4 / 52
第4話
しおりを挟む
連れていかれた先で男たちと協力して馬車を立て直すことができた頃には、すでに数十分の時間が経っていた。
もともと体力だけには自信があった俺だけど、過労死したての身体に慣れない肉体労働はさすがに過酷過ぎる。
気を抜けば笑い出してしまいそうな膝を両手で抑えながら、俺は疲れた身体を支えながら休憩していた。
「いやぁ、ありがとね。おかげで助かったよ」
はぁはぁと肩で息をする俺に、近づいてきた女性はそう言いながらポンポンと背中を叩いてくる。
「町までもうちょっとってところで、車輪が石に乗り上げちゃってね。なかなか起こせずに困ってたんだ。たまたま親切なあなたが通りかかってくれて良かったよ」
「はぁ、まぁ……」
親切というか、ほとんど無理やり手伝わされたんだけど。
なんて文句を言えるわけもなく、とりあえず曖昧に笑ってごまかす。
なんとなく、この人には逆らってはいけないような気がする。
こういう時の俺の勘は、なぜか良く当たってしまうのだ。
そんなやり取りをしていると、馬車の状態をチェックしていた男がひとり俺たちの元へ歩み寄ってくる。
「ノエラ、どうやら馬車は大丈夫みたいだ。荷物も積み直したし、すぐにでも出発できるぞ」
「あぁ、ご苦労さん」
女性の軽い返事に頷いた男は、俺の方にも視線を向けてくる。
「あんたも、手伝ってくれて助かったよ。疲れただろう」
「ええ、まぁ。いきなり頼まれて馬車を持ち上げるなんて、初めての経験だったんで」
「だろうな。俺だって、ここまで派手に倒れたやつは人生で三度目だ」
俺の言葉を豪快に笑い飛ばした男に、俺は引きつった笑みを返すしかない。
どうやら皮肉は通じなかったみたいだ。
というか、この人は少なくとも三回は倒れた馬車を戻しているらしい。
ちょっと倒れすぎじゃないか、異世界の馬車って。
若干の不安を感じながら馬車を見つめて、俺は疲れた身体をグッと伸ばす。
それにしても、久しぶりに身体を動かしてちょっと気分がいい。
ほとんど強制労働だったとはいえ、人助けをして感謝されると言うのも悪くない気分だ。
前の世界では運動なんてする暇なかったし、人から感謝されることもなかったからな。
働いていたころの辛い出来事を思い出してちょっと暗くなっていると、そんな俺の様子などお構いなしに女性は明るく声をかけてくる。
「ところでお兄さん、こんな所でなにしてたの? 見たところ、旅人って感じでもないけど」
「いや、ちょっと道に迷ってて。とりあえず近くの街を探してたんだ」
「こんな所で道に迷うって、もしかしてお兄さんはこの辺の人じゃないの?」
そう言って女性が見渡す先に広がるのは、なにもないだだっ広いだけの草原。
確かに、こんな場所で道に迷う方が難しいだろうな。
「うん、まぁ……。ありえないほど遠くから来たんだ。それに、色々と事情があってね」
まさか別の世界からやってきたなんて言えるはずもなく、とりあえず適当にごまかす。
そんな俺の気持ちを察してくれたのか、女性はそれ以上なにも聞かずに話を続けてくれた。
「なるほどねぇ。どうやら、大変だったみたいだね。それじゃ、助けてくれたお礼に私たちが街まで連れて行ってあげるよ」
「本当に? それはありがたいな」
思わぬ展開に喜んでいると、後ろからさらに別の男が近づいてきた。
「気をつけろ。ノエラはがめついから、街についた途端に運賃を請求されるかもしれないぞ」
「そうそう。気付いたら尻の毛までむしり取られちまうぜ」
男の言葉に他の男たちも同意し、馬車の周りからは楽しげな笑い声が聞こえてくる。
「あんたら、失礼なことを言うんじゃないよ! いくら私でも、恩人から金を取ったりするもんか!」
男の言葉に、女性は怒ったように怒鳴りつける。
もちろん本気で怒っているわけではなく、よく見ると女性の口元にもうっすらと笑みが浮かんでいる。
どうやらこの女性はノエラという名前らしい。
「まったく、誤解されたらどうするんだ。間違っても金なんて取らないから、安心しておくれ」
「ははっ、信用しています。申し訳ないけど、今の俺は一文無しなもんで」
仲の良さそうなやり取りに思わず笑みをこぼしながら、俺はお言葉に甘えて馬車へと同乗させてもらう。
俺に続くように他の人たちも馬車の中へ入ってきて、さっきまで会話していた男はいつの間にか御者台に座っていた。
それにしても、ちょっと狭いな。
馬車の中には荷台に積みきれなかった荷物が押し込まれていて、人の座るスペースまで侵食している。
まるで肩を寄せ合うようにして座ると、隣に居るノエラさんの体温が伝わってくる。
「狭くってごめんね。ちょっと張り切って商品を買い占めすぎたんだよ」
密着してることを特に気にした様子もないノエラさんは、そう言いながら呑気に笑う。
彼女とは反対に、あまり女性と密着したことのない俺は少しだけドキドキしていた。
できるだけ顔に出さないように表情を引き締めていると、御者台から声が聞こえてくる。
「それじゃ、出発しますよ」
一声かけて馬車が動き出し、ゴトゴトと車輪の音を鳴らしながら前へと進んでいった。
もともと体力だけには自信があった俺だけど、過労死したての身体に慣れない肉体労働はさすがに過酷過ぎる。
気を抜けば笑い出してしまいそうな膝を両手で抑えながら、俺は疲れた身体を支えながら休憩していた。
「いやぁ、ありがとね。おかげで助かったよ」
はぁはぁと肩で息をする俺に、近づいてきた女性はそう言いながらポンポンと背中を叩いてくる。
「町までもうちょっとってところで、車輪が石に乗り上げちゃってね。なかなか起こせずに困ってたんだ。たまたま親切なあなたが通りかかってくれて良かったよ」
「はぁ、まぁ……」
親切というか、ほとんど無理やり手伝わされたんだけど。
なんて文句を言えるわけもなく、とりあえず曖昧に笑ってごまかす。
なんとなく、この人には逆らってはいけないような気がする。
こういう時の俺の勘は、なぜか良く当たってしまうのだ。
そんなやり取りをしていると、馬車の状態をチェックしていた男がひとり俺たちの元へ歩み寄ってくる。
「ノエラ、どうやら馬車は大丈夫みたいだ。荷物も積み直したし、すぐにでも出発できるぞ」
「あぁ、ご苦労さん」
女性の軽い返事に頷いた男は、俺の方にも視線を向けてくる。
「あんたも、手伝ってくれて助かったよ。疲れただろう」
「ええ、まぁ。いきなり頼まれて馬車を持ち上げるなんて、初めての経験だったんで」
「だろうな。俺だって、ここまで派手に倒れたやつは人生で三度目だ」
俺の言葉を豪快に笑い飛ばした男に、俺は引きつった笑みを返すしかない。
どうやら皮肉は通じなかったみたいだ。
というか、この人は少なくとも三回は倒れた馬車を戻しているらしい。
ちょっと倒れすぎじゃないか、異世界の馬車って。
若干の不安を感じながら馬車を見つめて、俺は疲れた身体をグッと伸ばす。
それにしても、久しぶりに身体を動かしてちょっと気分がいい。
ほとんど強制労働だったとはいえ、人助けをして感謝されると言うのも悪くない気分だ。
前の世界では運動なんてする暇なかったし、人から感謝されることもなかったからな。
働いていたころの辛い出来事を思い出してちょっと暗くなっていると、そんな俺の様子などお構いなしに女性は明るく声をかけてくる。
「ところでお兄さん、こんな所でなにしてたの? 見たところ、旅人って感じでもないけど」
「いや、ちょっと道に迷ってて。とりあえず近くの街を探してたんだ」
「こんな所で道に迷うって、もしかしてお兄さんはこの辺の人じゃないの?」
そう言って女性が見渡す先に広がるのは、なにもないだだっ広いだけの草原。
確かに、こんな場所で道に迷う方が難しいだろうな。
「うん、まぁ……。ありえないほど遠くから来たんだ。それに、色々と事情があってね」
まさか別の世界からやってきたなんて言えるはずもなく、とりあえず適当にごまかす。
そんな俺の気持ちを察してくれたのか、女性はそれ以上なにも聞かずに話を続けてくれた。
「なるほどねぇ。どうやら、大変だったみたいだね。それじゃ、助けてくれたお礼に私たちが街まで連れて行ってあげるよ」
「本当に? それはありがたいな」
思わぬ展開に喜んでいると、後ろからさらに別の男が近づいてきた。
「気をつけろ。ノエラはがめついから、街についた途端に運賃を請求されるかもしれないぞ」
「そうそう。気付いたら尻の毛までむしり取られちまうぜ」
男の言葉に他の男たちも同意し、馬車の周りからは楽しげな笑い声が聞こえてくる。
「あんたら、失礼なことを言うんじゃないよ! いくら私でも、恩人から金を取ったりするもんか!」
男の言葉に、女性は怒ったように怒鳴りつける。
もちろん本気で怒っているわけではなく、よく見ると女性の口元にもうっすらと笑みが浮かんでいる。
どうやらこの女性はノエラという名前らしい。
「まったく、誤解されたらどうするんだ。間違っても金なんて取らないから、安心しておくれ」
「ははっ、信用しています。申し訳ないけど、今の俺は一文無しなもんで」
仲の良さそうなやり取りに思わず笑みをこぼしながら、俺はお言葉に甘えて馬車へと同乗させてもらう。
俺に続くように他の人たちも馬車の中へ入ってきて、さっきまで会話していた男はいつの間にか御者台に座っていた。
それにしても、ちょっと狭いな。
馬車の中には荷台に積みきれなかった荷物が押し込まれていて、人の座るスペースまで侵食している。
まるで肩を寄せ合うようにして座ると、隣に居るノエラさんの体温が伝わってくる。
「狭くってごめんね。ちょっと張り切って商品を買い占めすぎたんだよ」
密着してることを特に気にした様子もないノエラさんは、そう言いながら呑気に笑う。
彼女とは反対に、あまり女性と密着したことのない俺は少しだけドキドキしていた。
できるだけ顔に出さないように表情を引き締めていると、御者台から声が聞こえてくる。
「それじゃ、出発しますよ」
一声かけて馬車が動き出し、ゴトゴトと車輪の音を鳴らしながら前へと進んでいった。
37
お気に入りに追加
1,458
あなたにおすすめの小説
種から始める生産チート~なんでも実る世界樹を手に入れたけど、ホントに何でも実ったんですが!?(旧題:世界樹の王)
十一屋 翠
ファンタジー
とある冒険で大怪我を負った冒険者セイルは、パーティ引退を強制されてしまう。
そんな彼に残されたのは、ダンジョンで見つけたたった一つの木の実だけ。
だがこれこそが、ありとあらゆるものを生み出す世界樹の種だったのだ。
世界樹から現れた幼き聖霊はセイルを自らの主と認めると、この世のあらゆるものを実らせ、彼に様々な恩恵を与えるのだった。
お腹が空けばお肉を実らせ、生活の為にと家具を生み、更に敵が襲ってきたら大量の仲間まで!?
これは世界樹に愛された男が、文字通り全てを手に入れる幸せな物語。
この作品は小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~
hisa
ファンタジー
受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。
自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。
戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?
教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!!
※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく!
※第5章に突入しました。
※小説家になろう96万PV突破!
※カクヨム68万PV突破!
※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました
女神スキル転生〜知らない間に無双します〜
悠任 蓮
ファンタジー
少女を助けて死んでしまった康太は、少女を助けて貰ったお礼に異世界転生のチャンスを手に入れる。
その時に貰ったスキルは女神が使っていた、《スキルウィンドウ》というスキルだった。
そして、スキルを駆使して異世界をさくさく攻略していく・・・
HOTランキング1位!4/24
ありがとうございます!
基本は0時に毎日投稿しますが、不定期になったりしますがよろしくお願いします!
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
ここ掘れわんわんから始まる異世界生活―陸上戦艦なにそれ?―
北京犬(英)
ファンタジー
第一章改稿版に差し替中。
暫く繋がりがおかしくなりますが、ご容赦ください。(2020.10.31)
第四章完結。第五章に入りました。
追加タグ:愛犬がチート、モフモフ、農業、奴隷、少しコメディ寄り、時々シリアス、ほのぼの
愛犬のチワワと共に異世界転生した佐々木蔵人(ささき くらんど)が、愛犬プチのユニークスキル”ここ掘れわんわん”に助けられて異世界でスローライフを満喫しようとします。
しかし転生して降り立った場所は魔物が蔓延る秘境の森。
蔵人の基本レベルは1で、持っているスキルも初期スキルのLv.1のみ。
ある日、プチの”ここ掘れわんわん”によりチート能力を得てしまいます。
しかし蔵人は自身のイメージ力の問題でチート能力を使いこなせません。
思い付きで農場をチート改造して生活に困らなくなり、奴隷を買い、なぜか全員が嫁になってハーレム生活を開始。
そして塒(ねぐら)として確保した遺跡が……。大きな陰謀に巻き込まれてしまいます。
前途多難な異世界生活を愛犬や嫁達と共に生き延びて、望みのスローライフを送れるのだろうかという物語です。
基本、生産チートでほのぼの生活が主体――のはずだったのですが、陸上戦艦の艦隊戦や戦争描写が増えています。
小説家になろう、カクヨムでも公開しています。改稿版はカクヨム最新。
平民として生まれた男、努力でスキルと魔法が使える様になる。〜イージーな世界に生まれ変わった。
モンド
ファンタジー
1人の男が異世界に転生した。
日本に住んでいた頃の記憶を持ったまま、男は前世でサラリーマンとして長年働いてきた経験から。
今度生まれ変われるなら、自由に旅をしながら生きてみたいと思い描いていたのだ。
そんな彼が、15歳の成人の儀式の際に過去の記憶を思い出して旅立つことにした。
特に使命や野心のない男は、好きなように生きることにした。
おおぅ、神よ……ここからってマジですか?
夢限
ファンタジー
俺こと高良雄星は39歳の一見すると普通の日本人だったが、実際は違った。
人見知りやトラウマなどが原因で、友人も恋人もいない、孤独だった。
そんな俺は、突如病に倒れ死亡。
次に気が付いたときそこには神様がいた。
どうやら、異世界転生ができるらしい。
よーし、今度こそまっとうに生きてやるぞー。
……なんて、思っていた時が、ありました。
なんで、奴隷スタートなんだよ。
最底辺過ぎる。
そんな俺の新たな人生が始まったわけだが、問題があった。
それは、新たな俺には名前がない。
そこで、知っている人に聞きに行ったり、復讐したり。
それから、旅に出て生涯の友と出会い、恩を返したりと。
まぁ、いろいろやってみようと思う。
これは、そんな俺の新たな人生の物語だ。
ユニークスキルで異世界マイホーム ~俺と共に育つ家~
楠富 つかさ
ファンタジー
地震で倒壊した我が家にて絶命した俺、家入竜也は自分の死因だとしても家が好きで……。
そんな俺に転生を司る女神が提案してくれたのは、俺の成長に応じて育つ異空間を創造する力。この力で俺は生まれ育った家を再び取り戻す。
できれば引きこもりたい俺と異世界の冒険者たちが織りなすソード&ソーサリー、開幕!!
第17回ファンタジー小説大賞にエントリーしました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる