挨拶したから知ってるよな」
「……う、ん」
「牧村圭っていうんだろ。圭って、呼んでいい?友達になろうぜ」
 片手が差し出される。
 握手なんて、今まで、した事なんてなかった。
「どうせ、寮に帰るんだろ。一緒に帰ろう」
 口角の上がった、太陽のような微笑。その笑顔を見た瞬間、圭は、桔梗が大好きになった。
「うん!」
 元気よく同意して、笑顔を返す。
 そして、何故かそのまま、二人して、手をつないだまま、寮に帰ってきたのだ。
 以来、二人はいつも一緒にいた。クラスは別だったけれど、休み時間や放課後、ダンスの練習がない時は、必ず約束をして一緒に過ごすようにしていた。桔梗は心配性で、時々、干渉しすぎると思うときもあったけれど、喧嘩など一度もしたことがない。嘘をついた事もない。少なくとも、圭の方は。

 だが、今日、初めて圭は親友に嘘をつく。

 洋介に犯されそうになった事。
 洋介の恋人になったこと。

 桔梗にだけは知られたくない圭だった。


「せっかく起こしてくれたことだし、圭ちゃんの大好きな甘いコーヒーでも淹れるか」
 すっかり目がさえてしまった桔梗を、
「俺のはいいよ。すぐに寝るから」
と、圭は慌てて押しとどめた。
「へえ、珍しいな。いつもは圭のほうが俺を寝かせてくれないのに」
「……人聞きの悪い事言うなよ」
「だってそうじゃん。ゲームだ、なんだって、いつまでも起きてるのは圭じゃんか」
「このところ疲れてたし……今日寝だめしとく。おやすみ」
「待てよ」
 鋭い声。
「そういや、今日エロエロ星人と会ったんだよな。元気だった」
 あれほど普段から洋介を意識していた桔梗が、今夜の出来事に関心を持たないはずがない。
 切れ長の目が、自分の反応を、余すことなく観察しているのが感じられて、ここが正念場だと圭は、身を引き締めた。
「……洋介先輩の事だよね」
「そーだよ。エロエロ魔人っつったら、あの人以外いないだろ」
「……元気だったよ。だって最後に会ったの1ヶ月前じゃんか。そんなに変ってないよ」
「ふうん」
 桔梗はつまらなさそうに呟くと、
「まさか、あいつがお前になんか疲れるような事、したんじゃないだろうな」
 疑うように顔を覗きこんでくる。圭は、ごくりと喉を鳴らした。
「お祝いしてくれただけだよ……夜景、じゃなかった、フランス料理、すっごい高かったのに奢ってもらっちゃって、びっくりしただけ」
「総合病院のぼんぼんだっつってたじゃん。金なんて余ってるだろ」
「とげがある言い方だよね……」
「だって、嫌いだもーん」
 いきなり細い肩を引き寄せられて、圭は、どきりとした。大きなため息が、頭上から降ってくる。
「駄目だな、俺、あの人が絡むと、冷静になれない……こんな俺って嫌い?」
「ううん……でも、なんだか、怖いよ。だって、いつもの桔梗じゃないみたいだ。桔梗は人の悪口なんて、絶対言わないのに」
 洋介先輩の事以外は、と心の中で続けてみる。
「あの人に、圭をとられたくないんだ」
 桔梗はきっぱりと言った。
「さっきまで俺、不安で泣きそうだったんだぜ。俺の大事な圭が、あの人の餌食になってたらどうしようって、行かせるんじゃなかった、縛ってでも止めるんだったって、思ってたんだ」
「…………」
「心配で、心配で……いつの間にか寝ちまってたんだけどな」
 子供のような笑顔に、圭の胸は、つくんと痛む。真実を知ったとき、この優しい友人が、どれほど傷つくかと思うと、いたたまれなかった。
「でも、今日の事でよくわかったよ。圭は、可愛いし、これから先、もっと心配な事はいろいろあるに決まってるだろ。後になって、後悔したって遅いんだって。だから、俺、もう我慢しないことに決めたんだ。自分の気持ちを隠したまま、独占欲だけ振りかざしたって、かっこ悪いもんな」
 肩に置かれた手がはずされる。
「渡したいものがあるんだ。取って来るから、ちょっとだけ待ってて」
 桔梗は、そう言うと立ち上がった。圭の頭をくしゃくしゃっと撫でて、自室に消える。
 A校の王子……いつの間にかついてしまったキャッチフレーズに似つかわしくない、人懐っこい笑顔を残して。
ソファにちょこんと腰掛けて、圭は、壁の時計を見上げた。
 深夜1時30分。
 今すぐベッドで眠りたかったが、大事な話があるから、待っていろとと言って自室に消えた桔梗を無視することはできなかった。疲れてる、なんて言おうものなら、またどんな突っ込みが入るかわからない。
 桔梗は、すぐに戻ってきて綺麗にラッピングされた、細長い箱を手渡した。
「ほい、誕生プレゼント」
「?俺の誕生日は6月だよ」
「知ってるって。まあ、あけてみ」
 包み紙を破り、藍色の化粧箱をあけると、テディベアのトップがついたネックレスが現れた。
「うわ、可愛い……」
「よーく見てみ。このくま、おしゃぶり銜えてんだぜ。圭にぴったりだろ」
「ほんとだ……」
 シルバーのベアは、手にはがらがらを持っている。いつも圭を子供扱いする、桔梗一流のジョークなのだろう。
 プレゼントが、嬉しくないわけはない。だが、自分の誕生日は1ヶ月も先なのだ。どんなリアクションを返せばいいのだろう。
 戸惑っている圭の手のひらから、桔梗の指が子熊をそっと奪う。 首にかけられる時、シャープな顎が、髪に当たって、圭の心臓は再びびくりと音をたてた。
 似合ってるぜ、と笑いながらたっぷりと圭に視線を這わせた後、桔梗は口を開いた。
「こないだ伸ちゃんと臨海公園の観覧車に乗ってきたんだ。女の集団にじろじろ見られて恥ずかしかったけどな」
 野郎ふたりだから、目立つのかな、と照れたように言う。
 浮田伸は、ダンス部のリーダーである。
 寮暮らし以外に接点のない二人だが、何故か気が合うらしく、時々つるんでいる事は圭も知っていた。
「東京一高いやつだよね……」
「一周するのに、きっかり17分かかったよ」
 さらりと桔梗は肯定する。
「圭の誕生日に……二人で乗ろうと思ってたんだ。今年の誕生日だけは、一生の思い出になるような、ロマンティックなところで祝ってやりたいって思ってたから……。プレゼントを渡した後に、思い切って告白するつもりだった。17分って、十分な気もするけど、案外あっという間かもしれないし……だから、伸ちゃんと下見に行ったんだ」
「俺、観覧車苦手だよ」
「わかってるって。だけど圭は受身だから、強引に誘えば、付き合うタイプじゃん……それに、観覧車って下手に動くと揺れるんだぜ。きっと、何されても、怖くて抵抗できないだろうなって、思ったんだ」
 ますます話しの意図が見えなくて、圭は黙り込む。
 桔梗の長い腕が、圭の肩に回された。そして、ぐっと引き寄せる。暖かな、桔梗の体温が伝わってくる。
「圭は……抱きしめても、いつも抵抗しないよな……」
 桔梗の声が、甘くかすれる。この声に女はしびれるのだと、誰かが悔しそうに言っていたっけ。だけど、女の子だけではない。誰だって、しびれてしまうだろう……この声と、全身から発せられる色気には。
「男に抱きしめられるのって、平気?それとも、俺だから?俺の事、ちょっとは好き?」
 桔梗は大きく息を吐くと、思い切ったように、さばけた口ぶりで続ける。
「観覧車のてっぺんで、思いっきり抱きしめて、キスしようって思ってた」
 圭は思わず身じろぎした。桔梗は一体何を喋っているのだろう。
 切れ長の目が、圭を見つめる。逃がすまいとするかのように。そして、耐えかねたように、桔梗は圭を抱きしめた。圭の華奢な体がきつい拘束に弓なりにしなる。小さな顔は広い胸にぴったりと押し付けられ、身じろぎもできない。
 そんな風に圭を拘束したまま、桔梗は、一気に言った。
「圭が好きだ。最初からわかってたんだ。これは普通の友情じゃないって。今日、洋介さんと、会ってると思うだけで、頭おかしくなりそうだった。誕生日までなんて、もう待てない。お前を俺だけのものにしたい」


「桔梗……」
 息が苦しくて喘ぐように圭は名前を呼んだ。だが、桔梗は、噛み締めるように、言葉を続ける。
「キスしていい?」
 驚きに圭は大きくその目を瞠る。だが、返事を待つまでもなく、桔梗の綺麗な顔が、近づいてきた。
 啄ばむような優しい口付け。
 あたたかな感触が、唇から伝わってきて、圭の身体から次第に力が抜けていく。頬に手を添えられて、角度を変えながら、そっと桔梗の舌が、小さな口の隙間から差し入れられた。
親友だと信じていた男の舌の感覚に、圭はびくりと大きく身体を震わせ、逃げをうつ。が、消極的な舌先を、強引な男の舌が、丁寧に絡めとっていく。
 胸が苦しい。心臓が爆発してしまいそうだ。
 さっき、洋介に抱かれたばかりなのに……。
 思わず縋りついた圭の手の甲にちゅっとキスを落として、桔梗は、ゆっくりと華奢な身体をソファに横たえていく。桔梗の切れ長の目に優しく射すくめられて、圭は、もう何が何やらわからなくなってしまった。 肩を抱きしめたり、頬や、額に軽いエアキスをしかけてみたり……。
 桔梗のスキンシップが暴走するのは、今に始まったことではない。
 少し高めで、時に甘くかすれる、セクシーな声。その声で、一日に何度も「可愛い」と囁かれていた。ダンス部をはじめとする周囲の人間からまでも、過剰なスキンシップを受けるようになったのは、絶対桔梗の及ぼした悪影響だと思う。
 ただ立っているだけでも、ぼーっと見とれてしまいそうなほどの美貌の男。それが、意味深なソフトタッチで接触してくるのだ。同性でも、大概の男ならくらっときてしまうだろう。
 つきあいも3年になれば、軽くあしらう術も覚えた。だけど本当は、ずっとどきどきしていた。桔梗と……身体のどこかが触れ合う度に。
 その桔梗に、抱きしめられ、口付けを受けている。
 圭の心臓はもう、爆発しそうだ。
 ごく自然に寄せられた整った顔。
 最初は、様子を伺うように、そして次第に強引に、温かい舌が差し入れられる。
 歯列をなめられ、湿った音を立てながら、狭い口腔を貪られ、圭は大きく身体を震わせた。
 やがて唇は開放される。桔梗の長い指が、服の上から身体を撫ではじめた。……優しい指使い。
 だけど、いつもとは微妙に違う。欲望を秘めた指の動きに、圭は、つい、流されそうになる。
 もう、いいや、どうなったって……。
 その時だ。

 圭の太ももに、何か無機質な物が触れる感覚があった。
……そうだ、携帯電話……
 スウェットのポケットに入れたそれが、無言の圧力をかけてくる。ざらりとした罪悪感が、胸の表面に浮かび上がってきた。
 ……浮気すんなよ……
 渡した男の声が耳の奥に響いている。
 恋人になると約束した、誇り高い、大人の男。
 洋介先輩……。
 桔梗の手が、Tシャツの裾から、そっと入ってこようとしていたが、圭はその手を抑えると、はじかれたように身体を起こした。
「ご、ごめん、俺、これ以上無理」
 不思議そうに、桔梗が圭を見つめる。今まで従順だった圭の突然の抵抗に驚いているのだろう。桔梗の薄い唇の端から、誰のものやらわからない唾液が緒を引いて、いつも以上になまめかしい色気を醸し出していた。
 圭は、ソファの隅っこに移動して、桔梗から離れるようにした。動揺を悟られないように必死で息を整える。できるだけ落ち着いてみえるように、無邪気そうな笑顔を作ってみせる。
「気持ちは、すごく嬉しいよ……。俺だって、桔梗の事大好きだったし……だけど、こんな事は駄目だ。桔梗とは恋人どうしにはなれない」
 桔梗は長めの前髪をかきあげながら、小さい声で、
「……俺って、強引だった?」
とつぶやいた。犬の子供がすねているような様子に、圭の胸には新たな罪悪感が浮かびあがってきたが、必死で打ち消す。
「ううん……俺が……優柔不断なのがいけないんだ」
「俺にキスされるの……嫌?」
 ごくりとつばを飲み込んで、圭は首を横に振る。
「だったら、なんで……」
「友達でいよう」
 後ろ髪をひかれる思いだったが、圭はきっぱりと引導を渡す。
「桔梗とは……親友のままでいたいんだ……大好きだから、壊したくない」
「圭……」
「ごめんね。ほんっとにごめん」
 うなだれた桔梗に、早口で詫びを入れ、圭は立ち上がった。傷つけたくなかったのに、思いっきり傷つけてしまった、大好きな友人の姿を、これ以上見ていられなかったから。

 次の瞬間、ごとり、と音がして、固いものが、テーブルの下に転がっていった。
「なんや、これ」
 拾い上げて、桔梗はそれをしげしげと眺める、。
 あ……と圭は心の中で小さな叫び声をあげた。
 それは、ブルーの携帯電話だった。
「昨日まで、なかったよな。俺の持って行けって、さんざん言ったくらいだし」
「……」
「あいつにもらったのか」
 最悪なタイミングで転がり落ちた携帯電話に、桔梗は戸惑うような表情を見せたが、その後すぐに洋介と圭の関係が変化した事を察知したようだった。
 鋭い視線に追い詰められて、もう隠せないと、圭は、観念した。
 途切れ途切れに、話し始める。
 洋介に、ホテルに連れていかれたこと。抱かれそうになったこと。身体のあちこちを舐められて、怖くてたまらなかった事。
逃げるために、洋介の恋人になる、と口走ってしまったこと。
 桔梗は、 無言でずっと肩を抱いてくれていた。時々宥めるように身体をなでられ、自分を気遣う思いが伝わってきたが、その優しさが却って辛かった。
 黙っているつもりだった。いつか、心の底から、洋介を好きだと言える日まで。軽蔑されたくなかったし、桔梗を失いたくなかったから。
 自分は誠意を持って、告白してくれた目の前の優しい男をを裏切ったのだ。
 罪悪感に、顔をあげる事ができなかった。


「俺から洋介さんに返しとくわ」
 沈黙の後、桔梗は、言った。
 視線の先には、ガラステーブルに置かれた携帯電話がある。
「でも……」
「なんだよ。まさか、自分で返すなんて言い出すんじゃないだろうな。誰がさせるか」
 桔梗は吐き捨てるように言った。。
 温厚な桔梗からは、滅多に聞くことのない、激しい言葉。
 首をすくめながら、小さな声で尋ねてみる。
「怒ってるよね」
「ああ」
 圭は泣きだしそうになった。桔梗は、そんな圭を慰めるように、弱く微笑むと、大きな手で軽く頭を叩く。
「勘違いすんなよ。怒ってるのは自分にだ。あいつの本性はわかってたのに。みすみす行かせて、挙句お前を取られちまうところだったなんて、まるっきり俺って馬鹿みたいじゃん」
「…………」
「怖かったろ?ほんとにごめんな……」
 圭の額に、桔梗のそれがこつんと合わせられる。
「こっちこそ……ごめんね……嘘ついて」
 下を向いたままそう言うと、桔梗は、いいよ、と応えた後、
「ったく、あのエロ親父、油断ならない奴だよな。明日警察へ突き出してやろうぜ」
 そう言って、いたずらっぽく、にやりと笑ってみせた。

 耳元で、圭……と、囁かれた。
 顔をあげると、桔梗が、熱を帯びた目で、見下ろしている。あ、やばい、圭の心の中で危険信号が点滅を始める。
 この目には、見覚えがある。洋介が、圭を組み敷いた時の、あの、動物のような目つき……。
 桔梗はあの時の洋介と同じ目をしていた。
 身体を離そうとしたが、一足遅く、桔梗は柔らかく圭を抱きしめた。温かい、桔梗の身体に包まれたまま、啄ばむようなキスを唇に受け、圭はそっと目を閉じる。頭の中が、溶けてしまいそうなくらい、巧みな口付け。 また、流されてしまう……。
「お願い、やめて」
 圭は、桔梗の胸を両手で押すと搾り出すような声をあげた。
「どうして」
 即座に桔梗は尋ねる。拒絶に傷ついた様子もない、意外なほど冷静な口調。
「こんな事してちゃ、駄目なんだ。だって、俺、先輩の恋人になったんだから」
「あいつの事が好きなのか」
「そうじゃないけど……約束したし」
「気にすんな。しょせん強姦魔との約束だ。義理立てする必要なんて全然ないだろう。やめてほしかったから、言ったっつってたじゃん。うまい事逃げられて良かったと思うぜ」
「違うんだ」
 どう説明すれば、わかってくれるんだろう。圭は言葉を探し始めた。
「確かに怖かったけど……それだけじゃなかった。嬉しかったんだ。俺、告白されたのって、初めてで……だから、逃げるつもりで言ったのは本当の事なんだけど、つきあおう、って思ったのも、ほんとなんだ。だって、俺、すごいドキドキしてた……まだ、この気持ちが何なのか、わかんないけど、もしかしたら恋かもしれない。そうだったらいいな、って、今は思ってるんだ」
 立ち上がろうとして、強く両手をつかまれる。そのまま引き戻されてしまった。
「告白が嬉しかったから、つきあうなんて、そんなお手軽にお前を落とせるとわかってたら、学内の男共は、今すぐ行列作るぜ」
 きつく拘束された手首。自分にだけははべたべたに甘いはずの桔梗の厳しい口調に、圭は驚きで目をみはる。
「俺も言ったよな。お前の事好きだって。聞こえなかったか」
「桔梗、放して。痛いよ」
「嫌だ。放さない」
 いつもの優しい桔梗とは違う……。逃れようともがくものの、しっかりと抱きしめられて、身動きもできなかった。そんな圭を見つめながら、桔梗はきっぱりと言った。
「圭は洋介さんに恋なんてしてないよ。ただ刺激に弱いだけだ」
「え……?」
「ほら」
 整った顔が近づけられる。圭は顔を背けた。
「俺達、友達なんだろ……なのになんで、そんなに赤くなるんだ。男同士なのに」
 桔梗の手が、Tシャツの裾から入り込み、軽く裸の身体を撫でる。
「あ……」
「俺の部屋に来いよ」
 微妙な愛撫を加えながら、桔梗は言った。
「洋介さんに抱かれて、その気になったんなら、俺とならどうなるか……試そうぜ」
 怖い。いつもの桔梗ではない。両手を振って、最後の抵抗を試みる。だが、一回り大きな桔梗の身体は圭をしっかりと抱き込んだままびくともしない。
 圭の目に涙が浮かんできた。
 何故だかくすりと桔梗は笑った。そして、耳元に唇を寄せてくる。
「俺、今めっちゃ落ち込んでるんだ」
 セクシーな桔梗の声。からかっているのか、それとも、縋っているのか、もう圭には判断できない。
「このままじゃ、絶対眠れない……明日大事な試合があるっていうのに、皆に迷惑かけちまうよな」
 しらっと、俺レギュラーなのに、と続けてみる。自分のせいで……。圭の抵抗が弱まった。桔梗はすかさず何度目かのキスを奪った。そのまま唇は首のあたりに移動する。音をたてて、首筋を吸われ、長い指で、乳首をつままれた。そして、耳を軽く噛みながら誘惑するように、甘く囁く。
「圭、お前のせいだぜ。慰めてくれよ」
 圭は、おそるおそる、顔を上げた。欲望に濡れた目が自分を見下ろしている。
 抵抗なんてできる者がいるのだろうか、この綺麗で、たまらなく魅力的な男を、拒絶できるような者が、ただの一人でも。
 夜空に輝く星のような、その瞳に……圭はすいこまれてしまいそうな気がした。

「俺に抱かれたらどうなるか……試そうぜ……」

 耳元で囁かれた毒のように甘い、桔梗の言葉、それは心を溶かす薬だったのかもしれない。
 手をとられ、そのまま部屋に連れていかれても、圭は抵抗しなかった。ドアの閉まる、乾いた音。それと同時に、背後からそっと抱きしめられる。
「圭……」
 髪の毛に顔を埋めながら、愛おしそうに名前を呼ばれると、まるで催眠術にかかったように動けなくなる。
 桔梗の指が圭のTシャツの裾から入り込み、そっと素肌を撫でてきた。
 立ったまま乳首をこねるように揉まれ、圭の膝は、崩れ落ちそうになる。
「ん……」
 思わず漏れたため息のような喘ぎに、桔梗は目を細めた。
 「可愛い。圭」
 ゆっくりと、Tシャツを脱がされ、裸の身体を露にされる。恥ずかしさに身を捩るが、桔梗はものともせず、清潔に整えられたベッドにそっと圭を押し倒していく。やっと我に返った圭は、かたちばかりの抵抗を示したが、それまでだった。
 長身で、大人っぽく、いつでも実年齢より上に見られる桔梗。比べて、圭は、小柄で、女の子に間違われるほどのあどけない容姿をしている。
 華奢な身体は、すっぽりと桔梗の身体に包まれて小刻みに震えていた。
 桔梗は片方の手で、圭の細い手首を掴み、体重をかけて動けないようにすると、慣れた手つきで、何も身に付けていない上半身を撫で回していく。そして、淡く色づいた幼い乳首を口に含んで転がすようにした。音をたてて、そこを執拗に舐められて、身体の奥底から、じわりとした感覚がせりあがってくる。
「桔梗、お願い……やめて……」
 ざわざわとした、自分でも理解できない感覚に泣きそうになって訴えると、
 桔梗は、
「優しくするから……ちょっとだけ、おとなしくしてて」
と、囁いた。宥めるように唇を重ねる。恋人同士みたいに、穏やかで、甘い口付け。朦朧とした頭の中で、圭は、何故自分は逃げないのだろう、と呟いていた。
 浮気しないって、約束したのに……。
 独占欲の塊のような、誇り高い恋人を思い出すと、一瞬にして、溶けかけていた心が強張る。全身を舐められ、初めて他人の手で達かされた。あれからたった数時間しかたっていないのに、もう違う男の身体の下で、喘いでいる。そんな自分が信じられない。
 きっと桔梗だって気がついているはずだ。身体中に残された、愛撫の跡に。
 だけど……。、
 戸惑いを見透かしたように小さな唇を割って、温かい舌が差し込まれる。
 閉じる事を忘れてしまった口の中で、生き物のように動きまわる長い舌。逃げようとしても、何度も何度も絡みついてくる。薄く目を開けると、そこに、眉間に軽く皺を寄せた、大人びた美貌があった。この綺麗な男が、夢中になって、自分の唇を吸っている、その事実が、せつなさを呼び覚ます。
 ごめん……先輩……。
 圭はおずおずと桔梗の舌に自分のそれを差し出した。一瞬の戸惑いの後、むさぼるように、深くなる口付け。
 二人の夜は、始まったばかりだった。
 かっこ良くって優しくて、見た目は大人びている癖に、妙に子供で心配性で……。
 守られている。いつだって、そう思っていた。
 桔梗の事なら、なんだって知っているはずだった。
 だけど、間違いだった。
 ほんとうに、自分は何も気がついていなかった。

 差し入れられる舌。
 優しく、素肌を撫でる指。

 桔梗……恋人がいたんだ。

 この慣れた行為が、初めてだなんてあり得ない。
 圭は追い上げられていた。

「あ、ああ……お願い、やめて……」
 桔梗のサイズに合わせた、少し大きめのシングルベッドの上に横たえられて、圭は、切れ切れな喘ぎ声を上げていた。自分でも恥ずかしいほど、甘ったるい声。桔梗は服を着たままなのに、自分は、とっくに全てを脱がされていて生まれたままの姿を晒している。その事実に、なお更、羞恥心を煽られていた。
 そんな思いを知ってか知らずか、他の男につけられた唇の跡を塗りつぶすかのように、桔梗は全身に口付けを落としていく。唇が触れたところから、広がるように、じわりとした痺れが伝わってきて、少しずつ、華奢な身体は桜色に染まっていった。
 「可愛いよ。圭。白くて、小さくて、まるで、赤ちゃんみたいだ」
 手のひらで胸のあたりを撫で回しながら、桔梗は言った。聞き捨てならない台詞に頭の中のシグナルが点滅する。
「桔梗のいじわる。いつだって、俺の事、子供扱いして」
 朦朧とした意識の中、荒い息をつきながら、涙の浮かんだ目で下から睨むと、桔梗は
「可愛いからに決まってんじゃん」
と言って、瞼の上にそっとキスをした。

「ねえ、桔梗って、どんな子がタイプ?」
 以前そう聞いた事がある。
 あれは、そう、1年前のお昼休みに、屋上で、なんとなく校庭を眺めていた時の事だった。
 どんな話の流れだったかは覚えていない。ただ、桔梗の好みについて、知りたいと思ったのは事実だった。
「こんな子」
 間髪いれずに、桔梗は、圭を指差した。
「真面目に応えてよ」
 軽く憤慨して、圭は桔梗の肩を叩く。
「俺、大真面目だし」
 悪びれない様子に、圭はため息をついた。
「桔梗ってさ、告られても全部断ってるじゃん。よっぽど理想が高いのかなって」
「そやな、理想は高いかもな」
「じゃあ、どんな子が理想なの」
 うーん、と桔梗は一声唸って、やっぱり圭を指差すと、
「こんな子」
と、照れたような笑顔をみせた。

胸に手をすべらせると、圭は、びくんと身体を震わせた。
 目はきつく閉じられていて、いかにも苦しそうだった。
 そっと肩を引き寄せたり、後ろからいきなり抱きしめたり……。今まで桔梗は意図的に、際どいスキンシップを何度も圭にしかけてきた。その度ごとに、圭は当然のように素直にくっついてきた。二人の間にあるのは、友情だと、信じきっていたからだろう。信頼を裏切られた圭が、どんなに自分を怖がっているか、固くにぎりしめられたこぶしでわかる。
 だけど、もう止まらなかった。
 とくとくと、心臓の動きが手のひらに伝わってくる。薄い胸には、たくさんの口付けの後が残されていた。
 冷たい笑みを浮かべた、酷薄そうな男の姿が頭に浮かぶ.
洋介が、この身体を抱いた。俺よりも先に。
 ほんの数時間前まで、圭はあの男の下で喘いでいたのだ。
 胸の飾りを口で扱かれて、圭のピンク色の乳首はやわやわと尖ってくる。
「ん……っ。あっ……」
 戸惑いを示しながらも、小さな身体は、桔梗の愛撫に敏感に反応する。抵抗する様子はほとんどみられず、時折口にする「やめて」の言葉は、睦言にしか聞こえない。そんな圭が、可愛くてたまらないのに、胸の奥から、どす黒いものが浮かび上がってくるのを止められない。
洋介にも、従ったのか。囚われたうさぎのように従順に。
 圭を組み敷いて、初めての喜びを与えた男。大きな身体の下で、どんな声を上げたのだろう。どんな風に、乱れてみせたのだろう。
経験もなく、流されやすい性格の圭をその気にさせる事など、赤子の手を捻るよりも簡単だったろう。
 「洋介の恋人になったんだ」
 告げた時の表情には、恥じらいだけでなく、喜びの色が含まれていて……せり上がってきたのは、まぎれもない嫉妬だった。
 何度も諦めようとした。圭にはきっと可愛い恋人が現れる。
 好きだから、幸せになってほしかった。
 だけど、もう限界だった。
 圭を抱きたい。
 嫉妬と、焦りが、抑え続けていた欲望の堰を壊していた。

 すっと身体を離すと、圭は、いぶかしげに
「桔梗……?」
と小さく名前を呼んだ。
 どうしてやめたのか、聞かれているような気がする。誘われている、そんな気が。
 安心させるように、ちゅっと額に軽い口付けを落とすと、そのまま一気にTシャツを脱いだ。
 裸の身体から、圭は恥ずかしそうに、視線をそらす。
 こんな反応をするものなのだろうか。いつだって不思議だった。男同士なのに。
自分だから、照れている?思わず自惚れてしまう自分がいる。裸の身体をあわせて、首筋に唇を寄せると、圭の顔が、ぽっと桜のように赤くなった。
 桔梗の心臓が、期待に甘く跳ね上がる。
 もう、理由なんて、どうだってよかった。
 今夜、お前を誘惑してみせる。
 危険な境界線を踏みこえている自覚はあった。
 だが、もう後戻りはできなかった。
  日焼けしてない、柔らかで、綺麗な肌を愛撫しながら、桔梗はそっと鎖骨に唇を寄せた。
 夢にまでみた圭の身体は、アイスのように甘い。刺激を与えると、薄く開いた圭の唇から、熱い吐息が漏れる。切なげに、眉根を寄せて、快感に耐える表情がたまらなかった。
「力抜いて、全部俺に任せて」
 耳元で囁くと、圭は恥じらいながらも、徐々に力を抜いていった。
「……めっちゃ可愛い」
 ため息と共に呟くと、圭は目を開け、うっすらと微笑んでくれた。
 乳首をしゃぶりあげ、わき腹につっーと舌を這わせる。そのまま、唇を下に滑らせていくと、下肢につけられた口付けの跡が目に入った。
「……っ、あいつ、こんなとこまで」
 足の付け根の、微妙なところにあるそれは、あざ笑うかのように、赤みを帯びて、他の男の存在を主張する。
「いやだ……見ないでよ」
 圭は我にかえって身を捩った。だが桔梗は、両方の手首を抑えて動けないようにする。
「顔だけなら何も知らない子供みたいなのに、体にはキスマークこんなにベタベタつけて、いやらしい眺めだな」
 思わず漏れた本音に、圭の表情は、日が翳ったように、みるみる暗くなってしまい、桔梗は、やべ、と心の中で舌打ちをした。
 圭を責める気は、微塵もないのに。
 ごめん、と何度も茶色の髪をすいて慰めると、圭は上目遣いで、
「俺のこと、嫌いになった?」
と言った。
 嫌いになんて……なるわけがない。
 返事の代わりに、掬い上げるような口付けを落とす。舌を差し入れ、ちじこまった小さな舌をさぐりあて、絡ませる。ひとしきり唾液を流し込み、強引に嚥下させた後、額にちゅっと音を立ててキスをすると、圭は、問いかけるように揺れる眼差しを送ってきた。
「いつもの圭も、いやらしい圭も、全部好きだよ」
 安心させるように、背中を撫でながら小声で囁く。
 桜色に染まった、圭の小さな顔が、ますます赤くなるのを見て、胸の奥から、愛しさが、溢れてきた。今すぐにも貫きたい、とはやる気持ちを抑えて、言葉を続ける。
「ずっと、好きだったんだ。こんな事したいって、ずっと思ってた」
「桔梗……」
「俺の手で、圭にいやらしい事いっぱいしたい……舐めたり、触ったり、圭が嫌がるようなこと、いっぱい」
「……」
「俺の大事な圭が、誰かと恋をするなんて、想像するのもいやだ。洋介さんなんかに、渡したくない。あいつが、俺の圭にのったなんて、考えただけで、狂いそう」
 洋介、という名前に、抑えていた罪悪感が蘇ったのか、圭はでも、と反論の声をあげようとする。その唇を片手の手のひらで塞いだ。片方の手を下の方にずらしていき、小ぶりな圭のものを捉えて、やんわりとした刺激を与える。圭の体が羞恥心の為か、びくりと震えた。
「俺を好きになれよ。
 やけっぱちのような強引さに、口を塞がれたまま圭は驚きで目を瞠ったが、すぐに長い指で、敏感な部分を擦りあげられ、甘いため息を漏らすようになる。手の平を外されても、出てくるのは、喘ぎ声ばかりだった。
「い、いやっ……お願い、もうやだ……」
「いやらしい事、するって言ったろ」
「だって、こんなの……あ、あっ……ああん……」
 舌足らずな、甘え声。
「気持ちいいの?圭」
 括れたところを集中的にさすってやると、圭は、熱い息をもらしながら、小さく、違う、と呟いた。
 男に、それも親友に快感を与えられている、その事実を認めたくないのだろう。
 拗ねている様子が……たまらなく可愛くて、桔梗は
「愛してる」
と、耳元で囁いた。

「ん……っうん……あ……っ」
 桔梗の腕の中で、圭は小さな反応を繰り返した。洋介に抱かれた後に、ほとんど間を措かず今度はルームメイトに抱かれているのだ。
 戸惑いを隠せないのも無理はない。
 自分の拙い愛撫に応える様は、たとえようもなく可愛かった。
 男同士だから、どこを刺激すれば、喜ぶか、経験でわかっている。性器を擦りあげなあがら、やわやわと陰茎を揉むと、圭は、
「いや……やっ……んっ……」
 と、舌足らずな拒絶の言葉を上げた。
 普段の圭からは想像もできないほど、甘えた、いやらしい声。軽く足をばたつかせるけれど、本気の抵抗ではない証拠に、大切な部分は、ゆっくりと形を変えてきた。
「あっ……桔梗、お願い」
「お願いって、何?もっと気持ちよくしてほしい?」
「ちがっ……あっ……くぅ……っ」
「リクエストにお答えして、もっとよくしてやるよ」
 圭が恥ずかしがるのはわかっているのに、つい意地悪な言葉を投げかけてしまう。
 快感におぼれて我を忘れていく様に、かきたてられるものがあった。
 先端を強く刺激すると、圭はびくんと身体を震わせた。いやいやをするように、目を閉じたまま首を振り身を捩る。
「やっ……ああん……あ……あん……っ」
「圭、いいか?いいんだな」
 自分の声も、語尾が震えて掠れていた。
「ん……ふう……ん」
 もう圭にはまともな言葉を発する力は残っていないようで、洩れるのは、甘い喘ぎ声だけである。
 耳朶にキスをしながら、激しい摩擦を加えてやると、圭は震えながら耐え切れぬように、桔梗の首に両手を回してきた。
 そのまま、助けを求めるかのように、強い力でしがみつく。
 一瞬行為の手を止めた桔梗の耳に、囁かれるうわごとのような小さな声。
「桔梗……出ちゃう……」
 背中に、電流が走る。泉のふたが外れたように、愛しさが胸に溢れてきた。強引に自分を奪おうとしている、その男にしか縋ることのできない、圭がいじらしくてたまらなかった。
 慰めるように背中を叩く。
「いいよ、出せよ、お前が出すとこ……俺、見たいよ」
「俺のこと……軽蔑しない?」
「するわけないだろ。可愛いよ、圭。たまんないよ。早く、出して、俺受け止めてやっから」
 桜色だった圭の顔がますます赤くなった。
「だって、恥ずかしい」
「恥ずかしがるとこが、いいんだよ……俺、もう狂いそう」
 たまらなくなって、桔梗は激しく右手を動かし始める。
「あっ……桔梗、やめっ……あん」
「……やめれるかい。お前こんなに可愛いのに」
「ん……ああん……あっ……」
「苦しいか?ん?力抜いて、楽になれって。俺にまかせろって、言ったろ?お前を軽蔑なんて絶対しないから」
「ほんとに……?」
「ほんとうだ」
 終わりを迎えさせるためにくびれを強くなぞると、圭は、ああ、と一声小さく声をあげる。そして、桔梗の首に両手を回したまま達した。
 白濁したものが、桔梗の手のひらを、生暖かく濡らしていた。
 圭が脱力している隙に、桔梗は、濡れた手を秘めやかな部分にあてがい、そっと指の腹でなでるようにする。朦朧としていたはずの圭の目が驚きに見開かれた。
「な、何すんの」
「ここ、馴らしとかないと辛いだろ……」
「馴らしとくって……嫌だ」
「じっとしてろよ……後で辛い思いをするのは圭なんだぜ」
 自分でも触れた事のない恥ずかしい部分を刺激され、圭は再び身体をピンク色に染め上げた。
 だが、桔梗は、気づかぬ振りで、圭のつぼみやその周辺を優しく撫でていく。
 男の進入を拒むかのように、つつましやかに窄まる、秘められた部分。
 ここで、圭は俺のを受け入れるんだ……。こんな小さいところで……。
 可憐な、野の花のような圭を、無理やり貫く。何度も繰り返し想像した、その光景がきっと、もうすぐ現実になる。
 箍が外れてしまったら、例え泣いて嫌がろうと、きっと自分は許さないだろうと思っていた。
 縛って、押さえつけてでも、抱いてしまうだろうと。
 だが、予想に反して、圭は、この期に及んでも、抵抗らしい抵抗をみせていない。おとなしく身体を投げ出して、目を閉じたまま、桔梗の愛撫を受け入れている。
 拒絶の言葉を口にするけれど、行動が全く伴っていなかった。
 洋介の誘惑にも負けた、刺激に弱い圭の事である。身体はとっくに心を裏切っているのかもしれない。
 期待と興奮で、頭の中がじんと痺れてきた。
 長い時間、ソフトにそこを撫で上げて、ゆっくりと圭の緊張をほぐしていく。
 じんわりとした快感に、圭のそこは綻び始めていた。
「ん……ぁあ……」
 気がつかないほど微かに、細い腰がゆっくりとうごめく。
 されたがっているように思うのは、自惚れだろうか。
 桔梗は圭をきつく抱きしめた。
「感じてるのか……」
 隠しても、無駄だと悟ったのだろう。圭は、こくんと微かに頷いた。
「圭……」
 いじらしさに、ため息が洩れる。怖がらせないように少しずつ脚を開かせ、後ろの部分に指の先端を少しめり込ませた。
「あっ……」
 聞こえない振りをして、そのまま指を奥へと進めていく。
 見開かれた目の中に、明らかな怯えの色があった。
「痛いか?」
 囁くと、がくがくと壊れた人形のように頷く。無理もなかった。
「悪ぃ、ちょっとだけ我慢して」
 片方の手の平で、髪を撫でながら、少し大胆に指を動かしてみる。圭の身体を慣らすためと言いながら、その行為自体に夢中になっている自分がいた。
「う……くぅん……あっ……やだあ……」
 すぐに甘くなる、圭の声。
 痛みに耐えながらも、快感に溺れる圭が可愛くて、脳髄がぐずぐずと崩れそうになる。欲望は、もうはち切れそうだった。
 長い指が、ゆっくりと動いている。
 襞を擦りあげたり指を曲げて突き上げたり、感じるところを探るような繊細さが、いかにも桔梗らしい。
「はっ……っ……やあっ……」
 秘められた部分からは、抜き差しの度に、くちゅりと卑猥な音がした。消えてしまいたいくらい恥ずかしいけれど、それを訴える余裕など、とっくになくなっている。
 身体が、ぐずぐずとバターのように溶けてしまう。駄目だとわかっているのに、つい、腰を揺らしては、我にかえって動きを止める、その繰り返しだった。
 熱っぽい眼差しが、自分に向けられている。それだけで、全身に痺れがはしる。
「あ……んっ……ああん……」
 舌足らずな甘え声が、自分のものだなんて、信じられない。こんな恥ずかしい声出してはいけないのに。
 乳首を再び含まれて、舌の先で刺激される。
 温かい、桔梗の舌で、胸の飾りがぷっくりと立ち上がっていくのがわかる。
 気持ちがいい……。
 もう、どうされたっていい。
 全身から力が抜けてしまっていた。
 深く食い込んでいた指が、ずるりと引き抜かれる。そして、蕾の入り口を愛おしそうになで、もう一度、ほんの少しだけ指が入ってくる。
「や……ああ……あっ……桔梗……」
 かき回されるのも良かったけれど、ソフトな愛撫もたまらない。そこを、優しく撫でられたままたくましい胸の中で眠ってしまいたかった。
 太ももに、固くなった、桔梗のものが当たっている。
 薄く目を開けると、長い前髪を汗で額に張り付かせた、常人離れした美貌が至近距離にあった。
 思わず見とれてしまった圭に気がついて、輝くような笑顔を浮かべる。
 町を歩けば、必ず芸能プロダクションのスカウトにあう桔梗。彼が望めば、どんな高嶺の花だって手に入るだろう。
 そんな彼が、胸もない、やせっぽちの、子供のような自分の身体に欲情している。

 心臓が、とくん、と音をたてた。その後、何かのスイッチが入ったかのように、鼓動が激しくなる。
 え……?
 自分でも思いがけない反応に、圭は戸惑っていた。動悸は収まらないどころか、激しくなるばかりだ。まるで胸の中に、怯えた小鳥を飼っているみたいに、心が……暴れだす。
 桔梗の笑顔が、たまらなく切ない。すぐ近くにいるのに、求められているのに、切なさで胸が痛くなる。
「どうした、圭」
 心配そうな声。
「苦しいのか」
 こくんと頷いた圭に、桔梗は指の動きを一旦止める。そうじゃない、やめてほしくなんか、ないのに。
「苦しいのは……ここ」
 圭は、乳首を愛撫していた桔梗の右手を、心臓の上に誘導して、鼓動を伝えた。
「なんかの魔法にかかっちゃったのかな。胸がどきどきして、つらいんだ」
 笑顔を作ろうとしたけれど、失敗した。その証拠に、桔梗の表情が気遣うように翳る。
 もどかしさに、圭は、ほんの少しだけ腰を浮かせて、ねだるように、桔梗の脚にすりつけてみた。
 桔梗に、抱かれたい。さっきみたいに、優しくそこを撫でられて、啼きながら甘えてみたい。今まで知らなかった事、いっぱい、教えてほしい。

 桔梗が、好きだ。

 やっと気がついた。本当はずっと前から、桔梗に恋をしていたんだ。
 整った顔も、時折壮絶に甘くなる声も、優しい眼差しも、彼の全てに憧れてやまない。

 先輩……ごめん……。俺を信じて、途中でやめてくれたのに……。
強引だったけど、痛いことなんて、全然されなかった。恋人になるって言ったら、ものすごく喜んでくれた。
 言葉は荒いけれど、本気で愛してくれているって、わかってた。
 これから、少しづつ、その思いに応えていくつもりだったんだ。
 洋介先輩。
 つーっと、涙がこぼれた。

「なんでだろ……俺、すっごく落ち込んでるんだ……」
 広い背中に手をまわして、圭はそう囁いた。無言できつく抱きしめられる。形のいい耳に、唇を寄せて、囁く。
 ねだるように。誘うように。
「桔梗、お願い。慰めてよ」
 桔梗の切れ長の目が、圭を見つめている。震えだしそうなほど、綺麗で、優しい眼差し。
 この目に映るのが、これからもずっと自分だけだったらいいのに。
 唇に啄ばむようなキスを受ける。舌を出して応えながら、圭はそんな事をずっと思っていた。

 一緒にいると、時間がたつのを忘れてしまう。
 かっこ良くて優しくて、大好きだった自慢の親友。
 だが、圭をただの友人として見た事は一度もないとと桔梗は言う。
 呆れられるほど、濃密に甘やかされてきた。髪を撫でられたり、耳にそっと触れられたり、どこか暴走気味だったスキンシップの端々に、男の欲望が秘められていたのだと今なら、わかる。ベッドの上で、恥ずかしく啼かされながら、突発的に行為の続きをおねだりしてしまった事を、圭ははすっかり後悔していた。
「ねえっ……ああっ……いやっ……ねがい……桔梗っ……」
「慰めろって、言ったろ」
「っけどっ……ううっ……あ……」
「可愛いよ。もっともっと可愛いところ、俺に全部見せて」、
 狭い場所を指で擦られながら、乳首を優しく摘ままれて、、幼い圭の身体から、隠されていた官能が搾り出されていく。
 知らなかった。こんな事……桔梗がずっとしたがっていたなんて。 出会った頃はお互いほんの子供だったのに。
 だが、一番信じられないのは、自分自身だった。
 全身が、ぐずぐずに溶けてしまう。身体だけではなく、心まで。もう、無邪気に桔梗の隣で笑っていられた、いつもの牧村圭は、どこかへ行ってしまっていた。
 ドキドキが止まらない。胸の小鳥は収まるばかりか、初めての感情にパニックを起こしていた。
 恥ずかしくて、目を合わせる事ができない。目が合えば、きっと心臓が爆発してしまう。こんな気持ちは初めてだった。恋って、もっと穏やかに訪れるのだと思っていたのに。
 我ながら、あまりの鈍さに呆れてしまう。恋に気がつく瞬間が、好きな人の腕の中だったなんて。しかも、無理やり抱かれている時に。

 桔梗が、圭の小ぶりなものを、そっと手のひらで包んだ。
 もう……何も考えられない。
 だって、桔梗の手だ。
 「やっ……やあん……も、やめて、あっ……ああん」
 反対の指で、窪みを刺激しながら、ねとねとになった中心を柔らかく揉んでいる。
「あっ……」
 悲鳴のような喘ぎと共に、圭は再び達した。清潔なシーツは、精液でべとべとに濡れている。
「淹れていいか……」
 息をつく間もなく、囁かれ。後孔に、屹立したものがあてがわれる。熱くて、自分とは比べ物にならないほど大きな昂ぶりに、圭は竦みあがった。覚悟など、まるで出来ていなかった。
「い、や…………ああっ…………」
「ごめん、ちょっとだけ力抜いて」
「だめ……お願い、桔梗、できない……」
「大丈夫だから」
「やだあっ」
 大声で叫んでも、桔梗はものともせず、圭の腰を浮かせると、ぐっと先端をめり込ませてきた。
「ああっ」

 入ってくる。

 硬くて、熱くて……大きなものが……ゆっくりと。

 開かれる痛みに、圭は顔を桔梗の胸に擦りつけ、救いを求めた。甘えて縋れば、やめてくれるかと期待したのだ。
 だが、桔梗は、振り切るように、圭の頭を両手で挟むと、そのまま身体を進めてきた。
 本来何かを受け入れるはずのない器官が、桔梗の形に綻びていく。
 怖い。
「夢みたいだ。俺、本当に圭を抱いているんだな……」
 耳もとに、桔梗の掠れた声を聞きながら、圭は、痛みとは別な、甘く疼くような感覚が身体の奥からこみ上げてくるのを感じていた。
 指なんかより、ずっと大きくて、熱いものが、肉をわけるようにしてめり込んでくる。
「ああ……ううん……あ……桔梗……」
 痛い。痛くて苦しい。
 圭は目をぎゅっと閉じたまま、広い背中にしがみつく。何かに縋らないと、耐えられそうもなかった。
「息を吐いて……力を抜いて」
 桔梗は自らを肉の中に埋めながら、掠れた声で囁く。宥めるように前を擦りあげられ、圭は、言われるままに息を吐き、力を抜いた。
「いい子だ」
 固いものが、一層深く押し入ってくる。
「いや……ああん……んっ」
 鋭い痛みに、圭は一際高い声をあげてしまう。桔梗は気遣う様子を見せたが、進入をやめようとはしなかった。
 少しずつ圭の中が、桔梗でいっぱいになる。
「全部入ったよ」
 全てを収めた後、甘く囁かれ、圭は目元を赤く染めたまま、桔梗を見上げた。優しい眼差しと共に、唇がすぐに降りてくる。
 啄ばむようなキスに、応える余裕はもうないけれど、優しくされて、胸がぽっと温かくなる。
 半開きの唇から、舌が差し込まれ、きつく結び合わされると、内部の桔梗のものが、ぐっと質量を増すのがわかった。
「動いていいか」
 と耳もとで囁かれる。
「……やだ」
 顔を赤くして、ぷいと横を向く。あれほど嫌だと言っているのに、ちっともやめてくれない桔梗に、ちょっとだけ腹をたてていた。
 つい、天邪鬼な反応を返してしまったけれど、全身の力を抜いて、男の部分を内部に受け入れているのだから、拒絶と言っても高が知れている。桔梗はくすりと笑って鼻の

頭にキスをすると、「ごめんな」と、つながったままの圭の腰を掴んでゆっくりと揺らし始めた。
「ああっ……やだあ……ああん……んっ……」
 擦られる刺激に、大きな声を上げてしまう。
 痛みよりも、ずっと異物感の方が強かった。
「や、やだあ……んっ……あぁ……」
「圭、いいぜ。お前の中、きつくて、熱くて、喰いちぎられそうだ」
 熱を帯びた息遣いが、圭の真上にある。そう感じただけで、やっぱり胸が疼いてしまう。官能の炎が、身体から立ち上って、全身をとろとろに溶かしてしまう。もっと、ゆっくり……してほしい。でないと、おかしくなってしまう。恥ずかしい事をいっぱい言ってしまう。
「んっ……ああん……あ……」
 もう、圭は啜り泣いていた。
「お前は? 俺の、気持ちいいい? ん?」
 桔梗の動きが激しくなる。
 突き上げられて、圭の全身から、じわじわと苦痛とは別な、快感としかいいようのない感覚がせりあがってきた。
 脚を折り曲げて大きく広げられた恥ずかしい格好で、円をかくようにかき回されると、あの部分が痺れて、悶えてしまう。
 気持ちがいい。
 もっともっと、してほしい。
 自分でも、触れた事のない部分が、桔梗のたくましい物で、擦られ、ぴちゃりと淫猥な音を立てる。
 たまらなく恥ずかしいけれど、深く抉られると、もう駄目だった。ひっきりなしに洩れる喘ぎ声を止める事など、出来そうになかった。
 角度を変えて、穿たれて、理性も感情もなくなっていく。
「うん……んっ……ああんっ……」
 動物のような喘ぎが自分の口から洩れているなんて、信じたくもないのに。
 桔梗の固いものが、出し入れされる度に、今まで知らなかった世界に運ばれていく気がする。
「桔梗、もうっ……ゆるして……」
 哀願は、被虐心を煽るだけだと、気がつかなくって。
 桔梗の動きが激しくなる。荒い息を首筋に感じ、終わりの予感を圭に伝える。
「あ……ああっ……」
 頭の後ろが真っ白になり、次の瞬間、どくどくと、生暖かいものが、太ももを伝っていくのに気がつく。
 後ろで、達ってしまった。性器を触られたのは、ほんの少しの間だったのに。
 続いて、桔梗も、小さいうめき声と共に達した。
 圭は、微かに痙攣する身体の最奥で、断続的に桔梗の精液を受け止めた。
 しばらくして、桔梗の重みが身体にかかってくる。
「可愛かった……」
 ため息と同時に呟かれ、きつく身体を抱きこまれた。
 ふいっと、圭は横向きになる。
「どした」
 いぶかしげな声がにくらしい。
「桔梗の馬鹿。やめてって言ったのに」
 顔を真っ赤にして訴えると、桔梗はおかしそうに
「あんなに可愛い声で啼かれたら、途中でやめるなんて無理に決まってるだろ」
 と言った。
「……だって」
「圭は嫌だった?俺に抱かれるの、嫌い?」
 言い募る圭をさえぎって、桔梗が続ける。そっと両手で顔を挟むと、綺麗で真摯な眼差しで圭を見つめた。
 もう駄目だ。嘘なんてつけない。
 圭は、横にかぶりを振る。
 たまらなく気持ちがよかった。
 本当は、たまらなく……幸せだった。
 桔梗の事が、好きだから。

「愛してる」
 口付けを受けながら囁かれた、この夜何度目かの愛の言葉。
「桔梗、俺……」
 恥じらいながら、圭は告白しようとした。
 自分も桔梗を愛しているって。これからずっと一緒にいたいって。

 その時……。

 携帯の着信音が室内に響いた。

 まだ、夜は明けていないというのに一体……。

「まさか、洋介さんじゃないだろーな」
 一瞬で、甘かった桔梗の表情が強張る。
「俺のはマナーにしてるから、桔梗のだよ」
「なら、いいよ。無視しようぜ」
「いたずらじゃないなら、緊急だよ。こんな時間なんだから……。出なきゃ」
「……誰だよ、こんな時間に」

 のろのろとベッドから立ち上がり、桔梗は携帯を取り上げた。
 いたずらではなかったようで、話し込んでいる姿を、圭は、ぼーっと見つめていた。
「……わかった、すぐに支度するよ」
 そう言って、桔梗は電源を落とす。そして、圭に向き直ると、
「兄ちゃんからだった。実家のばあちゃんが倒れたって」
 と、暗い表情で告げた。

◇ ◇ ◇


「おう、圭、相変わらず可愛いな~」
 桔梗の兄の大樹は、弟そっくりな顔と口調でそう言うと、ぎゅっと圭を抱きしめて
「なあ、こいつと同じ部屋で大丈夫? 変な事されそうだったら、いつでも俺に相談しろよ」
 と冗談ぽく言った。
 圭と桔梗は意味ありげに顔を見合わせる。
「んな冗談言ってる場合じゃないだろ。ばあちゃんどうなんだよ」
 ばつが悪そうに桔梗が言うと、大樹は、
「85歳だからな」
 と、一言で答えた。
 桔梗の顔がみるみる翳る。
 朝の4時に都内から名古屋に向けて出発するのだ。普通の状態では当然ないのだろう。
「じゃ、俺、車まわしてくるから」
 大樹は、そう言うと、先に部屋を出て行った。
 二人きりになると、なんとなく恥ずかしい。
「圭……」
 桔梗が、そっと、圭を抱きしめてきた。
 立ったままだと、圭の顔は丁度桔梗の胸のあたりにくる。桔梗の心臓の音と温かさが、切なかった。
「約束守れなくてごめんな……」
 連休中は、一緒に遊ぼう。
 その予定で、GWの長い休みを二人とも寮に残る事に決めたのだった。
 圭はゆっくりとかぶりを振る。
 桔梗が、どんなに家族思いで、おばあちゃんっ子だか、知っているから。
「病院に着いたら、すぐ電話すっから。絶対に寮にいろよ……」
「わかった」
「洋介さんに呼び出されても、行くんじゃないぞ」
「ん……」
「圭、好きだ」
 身を屈めて、綺麗な顔が近づけられる。
 触れるだけの、優しいキス。
 唇は、頬や、額や、髪の毛にまで、愛しむように、何度も、何度も口付けられる。
「桔梗……」
「何だ……」
「俺」
「ん?」
 口の端まで浮かんできた言葉を、圭は飲み込む。
 おばあちゃんが元気になって、桔梗が帰ってきたら、告白しよう。

 桔梗が好き。
 世界で一番、大好きだって。

「おばあちゃん、元気になるといいね」
 元気付けたくて、笑ってみせると、桔梗は
「大丈夫だよ。あの人、けっこう不死身だから。だって、今まで何回も毒蛇に噛まれてさ、それでもピンピンしてんだぜ」
 と、頓珍漢な事を言って笑い返してくれた。

 桔梗を乗せた車を見送りながら、圭は、この長い夜の事を思い返していた。
 告白。キス。抱擁。そして、恋。
 何もかも、初めての事ばかり。

 たった一晩で、随分大人になった気がする。
 桔梗に抱かれた事を知れば、洋介は圭を裏切り者と責めるだろうか。

 ふわーん、と、欠伸が思わず洩れた。
「そっか、全然寝てないや」
 そんな事すら忘れてしまうほど、今夜の出来事はデンジャラスだったから。
「もう、寝ようっと」
 車が見えなくなったのを確認して、圭は部屋へと踵を返す。
 そう。お子ちゃまには睡眠が一番。なんたって圭はまだ16歳なんだから。

 明け方の星が、薄っすらと、圭の全身を照らしている。
 華奢な身体は一瞬ドアの向こうに消えた後、すぐに扉から半身だけを現して、誰にともなくこう言った。
「おやすみ」
 そして、パタンとドアをしめた。
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