上 下
8 / 52

第8話

しおりを挟む
 あれからしばらく時間が経ち、そろそろ諦めて立ち去ろうと考えている時に彼女は帰って来た。
「すいません! お待たせしました」
「いや、大丈夫だよ。どうせ暇だしね」
 走ってきたのだろう。
 ハァハァと肩で息をする彼女を落ち着かせるように声をかけると、しばらくして落ち着いた少女は改めて俺に深々と頭を下げた。
「それで、あの……。何かお礼をさせてほしいんですけど」
「さっきも言ったけど、本当に大丈夫だから。俺が勝手にやったことなんだから、気にしないで」
「そうはいきません! もしあれを直してもらえなかったら、私はどうなっていたか。だから、お礼をさせてもらえないと私の気が収まりません」
 少女は意外と強情で、ぐいぐいと身体を寄せながら俺に迫ってくる。
 そうすると彼女の柔らかい身体や少女特有の甘い香りが漂ってきて、女性に慣れていない俺は思わず頬を赤らめてしまう。
「あれ? どうかしましたか?」
 そんな俺の反応を見て不思議そうに首を傾げる彼女を誤魔化すように、俺は慌てて話題を逸らす。
「いや、なんでもないよ。そうだ! ちょっと教えてほしいことがあったんだ」
「はい、なんでも聞いてください! お礼と言ってはなんですけど、私に分かることならなんでもお答えします!」
 頼もしい答えに頷くと、俺は彼女に質問を投げかける。
「この街で、どこか野宿に適した場所を知らない?」
「野宿、ですか?」
「実は、今日泊まる宿が見つからなくてね。仕方ないから野宿をしようと思うんだけど、まだこの街に来たばかりだから良い場所がどこか分からなくて」
「そうなんですね。でも、いくらこの街が比較的治安がいいと言っても、あまり野宿はオススメしませんよ」
「あぁ、やっぱり。困ったなぁ……」
 野宿が駄目だというなら、やっぱり多少金を使っても宿を探すしかないのか。
「野宿が駄目なら、この辺り以外で安く泊まれる宿を知らないかな?」
「安い宿ですか? えっと……、あっ!」
 少し考え込むように唸った少女は、やがてなにか名案を思い付いたように声を上げた。
 そして提案されたのは、予想外の言葉だった。
「だったら、ウチに来ませんか? 杖を直していただいたお礼に、ウチで泊まっていってください」
「え? 君の家で? でも、良いのかな」
「良いんです。どうせウチは私ひとりだから部屋も余ってますし。お兄さんさえ良ければぜひ!」
 女の子が一人で暮らしている家に男の俺が泊まるのは、むしろ問題なような気がするんだけど。
 しかし頑固な少女はもう俺を連れて帰ることに決めてしまったらしく、渋る俺の腕を取って強引に引っ張っていく。
「ほらほら、こっちですよ。あっ、お兄さんが来るんだったら食材も買い足さなくちゃ。ちょうどお金も入ったし、途中で買い物をしても良いですよね」
 楽しそうに笑いながら歩く少女が腕を組んできて、腕に当たる柔らかい膨らみに俺は抵抗することができなくなってしまった。
 こうして俺は、少々強引な女の子に連れられて通りを歩いていくのだった。

 ────
 あの後、楽しそうに歩く少女──リーリアといろいろな話をした。
 リーリアはこの街で祖父の代から続く鍛冶屋を営んでいて、さっき持っていた杖も客からの依頼品だったらしい。
 久しぶりの依頼だったらしく、気分良く届けに行く途中で俺とぶつかったんだとか。
 そんな話を聞きながらまず連れていかれたのは、様々な食材が並んでいる市場のような場所だった。
「ここで食材を買いましょう。アキラさんは、なにか食べたい物とかありますか?」
「いや、良く分からないから任せるよ。たぶん、何でも食べられると思う」
 ざっと眺めてみたところ、そこまで異質な物は売っていないみたいだ。
 どれもこれも日本に売っていた食材とよく似ているが、よく似ているだけでほとんどが全くの別物みたいだった。
 結局リーリアに全て任せて、俺は荷物持ちに徹することになった。
 そうやって俺の両手いっぱいに買い物を済ませたリーリアに連れられて、俺は本日の宿である彼女の家に辿り着いていた。
「ここが私の家です。工房も兼ねているのでちょっと散らかってますけど、どうぞ!」
 促されて中に入ると、そこは思ったよりも綺麗に整頓されていた。
 よく見るとところどころ道具なんかが雑多に置かれているけど、それも十分に許容範囲だ。
「へぇ、意外と整理されてるんだな」
 思ったことをそのまま口に出すと、遅れて入って来たリーリアが頬を膨らませる。
「意外とって、失礼ですね。私って、そんなにガサツに見えますか?」
「はは、ごめんね。それにしても、けっこういい工房だね。本当に、ここにはリーリアしか居ないの?」
 これだけ設備が整っていたら、他にももっと職人が居てもおかしくない。
 そんな俺の疑問に、リーリアは少し暗い表情を浮かべる。
 もしかして、聞いてはいけない質問だったのだろうか。
「ごめん。言いたくなければ別に言わなくても……」
「いえ、大丈夫です。……この工房は、祖父の代から続いてるって言いましたよね。その時にはたくさんの職人さんが居たんです」
「そうなんだ。でも、じゃあなんで?」
「祖父が亡くなって父の代になって、それからだんだん売り上げが落ち始めたんです。依頼もちょっとずつ少なくなってきて、それで職人さんたちを雇い続けることもできなくなって」
 悲痛そうな表情を浮かべたまま、リーリアはさらに言葉を続ける。
「それでも父は一人で工房を切り盛りしてたんですけど、無理がたたって去年の冬に亡くなりました。それで、今は私が細々と……」
 そこまで言って、リーリアは努めて明るい表情で笑った。
「辛いことを思い出させてごめん。デリカシーがなかった」
「良いんです、気にしないでください。それに、一人暮らしも意外と悪くないんですよ」
 そう言って笑うリーリアにつられて、俺も思わず笑みをこぼす。
 重い空気が和んだところで、彼女はぽんっと両手を叩いて声を上げる。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

種から始める生産チート~なんでも実る世界樹を手に入れたけど、ホントに何でも実ったんですが!?(旧題:世界樹の王)

十一屋 翠
ファンタジー
とある冒険で大怪我を負った冒険者セイルは、パーティ引退を強制されてしまう。 そんな彼に残されたのは、ダンジョンで見つけたたった一つの木の実だけ。 だがこれこそが、ありとあらゆるものを生み出す世界樹の種だったのだ。 世界樹から現れた幼き聖霊はセイルを自らの主と認めると、この世のあらゆるものを実らせ、彼に様々な恩恵を与えるのだった。 お腹が空けばお肉を実らせ、生活の為にと家具を生み、更に敵が襲ってきたら大量の仲間まで!? これは世界樹に愛された男が、文字通り全てを手に入れる幸せな物語。 この作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

ここ掘れわんわんから始まる異世界生活―陸上戦艦なにそれ?―

北京犬(英)
ファンタジー
第一章改稿版に差し替中。 暫く繋がりがおかしくなりますが、ご容赦ください。(2020.10.31) 第四章完結。第五章に入りました。 追加タグ:愛犬がチート、モフモフ、農業、奴隷、少しコメディ寄り、時々シリアス、ほのぼの  愛犬のチワワと共に異世界転生した佐々木蔵人(ささき くらんど)が、愛犬プチのユニークスキル”ここ掘れわんわん”に助けられて異世界でスローライフを満喫しようとします。 しかし転生して降り立った場所は魔物が蔓延る秘境の森。 蔵人の基本レベルは1で、持っているスキルも初期スキルのLv.1のみ。 ある日、プチの”ここ掘れわんわん”によりチート能力を得てしまいます。 しかし蔵人は自身のイメージ力の問題でチート能力を使いこなせません。 思い付きで農場をチート改造して生活に困らなくなり、奴隷を買い、なぜか全員が嫁になってハーレム生活を開始。 そして塒(ねぐら)として確保した遺跡が……。大きな陰謀に巻き込まれてしまいます。 前途多難な異世界生活を愛犬や嫁達と共に生き延びて、望みのスローライフを送れるのだろうかという物語です。 基本、生産チートでほのぼの生活が主体――のはずだったのですが、陸上戦艦の艦隊戦や戦争描写が増えています。 小説家になろう、カクヨムでも公開しています。改稿版はカクヨム最新。

おおぅ、神よ……ここからってマジですか?

夢限
ファンタジー
 俺こと高良雄星は39歳の一見すると普通の日本人だったが、実際は違った。  人見知りやトラウマなどが原因で、友人も恋人もいない、孤独だった。  そんな俺は、突如病に倒れ死亡。  次に気が付いたときそこには神様がいた。  どうやら、異世界転生ができるらしい。  よーし、今度こそまっとうに生きてやるぞー。  ……なんて、思っていた時が、ありました。  なんで、奴隷スタートなんだよ。  最底辺過ぎる。  そんな俺の新たな人生が始まったわけだが、問題があった。  それは、新たな俺には名前がない。  そこで、知っている人に聞きに行ったり、復讐したり。  それから、旅に出て生涯の友と出会い、恩を返したりと。  まぁ、いろいろやってみようと思う。  これは、そんな俺の新たな人生の物語だ。

女神スキル転生〜知らない間に無双します〜

悠任 蓮
ファンタジー
少女を助けて死んでしまった康太は、少女を助けて貰ったお礼に異世界転生のチャンスを手に入れる。 その時に貰ったスキルは女神が使っていた、《スキルウィンドウ》というスキルだった。 そして、スキルを駆使して異世界をさくさく攻略していく・・・ HOTランキング1位!4/24 ありがとうございます! 基本は0時に毎日投稿しますが、不定期になったりしますがよろしくお願いします!

平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。

モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。 日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。 今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。 そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。 特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。

神に異世界へ転生させられたので……自由に生きていく

霜月 祈叶 (霜月藍)
ファンタジー
小説漫画アニメではお馴染みの神の失敗で死んだ。 だから異世界で自由に生きていこうと決めた鈴村茉莉。 どう足掻いても異世界のせいかテンプレ発生。ゴブリン、オーク……盗賊。 でも目立ちたくない。目指せフリーダムライフ!

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

スマートシステムで異世界革命

小川悟
ファンタジー
/// 毎日19時に投稿する予定です。 /// ★☆★ システム開発の天才!異世界転移して魔法陣構築で生産チート! ★☆★ 新道亘《シンドウアタル》は、自分でも気が付かないうちにボッチ人生を歩み始めていた。 それならボッチ卒業の為に、現実世界のしがらみを全て捨て、新たな人生を歩もうとしたら、異世界女神と事故で現実世界のすべてを捨て、やり直すことになってしまった。 異世界に行くために、新たなスキルを神々と作ったら、とんでもなく生産チートなスキルが出来上がる。 スマフォのような便利なスキルで異世界に生産革命を起こします! 序章(全5話)異世界転移までの神々とのお話しです 第1章(全12話+1話)転生した場所での検証と訓練 第2章(全13話+1話)滞在先の街と出会い 第3章(全44話+4話)遺産活用と結婚 第4章(全17話)ダンジョン探索 第5章(執筆中)公的ギルド? ※第3章以降は少し内容が過激になってきます。 上記はあくまで予定です。 カクヨムでも投稿しています。

処理中です...