悪の怪人になったのでヒロインを堕とすことにしました

樋川カイト

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 射精からしばらく経って、クレビスが身支度を整えた頃を見計らったかのようにサトリが部屋の中へと入ってくる。
 その彼女に丁寧な仕草で頭を下げるクレビスだったが、しかしその頬はうっすらと朱に染まっていて息遣いも荒いままだ。
 そんなクレビスの姿を見て楽しげに目を細めたサトリは、ゆっくりと俺に向き直る。
「どうやら、お楽しみだったみたいね。お邪魔だったかしら?」
「もしかして、覗いてたのか? もしそうなら、良い趣味してるな」
「ふふ、そんな無粋な真似はしないわ。それに、私は覗くよりも混ぜてもらう方が好きだから」
 ちょっとした皮肉を込めた言葉を軽くかわしたサトリは、微笑みを浮かべたまま俺の近くへと歩み寄る。
 そうして手の届く場所までやってきたサトリは、伸ばした手のひらで俺の頬を優しく撫でる。
 彼女のそんな妖艶な仕草に少しだけドキドキしていると、サトリは嬉しそうに笑いながら口を開いた。
「それにしても驚いたわ。まさかこんなに早くヒロインを捕らえてしまうなんて、いったいどんな魔法を使ったのかしら?」
「偶然だよ。ただ運が良かっただけだ」
 謙遜するようにそう言いながらサトリの手を軽く払うと、彼女は少し残念そうに俺を見つめる。
「あら、つれないわね。少しくらい、私と遊んでくれてもいいんじゃない?」
「遠慮しておくよ。なんだか、俺の方がやられてしまいそうだ」
 この女に油断してはいけない。
 俺の本能が、そう警告しているような気がする。
「それで、いったい俺に何の用なんだ? まさか、それを言うためだけに遭いに来たわけじゃないだろう」
「ふふ、どうかしら。……まぁ、せっかくだから少しお話をしましょう」
 いつの間には用意されていた椅子に腰かけたサトリは、もう一脚の椅子を俺に促す。
 大人しくそれに腰掛けると、クレビスは俺の斜め後ろに移動する。
「あらあら、ずいぶん仲が良くなったみたいね。私も安心したわ」
 微笑ましそうに俺たちを眺めるサトリは、少しだけ表情を引き締めて俺を見つめる。
「それで、どうだった? ヒロインを悪堕ちさせた感想は」
「まぁまぁだな。少し味気ない感じがするけど、今回ばかりは仕方ない」
 本当なら、もう少し彼女の正義の心を弄んでやりたかった。
 しかし今の俺には、どうしても彼女を自由に使える手駒にしておく必要があったのだ。
「俺には戦う力もないし、この基地に居る戦闘員や他の怪人だってヒロインには勝てない。今後のことを考えれば、ヒロインと対等以上に戦える存在は必要だからな」
 だからこそ、俺は彼女を手っ取り早く悪堕ちさせることにしたのだ。
「期待してるわ。あなたの働きによって、世界の勢力図が塗り替えられる日も来るかもしれないわね」
「それは言いすぎだ。俺にそんな力なんてないよ」
 それに、そこまで目立つような生き方をしたくない。
 俺はただ、お気に入りのヒロインたちを手に入れることができればそれでいいのだ。
「それがすでに、大きな野望だと思うのだけど。……まぁ、良いわ。それで、これからどう動くつもりなの? もしかして、他にヒロインの知り合いでも居るのかしら?」
「まさか、そんな訳ないだろ。今回だって、本当は半信半疑だったんだから」
 そんなにたくさんヒロインの知り合いが居たら、それはあまりにも出来すぎている。
「今回が特別だっただけだ。次からはこう上手くいかないだろ」
 もしかしたら、正々堂々とヒロインを倒さなければならない日が来るかもしれない。
 その時は、マイティベルが役に立つだろう。
「まぁ、そんなことがないように注意するけどな」
 戦わずに勝つ、それが最善だろう。
「そのために、マイティベルからなにか情報が得られればいいんだけどな」
「なにか分かれば、私にも教えてね。抜け駆けは許さないわよ」
「ああ、考えとくよ。だけどその時は、ちゃんと協力もしてくれよ」
「ええ、もちろん。お互い、ギブアンドテイクでいきましょう」
 そう言うサトリの含みのある笑みを見つめながら、やっぱりコイツはあまり信用しない方がいいと感じる。
 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、サトリはさらに笑みを深くしながら立ち上がる。
「じゃあ、私はそろそろ行くわ。あなたも早く帰らないと、愛しの妹さんが寂しがっている頃じゃないかしら」
「余計なお世話だ」
 俺の答えにクスッと笑ったサトリは、ひらひらと手を振りながら部屋を後にする。
 そんな彼女の背中を見送った後、俺はふぅっと一息吐いて椅子に深く腰掛けた。
 背もたれに身体を預けると、なんだかどっと疲れが溢れてくるような気がする。
「大丈夫ですか? ご帰宅の準備はできておりますが、もう少し休んでいかれますか?」
 心配そうに俺の顔を覗き込んでくるクレビス。
 相変わらず無表情なその顔を見ていると、なんだか少しだけ元気が出てきたような気がする。
「いや、すぐに帰る。今はともかく、帰って寝たいからな」
 気合を入れなおして椅子から立ち上がり、クレビスに案内されるようにして部屋を後にして廊下を歩く。
 さて、明日からまた楽しい生活の始まりだ。
 さっきまでの疲れを忘れたかのように、俺の胸はいつのまにか期待で膨らんでしまっていた。
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