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第8話
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あれからしばらく時間が経ち、そろそろ諦めて立ち去ろうと考えている時に彼女は帰って来た。
「すいません! お待たせしました」
「いや、大丈夫だよ。どうせ暇だしね」
走ってきたのだろう。
ハァハァと肩で息をする彼女を落ち着かせるように声をかけると、しばらくして落ち着いた少女は改めて俺に深々と頭を下げた。
「それで、あの……。何かお礼をさせてほしいんですけど」
「さっきも言ったけど、本当に大丈夫だから。俺が勝手にやったことなんだから、気にしないで」
「そうはいきません! もしあれを直してもらえなかったら、私はどうなっていたか。だから、お礼をさせてもらえないと私の気が収まりません」
少女は意外と強情で、ぐいぐいと身体を寄せながら俺に迫ってくる。
そうすると彼女の柔らかい身体や少女特有の甘い香りが漂ってきて、女性に慣れていない俺は思わず頬を赤らめてしまう。
「あれ? どうかしましたか?」
そんな俺の反応を見て不思議そうに首を傾げる彼女を誤魔化すように、俺は慌てて話題を逸らす。
「いや、なんでもないよ。そうだ! ちょっと教えてほしいことがあったんだ」
「はい、なんでも聞いてください! お礼と言ってはなんですけど、私に分かることならなんでもお答えします!」
頼もしい答えに頷くと、俺は彼女に質問を投げかける。
「この街で、どこか野宿に適した場所を知らない?」
「野宿、ですか?」
「実は、今日泊まる宿が見つからなくてね。仕方ないから野宿をしようと思うんだけど、まだこの街に来たばかりだから良い場所がどこか分からなくて」
「そうなんですね。でも、いくらこの街が比較的治安がいいと言っても、あまり野宿はオススメしませんよ」
「あぁ、やっぱり。困ったなぁ……」
野宿が駄目だというなら、やっぱり多少金を使っても宿を探すしかないのか。
「野宿が駄目なら、この辺り以外で安く泊まれる宿を知らないかな?」
「安い宿ですか? えっと……、あっ!」
少し考え込むように唸った少女は、やがてなにか名案を思い付いたように声を上げた。
そして提案されたのは、予想外の言葉だった。
「だったら、ウチに来ませんか? 杖を直していただいたお礼に、ウチで泊まっていってください」
「え? 君の家で? でも、良いのかな」
「良いんです。どうせウチは私ひとりだから部屋も余ってますし。お兄さんさえ良ければぜひ!」
女の子が一人で暮らしている家に男の俺が泊まるのは、むしろ問題なような気がするんだけど。
しかし頑固な少女はもう俺を連れて帰ることに決めてしまったらしく、渋る俺の腕を取って強引に引っ張っていく。
「ほらほら、こっちですよ。あっ、お兄さんが来るんだったら食材も買い足さなくちゃ。ちょうどお金も入ったし、途中で買い物をしても良いですよね」
楽しそうに笑いながら歩く少女が腕を組んできて、腕に当たる柔らかい膨らみに俺は抵抗することができなくなってしまった。
こうして俺は、少々強引な女の子に連れられて通りを歩いていくのだった。
────
あの後、楽しそうに歩く少女──リーリアといろいろな話をした。
リーリアはこの街で祖父の代から続く鍛冶屋を営んでいて、さっき持っていた杖も客からの依頼品だったらしい。
久しぶりの依頼だったらしく、気分良く届けに行く途中で俺とぶつかったんだとか。
そんな話を聞きながらまず連れていかれたのは、様々な食材が並んでいる市場のような場所だった。
「ここで食材を買いましょう。アキラさんは、なにか食べたい物とかありますか?」
「いや、良く分からないから任せるよ。たぶん、何でも食べられると思う」
ざっと眺めてみたところ、そこまで異質な物は売っていないみたいだ。
どれもこれも日本に売っていた食材とよく似ているが、よく似ているだけでほとんどが全くの別物みたいだった。
結局リーリアに全て任せて、俺は荷物持ちに徹することになった。
そうやって俺の両手いっぱいに買い物を済ませたリーリアに連れられて、俺は本日の宿である彼女の家に辿り着いていた。
「ここが私の家です。工房も兼ねているのでちょっと散らかってますけど、どうぞ!」
促されて中に入ると、そこは思ったよりも綺麗に整頓されていた。
よく見るとところどころ道具なんかが雑多に置かれているけど、それも十分に許容範囲だ。
「へぇ、意外と整理されてるんだな」
思ったことをそのまま口に出すと、遅れて入って来たリーリアが頬を膨らませる。
「意外とって、失礼ですね。私って、そんなにガサツに見えますか?」
「はは、ごめんね。それにしても、けっこういい工房だね。本当に、ここにはリーリアしか居ないの?」
これだけ設備が整っていたら、他にももっと職人が居てもおかしくない。
そんな俺の疑問に、リーリアは少し暗い表情を浮かべる。
もしかして、聞いてはいけない質問だったのだろうか。
「ごめん。言いたくなければ別に言わなくても……」
「いえ、大丈夫です。……この工房は、祖父の代から続いてるって言いましたよね。その時にはたくさんの職人さんが居たんです」
「そうなんだ。でも、じゃあなんで?」
「祖父が亡くなって父の代になって、それからだんだん売り上げが落ち始めたんです。依頼もちょっとずつ少なくなってきて、それで職人さんたちを雇い続けることもできなくなって」
悲痛そうな表情を浮かべたまま、リーリアはさらに言葉を続ける。
「それでも父は一人で工房を切り盛りしてたんですけど、無理がたたって去年の冬に亡くなりました。それで、今は私が細々と……」
そこまで言って、リーリアは努めて明るい表情で笑った。
「辛いことを思い出させてごめん。デリカシーがなかった」
「良いんです、気にしないでください。それに、一人暮らしも意外と悪くないんですよ」
そう言って笑うリーリアにつられて、俺も思わず笑みをこぼす。
重い空気が和んだところで、彼女はぽんっと両手を叩いて声を上げる。
「すいません! お待たせしました」
「いや、大丈夫だよ。どうせ暇だしね」
走ってきたのだろう。
ハァハァと肩で息をする彼女を落ち着かせるように声をかけると、しばらくして落ち着いた少女は改めて俺に深々と頭を下げた。
「それで、あの……。何かお礼をさせてほしいんですけど」
「さっきも言ったけど、本当に大丈夫だから。俺が勝手にやったことなんだから、気にしないで」
「そうはいきません! もしあれを直してもらえなかったら、私はどうなっていたか。だから、お礼をさせてもらえないと私の気が収まりません」
少女は意外と強情で、ぐいぐいと身体を寄せながら俺に迫ってくる。
そうすると彼女の柔らかい身体や少女特有の甘い香りが漂ってきて、女性に慣れていない俺は思わず頬を赤らめてしまう。
「あれ? どうかしましたか?」
そんな俺の反応を見て不思議そうに首を傾げる彼女を誤魔化すように、俺は慌てて話題を逸らす。
「いや、なんでもないよ。そうだ! ちょっと教えてほしいことがあったんだ」
「はい、なんでも聞いてください! お礼と言ってはなんですけど、私に分かることならなんでもお答えします!」
頼もしい答えに頷くと、俺は彼女に質問を投げかける。
「この街で、どこか野宿に適した場所を知らない?」
「野宿、ですか?」
「実は、今日泊まる宿が見つからなくてね。仕方ないから野宿をしようと思うんだけど、まだこの街に来たばかりだから良い場所がどこか分からなくて」
「そうなんですね。でも、いくらこの街が比較的治安がいいと言っても、あまり野宿はオススメしませんよ」
「あぁ、やっぱり。困ったなぁ……」
野宿が駄目だというなら、やっぱり多少金を使っても宿を探すしかないのか。
「野宿が駄目なら、この辺り以外で安く泊まれる宿を知らないかな?」
「安い宿ですか? えっと……、あっ!」
少し考え込むように唸った少女は、やがてなにか名案を思い付いたように声を上げた。
そして提案されたのは、予想外の言葉だった。
「だったら、ウチに来ませんか? 杖を直していただいたお礼に、ウチで泊まっていってください」
「え? 君の家で? でも、良いのかな」
「良いんです。どうせウチは私ひとりだから部屋も余ってますし。お兄さんさえ良ければぜひ!」
女の子が一人で暮らしている家に男の俺が泊まるのは、むしろ問題なような気がするんだけど。
しかし頑固な少女はもう俺を連れて帰ることに決めてしまったらしく、渋る俺の腕を取って強引に引っ張っていく。
「ほらほら、こっちですよ。あっ、お兄さんが来るんだったら食材も買い足さなくちゃ。ちょうどお金も入ったし、途中で買い物をしても良いですよね」
楽しそうに笑いながら歩く少女が腕を組んできて、腕に当たる柔らかい膨らみに俺は抵抗することができなくなってしまった。
こうして俺は、少々強引な女の子に連れられて通りを歩いていくのだった。
────
あの後、楽しそうに歩く少女──リーリアといろいろな話をした。
リーリアはこの街で祖父の代から続く鍛冶屋を営んでいて、さっき持っていた杖も客からの依頼品だったらしい。
久しぶりの依頼だったらしく、気分良く届けに行く途中で俺とぶつかったんだとか。
そんな話を聞きながらまず連れていかれたのは、様々な食材が並んでいる市場のような場所だった。
「ここで食材を買いましょう。アキラさんは、なにか食べたい物とかありますか?」
「いや、良く分からないから任せるよ。たぶん、何でも食べられると思う」
ざっと眺めてみたところ、そこまで異質な物は売っていないみたいだ。
どれもこれも日本に売っていた食材とよく似ているが、よく似ているだけでほとんどが全くの別物みたいだった。
結局リーリアに全て任せて、俺は荷物持ちに徹することになった。
そうやって俺の両手いっぱいに買い物を済ませたリーリアに連れられて、俺は本日の宿である彼女の家に辿り着いていた。
「ここが私の家です。工房も兼ねているのでちょっと散らかってますけど、どうぞ!」
促されて中に入ると、そこは思ったよりも綺麗に整頓されていた。
よく見るとところどころ道具なんかが雑多に置かれているけど、それも十分に許容範囲だ。
「へぇ、意外と整理されてるんだな」
思ったことをそのまま口に出すと、遅れて入って来たリーリアが頬を膨らませる。
「意外とって、失礼ですね。私って、そんなにガサツに見えますか?」
「はは、ごめんね。それにしても、けっこういい工房だね。本当に、ここにはリーリアしか居ないの?」
これだけ設備が整っていたら、他にももっと職人が居てもおかしくない。
そんな俺の疑問に、リーリアは少し暗い表情を浮かべる。
もしかして、聞いてはいけない質問だったのだろうか。
「ごめん。言いたくなければ別に言わなくても……」
「いえ、大丈夫です。……この工房は、祖父の代から続いてるって言いましたよね。その時にはたくさんの職人さんが居たんです」
「そうなんだ。でも、じゃあなんで?」
「祖父が亡くなって父の代になって、それからだんだん売り上げが落ち始めたんです。依頼もちょっとずつ少なくなってきて、それで職人さんたちを雇い続けることもできなくなって」
悲痛そうな表情を浮かべたまま、リーリアはさらに言葉を続ける。
「それでも父は一人で工房を切り盛りしてたんですけど、無理がたたって去年の冬に亡くなりました。それで、今は私が細々と……」
そこまで言って、リーリアは努めて明るい表情で笑った。
「辛いことを思い出させてごめん。デリカシーがなかった」
「良いんです、気にしないでください。それに、一人暮らしも意外と悪くないんですよ」
そう言って笑うリーリアにつられて、俺も思わず笑みをこぼす。
重い空気が和んだところで、彼女はぽんっと両手を叩いて声を上げる。
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