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 逃げた場所は大学付近にあるショッピングモールの本屋だった。本屋は特有の静けさと、紙とインクの匂いが漂っており、それはとても心地の良い空間だった。店内に入ると一目散に漫画コーナーへと向かい、新刊や掘り出しものの漫画がないか探り始める。
 こんなことを言うのもあれだが、漫画という奴は本当に奥が深い、絵柄が良くても内容がつまらない、内容は良いが絵柄が好みじゃない等々・・・・・・どの立場からものを言っているのかと自分でも驚くが、読み手なんてもんはこんな身勝手な事を考えているものだろう。

 それはそれとして、こうしてきれいに並べられた本棚を眺めながら宝を探し当てるというのもまた一興である。まさにロマンが目の前に広がっている状況だ。
 ただ、俺の場合は良いと思った漫画は、大体三巻くらいで「たくさんの応援をありがとうございました」とか言って終わってる作品ばかりであり、俺の目が「にわか」で腐っているかがわかる。
 しかし、それでも好きになった作品の作者を応援しようと思っていると、それ以降音沙汰なかったりして、すごい寂しい気持ちになったりするのは日常茶飯事だ。作家業という奴が如何に残酷な世界だというのが分かる。
 
 そう考えると、花屋敷さんという人はそんな世界に足を踏み入れた勇気ある人なのだろう。そんな事を思いながら俺は適当に気に入った漫画を数冊手にして購入した。

 本屋を後にしてフードコートに向かい、軽食とドリンクを注文してそこらの席に腰かけた。メロンジュースを一口飲み、さっそく購入した漫画を読み始めることにした。
 漫画の内容いわゆる女の子だけが登場するゆるっとした部活の日常ものだった。序盤こそ好みの展開で、にやける口元を必死に我慢しながら読み進めていたが、物語りの展開が徐々に不穏になってきた。
 
 それは一人の男の登場だった。見た目も良く性格の良いイケメン君の登場に女の子全員が男に惚れてしまったのだ。そして、物語は女の子同士の醜い争いに始まり、誰がイケメン君を自分のものにするかというおぞましい結末に向かっていってしまった。
 読んでいるだけでも嫌気がさす展開だったが、絵が絶妙にうまいのと女の子の心情がやけに生々しいのが伝わってきた・・・・・・もしかすると、作者は女性なのかもしれない。
 そんなことを思いながら「サークルクラッシャー」という言葉がお似合いなイケメン君を忌々しく思っていると、ふと嫌な予感がした。

 思えば俺もサークルというものに身を置く存在だという事だ、しかも男女が混在するという危うい状況。

 もちろん恋愛感情はまったくもっていないし、女性側からしたら俺らみたいなもんとそういう関係になるとは思っていないだろうが、どこか良くないトラウマが俺を焦らせた。なにも起こっていないはずなのに冷や汗と妙な苛立ちを覚えた俺は、狂った情緒を治すべくメロンソーダを口にした。そうして一息ついて軽食をつまみながらボーっとしていると、ふと、野郎どもの声を聞こえてきた。

 同い年くらいだろうか、若い恰好をした野郎どもはどこか不満げな様子で席についていた。すると、一人の男がイラついた様子で声を上げた。

「くそったれっ」

 周囲にきこえるくらいの声に、野郎どもの一人が叫んだ男をなだめる様子を見せた。俺はなるべく目線を合わせないようにしながら聞き耳を立てていると、何やら野郎どもは何かに怒っている様子だった。
 聞き耳を立てていると、どうやらサークル内の男女間で面倒なことが起こっているらしい。しかも、そのせいでサークル内がぐちゃぐちゃになってしまったらしい。

 その話は俺がさっきまで読んでいた漫画とよく似たストーリーだった、よもや、現実でも本当にそんなことがあるかと生唾をのんでしまった。そう思うと、やはりわがサークルでもそのようなことが起きないとは言えない。そう思うと、せっかく手に入れた箱庭サークルというものの存続が不安になってきた。

 勿論、アニメ漫画を愛する俺にとってそういう三次元的なものにはほとんど興味がないが、肉体を持っている以上
そういう事に全く興味がないと言う訳ではない、それこそ数パーセントくらいは好みに生物としての欲望が残っているのは事実だ。だからこそ、ある程度の線引きが必要というか何かしらの制約が必要なのかもしれない。

 親しき中にも礼儀あり、大切な何かを守るためには何かを犠牲にして強固なサークルにすべきなのかもしれない。

 そんなことを考えながら、ひたすらにショッピングモール内をほっつき歩きまわっていると、ふと、アクセサリーショップで指輪のセールがやっているのを見つけた。
 合金でできているであろう安っぽいシルバー色の指環が数多くん並んでおり、それらはびっくりするほど安売りされていた。

 それを見た俺は、しばらくその指輪を眺めていると一つの妙案が思い浮かんだ。
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